IS学園では成績の優秀な生徒が学園で保有しているISの数だけ呼び出されていた。専用機持ちも一人残らずである。
「IS学園はこれより世界各国の災害救助活動に当たる。万が一ということも考慮して学園に待機する生徒は以下の通りだ――」
次々生徒の名前が呼ばれていく。しかし、一年生の名前は誰も呼ばれなかった。
「――以上。リーダーは更識。お前が担当しろ」
「分かりました」
それから、どの国へ向かうのか説明される。しかしそれでも一年生から名前が出ることはなかった。
「……以上だ。各自準備が整い次第、出発しろ。IS委員会にはこちらから既に呼びかけが済んでいる。解散――但し、専用機持ちはそのまま待機だ」
指示の出された生徒各員は出された指示通りに行動を始める。
「織斑先生、質問があります」
「なんだ、篠ノ之」
「災害救助、という点について疑問が」
「そうか? 何も人類の脅威は自然災害に留まらないだろう。上辺は救助活動だが、この災害を引き起こしたのは人間だ。人災も、災害の一つだ。……違うか? 泣いている人間が居る、被害を被って世界中が迷惑している。そして、我々にその支援要請がきた。なんのことはない、ただの“レスキュー活動”だ」
「……なら、私達が残された理由というのは」
「オルコットとデュノアの居場所が特定出来た」
不意を打たれたように全員が息を呑んだ。
「なら、今すぐにでも助けに行こう!」
「話は最後まで聞け、馬鹿者。まず今回の件に限り、委員会に話は通していない」
「教官。それでは……」
「事が事だけに、言えるはずもないだろう。国家代表者が拉致され、その上ISを実戦に投入するとなっては。オマケに情報提供者が篠ノ之束ときた」
個人的な繋がりがあるとはいえ、束の件についてはさすがに言えるはずがなかった。
「これも、救助活動の一環だと言うんですか……」
「そうは言っていない。こればかりはどう取り繕っても無駄だ」
「……それでも、セシリアとシャルは助けられるんだな、千冬姉」
「お前たち次第だ。ブリーフィングを始める!」
スクリーンに映し出されるマップと、その敵勢力の規模に改めて驚かされる。
「まず、敵はこの化物じみた潜水艦だ。全長2,4キロメートル、武装は……数え切れんな。どうやって今まで隠れていたのかすら疑問だが、今は関係ない。現在の潜伏先は、フロリダ半島。バミューダトライアングル付近だ」
「そんな場所に?」
「オカルトじみた話題があるが、だからこそ連中はそこに隠れ潜んだのかもしれん。少しでも動きがあればこちらから随時通信する。チャンネルは開けておけ」
「でも、そこまでどうやって行くってのよ。まさかISで太平洋横断でもしろっての?」
鈴音の疑問は尤もだ。IS学園から太平洋とアメリカを横断するまで一体何時間掛かるというのか。その間一切の休憩もなしに飛行を続けられるはずがない。こちらは生身の人間だ。
「残り十時間だ」
『……?』
千冬の一言に全員が首を傾げる。
「現在の状態から騒動鎮圧に掛かるまでの予想時刻だ。あくまでも私見だがな。各国の混乱を招き、確かに甚大な被害は出ている。しかし所詮はただの武装組織。各国の防衛力を甘く見ていたようだ。ああも派手に宣戦布告をすれば、当然だが」
「それで、その十時間を過ぎるとどうなるんだ」
「連中には切り札がある。人質だな。……もし、それを窮地に追い詰められた際に全世界へ向けて発信してみろ」
ISの代表候補生が捕まっていた。そうなれば当然、その事実を隠していた学園に非難が飛ぶ。それだけではない。世界最強と信じて疑わない兵器の価値そのものが揺らぐ。そうなれば一時は鎮圧されるこの騒動も新たに息を吹き返す可能性だって出てくる。
ISは恐れることのない兵器という烙印を押されて。
「ここからアメリカまで急いで飛んだとしても八時間は掛かるだろうな。そうなれば、お前たちに残される時間は一時間そこらしかない」
ところが……。そう前置いて、千冬は話を区切った。
「これを六時間に短縮できる手段がある」
「本当か、千冬姉」
その手段というものが、格納庫にいつの間にか置かれていた。束から千冬に宛てた最後の贈り物だ。
「……教官、これはもしやトライソニックファイターではないか?」
「ああ。中身はそっくり作り替えてある。ISの操縦系統と大差はない」
「なに? この黒い戦闘機は」
「戦闘機ではない。これは世界で四機が試作され、米空軍に売り込まれたが予算削減の都合でキャンセルされたマッハ3級偵察機だ。しかし、これはCIA専用のはずが、どうして学園に……?」
「季節はずれのサンタが、気まぐれで置いていったのだろう。お前達がいい子にしてたからな」
「教官にしては面白い冗談です」
「そう褒めるな、ボーデヴィッヒ」
「マッハ3て……」
全長約17メートル。最高速度マッハ3,5。機体表面の黒い塗装はアイアンボールと呼ばれる放熱塗装で表面温度は650~200℃にもなるという。ロッキードYF―12Aが二機、IS学園の格納庫で隠れていた。だが中身だけはまるっきり別物となっている。ISの操縦と同じようにハイパーセンサーを起動してヘルメットを被ればISを通じてその通りに稼働するようだ。但し、その間パイロット側は身動きできないが。
「一機は私が操縦しよう、と言いたいが果たして足が届くか……」
「ヘルメットさえかぶれればあとは自動操縦だ。もう一機は、篠ノ之。お前が操縦しろ」
「分かりました」
「くれぐれも、余計なことは考えるなよ。鳳はボーデヴィッヒの機体に搭乗、一夏は篠ノ之の機体だ。この際、領空侵犯など文句を言ってくるようなら天下のIS学園様とでも言っておけ」
どこかヤケクソ気味に千冬が言うと、ラウラはヘルメットをかぶる。しかし、カタパルトが見当たらない。滑走路もなければVTOLで離陸でもしない限りテイクオフは叶わなかった。
「これ、離陸は?」
「心配するな、使い捨てのカタパルトがある。PICを起動しておけよ。エンジンの中身などISのそれと大差ないのだからな」
機体の制御そのものもPICを用いるとなれば多少はマシだ。しかし空気抵抗に対する無力さを鑑みれば空中分解などしたくなければ最短距離で飛行する以外にない。
アリーナに打ち込まれたカタパルトはジェットコースターのようなものだった。元は履帯のように丸められていたモノを広げ、それに合わせて鉄柱を打ち込むという、緊急展開用のカタパルトを見て呆然とする。こんなモノを誰が持ち込んできたのかは想像に容易い。
「アリーナの障壁を一時的に解除する! 遠慮はいらん、最初からエンジン全開でかっ飛ばして連れて帰ってこい! 二度目はないぞ!」
ヘルメット越しの通信にラウラが頷く。箒も深く息を吐いて、不安げに後ろを振り返った。ISスーツを着て一夏は真っ直ぐに見つめ返す。
「……不安なのか、箒」
「あ、ああ……戦闘機の操縦などしたことがないからな」
「大丈夫、箒なら出来るさ。俺は信じてるぜ」
「そうか。それなら、出来そうな気がする」
「……箒」
「なんだ、一夏」
「必ず、セシリアとシャルを助け出そう。俺たちの手で」
箒は無言で頷いた。
「ふむ。なるほど、性能は従来のものと変わらないか。しかしまさか私がアメリカの偵察機に乗ることになるとはな……」
「なにブツブツ言ってるのよ」
「感慨深いものがある、と私はそう思っているだけだ。舌を噛むかもしれんぞ。離陸の時は口を閉じておけ」
「分かってるわ」
鈴音は一夏と同じ機体でないことに不満があるようだが、それはラウラも同じである。程なくして、格納庫内に聞き慣れないエンジン音が無数に反響した。
「離陸開始だ! 全員、無事に帰ってこい!」
『はいっ!!』
補助動力をつけたカタパルトのロックが外れる。全身を引っ張られるような急激な加速は最初こそ息が詰まったが、PICのおかげで一瞬だけだった。
無事に離陸した二機を見送り、千冬は胸を撫で下ろす。そして携帯のボタンを押して、コール。三回もしないうちに通話が始まった。
「束、一体あれをいつ、学園に送り届けた?」
開口一番、千冬はそう尋ねる。
『ちーちゃんに電話をして少ししてからかなー。束さんからのサプライズプレゼントだよぉー、ふぉーゆー』
「作戦会議を始める前に気づいて頭が白くなった」
『あはは、ごめんねー』
あの僅か一時間の間に人知れずそんな物をどう運搬してきたのか――いや、野暮な詮索は止しておこう。この天才科学者は常人には理解できないのだから。
「しかし、よくあんな物を持ち出せたな」
『えー、違うよ。一から造ったんだよ。中身をISに対応させる為に、前時代的な兵器のままじゃ不便だったからね』
「相変わらずやることが違うな」
『でしょでしょー? あ、米国の資料の方は全件書き換えてあるからあれは幻の五号機六号機として存在してる――ということにしといたよ。墜落してもこっちで飛行記録捏造するから安心して壊していいからね』
「それは助かる。損害賠償を請求されても腹を切れんからな」
金は天下の回り物だが、こればかりは笑い飛ばせなかった。