インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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獅子身中の狂犬

 雪片弐型を白刃取りしてからの、隠し腕による居合のような正拳突きが白式を吹き飛ばし、黒煙をあげる隔壁を歪ませた。二刀流で相手していたからこその変則的な機動力を捨てて、真っ向からの打ち合い。動きは最小限に、かつ瞬間的な威力は最大限に引き出すにはそれが最も良いと判断した。だが龍砲に加えてブリッツによる遠距離攻撃にはどう対処したものか。

 幸い障害物には困らない。壊れて使い物にならない隔壁を盾に使えばいいだけのこと。

 それらを飛び越えて、紅椿が上空から斬りかかる。抜刀で防ぎ、納刀。爪先から不意を打って飛び出したサーベルまでは対処しきれずに直撃した。ここまで貯蓄してきたエネルギーが一気に持っていかれる。

「一夏、大丈夫か!」

「まだ余裕だ。二人を助けるまで倒れるわけにはいかないからな」

 武装甲板が途端に傾く。中央噴気孔との接続部位から剥離された。半数以上の武装が破壊され使い物にならない以上、パージする以外になかったのだろう。

『第三、第四甲板も廃棄だ! 使い物にならん!』

『しかし、まだ中には』

『構わん! やれ!』

『っ、了解!』

(なりふり構ってもいられなくなりましたか……)

 追い詰められた人間のなんと醜いことか。保身に走っている。ああ、いや――霧島は自嘲した。自分もその類の人間だったか、と。

 彼ら以上に、ずっと前からなりふり構わずそうして生きてきた自分が今更嘲笑える立場に無い。せめて、その先達として運命を共にするくらいの義理は全うしなければ。

 それでも最後に笑うのは自分と、狂犬だ――。

 

 避難勧告を出す余裕もなく第三、第四甲板を廃棄する。まだ中には消火活動に当たっていた者がいただろうに。火器管制システムでは一部の弾薬が尽きて現在も装填に人員が割かれている。

「グレイファントムはまだ起動しないのか!」

「残り“一時間”です!」

 霧島の独断で早められた時間を彼らはまだ知らない。

「――、ヴォルフを叩き起こせ!」

「ですが、あれはまだ」

「ここで最善を尽くさずにどうする! 外部アクセスの侵入を許しただけに留まらず、不手を打って沈むわけにはいかん!」

「分かりました。こちら指令部、格納庫。聞こえるか! ……聞こえるか、こちら指令部! 応答せよ!」

 通信しても、もはや手遅れだ。“狂犬”は目を覚ましている。

 

 

 ――通信の入る数分前。甲板の廃棄命令が出された直後のこと。

 

 格納庫内では廃棄命令が出された時から運搬される弾薬補給に回す甲板への異動が命じられていた。整備班長と技術班を駆り出して人気の少なくなった時を同じくしてヴォルフの寝ていたカプセルが起動する。

 ボクサーパンツ一枚で上体を起こして、眠気の残る頭を押さえながら周囲を確認。コンディションチェック――特に問題はない。手筈通りに霧島は設定していた。流石は世界二位の技術者と、賞賛は胸の内に留めておく。

 ヴォルフが予定より早く起床したことに技術班長が駆け寄った。しかし追い込まれた状況の中、確認する暇もない。

「――状況は」

 ライダースーツを着込み、装備を確認しながらそれはいつもの調子で尋ねた。

「第三、第四甲板の廃棄命令が今下された。現在は第一、第二甲板へ向けて弾薬補給するべく行動中だ。霧島博士は既に出撃している」

「そうかい。例の真打ちは」

「まだ起動していない。艦長に知らせてくる」

 内線を繋げようとした技術班長の肩を掴み、ヴォルフは穏やかな笑みを浮かべる。今までそんな顔など見たことがなかった。だからこそ今際に不安がよぎった、しかし遅すぎた。

「ご苦労だった、技術班長」

 生体兵器としての身体能力を発揮して、準備体操がてらヴォルフは素手で男の頚椎をへし折った。崩れ落ちる姿に呆然とする人間は四人。都合よく二人は愛機の傍に立っている。

「――やっちまえ」

 ウェアラブルコンピュータから遠隔操作でブラッドヴォルフが二人を轢殺した。重量に任せた急発進に加えて、そこらにあった弾薬箱でプレスされる。

 残る一人はラジコンのようにドリフトする車体に跳ね飛ばされ、ヴォルフに頭をトマトのように踏み潰された。いずれここに戻ってきた人間はヒューズダストを使用してでも自分を止めようとするだろう。

 通信が鳴り響く。そんなもの、とうに手遅れだ。自分が目を覚ました時点で。

 まだだ。まだ自分の仕事は終わっていない。最後に礼を言わなければ――今の今まで走狗としてこき使ってくれていた飼い主に。

 

 指令部では格納庫と連絡が取れないことに疑問が浮かんだが、今はそれに対して議論を重ねている暇すら惜しい。既に第五甲板が沈もうとしていた。

「霧島博士! 艦体への損傷を抑えてください!」

『ご冗談を。今が精一杯ですよ』

 エイハブは今までにないほど頭を回す。思考を張り巡らし、ここまで来てどうにか首の皮一枚を繋ごうとしていた。せめて世界に知らしめなければならない。自分達の功績を、偉業を。

「拉致した代表候補生を連れてこい! あれを人質に全世界へ発信だ!」

「――艦長」

「まだ終わるわけにはいかん、せめて最後の足掻きだ! それもろとも沈むとなれば――!」

 

 その下知が下されて複数名が向かった。部分展開していたISに繋げている端末を見て、良からぬ状況と察したのだろう。扉のロックを外して取り押さえようとした男たちは横殴りにされて絶命した。

「――君は」

「逃げるなら早くしな。つまらねぇことで台無しにされちゃたまらねぇ」

 行き掛けの駄賃代わりにして、ヴォルフは指令部へ向かう。

 

「……通信、途絶しました」

「何が……何が起きている! 今ここで! 工作員の潜入でも許したか!?」

「そんなはずは」

「ならどう説明する!」

「艦長、第五甲板が――」

「使い潰せ! 機能するようなら消火活動を急げ!」

 激昂していた。或いは、錯乱していた。何が起きているのか。オペレーター達も同様だ。通信が繋がるのは各艦隊と、まだ生きている甲板の火器管制くらいのものである。

「格納庫で何が起きたか、調べさせろ!」

 その命令を皮切りに、エイハブは唸った。何がおかしかった、どこでどう計画が狂ってしまったのか。グレイファントムの起動は予定通りに進行している。しかしそれを見る前に沈んでは元も子もない。

 ヴォルフは何をしている。格納庫の技術班長は。代表候補生すら連れてこれない部下達に苛立ちは頂点に達していた。何一つ抜かりなく今までやってきたはずである。何が、何が――堂々巡りの思考を遮る扉の開閉音。

「作戦行動中だ、出入りは――」

 エイハブの頭に突きつけられる、凶暴凶悪なハンドキャノンは誰が持ち込んだものか。決まっている。こんな物を欲しがり、使おうとするのはこの艦において一人以外にいない。

 まさか、と。だが納得がいった。全てに合点がいく。

「……貴様……! なんのつもりだヴォルフ!」

「なんだろうなぁ、艦長? 俺は、一体なんのつもりでここにいると思うよ」

 銃口はピタリと後頭部に突きつけられていた。オペレーター達もただただ呆然とするばかりだ。

『か、艦長! こちら格納庫、死者四名! ヒューズダストにロックが!』

 今となってはその悲鳴すら遅い。

『報告します! 代表候補生二名が脱走を図りました! 現在追跡中!』

 それすらも全ては手遅れだ。

「お前の仕業か」

「ああ、そうさ」

 悪びれる様子が一切なく、ヴォルフは笑っていた。満面の笑みを浮かべ、今にも笑い転げそうな嬉々とした表情を崩さない。

「いつから仕組んでいた、この裏切りを!」

「さぁてなぁ。知りたいか? 俺も知りてぇよ」

 分からない。全てが理解できない。この男の――兵器の考えていることが何一つ。

「なげぇなげぇ前座だった。来る日も来る日も飽いた人間相手。俺に勝てるはずがねぇ」

 第五甲板の機能が完全に停止する。弾薬庫に飛び火したのか船体が軋んだ音をあげながら揺れた。

「艦長さんよ、俺は何のために生まれた? 俺は何のために造られた。飽きてんだ、人間相手ってのが。だから、いい加減次の舞台に上がってもいいだろう?」

 その優しい声色が返って不気味さを際立てる。

「人間の身体なんぞと脆い俺と違って、アイツはさぞ頑丈なんだろうな……?」

「貴様……は、貴様の狙いは!」

「ビンゴォ! ご名答、ご明察の通りだ艦長っ! 俺の裏切りは“最初から”だ! テメェが下手な欲を掻いて世界最強の無人兵器に手を出したその時から決まっていた! おかげで最高の戦場が整った! 感謝するぜ、愛してるぜ艦長! 最後の最期に、俺にこれ以上ない極上のプレゼントだッ!! 嬉しくて涙がでらぁ!」

 ヴォルフの笑い声が狂ったように響く。涙を流し、笑う兵器など。

「お前ら人間が生涯かけてふんだくった賭けは、俺の勝ちだ。今の今まで負け続けて、最後の賭けも――俺に負けた」

「ヴォルフゥゥゥゥッ!」

 

賭け金(ベット)ッ、俺の総取りだぁ!」

 

 エイハブは即死した。余りに呆気ない男の最期に、パイナップルの花をオペレーターに投げ渡してヴォルフは指令部の頑丈な扉を閉める。

 くぐもった爆発音。確認の為の通信もノイズが走るばかり。

 今度こそ、ヴォルフは抱腹絶倒して七転八起しても有り余る程に笑った。涙が溢れるほどに、呼吸が辛くなるほど腹を抱えて笑っても足りない。

「起きろよ、ガラクタァ! 俺と遊ぼうぜぇ! 戦場の楽しみ方を、俺が教えてやるからよぉ! 来いよ、ルナリアが来ちまうだろうがぁ!」

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