――モービーディック号内部ではまだ生存者がシステムダウンの復旧に取りかかっていた。中央司令部が死んだ以上、各武装甲板の火器管制もそれぞれ独自に管理しなければならない。
回路を切り、自己管理システムを起動。止まったはずの水上要塞は息を吹き返していた。弾薬の装填、及び燃料の補給は終えている。残りはそれが尽きるまで戦い続けるだけだ。
まだ辛うじて生きている武装甲板は第七、第八甲板。“横腹”についている副砲達も駆り出して狙いを定める。
グレイファントムを追い回すISに向けて撃ち始め、甲板で戦闘を続ける霧島の支援射撃も開始された。
『聞こえるか、霧島博士! こちらもそう長くは持たん!』
『ええ、そうでしょうね』
『中央司令部が謎のシステムダウンを起こした以上、こちらも独自の判断で動くしかない。だが残量は』
『お疲れ様でした』
一閃。隔壁を両断すると、霧島はそれを蹴り込み一夏と箒を分断した。
雪片弐型と刃を交え、距離を離す白式を追うことなく足元に刀を突き立てて体を持ち上げる。死角からの刺突、紅椿が接近していた。隠し腕で殴り、踵を振り下ろす。
『霧島博士、なんのつもりだ!?』
『はて……何を、とは?』
『まだその甲板は……!』
『せいぜい、利用させていただきますよ。防壁としてね』
二枚、根元から両断したそれを隠し腕を用いて掴み、雪片弐型を防いだ。身を隠したそれで視界を塞ぎながら回り込むと刀を滑らせる。シールドの削りには成功したが、やはりそれを減少させなければ搭乗者にダメージは入らない。
雨月・空裂によるエネルギー攻撃も分厚い甲板の防壁を抜くには威力が足りなかった。振り回し、火花を散らしながら滑る甲板が一夏を弾き飛ばす。
「くっ、後ろに目でもついてるのか……!」
一夏の漏らした愚痴は、そんなはずはない。ISとは一線を画した兵器でありハイパーセンサーなどと言う技術は用いられていなかった。霧島は単に、持て余していた刀に映る姿を横目で見ているに過ぎない。その為、常にどちらかの腕は刀を持ち直している。
『裏切り者!』
『さて、どうでしょうね。私よりも警戒すべき人はいますよ。その鯨の腹の中に』
皮切りにして、突如噴気孔から爆炎が上がった。ICBMの第二射かと身構えたが、そうではない。ヴォルフが仕掛けた爆薬が各所で一斉に起爆を始めていた。広い艦内だ、トライクを走らせてもまだ有り余る通路にありったけの爆弾を置き去りにしている。
笑いながら、その狂犬は噴気孔から飛び上がった。空を求めて、戦争を求めて、最高の戦場の舞台に上がってくる。
「ハハッ、ハハハッ!! ギャーッハッハッハ、ハァッハー戦争の用意は出来てるかぁ、ガラクタァァ!!」
専用機も、モービーディック号も、己の命すら見えていない。その眼に映り、ただ求めるのは生まれて間もない赤子の兵器。
ラウラに向かっていたグレイファントムを横から跳ね飛ばし、海面に叩きつける。その勢いのままに正面を航行していた艦船に衝突させると急上昇して一度離脱した。
『――……! ――――――、……っ!』
『それでは、さようなら。依頼屋の皆様方。実に悪くない生活でしたよ』
霧島の言葉に答えたのは、もはやノイズだけだった。生涯を掛けた最後のペテンを制したのは、狂犬を飼い慣らした狂人。
モービーディック号が軋み、船体が過負荷限界に耐えられず各部位で耳障りな音を立てながら海の藻屑へと変わり果てていく。それでも各部の浮力は生きているのか、システムが完全に沈黙した後も漂流する丸太のように浮いていた。それを足場にして、一夏と箒が黒武者を相手に切り結んでいる。だが隠し腕を含めて六刀流。加えて右足にパイルバンカーを隠しているとあれば接近戦は愚の骨頂とも言える。
しかし、それでなければ倒せない。雪羅を発動して挑むには相手が悪すぎた。全てのスペックにおいて凌駕してもエネルギーを枯渇させられたらその一瞬で勝負は決まる。絢爛舞踏で補おうにも相手は彼我の距離を詰めるだけの機動性を持っていた。
対白式、対紅椿と称しても差し支えない性能を黒武者は突き詰めている。全てのISを破壊すると豪語するだけあり、霧島自身の執念も相まって修羅に違いなかった。
そしてヴォルフもまた、敵と認識されないままグレイファントムを執拗に追っている。
ISネットワークに接続されている機体を破壊するように組まれている為に、他の質量兵器には見向きもしない。それはそれで好都合なことだった。背後からイグニッションブーストで追いつくとサーベルを抜いて数度切りつける。エネルギーの減少に気付くと回避行動を取り始め、そこに車体ごと体当たりして鷲掴みにする。アクセル全開で艦橋に投げ捨て、空中でターンしながら車体中央に新しく増設されたリニアカノンを射出して離脱。艦橋ごとグレイファントムに攻撃を仕掛けていた。
「そぉらどうしたガラクタ野郎、遊ぼうぜぇ命懸けでよぉおおお!! ゲェアヒャッハッハッハ!! ヒャーッハッハァ!」
まだ構成を終えていないシステムはヴォルフを敵性反応と認識していなかったが、徐々にISネットワークから外部情報へと索敵範囲を伸ばしつつある。
今なら畳みかけて――そう思った専用機各位は頷き、グレイファントムへ襲撃を掛けようとしていた。しかしそれすらヴォルフから妨害が入る。動きを止めれば捕捉されて追われ、三つ巴の戦闘へと発展していた。
「アンタ、何なのよ一体! 味方なの、敵なの!? 敵でいいわけ!?」
「うるせぇ! アイツは俺の獲物だ邪魔ぁすんじゃねぇえええッ!!」
言うなり、一目散にセシリアを追うグレイファントムへ爆走する。
「あんな奴は放っておいて、我々だけであのISを撃墜するぞ」
「そうね、相手するだけ無駄だわ」
龍砲とブリッツが接近するも、それを回避するだけの成長を見せ始めていた。このままではいずれ反撃してくるに違いない。だがシステムの成長を助長しているのがヴォルフに間違いはなかった。そしてシールドの破壊に貢献しているのも間違いではない。上手く利用して撃墜に持ち込めればいいが――異常なまでの機動性を活かして徐々に無駄な被弾が減っていた。
《回避プログラム:修正修正修正――――完了》
《再構成開始:解析完了》
「くっ。まずいぞ! こちらの手が読まれ始めている!」
「だったらぁああ!!」
射撃主体の攻撃からいち早く見切りをつけたのは鈴音。双天牙月を連結して投擲、まだ対処方法を見つけていないグレイファントムは直撃を受けて体勢を崩した。弧を描いて戻ってくる際に更に一撃、受け止めてから更に鈴音が追撃を掛ける。しかし海面に機体が叩きつけられる前に復帰して鈴音を追い始めた。
グレイファントムのシステムは近辺にいるISにネットワークを通じて情報が強制的に送信される。現在も機体状況は随時専用機メンバーへと送信されているが、逆にこちら側の位置情報も敵が受信していた。常に最適化を繰り返し回避パターンを構築し続けるグレイファントムの異常性には、既にラウラとシャルロットが気付いている。
死角からの射撃を回避して速度を緩めることなくセシリアに肉迫するだけの成長を遂げていた。だが、しかしまだヴォルフを敵として、障害として認識していないグレイファントムは無防備な姿を晒している。
「無視すんなよ、寂しくて泣いちまうぞぉ!」
《――――》
全身に絡まるのは爆導鎖。カウボーイよろしく、それを片手にしてヴォルフは空を駆ける。行動障害に気付いたグレイファントムがウイングスラスターを吹かそうとするがセシリアの射撃によってバランスを崩し、そのまま引きずられていった。
「犬の散歩だ付き合いやがれぇえええッ!!」
戦闘を見守っていた護衛艦を巻き込みながら空も海も関係無しに狂犬が走る。
そこで、ようやく頭部のセンサーがヴォルフの姿を捉えた。
《質量兵器確認:敵性反応と認識》
《障害確認:排除開始》
亡霊はISに留まらず全てを灰にする悪霊と変化する。