インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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殺意一つを胸にして

「ッ……」

 賭ける以外になかった。今ここで敗北は許されない。あれは宣告通りに灰も残してくれないだろう。そうするに違いなかった。

 自分はただ引き金を引く以外にない。リリウスの機関部の出力を調整して左前腕部のライフルからサーベルを構成する。気休め程度の防御にはなるだろう。

 内部データからミョルニル・ユニットの接続構成を書き換える。トライアレンドを覆う形で設計された電撃戦特化パッケージは、言うなれば戦闘機の被り物だ。それに付属するように追加武装を設計してある。付属品の一部はそのまま切り離すことになるだろうし、リリウスを切り離すことはできない。元通りの機体になるだけのこと。

 背面のシールドでカバーしていただけあって機関部の熱量そのものはまだ安定している。オーバーヒートでもすれば今度こそ詰んでしまう。

 激昂したままに振るわれるワンオフアビリティの性能をここまで引き出せる爆発力には肝を抜かれた。

《ミョルニル・ユニット:準備完了》

《マイクロミサイルポッド:ライトニング02解除完了》

《パルスライフル:シューティングスター接続完了》

《レールガン:レイルロード充填完了》

 脚部換装と同じように、内部構造の接続を切り離す。《ミョルニル・ユニットType-A》へ換装。最大加速で離脱する。当然、それをデストラクターが逃がすはずもなかった。

 大気が破裂する。何もないはずの空間が無色のままに爆発を連鎖していく。だがそれ以上の速度でルナリアは加速した。シールドエネルギーを前面に集中展開し、機体の制御をマニュアルで修正しながら。

 チャンスは一度。成功しなければ――成功させなければ、負けて死ぬだけだ。

 百八十度回頭。PICが可能にした空中静止からの反転機動はISだからこそ可能にした曲芸技だった。いかなる航空戦力を持ってしてもこればかりは未確認飛行物体レベルの性能がなければ不可能に近い。それでも主翼と補助翼が軋みをあげたのはシールドエネルギーをそこまでに広げていないからだ。機体のコンディションチェックでも接続部位がオレンジ色で警告している。だが、ルナリアはそれに一瞥くれただけで引き返すつもりはなかった。

《イグニッション》

《F・マニューバー:フルスロットル》

 ミョルニル・ユニットに合わせて再設計された脚部のスラスターを全力で吹かす。一秒でも速く、コンマ秒でも先に接敵する為に。

 トライアレンドそのものが鋼鉄の弾丸と化してクリムゾン・フォウマルバウトへ突貫する。如何なる爆発よりも速く、空間認識能力の欠けた粗雑な爆撃では追いつけない超高速機動で迫っていた。

 本体ごと体当りして燎原烈火の装甲を抜こうという魂胆なのだろう、がしかしデストラクターの機体は他のISに比べて巨体だ。それに見合うだけの武装と機体の性能を持ち合わせ、止められないわけではない。

 まるで太陽に挑むイカロスのような心地でルナリアは口角を釣り上げた。あれは蝋の翼だから落ちたのだ、これは鋼鉄の羽。殺意を塗り固めた鋼の翼。例え地に落ち力尽き果て死に絶えようと、この胸の決意だけは送り届ける。それが死神であろうとも。

 炎の障壁が立ちふさがる。一枚を突破し、二枚目を突破した辺りで機体が赤熱化した。それでもまだ進む。炎の竜巻が進路を阻んだ。サブバッテリーの回路が焼き切れた。それでも止まらない。突破する。熱波の津波が進路を阻む。それがなんだと、主翼と補助翼が溶解しても突き進んだ。機体の制御が困難になる。どうにでもなるとそのままひたすら前へ突き進んだ。激怒した太陽がすぐそこにある。触れるもの全てを焼き尽くし、灰にする怒りに満ちた紅蓮の破壊者がもう目の前だ。

 其の名に偽りなく、ミョルニル・ユニットはあらゆる障害を粉砕して看破する。殺意一つを胸にして太陽へと突撃した。

《ミョルニルユニット:廃棄》

《レイルロード:補助電源に移行》

 シールドエネルギーの一部を譲渡したまま廃棄されたユニットは真っ赤な弾丸と化して灼熱の鎧に突き刺さる。本体の残量も恐ろしい速度で減少していく。それでもルナリアは止まらない。猛暑に歯を食い縛り、肌を焼く熱を堪えてシューティングスターとリリウスを同時に構えながら。

『こんな、鉄屑がぁっ!』

 先端が本体に衝突する寸前に受け止めたデストラクターが握りつぶそうとする。それより先に、先刻まで自分がいた空洞に向けてリリウスを突き刺した。勢いに任せた砲身が先端を突き破り、デストラクターの腹部を小突く。

《弾頭選択:第一種・焼夷弾》

《弾頭選択;第二種・徹甲弾》

《弾頭選択:第三種・強装炸裂弾》

《リリウス:装填完了/射出》

 三点バーストのレールガンで放たれる複合弾頭。光速で撃ち抜かれる衝撃は三通りだが、知覚できるのは最初の一撃だけだ。腹部装甲に重く強烈な打撃が入る。ISのシールド越しでも吐き気を催す程の背骨を砕くような衝撃がデストラクターの呼吸を止めた。自身への影響を考慮してか、機体表面に灼熱の鎧を展開していない。

 過剰出力分をシューティングスターのサーベル構成に回す。動きの止まった隙に刺突で頭部を狙った。猛火の中に突っ込んだ手は即座に障害が起きる。一瞬で左腕のコンディションが警告域へ突入したが、それでも左目を破壊するだけは出来た。

 もはやワンオフアビリティを制御出来るだけの意識が残っていないのか、嘘のように視界が青に染まる。表面が溶けかけのアイスクリームになったミョルニル・ユニットをクリムゾン・フォウマルバウトはぎこちなく手放した。

 ルナリアは腰部のレールガンを持ち上げて至近距離から打ち込む。元から回路が焼き消れて補助動力に移したバッテリーが完全に故障した。空中で廃棄する。左腕のパルスライフルも不定形のオブジェと化していたので同様に機体からパージした。

『……の、やろ――!』

「…………」

 デストラクターが拳を作り、振り上げるよりも先に背面に背負っていた大型実弾盾《シールドバンカー》を頭から叩きつける。機体の制御もままならないのかきりもみ状態で落ちていくそれを追い、ルナリアはトライアレンドの自重を利用して両腕を《G・マニューバーホイール》で押さえつけた。

 シールドバンカーを振り上げ、落下の衝撃と同時に頭に更に叩きつける。超重量の大型盾で二度も粉砕されてまだ原型を保っているクリムゾン・フォウマルバウトの頑丈さは、驚嘆に値した。

 それでも、まだ僅かに身動ぎするように動き出した頭部を見て、両脚部のピックを落とす。それだけでなくシールドバンカー下部の二叉大型ピックも展開して、今度こそ頭部を粉砕した。

 全身から吹き出る汗を肩で息をしながら整える。酸素不足で視界がぼやけていた。やけに焦げ臭いと思っていたら、髪が少し焼けている。今更ツヤを気にするほどでもない。

 ようやく機能を停止した真紅の竜から退き、一歩一歩ふらつきながらも重い身体を引きずった。

(予想よりも、手強かった……)

 捨て身の特攻がなければ勝てなかったことを考えると、末恐ろしい相手だ。

 ――装甲同士の軽い衝突音に、ルナリアは足を止める。振り返るまでもなく軋んだ装甲が唸り声を上げていた。それは怨嗟の呻き声。

「――カ、ナ……デを…………返せ、ぇ……ッ!」

 脚部のピックを地面に打ち込み、旋回しながら遠心力で振り回す。加速の付いたリリウスはクリムゾン・フォウマルバウトをかち上げて浅瀬に吹き飛ばした。

『しばらく頭を冷やしてて』

 果たして、モニターに表示されたそれを敵パイロットは見たのかどうか。ルナリアは現在の機体状況を確認する。あれほど強烈に叩きつけてもリリウスの砲身には凹み一つ無い。

 せっかく追加したオートクチュールが全てダメになってしまった。結局残ったのは右腕のリリウスと左腕の大型実弾盾。振り出しに戻った。ガックリと肩を落とす。

(……仕方ない、か)

 IS反応が消えた。ようやく撃墜出来たらしい。それと同時に通信が入った。差し出し人の名前表記に、ルナリアの目が細まる。

《差出人:ヴォルフ》

 どうやってISネットワークから通じて送信したのか、疑問が浮かんだが履歴を見て納得した。キャッシュから再送信して送りつけたらしい。

 その内容は簡潔なもので、場所しか書かれていなかった。ミョルニル・ユニットさえあれば二時間足らずで行けるであろうその海域に、果たして何時間でたどり着けるか。恨めしく溶解したミョルニル・ユニットの外装を盗み見る。

(行かなきゃ話にならないし)

 再構成も何も、システムから切り離したのではそれも叶わない。諦めて《F・マニューバー》を起動して青空へと飛び立った。

 残るのはガラスの大地と、雲一つ無い空。全てを見届けた太陽の下には溶けて地に落ちた鋼鉄の翼だけ――。

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