インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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天上を目指す流星へ願いを込めて

「身に覚えのない発明に、あの会社もいい迷惑だろうに」

 天才が手にかけた開発を知らないうちに登録されているのだから、これから先の発明にはプレッシャーがかかるだろう。

『あはは、そーかもねー。でもいいの。これで、霧島が消えてくれるのなら』

「……束。どうしてあいつをそこまで毛嫌いする」

 自己のコミュニティから他人を隔絶し、排除するという束の交友関係は自分から広げない限り決して広がることはない。狭く、深く。それこそ海溝のようなコミュニティだ。だが、その中でも霧島に対するその排他的思考は拒絶を通り越した憎悪すら感じる。

 逆に言えば、なぜ霧島にだけそのような感情を抱いているのかが千冬にはわからなかった。

『……さぁ? なんでだろうね、でもちーちゃん。これだけは言えるんだ。私にとって霧島は、邪魔なの』

「……そうか」

『だから、これから私はあいつの夢を潰そうと思ってる。二度と立ち上がれないくらいに』

 果たして、どうかな。千冬は知っている。霧島深崎がどれほどの執念を持ち合わせているのか。それだけでなく、束へ向けた想いも含めればあの秀才は人の域にいないかもしれない。それこそ悪鬼羅刹、修羅外道の道を歩んでも笑みを絶やす事はないはずだ。

「お前の好きにするといいさ」

 それだけ告げて、通話を切る。

(……束。お前が消してしまいたいと思っている以上に霧島はお前だけを愛してるんだぞ)

 愛されるということは、どれだけの至福だろうか。決して相容れない二人が相思していることは全くの逆の道だというのに。愛憎を極めてその最期に救いなどない。

 せめて、せめて――千冬は、もう一度だけ。

 

 霧島と話がしたかった。一時期は好敵手と認めたその男と。

 

 

 

 依頼屋の戦況は劣勢となっていた。それは覆せないほどの戦力差で。元より無理のあった絶望的な彼我の差、しかしまだ切り札は手元にある。これを使わずに地獄に落ちようものなら、釜の蓋を開けてでも這い出なければならない。

 依頼屋拠点、複合型潜水艦モービー・ディック号艦長、エイハブはやむを得ない状況として号令を出した。まだ予定していた時刻より早い。しかし、早急に手を打たなければ手遅れになる。

「最終シークエンスを切り上げろ! 排水開始、緊急浮上と同時にグレイ・ファントムの打ち上げを開始!」

「しかし、それでは」

「霧島博士に連絡を取れ! システム構成が済んでいるのなら即時発射だ! 弾道計算急げ! 全砲門、用意。近づく機影は全力で叩き落せ!」

「了解! こちら指令部、これより緊急浮上を行う。総員配置につけ! 艦長、ヴォルフはどうしますか」

「残り……四時間程度か。寝かせておけ」

 時計を確認して、エイハブはそう指示した。

 

 格納庫では霧島がその伝令を聞いて即座に最終チェックまでの過程を飛ばして打ち上げ準備に取り掛かる。

 いよいよだ。いよいよ、最後の大博打が始まる。この場にいる全員を欺き続けて一人、情熱を費やしてきた。

 予定を僅かに早めたその事態を見越しての調整は既に完了していた。だが今の今まで打ち上げをしなかったのは移動を含め、燃料の補充と軌道計算に費やしていたからだ。どこから打ち上げ、どうなるのか。霧島の計算ではその位置が最も望ましかった。

 モービー・ディック号の砲撃能力があれば打ち上げは容易い。

 同時に。

 まだ眠りについている共謀者の目覚めの時間を稼ぐという理由もあった。

「何か、問題でも起きましたか?」

 一人がしきりに連絡を取ろうとしているが、受話器を置いて首を振る。

「協力していた亡国機業の連中と繋がりません。それに、同行させていた我らの同胞も」

「……それは残念ですね」

 それぞれが自分の職務に没頭し、周囲の確認をする暇もないほど多忙を極めていた。それは怒号であったり号令であったりだ。霧島はそれを肩で切りながら向かう。

 眠りについている獣を覚ますために。

 大陸間弾道ミサイルの搬入作業が始まった。この複合型潜水艦、普段はその巨体にものを言わせて活動を続けるがいざという時は分離して艦隊を編成することもできる。中でも飛行甲板を改装した武装隔壁は要塞のごとく変貌を遂げる。だがその搭載火力が仇にもなっていた。外部からの攻撃には堅牢な防御力を誇るが、内部からの攻撃に脆い。付け加えれば潜水艦である以上、逃げ場も限られていた。

 霧島の目の前にはヴォルフの眠るカプセルが静かな稼働音を立てている。その中で眠っている顔は穏やかなもので、死んだように眠っていた。起床時間を早める。それはごく自然な流れで済んだ。

 これで、グレイ・ファントムの起動と同時にヴォルフは目を覚ますはずだ。

「霧島博士、ヴォルフがどうかしましたか?」

「いえ、よく眠っているものだと思いまして。何をしても起きないんじゃないかと」

「そうそう起きるようなことはありませんよ」

 装填され、発射されるまで霧島にできることはせいぜい成功を祈ることくらいだ。

 そのついでの手慰み程度の気持ちでヴォルフの愛機を手がける。とはいえ整備は万全で特にすることもなかった。ならば、と。

 

 

 

 モービー・ディック号内で緊急浮上の警報が鳴らされた。その音でシャルロットとセシリアが目を覚ます。廊下の様子を覗き見ても一瞥をくれる様子もなく一心不乱に駆け回っていた。

「なんだろう……?」

「もしかして、一夏さん達が?」

「でも、それだったら緊急浮上することもないんじゃないかな」

 艦内アナウンスがそれと言っている。

 そんな二人の部屋の前で足を止めるのは霧島だった。手には食事を持っている。

「こんな物しかなかったけれど、我慢してくれ」

「いえ、ありがとうございます」

 レーションに缶詰の内容物を温めた程度の物だったが、腹を満たすには十分な量だった。

「今、何が起きているんですの?」

「……ここから、大陸間弾道ミサイルを打ち上げる。それが今回の目的でもあるからね」

 扉越しに食事を摂りながら霧島は質問に応じる。思えばこの二人も不幸だった。計画そのものに支障を来すというわけでもないのに連れてこられた身だ。

「どこを狙う気なんですか」

「いや、どの国に向けたわけでもないよ。目標は宇宙さ」

「ICBMで、なぜわざわざ?」

「この規模とは言え、潜水艦だからね。シャトルを積み込めても発射できない。なら、より小柄な方を選ぶだろう? 航続距離に難はあるけれど、それでも補助ロケットを使用すれば成層圏を超え、そこからは自身の燃料で宇宙空間まで飛ばすことが出来る」

 よりコンパクトで、飛距離を稼げるのなら小さい方を選ぶ。乗員は無人機一機だけだ。宇宙飛行士がいるわけでもない、だが機体を積載する為に通常のものより少々大柄になってしまっている。

「ただ飛ばすだけでは無いんでしょう、霧島さん」

「ISを搭載して発射する。その為のシークエンスは全て完了しているよ」

 今起きている騒ぎもそういうことだろう。だが、シャルロットもセシリアも腑に落ちない点があった。

「なぜ、ISを宇宙へ? 搭乗者は?」

「無人機さ。心配はいらない」

「宇宙進出をさせると言っても、ここまでの騒動を引き起こす理由がボクにはわかりません」

「陽動、と言えばいいかな。宇宙空間でなければ意味がないんだ」

 ただの大陸間弾道ミサイルならIS学園に向けて狙いを定め、脅迫に使用したほうがまだいくらか価値はある。ところがそれを宇宙に向けると言っているのだから首を傾げもするだろう。世界規模の陽動が果たして効を得るのか。

「たかが打ち上げに、そこまでの価値がありますの?」

「私には、あるんだ」

 そうまでして、大勢の犠牲を経て、なおも遠い願いへ手を伸ばす。それに彼女たちも毒牙にかかると思えば、多少は心が痛む。そのことに霧島は驚いた。

 まだ僅かにでも、自分が誰かを犠牲にして痛める人の良心が残っていたことに。

「……本当に、すまない。これはせめてものお詫びだと思って受け取ってくれ」

 格子窓から接続端末を渡す。モバイルパソコンにも思えるそれはISと接続してデータの補修などが可能という説明を受けたセシリアとシャルロットは顔を見合わせた。

「打ち上げが終われば、私もここには用が無くなる。そうなったら後はISを起動して脱出するといい」

「でも――」

「君たちには、帰りを待っている人がいるはずだ。無事を願っている人がいる。私にはもう居ない、全てを置き去りにしてきた。その結果がコレだよ」

 左手の黒いガントレットを見せる。

「私は愛する人にすら置いていかれて追いつけない、情けない男だよ。惨めだと笑うかい?」

 疲弊して、擦り切れて、それを感じさせない微笑みは哀愁以上に底のない恐ろしさが垣間見えた。

「完全、とまでは行かずともそれなら戦闘に問題ないレベルまで修復してくれるはずだ。それじゃあね」

 手元の端末を眺めて、シャルロットはISを部分展開させて接続する。目立たないように腰部の接続部位のみだ。間もなく修復プログラムが起動した。決して速いとは言えない速度だが、これならば一時間もあれば十分間に合う。二人合わせて二時間、果たして間に合うかどうか。

 そんな二人の焦りを余所にして、警報が鳴り響く。

『これよりモービー・ディック号は息継ぎを始める! 噴気開口! 同時にグレイ・ファントム打ち上げを同時進行! 繰り返す!』

 モービー・ディック号が揺れる。

 これが、最初で最後の彼らの戦争。――その狼煙を担いで亡霊は宇宙を目指す。

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