艦体の中心部、噴気孔と呼称されるその位置はミサイルの発射口である。本来有るべき用途通りに大陸間弾道ミサイルを固定、それを取り囲む形で補助動力のロケットを三基取り付けが開始した。ボルトで固定し、発射の動力を含めてまずはロケットの燃料を使用。その後切り離しを行い、本体の推力で宇宙空間を目指す。
指令部では微修正を行いながら動向を見守る形となる。
浮上を終えて、モービー・ディック号は補給を行うべく帰投していた艦を切り離した。艦船と一体化していた艦橋を起こしながら陣形を構成していく。排水を終えた格納庫へ次々乗員が乗り込んでいき、隔壁の開かれた船から出航を開始。
フロリダ半島を離れた海域に突如として現れたその潜水艦は余りに異様過ぎた。潜水空母として運用されるはずの艦は、水上要塞として進化を遂げて世界へ牙を向ける。置き去りにされた野犬が吠える如く、近辺の軍艦へ向けて砲撃を始めた。
噴気孔ではミサイルの固定を終えて残るは射出するだけとなる。
「艦長、ICBM固定完了しました」
「カウントを開始! 噴気孔にいる奴らを下がらせろ!」
艦内アナウンスがカウントダウンを始めた。
それに耳を傾けながら、格納庫内に戻ってきた霧島は一息つく。
保管されているヒューズダストの残り数も少ない。当初あったはずの数から既に半数が空いていた。博物館のように並べられていたラックは悲しいくらいに足りていない。
後に回しに回していたエクスペリエンス01のアップデートは今からでは間に合わない、そう思った霧島は設計図だけを取り出し不憫に思った。これもまた夢の名残。忘れ去られるだけとなった。
心から謝罪の念を送り込み、記憶していく。それを十分に堪能してから霧島はその設計図を破り捨てた。これは自分だけの物だ。篠ノ之束を心の底から愛している自分だけの設計図であり、名誉と功績だけを求める愚かな学者の手で汚されるのが霧島には耐え難い苦痛だった。
それもすぐに海の藻屑となるだろうこの船と運命を共にする。
「霧島博士」
「どうかしましたか?」
「出撃の用意を。万が一、という可能性もあります」
「わかりました」
どちらにしろ出るつもりだった。束は必ず何か手を打ってくるだろう。まずハッキング――これは既に対策済みだ。どうあろうとも彼女は手が出せない。そう信じている。いつでも期待を裏切ってきた、だから今回もきっと裏切ってくれるだろう。決してそれは自分のではないが。
次に、協力者への情報のリーク。これも対策はできている。自分がまさにそれなのだから。そして、束の交友関係から導き出される協力者は一つしかない。
『カウント! 3……2……』
『警報! 接近する敵影あり! 数二つ!』
『1……0。グレイ・ファントム発射!』
そうだとも、必ずそれに頼る。自身の手を下さないのは何か別の思惑があってのことだろう。
束の協力者はIS学園だけだ。
――予想以上の速度で太平洋を横断し、一夏達はそれを目撃する。
『あれは……ICBMか!』
ラウラからの通信に、どうするか思考を張り巡らせた。どうあってもあればかりは撃墜しなければならない。この速度であれば間に合うはずだ。
「箒、こいつをこのままぶつけられるか!」
「やってみる!」
『こちらも試みる。脱出の用意はしておけ!』
進路を変えて上昇しつつ狙いを定める。眼下の巨大な要塞から砲撃が飛んでくるが掠りもしていなかった。
しかし、その甲板に現れた一人の男までは見えていない。左腕を空に掲げ、一機の黒武者が顕現する。腰を沈め、一息に跳躍して抜刀。
マッハ3,5のトライソニックファイターを捉え、一機を真横から両断してもう一機は返し刃で双発エンジンの片翼を損傷させた。
PICが作動しているとはいえ飛行機に変わりはない。崩れたバランスを持ち直そうにも急には止まれなかった。
「くっ……一夏、脱出するぞ!」
「分かった!」
機体の異常を知らせるアラート音で二人は脱出ボタンを押してコックピットから空へと躍り出る。全身を叩く暴風に怯むことなく、ISを起動させた。
「白式!」
「紅椿!」
白と紅の機体が黒武者を睨む。
「シュヴァルツェア・レーゲン!」
「甲龍!」
ラウラと鈴音も無事、脱出してISを起動。霧島を前に武器を構えた。
『あれは私の夢。彼らの悲願。誰にも邪魔はさせない』
両手に白刃を閃かせながら怨念のように唸る。
「霧島さん……!」
「諦めろ一夏」
「だけど箒、あの人は」
「一夏っ! あれは、世界の敵だ! 私達の敵だ! 諦めろぉ!」
紅椿を走らせて箒は霧島に斬りかかる。その間にラウラと鈴音はミサイルを撃墜できないか試みようとISを飛ばす。
『させるかぁっ!』
「ッ、ラウラ! 鈴!」
隠し腕を用いて紅椿を押しのけ、OAシステムで彼我の距離を詰める霧島に割って入った。雪片弐型と六閃・立花が火花を散らす。鍔迫り合いから刀を引き、押し込んだ一夏に右膝が押し当てられる。
『爆心!』
片膝に仕組まれたパイルバンカーが射出され、一夏はその場から強烈に押し戻された。体制を直すより先に踏み台にして霧島はラウラのブリッツから放たれる砲撃を切り裂く。熱された刀身が陽炎をまとっていた。
「鈴音、ここから衝撃砲は」
「無理に決まってんでしょ! 遠すぎるわ!」
「だろうな。ならば、目下の標的は……」
「あれの撃墜……ってことでいいのかしら?」
行き場のないエネルギーが爆発し、ミサイルはそのまま宇宙を目指して飛行を続ける。爆煙を背にしながら黒武者は鈴音と激しく火花を散らし、即座に離脱。交戦を続けながら高度を下げていく。
やがて、モービー・ディック号の巨大な甲板に着地すると次々と隔壁がせり上がり、その内部から顔を出した機銃の掃射を受けて一夏達は離脱した。それを追う形でミサイルの群れが迫る。ラウラがAICで数基を停止させるが、横から霧島が一閃。あわや海面に叩きつけられるというところで持ち直した。
残りは鈴音と箒が衝撃砲と雨月・空裂を駆使して全て迎撃する。だが煙幕に視界を奪われた。
「おのれ!」
ラウラが単騎で砲台を破壊していくが、数が余りにも多い。武装甲板の半数を沈黙させた辺りで再び霧島が襲いかかる。今度はAICで動きを止められた。
「不意打ちが二度も効くものか」
『なるほど。これがAICですか……』
ラウラが信じられないと言った様子で驚愕する。拘束されているはずの黒武者の腕が徐々に徐々に、緩やかにAICを切り裂いて迫っていた。
『お言葉ながら、止まる足も今は無いものでしてね』
シールドエネルギーの減少も目に見えている。ラウラはAICの解除と同時に後ろへ飛び退いてブリッツを発射した。空振りした勢いで前のめりに倒れ、脇の下から隠し腕を用いて機体を跳ね起こす。宙返りしながら避けたレールカノンを飛び越えて再度空中から強襲する。今度はラウラも距離を保って避けていた。
だがその足場が突然せり上がり、引っ掛けて体勢を崩す。そこへ回し蹴りが強打してラウラが甲板を転がった。
この強大な水上要塞、全てが霧島の援護に回っている。
一夏達も艦隊からの攻撃に身を晒されていたが、ようやく切り抜けてラウラと合流した。
「大丈夫か、ラウラ」
「ああ、私はなんとかな……それよりセシリアとシャルロットを」
「どう助けに行くつもりなのよ、こんな化物相手に」
鈴音の言葉はモービー・ディック号か、それとも黒武者を指したものなのかは判断がつかない。霧島の視線も今や飛び立ったグレイファントムへ向けられていた。
艦内からの通信で、ロケットの切り離しが成功。現在も無事に飛行を続けている旨が知らされて安堵していた。ならば、もはや憂いはない。成功は確実となっていた、それも束の間だ。
『外部アクセスを確認! 修正が……!?』
それは想定内だ。やはり束は動いた。霧島は兜の中で冷笑する。だが手遅れだ。修正しても、内部のコアにアクセスしても束には手が施せない。
なぜなら、そうプログラムしたのは自分だからだ。こればかりは天才の頭脳であっても解析は不可能に間違いない。一問一字一句、どれをとっても噛み合うはずがないと自負している。
『……束。君の手を下すには、今回ばかりは少々遅かったよ』
六閃・立花を持ち直し、構えて霧島は一夏達へと駆け出した。
あの篠ノ之束が、誰かに愛を囁けるものか――ことさら自分に。