インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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夢の果ての最果ての奈落へと

 黒武者の周囲に浮かぶ粒子はシールドエネルギーなのだと容易に想像がつく。それがまるでオーラのように、黒く変色して陽炎となって漂っていた。目視できる程の濃度といえど、それを攻勢変換すれば絶対の防壁は薄く脆く崩れ去る。今ならば対等の条件下で戦えるはずだ。

 白式には零落白夜という切り札がある。それさえ当てられれば、シールドそのものは相殺出来る……問題はただ一つの最難関。

 霧島がそれを許すかどうかに絞られる。

 隠し腕を用いない現状では限りなく本来の状態に近く、それ故に恐ろしい。白刃の閃きは白式の僅かに残っているエネルギーも枯渇させるだろう。もしそうなれば零落白夜もまた発動を停止する。

 綱渡りに次ぐ刹那の綱渡りの連続。一撃ももらうことなく、必殺の一撃を当てられるか。一夏はかぶりを振った。当てなければ勝てない。当てても軍杯が上がるかどうか。

だがそうしなければ誰一人守れないままに世界は蹂躙されていく。狂人に、亡霊に。

(俺は……弱いかも知れない)

 だが、それでも。

(それでも俺は、誰かを守りたいと思ったんだ)

 手の届く誰かを、皆を。今、背後に箒が倒れている。その手が届く場所で。最も身近にいるそこで倒れている。

 ならば、退く道理はない。立ち向かうだけだ。敵を討ち、守り抜く為に。

 呼吸を落ち着け、現状を再認識する。相手は一人、黒武者。エクスペリエンス01。霧島深崎。両手には大太刀を一対に構えた二刀流。

 それに対して、一夏の手には雪片弐型が一本。それだけだ。だがそれが唯一の切り札も兼ねている。零落白夜。

 さながら侍同士の立ち会いの如く、両者は睨み合う。紅椿との連携があったからこそ一夏は恐れずに戦えた。だが今は違う。下手な一挙一動が許されない。それぐらいのことは分かっている。

 OAシステム――イグニッションブーストにも似た爆発的な加速力を得る推進装置。その使用にはシールドがあればシールドを、無ければ急激なGを受けて発動される。刀身にのみ発動させて放つ裂空。それにも警戒は必要だろう。

 この土壇場に来て、エクスペリエンス01は全力を発揮できるほどのエネルギーを貯蓄している。憎らしくも、紅椿から奪い尽くして。

「…………」

『…………』

 潮風が鼻につく。武装甲板は完全に沈黙して銃架は俯いていた。なんて景気の悪い戦場だろうか。だが、そこは男達の墓場。夢を見て追いかけ、追い求めた最期に全てを奪われた骸の集まり。過去に消えるか、未来に生きるか。

 ISと、対IS専用兵器。霧島は己の未来をなんと心得ているのだろう。

 足を離さず、擦るように、地雷原に踏み入れたかのような慎重さで足を忍ばせる。周囲の状況をハイパーセンサーで確認しながら一夏は霧島と読み合いを続けていた。

 防御隔壁は周囲にある。それを目くらましにするか、それとも上から――いやダメだと自己結論に陥る。相手は上を行くだろうと思えたからだ。

 最も愚策にして最短の正解は、やはり正面から全力で挑むこと。それに落ち着く。一夏は、それでも踏み込めなかった。

 あの太刀の射程圏内に入れば、まず自分は防戦を強いられる。万が一、残量の少ないエネルギーを更に削られることとなれば敗色は極まった。

 何か、ひと工夫。手を欺瞞できるだけの術があれば。

 内心の焦りを表すように、一夏の頬から一粒の汗が滴り落ちた。その一滴で妙案が閃けば苦労はない。現実は甘くなかった。何も変わらない。

 二刀流の欠点を突けば、とも思うがそうもいかない。その為に腕の出力は上げられているだろう。剣を取りこぼすこともないはずだ。――雪片弐型を見て、黒武者の太刀へ視線を移す。

 性能に頼れば、恐らく太刀を折ることはできる。二本と言わずとも一本だけでも。しかし、そうした後、どうなるか。良くて返し刃で一撃をくれるだろう。

 考えれば考えるほどに思考の沼に嵌っていく。

 自分は天才などではない。そうしている間にも二人は距離を離さず、近づくことなく徐々に武装甲板の上で堂々巡りを繰り返す。

 そこで、霧島が足を止めた。一夏も身構える。

 条件が同じであるならば、霧島もまた一夏と同じような状況であった。シールドがあるとは言え零落白夜を受ければ敗北を喫すのは分かっている。それをどのタイミングで使用してくるか掴めない以上は下手を打つわけにもいかなかった。

 内蔵の軋みを隠し通せても、やはりどこかでボロが出る。出力を最大まで上げたシステムのせいで霧島の体は中身が万全ではなかった。それでも何一つ妥協を許さないのが、束を想う一心。気迫だけで一夏と向かい合っている。

 自分の最期が織斑一夏と篠ノ之箒であったことはせめてもの救いだろうか。口の端から滴る血の一滴が憎い。この体がせめて人間でなければ、どれほどこの機体を扱いきれていたことか。

(度し難いものですね……人の体というのは)

 今になってこそ、そう思う。だが人でなければ束を愛する気持ちすらもなかったのだと考えるだけでおぞましい。それがあるからこそ、霧島はそこまでこれたのだから。

 半死半生、まさに今がその状況だった。肉体も精神も磨り減り、酷使してきた代償がこの大一番で襲いかかっている。専用機諸君、紅椿と白式による猛攻、OAシステム最大出力、どれをとっても間に休息を挟めば万全と言えた。

 ここで朽ちれば、依頼屋と同じ。結局は凡人の域を出なかったということになる。生涯を捧げて得られた対価がそれでは報われない。

『…………一夏君。私の最期が、君でよかったと本気でそう思っているよ』

 もう長くはなかった。自分の体のことは、自分が一番よくわかる。

 雌雄を決する時だ。自分は死ぬだろうけれど、構わない。

 ――きっと、自分が死ぬことをあの社長は許してはくれないだろうけれど。

 

 一夏と霧島は視線を交わし、拮抗しながら武装甲板を併走する。先には隔壁、それを挟んで二人は足を止めようとしなかった。

 両の手の太刀を重ねる。防御を捨てて攻撃へと変換し、刀身に纏わせるとそれはすぐに現れた。不可能など信じない。元より、それを覆すだけの想いを乗せている。

 隔壁を溶断するだけの出力を得た一閃を読んだのか、それとも危機感が勝ったのか。一夏は跳躍して避けた。足場を崩された隔壁はずれ落ちていく。今度はそれにOAシステムを重ねて蹴り出す。鋼鉄の質量を持つプレッシャーとなって襲うそれを、雪片弐型で乗り越えて一夏は黒武者の姿を捉えた。

 上空より急襲、太刀の間合いから離れる。その離脱を見逃すはずも無く、霧島が踏み込もうとした瞬間に踏みとどまった。一夏の手が刺突の構えを取っていたことに気づき、躊躇した。結果、一夏の離脱を見逃すこととなる。

 一拍の間を置いて、二人は駆け出した。

 刃を重ねる。火花を咲かせながら、命を燃やして全身全霊の攻防を繰り返し。繰り返し、繰り返し――丁々発止、剣の冴えはここに来て最高潮に達していた。奥歯を噛み締め、息も詰まる切迫した駆け引きに全てを賭けて。

 宙に逃げた一夏を追って霧島が跳ぶ。巧みに姿勢を御しながら攻防の応酬、そして一夏が先に着地した。

(ここだ!)

 黒武者の落下地点に先回りして、地を這う斬撃を振り払う。これこそは不可避であると自負していた。

『――――ッ!』

 明らかな動揺のひと呼吸を挟んで霧島は左手の太刀を足の間から突き立てる。刀身が埋まり、足を浮かせて。雪片弐型の一撃で呆気なく左手の太刀は砕け。身を挺して霧島を守った。

 今度こそは一夏が息を呑んだ。振り上げられた太刀を防ぐべく、足を捌く。

 一寸、刹那でも遅れていれば勝算は潰えていた。やぶれかぶれということもあってか、重くはない。互いに距離を離す。

 左手の折れた太刀を投げ捨てて、霧島は両手で最後の一刀を構える。

 一夏はその一挙一足一動を見逃すことなく迎えた。

『ハ、ハハハ! 流石だ。ああ、本当に流石は――彼女の弟というだけはある!』

 そんな状況にあってなお霧島は笑みを絶やさない。枯れ細った声で、凶悪な鎧兜の下で血を吐き、二本の足は力強い。執念だった。

「白式――!」

『そうだ。それでいいんだ! この世界は、未来に溢れている! 私にではない、君にこそ――!』

「零落白夜、発動!」

 天を切り裂く攻勢エネルギーの刃を携えて、黒武者は全身で袈裟懸けに振り抜く。

 刀身が展開する。己の防御を犠牲に白式はエネルギーを対消滅させる刃を形成した。

 ぶつかり、反発し、まるで感じない手応えに黒武者は無防備な姿を晒す。

「黒武者ぁああああああっ!!」

 ――元は、シールドエネルギーだ。根本は同じである。ならば……、

『やはり、彼女の発明は最高だ……』

 エクスペリエンス01の目指した極地は、完成形はそれだった。

 両者の全エネルギーを持って、零落白夜は宵闇を切り裂く。

 いつかは、世界の全てを覆っていたであろう狂人の暗く果てない夢を。

 

 

 

 黒武者は機能を停止させて片膝を着く。一夏も白式も限界をとうに超えていた。

 意識が朦朧とする中、傷つき、倒れた箒を抱き抱えて背後に声を掛ける。

「……霧島さん。俺は、あんたのことが嫌いじゃなかったぜ」

『それは、どうも……一夏君』

 ギギギ――油の切れたブリキ人形のように、割れた兜から黒武者は微笑んだ。

『後は振り返らずに、まっすぐ生きてくれ』

「ああ。……じゃあ、またいつか」

『また、いつの日か』

 白式はとっくに限界を超えている。だが同じようにモービーディック号も水圧に耐え切れなくなっていた。渦潮に飲まれていく瓦礫に漂流しながら、黒武者は空を仰ぐ。

 ――何も後悔が無いといえば嘘になる。

『……完成、させられませんでしたねぇ…………墨桜』

 エクスペリエンス01の最終完成系、それがペーパープランで終わったことだけが嘆かわしい。

 右手に残った太刀を持ち替えて、白刃を己に向ける。

『私が……彼女に捧げたこの一生。この一死、誰の手にも、渡すものか――』

 左胸。シールドエネルギー粒子攻勢変換装置を貫き、背中から刃を覗かせて。

 

 胸に秘めた情熱も何もかもを抱いて、霧島深崎は夢へと没した。

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