インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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覚醒

 ――男たちの怨嗟に導かれて亡霊は覚醒する。

 眠りから覚めた赤子は、全身に接続された配線をわずらわしく思い、指一つ動かすことなく切断した。ケーブルが狭い弾頭内の空間を漂う。続けて、その暗がりから外の世界を見ようと腕を上げた。

 呆気なく開いた扉は宇宙と壁一枚を隔てていた役目を終える。

《…………》

 無機質な瞳が捉えるのは無数の星。そしてオゾン層を通さずに直接熱射線を容赦なく浴びせかける太陽。

 身を乗り出して、頭部のハイパーセンサーから通じてISネットワークが覚醒する。走る雑音に、システムが無数のエラーメッセージを吐き出す。必要最低限の機能を残して排除されていく記憶の残滓。新たに構成され、思考回路を一切埋め尽くすのは戦闘プログラムのみ。

 起動と同時に発動するように組まれていたそのウイルスは、亡霊の機能を内側から最適化していく。何のために作られたのか、何のための機能なのかを。

《システム:再起動》

 吐き出されていくエラーメッセージを解消すべく、グレイファントムは再起動を開始する。

 目標は眼下の青い星――地球。ISネットワーク上に存在する全ての機体を破壊する。その為だけに改造されたのだから。

 背面の大型ウイングスラスターを展開する。メインブースターとしてだけでなく、武装としても使用可能な複合兵装は問題なく稼働した。土台として使用していたミサイルの機能を排除。

 グレイファントムの“眼”として起動したICBMは、衛星軌道上より超々高度支援機として拡張領域を確保。

《エネルギー充填開始》

 同時に、最終兵器の側面を持つ。

 グレイファントムは憂うことなく地球へ向けて飛び立った。その手に廃棄された弾道ミサイルの隔壁を持って大気圏へ突入を開始する。

 

 

 

 モービー・ディック号が低い唸り声を挙げて機能を停止していく。同時に連携をとっていた同艦隊についても途端に動きが悪くなっていた。

「……止ま、った……のか?」

 機能していた武装甲板はまだ活動を続けていたが、それも下火となっていく。こうなれば制空権を得られるISに恐れる物は何もない。搭載火力の数に物言わせて妨害を強いられていた一夏だったがこれで霧島と互角かそれ以上の戦闘が出来る。

「これまでだな」

『……』

 ラウラの問いかけにも霧島は身動き一つせず答えない。

『中央指令部との連絡途絶! 状況はどうなってるんだ!』

『弾薬補給急げ!』

 内部からの通信を傍受すれば、右往左往していた。無理もない。だがその通信も一つまた一つと消えていく。霧島の背後で新たな爆発が起きた。第四武装甲板が傾くが、それでも動かない。

(……やりましたか、ヴォルフ)

 グレイファントムの起動もこちらで確認した。

 機能を停止した水上要塞はただの足場でしかない。鉄の闘技場だ。起動していた隔壁達も既に障害物としての役割だけが残っている。

 そして、セシリアとシャルロットがようやく青空の下に出てきた。複雑な内部構造を走り抜けて、やっと一夏達と合流を果たす。

「セシリア! シャル!」

「一夏さん!」

「皆も来てくれたんだ」

「当たり前でしょ、友達なんだから」

「……観念するんだな、黒武者!」

『――そうですね。余りに分が悪い状況です』

 これほどの人数を相手できるほど霧島は自惚れていない。

『ですが、それでも目的は果たしました』

「なに……?」

「なんだ、このメッセージは……」

 ISネットワークを通じたダイレクトメールを開封する。

《目標確認...》

《排除》

《排除》

《排除》

《排除》

《排除》

《排除》

「なんだよ、これ……どこから!?」

 誰に言われたわけでもなく、「まさか」という心境で空を全員が見上げた。

 一筋の流星。希望を持って作り出され、送り出された亡霊は生まれ落ちてきた。

 絶望を携えて。世界を終わらせるために。最強の兵器を破壊する為だけに亡霊は帰ってくる。

 全ては灰塵に帰すために。銀の福音が奏でる音色は悲劇の一幕。

『おはよう、グレイファントム』

 専用機のネットワークが最優先対象として登録され、真っ先にグレイファントムはモービーディック号へと着艦した。九十度直角で武装甲板に速度を緩めることなく、巨大な水飛沫を上げてへし折りながら頭を持ち上げる。

 その咆哮は産声だった。世界の全てを呪う怨念が憂い、望んだ悲願の叫び。

 人型でありながらウイングスラスターを二基備え、一切の武装が見受けられない姿は四足獣のようにへばりつきながら首を曲げる。視界に映った片端の専用機へと飛びかかった。

 最初の対象は、篠ノ之箒。紅椿へ肉薄した灰色の機体は執拗に追いかける。

「この……!」

 急制動からの天月と空裂による斬撃を飛ばしたエネルギー攻撃で追い払うが、次の瞬間には隙を突かれて接近を許した。これが銀の福音としてのプログラムを残していたのなら、箒は撃墜を覚悟する。

 しかしそれは余りに原始的な攻撃方法だった。グレイファントムはただ拳を振り上げて殴りつける。尋常ではない加速のついた一撃は重い、だがそれだけだ。

「なん、だ……あれは?」

 幼稚過ぎる攻撃方法は何か仕掛けがあっての事かと勘ぐったがそれすら徒労に終わる。これならばまだ霧島の方が手強い。次の対象を発見するとそちらへと飛びつく。まるで玩具を見つけて走る子供のように。――あんな物の為に犠牲にされた人々の数は数え切れない。

 対象となる攻撃目標が多くて目移りしているようにも思える。まだ本格的に起動していない、今ならば……箒が破壊しようと動くより先に霧島が道を遮る。

『グレイファントムの邪魔はさせないよ、箒ちゃん』

「……」

 昔となんら変わらない声色のまま、立ち塞がって。

 その人が最早手の届かない場所にたどり着いてしまったのだと思い知らされる。姉と同じように。

 そうまでして何を得られたと言うのか。

「あんな、玩具の為に……貴方はどれだけ犠牲を出せば気が済む!」

『世界の全てを』

「それで……!」

『私が欲しいのは、ただ一つ。彼女の、篠ノ之束の自由だけだ』

「……姉、さんの?」

『遅すぎたかもしれないけれどね。私はただ、束がこの世界で他の誰かと同じように、好きに生きてもらいたかっただけなんだ。ただ、それだけだったんだ……それだけが私の望みだった』

「それが、どうしてこんな凶行に」

『ISが全て消えてしまえば彼女の発明はなかったことになる。すぐにではなくても、いつかは。そうすればきっと……いつの日か。過去の産物として束は自由が保障される。ISによって立場を奪われた彼らのように』

 彼らの――依頼屋のように。誰にも見られることなく、知られることなく、好きに生きることができるのだと霧島は語った。この世界の全てを生贄に捧げてでも砂漠のオアシスのように渇望した物は。

「貴方は、どこまで狂っているんだッ!」

『彼女の為になら、私は何処までも果てなく、終わりなく』

「――貴方は、最低だっ!」

『千冬さんにも言われましたよ。聞き飽きた』

 黒と紅の軌跡が無数の剣舞を踊る。一夏はそれを見て、追われる鈴音達を見て、足を止めた。

(俺は――!)

「行け、一夏! ここは私達で十分だ!」

「僕たちに任せて、霧島さんを! 箒を助けてあげて!」

「ラウラ、シャル……」

「任せなさいよ、こんな奴すぐにぶっ壊してみせるから!」

「ええ。エレガントに決めて見せますわ!」

「……俺は、皆の言葉を信じるぜ! 負けるなよ!」

『一夏こそ!』

 親指を立てて、一夏は白式を走らせる。

 あれはもう自分が信じて憧れた人ではない。世界を危機に陥れた敵だ。最後に脳裏に浮かべたのは、穏やかに微笑んで手を差し伸べた記憶の人……霧島深崎。

「黒武者ぁあああああああッ!!」

『っ、一夏君ですか……これは僥倖』

 六閃・立花と雪片弐型が火花を散らして離れる。

「一夏……」

「俺は、あんたを千冬姉と同じように憧れた! いつかそうなりたいと思った! だけど、今は違う! 霧島深崎は、俺の敵だ!」

『ええ。大分前から、ずっとそうでしたよ……私は』

「覚悟しろよ、黒武者。俺はもう――絶対に負けねぇ!」

『当の昔に、覚悟は完了しています。二人まとめて、どうぞいつでも』

 漆黒の阿修羅がその手に二刀の刃を閃かせた。一夏のその隣に、箒が並ぶ。

「私も手を貸すぞ。一夏の手だけでは足りないだろうからな」

「……サンキュ、箒」

「行くぞ、これで終わりにする!」

「ああ、もちろんだ!」

 成長した二人の眼差しを見て、黒武者は兜の中で笑う。

 弟のように。妹のように思っていた二人の成長をこの体で感じることができる事が嬉しかった。

『……私の最期には、君達こそが相応しい』

 心の底からそう思いながら――三人は刃を交える。

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