インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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墓場より出ずる魔弾の死神

 

 

 ――ルナリアは、気付けばそこに立っていた。戦って、落とされたはずなのに。見知らぬ場所、見渡す限りの荒野に立っていながら妙な浮遊感がある。

 死んだのか、とも思う。あれだけの攻撃を食らって、シールドも尽きて、海面に叩きつけられて。そうなってもおかしくない。もしそうなら自分はとんでもない嘘つきになってしまう。

(セシリア……)

 願うのは、自分よりも友達の無事だった。ここがどこなのか分からないが、とにもかくにも早いところ戦線に復帰しなければ。一歩踏み出して、景色が変わる。何もない暗闇の中で、足場も無く浮遊感だけが残っていた。

 漂うようにして前に進む。いや、それが本当に進んでいるのか、それとも沈んでいるのかは分からない。だが、何もしないでいるというのは我慢出来なかった。自分が信じる道なき道を降りていく。

 その先に、一人の少女がいた。見知らぬ少女はそこにずっといたのか、待ちくたびれたように欠伸を漏らしている。

(……誰?)

 静かに、近くへ降りて近づいた。だが、見えない壁のような物に阻まれてその少女に近づく事が出来ない。手を触れると、そこで気がついたのか顔をぱっと上げて笑顔を見せた。

『はじめまして、かな?』

「…………」

 初対面以外の誰でもない。見覚えも無い。その少女は見れば、手足に枷がされていた。鎖が背後の闇に伸びている。奥が見えない深淵がこちらを見ていたが、不思議と未知の恐怖はなかった。

 ボロボロの、擦り切れたようなワンピース。煤けた頬に、傷んだ髪はそのままで、まるで孤児のような少女は笑っている。

『ひどい格好』

 言われて、自分もさほど変わらないことに気づいた。髪の先は焦げ、引きずり続けた身体は年頃の少女には些か不十分な状態だが、気にしたこともない。

 そんなルナリアを見て少女は、目を細めて悲しそうにしていた。

『ルナリアは、まだ戦うの?』

 なぜ名前を? などとは問うまい。首を縦に頷く。嘆息して、少女は再び問いを投げかける。

『どうして?』

 なぜか、と聞かれれば。どう答えたものやら。声が出ない自分は身振り手振りで答えても不十分だろう。それに少女も気づいたのか、手を振った。

『いいよ、解るから。ずっとルナリアの声は聞こえてたから』

(……私の声?)

『そう。心の声、いつも』

 読心術でも使えるのなら、敢えて聞こうとも思わない。ただ言われた通りに答える。

(許せないから)

『誰が?』

 誰、とまでは考えていなかった。言われて、ふと考える。

 ヴォルフ――そう答えていただろう、今までは。だが、その男が死んだ今となっては戦う理由が見いだせなかった。依頼屋も壊滅し、残るはその冥土の土産だけだ。

『ずっと戦うの? 敵がいれば』

 それは……、答えを言い淀んでいるうちに少女は話を続ける。

『私は、嫌だな。そんなの……ルナリアの大嫌いな人達と同じだもん』

 そうだろう。あれは敵がいなければ作るほどだ。だから答えに迷う。

 なぜ戦うのか。どうしてまだ戦おうと思ったのか。

 そこで、悩んで悩んで、ようやく思い当たった。

 守ってくれ、と言われたことを。もう二度と離れないようにと言われたばかりだ。

(セシリアを守りたい)

『大切な人?』

(今の私には、必要な人。きっと、これからも)

 小首を傾げる少女に、今度はルナリアが続ける。

(だから、彼女を守るために私は戦う、これからも。私には何もないから)

『好きなの?』

 好意を抱いているかと問われれば、あくまでも友好的な意味で好意は抱いている。ぎこちなく頷いた。

『そっか……じゃあ、ルナリア。頑張ろう、もうちょっとだけ。もう少しだけ、付き合ってあげる』

 見えない壁を隔てて少女の手が伸びる。その手を見つめ、ルナリアは自分の右手を見降ろした。

 御世辞にも綺麗とは言えない手を差し出して、指を絡めるように手を繋ぐと鎖が解かれ、少女の身体が淡い光に包まれていく。

 これが最初で最後の邂逅なのだろうと、ルナリアは察して。消えていく少女に問いかける。

(……あなたは?)

『私? 私は――』

 

 あなたの、ずっと傍に居たよ。ルナリア。

 

 

 

 出力に制限を掛けられていたグレイファントムは、大型ライフルに限界以上の過負荷を強いていた。銃身が焼けつき、遂にはシャルロットとの撃ち合いで崩壊する。だが二基に減った火雷がラファール・リヴァイブ・カスタムⅡを直撃した。シールドはギリギリ二桁に届くかどうか、という程度まで追いこまれている。それはセシリアも変わらない。

 投げ捨てたサンシャインが撃ち抜かれ、爆発を起こす。それに紛れて投擲した青龍が双天牙月と衝突し、鈴音を阻んだ。死角からのブリッツによる砲撃もムーンライトで迎撃する。

 そして、徐々に傾きつつあるモービーディック号は浸水による圧力が限界に達しつつあった。船体がうねり、ところどころでは圧壊している。武装甲板ですらひしゃげていた。

 夢に敗れた男達の墓場から、這い出すのは一機のIS。それと入れ替わるようにして沈んでいくのは狂犬とその愛機。

 辛うじてまだ航行機能が生きている艦に着地すると、膝から崩れ落ちる。限界だった。咳き込み、嗚咽を堪え、それでも、空を見上げればそこには敵がいる。

「――――――」

 倒すべき敵がいた。ならばやるべきことはある。

(ごめんね、トライアレンド……ごめんね。もうちょっとだけ、もう少しだけ一緒に戦って)

 世界の全てを破壊するなどと妄言を受けて作られた怪物を破壊するまでは。

《トライアレンド:第二形態移行》

《追加改修装甲:強制パージ》

《アーマー再構成開始》

 一度は壊され、もう使い物にならないはずのISだった。装甲を補修して、武装データも作り替えられて。一部のシステムを残したまま生まれ変わり、共にしてきた。その全てを廃棄する。

 本来であれば装甲に回されるはずの物を削り、一回り小柄にした代わりに搭載火力を上げられていた。

 トライアレンドの装甲パージと共にリリウスも解除される。拡張領域を食っていた物を解除することによって新たな武装を詰め込まれた。

 今までのような重さはない。だがこれまで以上のフットワークの軽さに驚く。機動性能は強襲する際には必要なパラメータだ。

《スカー・オブ・グレイブ:起動開始》

 かつての使用者とは違う。ルナリアに合わせてトライアレンド自らが形成した新たな機体は、装甲こそ劣るもののそれ以上に有り余る武装と汎用性を兼ね備えている。

《スケイスコート:展開》

 震える吐息を漏らして、全身を覆う複合防御型マントを羽織って体を隠した。

《クライクロス:展開》

 両腕に握り締める形状を確かめて、持ち上げる。

 シールドの残量は元より0に近い。しかし、相手と条件が互角という、それだけだ。多勢に無勢などと、卑怯でも良い。どうせ死んだらそこまでた。

(もうこれで終わりにしよう、全部。馬鹿げたパーティーはお開きだ)

 地獄絵図のような海面からルナリアは飛び立つ。

 亡霊は地獄に沈んでいればいい。

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