インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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殺意の代価。等価の応酬

 見るまでもなく、即死だった。次弾の装填などできるはずも無くエラーメッセージがやかましくアラートと共に表示されている。

 バレルオープン、放熱の開始。だが悠長に自然冷却している暇もない。銃身の熱気で景色が揺れていた。孤島を選んだには理由がある。

 《アマリリス》を海面に押し付けて無理やり温度を下げた。内部機構に支障が出るだろうが、その洗浄に割かれる時間の方が圧倒的に少ない。蒸発した海水が霧となって風に流されている間に追加エネルギー分を補充、空になったタンクを廃棄。冷却もほどほどに済ませて通常形態へ移行。

《内部機構にエラー:洗浄開始》

《終了まで:00:04:59》

 予想通りだった。機関部も放熱を始めている。過剰出力に耐えられただけいいが、問題は再起動できるかが不安の種だ。

 左前腕部につけたパルスライフルの威力は落ちるだろう。腰部に取り付けたサブバッテリーのレールガンはともかくとして、現在使用可能なのはマイクロミサイルポッドくらいの物だ。相手は爆発物のスペシャリスト、その上全身反応装甲のフルスキン。

 レールガンとマイクロミサイルでは相性がいいとは言えなかった。

 それでも、やらねばならない。

 ミョルニル・ユニットを起動させる――真紅の竜は敵を全滅させて茫然自失と立っていた。背後に控えさせていたはずの愛しき相方が四散している光景に打ちのめされて。

 

「――カナデ? カナ、デ…………?」

 

 葵奏と出会ったのは、亡国機業の実働部隊として活動するようになって間もなくだった。専用のISを使って作戦に従事する日々が続いて、なんともなしに出会った。

 儚く、花も恥じらうような乙女の奏に、デストラクターは同性にもかかわらず好意を抱いてしまっていたのだ。おかしいと思いながらもその気持ちに歯止めは効かなくて、ずっと一緒にいた。愛する人がいると恥じらいながら言い、その気持ちを一生懸命に追い続けていた葵奏は――デストラクターが目を離したその刹那の瞬きで絶命している。見るも無残な、目を背けたくなるようなやりすぎた殺意を叩きつけられて。

 頭のどこかで、冷静に理解してしまう。嫌だ、分からない。そんなはずがないと繰り返し繰り返し繰り返して、デストラクターは膝を着いた。ボロボロと涙が溢れる。死ぬはずがない。死ぬはずが、そうだ死んでいないのだ。二人でずっと一緒に戦っていけるとそう信じていたのに、そう思っていたのに。誰がそうした? 自分の安らぐ場所のただ一つを奪う敵は。

 喉の奥からたたき出される激情に反応してか、草木一本生えていないはずの大地が華やかに咲き誇る。炎の華が満開となって穿つ。爆炎、爆発のみならず火柱の大樹すら築いた。

 ワンオフアビリティ『燎原烈火』の暴走は砂塵すら存在を許すことなく灼熱の焦土を作り上げる。その全てが意のままに操れることをデストラクターは理解していた。

『お前かぁああああっ!!! アンタが、テメェがァー!』

 接近する反応が表示された瞬間、業火の殺意が指向性を持って頭を上げた。まるでヒュドラの如く、万の大蛇が天へと昇る。

『灰も残すものか、塵一つ許すものか、ウチから奪った! カナデを、全部を、この世界の中で唯一受け入れてくれた、カナデをっ! 返せよ、なぁ! 返せってんだよぉぉおお!!』

 底知れない憎悪と憤怒が装甲車両の残骸すら溶解させていく。焼き尽くされた砂は溶け合い混ざり合い、ガラス片となって陽の光を照り返していた。溶鋼の河川がところどころで沸き立っている。その場に留まっていればデストラクター自身の命も危うい。しかし、燎原烈火の制御に最低限の自衛本能が残っていたのか辛うじて立っていられる範囲は確保されていた。

『なぁ……あぁ、畜生。チクショウッ!』

 炎に巻かれて敵ISは飛び回る。近づけもしないのだろう。今なら視界に映る全ての炎を手繰れる。この手で直接殺すと誓い、爪を鳴らしてクリムゾン・フォウマルバウトはその身に灼熱の鱗を纏った。不完全であったはずの竜は憤怒の業火で完成する。

『テメェは地獄に行っても追い詰めて、焼いて溶かして塵も残さず消してやるッ!』

『散々殺してよく言う』

 その返答は意外だったのか、だが火に油を注ぐには十分なほどの効果があった。炎の大蛇に追われながらやっとで返した言葉を、デストラクターは感情任せに焼き払う。

『ごちゃごちゃ言ってんなぁああっ! 殺してるから殺される? そんな言い分が、一体いつどこで、誰が言ったァっ!』

 力任せに爪を振り回す。それだけで拡大された範囲をなぎ払うクリムゾンネイルは火の粉を散らしながら雲を裂いた。それに掠めるだけでもシールドが削られていく。直撃すればひとたまりもない。溶岩を振り回しているような物だ。

 馬鹿に持たせた刃物ほど怖いものはない。今のデストラクターがまさにその状態だった。感情任せに振り回す凶器は見境なくその爪に触れた諸々に傷跡を残す。酷い時にはそれすら残さないほど凶暴な猛威を振るって、しかしルナリアはそれを紙一重で避け続けていた。

《終了予定:00:01:30》

(トライアレンド、早く……!)

 願うような気持ちでタイマーを一瞥する。回避行動に余裕は確かにある。だが振り払われた火の粉の尾すら牙となってもはや逃げ場が無くなっていた。

 炎の大蛇に、火の粉の尾、更には火柱の大樹と熱波の突風といいここが市街地でないことを感謝するばかりである。

『逃ぃげぇんなああああぁぁぁッ!!』

 不意に、熱が失せた。驚く程あっさりと晴れ渡った火の海が解除された。限界か? そう思った矢先に突如全身に衝撃が走る。

 轟音。爆音にも似た刹那の絨毯爆撃。爆弾の類はない、何かに引っかかったわけでもない。何もない空間が突如として起爆した。

(気化爆弾……!?)

 圧縮した熱量を開放することによって起きる空間の膨張。それを連続して起こすことにより不可視の航空爆撃をことも無く実現してみせるデストラクターの力量を見誤っていた。ただの激情家だとばかり思っていたが、その手の相手は感情による爆発力が想定を超える。

 今の状態では太刀打ち出来ない。《ミョルニル・ユニットType-B》へ切り替えた。内部出力を近接仕様に変更、それは一秒も経たずに全シークエンスが完了する。

 マイクロミサイルを掃射。次弾装填までの時間、ただのお荷物だ。

 無駄だと思っていたがやはり無駄骨に終わる。振り払われた炎で一基残らず誘爆した。仮に直撃してもダメージはなかっただろう。

 黒煙を交えた炎が収縮する。そして、再度天地が灼熱地獄へと変貌した。

 怒りに身を任せて紅蓮の侵略者は目尻を溢れる涙すら枯らし、吠える。哀愁の咆哮だった。二度と帰らない人を嘆く、人間の声で。

『カナデを、返せぇええええええええッ!!!』

《内部洗浄:完了》

《リリウス:充填開始》

《弾頭:再構成開始》

 殺意の装填が完了する。機械の文字で。

 奪うから奪われる。殺すから殺される。一方通行の代価など無い。相手はそれに気づかなかっただけのことだ。

 機関部の唸りと伴って腰部のサブバッテリーを回す。やや小柄ながらリリウスの補助火力としては十分だ。

 迸る電流が光の速度で真紅の竜を穿つ――はずだった。だがしかし、セシリアがそうであったようにルナリアもまた二の轍を踏んだ。超高熱の摩擦による磁場の発生がエネルギー兵器を阻む。フルバレルオープンこそ向けるべき相手はデストラクターだった。

 頼みの綱こそ、右腕の超長距離電磁加速狙撃砲だけとなった。だがしかし、日の変わらない内に二発も完全銃身展開の最大出力ともなればフレームが歪む可能性がある。一発ごとに整備を重ねてこそ連射できる一発限りの最強だ。その上量産も出来ない、ワンオフのオーダーメイド品。この世に二つとないIS専用の兵器だ。社長の誇りでもあるそれを無下に扱うことなど出来るはずがない。

 ならば、どうする――? 実弾もエネルギー兵器も通さない真紅の甲冑を貫いた上で、本体にどう届ける。この弾丸を。

(どうしたら――どうする、考えなきゃ……!)

 

 その身は弾丸なれど、生きた人間だ。

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