「私、聞いておりませんわ!」
「…………」
「あ、貴方が新しいルームメイトだなんて」
夜も深まろうとしていた時、セシリアの部屋にルナリアが荷物を持って入ってきた。それについて真耶が申し訳なさそうにしている。事後通達になってしまったが、色々な事情が絡んだ結果であった。
「ラウラさんやシャルル君が来て、それから急にルナリアさんが転校してきたから部屋の都合が中々つかなくて……セシリアさんに知らせるのが遅れてしまったの」
「まぁ、構いませんわ」
「良かったー。それじゃあ二人とも、これから仲良くね」
あっさりといなくなる真耶。取り残された二人。
天蓋付きのベッドに部屋の装飾もセシリアの好みで埋められていたが、それに関しては特に気にした様子もなくルナリアは荷物をベッドに下ろす。下着を入れたボストンバッグと、その他のキャリーバッグが一つずつ。
『放課後の模擬戦といい、縁がありますね』
「そうですわね」
部屋を見渡し、パソコンが目についた。
「こほん。部屋を同じくする者同士として貴方に注意しておくべきことがありますわ、って聞いておりますの!? き、聞いてるならよろしいですけど……ご覧の通り、この部屋は私の私物が部屋を占有してる状態ですわ」
うんうん。ルナリアはパソコンを起動させて頷く。
「ですので、貴方には悪いのですがそちらから……こちらまでが貴方の場所。よろしくて?」
特に意義を申し立てることなく、素直にその要求を受け入れた。
「では先にシャワーをいただきますわ」
セシリアが一瞥して脱衣場に入るまで、ルナリアは何かウインドウを開いて入力している。
博士は久々に踏む故郷の土からまだ離れずに、疎かにしていた家族の墓参りをしていた。花を添え、墓石を磨く。線香をあげて手を合わせる。
夕暮れの中で二年の歳月を隔てた墓参りを済ませて立ち上がると、着物の女性と視線が合った。長い黒髪が優雅に揺れる大和撫子を体現したような可憐な姿。
「今日は懐かしい人に会う日だなぁ」
「……あら? もしかして……深崎さん、ですか?」
「やぁ、
緩い口ぶりで首を傾げた女性に、霧島は朗らかに片手をあげて挨拶した。
「長らく姿を見かけておりませんでしたね。今はどちらに?」
「アメリカの企業に就職してるよ。これから仕事でフランスに飛ばなきゃならないんだ」
「まぁ、それは多忙なところを……申し訳ございません深崎さん」
「こっちこそ。また今度、ゆっくりと話がしたいね」
「はい、そうですね。それではまた」
手を振り、霧島の背を見送った奏は夕暮れに佇んで胸元に手を寄せた。ほぅ、と温もりの込めた息を吐き出す。
「カッナデー! ヘーイ!」
「あらあらお止しください」
「ん、あれ誰よ? まさか小指の人?」
「そのような方ではありません。……いずれ、そうなりたいとはお慕いしてますが」
「ヒュー……なんか悔しいなぁもー。ま、いっか。ウチは女だし」
「それで、どうかなさいました?」
「ん、あちゃー。忘れてた。この国のメシが美味くてねー。姐さんからの指令を忘れるところだったよ」
「まぁ。休暇はおしまいですか」
奏は薄く微笑みながら手を引かれて墓地を離れた。その先の道路で一台の車が待機しており、その両脇には成人して間もない若い青年が二人を待っている。
紫煙を吐き出して短くなった煙草を踏み消し、二人を乗せると車を出した。
その行き先は、誰にも分からない──。
セシリアがシャワーを浴びて戻ってくるとルナリアはまだパソコンと向かい合っていた。それに少し呆れ、肩に手を置く。
「何をしてますの?」
指差したのはウインドウの一つ。そこにはトライアレンドのデータ数値が記載されていた。交戦したブルー・ティアーズとの性能スペック差も載せられている。
「……もしかして、これを作ってたのですか?」
黙って頷き、パソコンのメモ帳を開いた。
『私もシャワー浴びてくる。このデータは好きに見てていいですよ』
「分かりましたわ」
ボストンバッグを漁り、適当な下着を持ちだすとルナリアは脱衣場に消える。セシリアがそのデータを見比べる限りではそれほど性能に差がなかった。
詰まる所、それは単純に戦闘経験の差で負けたということになる。
悔しいが紛れもなく事実。模擬戦で敗北を喫したばかりだ。
展開可能武装も記載されている。
「……あのレールガンだけみたいですわね」
武器として使える物はそれだけだった。後は大型シールドと戦局に応じて切り換えられる機動ユニット。だが、それが全てではなく一部の枠内は黒く塗り潰されてロックされていた。まだ全容を明かしていないらしい。
ブルー・ティアーズのデータも見てみるがセシリアは少し気分が落ち込んできた。
「はぁ……」
気分転換にお気に入りの紅茶を淹れる。ベッドに腰を下ろし、口に含む。
BT兵器を搭載していないシンプルな機体だった。しかし、レールガンの副産物ともいえるEMP。そしてPICの切り換えと盾を使った撹乱──最後の決まり手でもある銃身を使った刺突。
トライアレンドの性能自体は第三世代型ISの域を出ない。右腕のレールガンはチャージに時間が掛かる。しかし、ルナリアの操縦技術がそれを補っていた。
一度立ち上がりの遅さをカバーしてしまえば相手を蜂の巣に出来る。そう考えるとブルー・ティアーズは安定した性能で相手を追い詰めるタイプだ。
思いつめたセシリアが紅茶に映る自分の顔とにらめっこを始めていると、ルナリアが髪を拭きながら出てくる。
「はしたないですわよ」
「……?」
タオルを首に掛け、下着姿で首を傾げていた。セシリアは気品の欠片もない姿にほとほと呆れる。自分はこんな同い年の少女に負けたのだから。
「髪もそのように扱ってはいけませんわよ。もっと丁寧に……ああ、もう! 見てられませんわ!」
椅子に座らせ、丁寧に髪を梳きながらセシリアは頬を膨らませていた。
「まったく、どうして私が……。なんですの?」
カタカタとパソコンのキーボードを打つルナリアの頬が赤いのは風呂上がりだからだろうか。
『ありがとう』
「べ、別に。私は淑女として当然の事をしてるだけですわ。それよりも、イギリスの名門貴族にして代表候補生である私に髪の手入れをしてもらえるなんて光栄に思いなさい」
小さくルナリアは頷いた。
「出来ましたわ」
青いロングヘアーを指で梳いてみる。今までろくな手入れをしてなかったが、中々悪くなかった。
「そ・れ・と。いい加減服を着てくれませんこと? 風邪引きますわよ」
恐る恐る振り向くと、眉をつり上げて睨んでいる。ルナリアは大人しく従い、バッグからハーフパンツの寝間着とシャツに着替えた。それからセシリアは紅茶を飲み始める。
「はぁ…………」
『大丈夫ですか?』
「え、ええ。気遣われる事もありませんわ」
『本当に?』
「……少しだけ、貴方に負けたのがショックですの」
『それはごめんなさい』
「別に謝罪を要求したわけじゃないですわよ。ただ、私のブルー・ティアーズはまだまだ……」
『BT兵器は制御が難しいから。空間把握能力が求められる。特にセシリアさんのはまだまだ試作段階だから』
「詳しいですのね」
『アメリカでISに詳しい人の傍にいたから』
特に、ISに対抗できる兵器の設計開発を受け持っていた。独自の開発も行っている。そのシェアは他の企業に比べるとまだまだないが、トライアレンドがその性能を示してくれるだろう。
「じゃあ、あのレールガンもその企業の開発した武器ですのね?」
『三点バーストのレールガンだから、扱いが難しい』
「三点バーストだなんて聞いておりませんわ!?」
声を荒げるセシリアは尤もな反応だ。シールドエネルギーの消耗が異常に早かったことに合点がいって深くため息を吐き出す。
「どういう神経をしてるのですか、その会社は……」
ルナリアが少し手を止めていたが、やがてキーボードを叩いた。
『45口径信仰の社長と世界で二番目の博士がいる普通の企業』
「それを普通と言えるのはルナリアさんくらいでしてよ」
そんな環境に拾われたからかそれが当たり前になっていたルナリアにとってその一言は少なからず衝撃を与える。
「まぁいいですわ。そろそろ消灯時間ですし、灯りを消しますわよ」
データを保存してシャットダウンさせた後にベッドに横になった。それを確認してからセシリアは部屋の照明を消す。