それは夢に破れた怨霊
「…………」
ルナリアは、狂犬の亡骸を抱いて静かに涙した。せめてこの手で葬り去ってやりたかったものを、勝手に死んで、なんて嫌な奴だと。
悔し涙を拭い、トライクの隣に寝かせると空を見上げる。
エネルギーの残量が尽きて、グレイファントムはレッドアラートを吐き出していた。
稼働限界域へ突入した機体は全身を痙攣させながら溢れる莫大な情報量に翻弄されている。迸る電流も、暴走した光球の乱射も当てずっぽうで適当なまま沈黙した艦隊を破壊していた。
なんて、哀れで、愚かで、惨めな夢の果て。
「――――」
ルナリアはため息一つを吐き出して、喉に手を触れる。
(トライアレンド。これで、終わりにしよう)
こんなふざけたパーティーはこれで終いだ。トライアレンドを起動、アシンメトリーな機体は重厚な足音を立てて甲板を踏みしめる。最後に一度だけ、ヴォルフを一瞥した。
化け物と言えども、死んでしまえば人間と何一つ変わらない姿だというのに。
シールドバンカーを左腕に固定。リリウスのライフリングを始める。
他の専用機達は攻撃態勢に入っていた。だが近づく事も出来ず、射撃も機体周囲にばらまかれた光球の壁に阻まれて命中させられない。今ならば、そう思ったシャルロットがフェンリルを呼び出した直後に異変が起きる。
単一仕様能力――その発動は第二形態へ移行してから発現する、だがしかし。銀の福音を素体としている灰塵の亡霊が発動したのは“二つ”のワンオフアビリティ。
《強制起動:第二形態移行...完了》
《単一仕様能力:天上天下...発動》
《単一仕様能力:唯我独尊...発動》
《敵機の殲滅を最優先:稼動開始》
「嘘でしょ……ワンオフアビリティを二つとか」
あの時と同じように。
銀の福音がそうしたように。
灰塵の亡霊は“前世”の記憶に従って、その性能の全てを出し惜しみすることなく発動させた。
《展開可能武装:第四種構成完了》
《展開可能武装:第五種構成完了》
《展開可能武装:第六種構成完了》
《展開可能武装:第七種構成完了》
『モクヒョウカクニン』
次々とログを埋め尽くしていくグレイファントムのシステムメッセージに紛れて一通の言葉が混じる。
サイレントベルを解除。灰色の機体色に変わりはなく、容姿に大きな変化もない。だが、その挙動の一つを見ただけで分かる。明らかに先程まで見せていた無様な醜態を晒すことはない。
《加速兵装:ソニックダイブ》
羽が風で舞い上がるかのように、動きは軽かった。その次の爆発力は矢のように鋭くラウラとの距離を詰める。反応する暇もなく至近距離から特殊エネルギー光球を撃ち込まれるも、エネルギー手刀で苦し紛れのカウンターを試みた。だが僅かに距離が足りず、横から接近した鈴音がすかさずカバーに入る。
《近接兵装:青龍》
その手に握られていたのは双天牙月に瓜二つの薙刀だった。
「真似しようっての、生意気ね!」
白兵戦で戦うのなら鈴音に分がある。その動体視力に加えて、一丁一夜で真似して扱いきれる代物でもない。二度、三度、グレイファントムは押し負けて防戦一方となっていた。
《――――》
シールドエネルギーが枯渇しても機体の耐久性はそもそも重視されていたのか、僅かに表面を傷つけただけだ。
押し込む鈴音の前で、グレイファントムが笑う。フェイスオープンした口から淡い光が漏れ、全身を覆う空気の層に、それをよく知っている鈴音は背筋が凍った。
龍砲――銃身に圧力を掛けて構成する衝撃砲。その砲身形成は本来目に見えないはずだが、それが目視できるほどの圧力で機体を覆っている。
「嘘、でしょ!? 冗談、キツイわよ!」
《衝撃兵装:“獣の咆哮/ハウル・オブ・ビースト”》
“全方位”拡散衝撃砲が鈴音を木の葉のように吹き飛ばし、衝撃を叩きつけられた海面が抉れた。その空いた箇所を埋めようと渦が起こる。操舵手も今となってはいない鑑は巻き込まれ、衝突し、沈んでいった。
もしや、とラウラがデータを遡ってグレイファントムの展開可能武装を確認しようとするがアクセスを拒否される。少なくとも、六種。第二種兵装は既に黙らせて廃棄されているはずだ。
セシリアとシャルロットが十字砲火でグレイファントムを追い込む。最初こそ回避行動に徹していたが、光球で膜を形成してエネルギーシールド代わりにして威力を減衰させた。
《射撃兵装:ムーンライト/サンシャイン》
右腕に陽光を、左手に月光を。左右にそれぞれ色違いの大型ライフルを構えて反撃に打って出る。
濃紺のライフルからはエネルギー弾が、真紅のライフルからは実弾が湯水のように溢れた。本体の高速機動も相まっての射撃戦を制したのは、横槍で差し込まれたブリッツだった。
動きが止まったそこにトライアレンドのリリウスが直撃する。
「どうだ――!」
「…………」
笑みを浮かべるラウラに比べ、ルナリアの表情は険しい。被弾する瞬間、機体にエネルギーを利用したシールドを形成された。僅かに左肩のアーマーが剥がれただけに留まる。
《砲撃兵装:火雷》
両手のライフルを粒子構成し、ウイングスラスターを大きく広げると機体の周囲に大型のエネルギー光球が構成。立て続けに放たれるブリッツと相殺する。
「なるほど、私と撃ち合うつもりか? 望むところだ!」
「どうやら二つ同時に武装は起動出来ないようですわね! いきますわよ!」
「オッケー、セシリア! 任せなさい!」
機体周辺に展開したエネルギーの膜を打ち破ろうとセシリアと鈴音の二人が奮闘するも、ラウラの砲撃を避けたグレイファントムが両手に大型ライフルを構えて迎撃した。
「武装の切り替えがさっきより早い……! なら!」
《――――》
シャルロットがグレイファントムと銃撃戦を繰り広げる。実弾盾とエネルギー盾を上手く使い、それぞれで防ぎながら撃ち合いを続けているとサンシャインが弾切れを起こした。
それを、調子が悪そうに軽く振ると何事もなかったように再装填を済ませて再びシャルロットと高速戦闘を再開、ソニックダイブから青龍を構えて近接戦闘へ移る。
「やっぱり……この敵、僕の高速切替までコピーしてる……!?」
単一仕様能力は、交戦した敵の武装模倣だというのなら、その拡張領域にも限界はあるはずだ。少なくともここにいる五人の武装全てをコピーすることはできない。人間の限界反応速度を超えた武装の切替と構成。それこそがグレイファントムの持つ単一仕様能力、天上天下。
唯一の救いは、やはり近接攻撃を軽視している点か。鈴音には今一歩届かない。
「どんなもんよ! 接近さえしちゃえば怖くないわね!」
機体そのものを砲身として発動する全方位拡散衝撃砲にさえ注意を払えば、接近戦は鈴音の独壇場だ。
きりもみ回転しながら落下したグレイファントムは再び攻撃プログラムを書き換えて再構成を繰り返す。
防御プログラム、回避プログラムを“眼”に送信。新たに送られるデータを最適化しながら、成長を続ける。
《攻撃プログラム:最適化完了》
《防御プログラム:最適化完了》
《回避プログラム:最適化完了》
《第二形態:更新完了》
《再起動開始:再起動.完了》
《単一仕様能力:複合構成開始完了》
《天上天下唯我独尊:発動》
鋼鉄の肌身を晒して、灰塵の亡霊は戦場の潮風を受け入れた。
フルスキンの鎧を脱ぎ捨てて、全身展開装甲へと更なる進化を遂げて亡霊は飛翔する。
全ては己の存在理由のために。