インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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パーティ・イズ・オーバー

 グレイファントムの回避プログラムは進化の一途を辿り、留まるところを知らない。今となっては当てるのに苦労する始末だ。限界出力すらカットした機動性は光の軌跡を描きながら戦場を駆け巡っている。

 それこそが生きる証明。存在の理由。専用機であろうと量産機であろうと相手は誰でもいい。ただひたすらに戦場の駆け引きを謳歌する。

 ブルー・ティアーズとラファール・リヴァイブ・カスタムⅡのシールドは限界に達し、通常起動ですら危うい域に入っていた。シュヴァルツェア・レーゲン、甲龍も余裕はない。相手は疲れ知らずの機械だ。こちらは人数こそ多いが生身の人間、どちらも限界はあるがあまりに格が違いすぎる。

 片腕を失い、腹部裂傷から火花を覗かせ、翼をもがれた灰塵の亡霊は戦うことを止めようとしない。

「あー、もう! 一体なんなのよ!! いい加減壊れろっての!」

 鈴音の怒りに、意外にも返答が返ってきた。

《それこそが、私の存在証明》

 発信源はグレイファントム。静止したところへ下から実弾が飛んでくるが、難なく回避。セシリア達が視線を向けるとスケイスコートをなびかせながら二丁の銃を連射するISがあった。

「ルナリアさん、無事でしたの」

 果たして無事と言えるかどうか。シールドの残量は尽き、今も無理やり起動させているような状態だ。システムエラーのメッセージ報告が幾つかあるが、それらを自動修復に切り替えて放置する。

 首を横に振るが、銃口はピタリとグレイファントムへ向けられた。

《戦闘こそが私の存在価値。戦場こそが私の存在理由。闘争こそ我が本能。我思う、故に我有り》

「ふん、自動人形風情がよくも御託を並べられるものだ」

《それこそが証明。存在の。昇華しなければならない。私は高みへ。世界の果てへ》

「アンタの理由だかなんだかはどうだっていいわ! 迷惑してるのよこっちは!」

《どうして。なぜ。私は邪魔をする。貴方たちが》

「ボク達の世界は、君なんかに壊されるためにあるんじゃない」

《理解不能。拒否。戦いこそが存在。世界はその為に》

「貴方の仰っていることはプログラム。刷り込まれた考えですわ」

《作られたからこそ心。思考する》

「その思考が戦うことで一杯だから単純バカだってんのよ!」

 問答を繰り返しながらグレイファントムは回避する。

 追撃していたルナリアが銃を突きつけながら問う。

『選べ。戦うか、死ぬか』

《戦う》

 グレイファントムは間髪いれず答えた。

『なら、戦って死ね』

 ルナリアは答える。肉迫し、接近し、掃射。その全てを紙一重で回避するグレイファントムも片腕でムーンライトを照射しながら応戦する。

《死とは。理解不能。プログラム該当なし。返答を》

『黙ってろ』

《拒否。返答を》

『しつこい』

《回答を求む》

 その返事を返す手間すら与えないくせによくもベラベラと喋るものだ。感心しながらルナリアは二丁の十字架を握る。

 展開可能武装は多い。両脚部、両肩部、背部。両腕部に全て内蔵されている状態だ。全身装甲というよりは全身武装(フルアームド)と形容するべきが正しい。

 ダブルデリンジャーのように二つの銃口を持つ主力武装、クライクロスの下部から延長バレルを持ち上げて実弾からエネルギーへ弾種を切り替える。

 グレイファントムの“眼”から得られる視覚情報、ISコア・ネットワークを用いてもスカー・オブ・グレイブの展開武装情報データは確認出来ていなかった。

 弾倉が赤く弾切れを表示する。下部弾倉を廃棄して腰から新たに排出されるマガジンを押し込み、叩くように装填。内部にエネルギーが十分伝達されるまで上部の実弾で応戦する。

 引き撃ちをしながら右に左に、時には上下にも移動しながらつかず離れずの距離を保ち、ひたすら撃ち合う。

 セシリアとシャルロット、ラウラと鈴音の援護も加わってかルナリアの弾丸はグレイファントムの機体を掠める。だがやはりエネルギー兵器は相性が悪いのか、全身を覆う光学防御に阻まれて思った以上のダメージは与えられない。

 ならば、と距離を置く。

 グレイファントムが火雷の有効射程範囲内へ入った対象全てへ向けて光を放つ。

《パンツァー・ゲヴェーア:展開》

 背面から突き出て両肩に固定される砲身にクライクロスを接続。延長した砲口から大型の実弾が射出され、火雷と大爆発を起こして相殺する。伸縮した砲身から薬莢を排出して次弾を装填。

 距離を選ばない射撃機体、これだけならばシャルロットの機体と差異はない。しかしルナリアの決定的な違いはその隠匿性にある。正面からではなく、死角から。夜間における戦闘であればその本領を惜しみなく発揮できるであろうが、今は夜も羨む快晴だ。

 バイザー状のハイパーセンサーも情報処理能力に秀でている。仲間との連携を無視した完全なスタンドプレーヤーとしてグレイファントムを追う。

 だが、機体がそうであったとしても使用者自身がそうであるとも限らない。

《ラストレイション:展開》

 両肩の砲身をスケイスコートへ。今度は腰から伸びる銃身へ接続、エネルギー砲へと切り替えてセシリアと共に狙い撃つ。ムーンライトの出力を上回り、ついに溶解した大型エネルギーライフルが廃棄される。これでグレイファントムの持つ装備は本体のサイレントベル、青龍、獣の咆哮、火雷の四種となった。

 右腕に反りの深い薙刀を構え、鈴音と接近戦を続け、同時に衝撃砲を展開。お互いに直撃を受けながら飛ぶように離れる。

 光の粒子を置き去りにしながら『rainy rainy rain』で弾幕を展開、接近を許すことなく隙間を縫いながらラファール・リヴァイブ・カスタムⅡの右肩部を切断。突き飛ばすように蹴って離脱を図りながらラウラへと向かう。それに不敵な笑みを浮かべながら手をかざす。

 AICの軌道を読んで、回り込んだグレイファントムにエネルギー手刀を打ち込む。ラウラは躱されると分かっていたからこそブラフを張った。その代償がブリッツの損傷だとしても。

「くそ、性能が……!」

 表示された減少率に奥歯を噛む。装甲を突き抜けた左肩の損傷に、グレイファントムは付け根から切断した。

 本体性能が著しく減少、本来から三割弱の性能低下が認められる。しかし戦うことはやめようとしない。闘争本能の働くままに戦い続ける。既に無数のアラートメッセージが表示されているがそれすら黙殺していた。

 “眼”で見て、戦って、学び、成長する。二つの心臓が鼓動を続ける限り。

「本体エネルギー低下、これなら撃ち抜けますわ!」

 グレイファントムを覆う光学防御の出力がスターライトmkⅡの威力を下回る。

 ラストレイションと同時攻撃、掠めた機体に損傷が見られた。効果はある。こちらも限界が近い、だが相手はそれ以上に限界だった。

 

《第零零兵装:準備完了》

 そして、その全てを打ち砕こうとするメッセージが送信される。

 

「馬鹿な! これ以上どこに武装があるというのだ!」

 グレイファントムは光の豪雨を置き去りにして空へ昇って行く。上へ、上へ。高みを目指して。何処までも、果てなく。それは大気圏を突破して衛星軌道上で戦いを見守り続けていた己の“眼”まで。

 光を残して消えた姿に、全員がようやく気づいた。コア・ネットワークの表示位置に。

「……嘘でしょ。あんなのどう倒せっていうのよ」

「あんな距離、到底無理ですわ」

 異常な加速性能、機動性能を持って即座に離脱した後ろ姿を見守るしかなかった。既に相手は有効射程圏内から遥かに遠ざかっている。

 展開可能武装・第零零兵装《終焉》――衛星によるエネルギー狙撃砲。今まで戦っていたのは強襲偵察の子機とも言える。

 これが切り札だった。その莫大なエネルギーの充填に時間はかかるものの、一度装填されてしまえば後はコア・ネットワークを通じて表示される位置情報に向けて誤差なく狙撃できる。必殺必中の最終兵器、ではあった。

 設計者ただ一つの誤算は――

『私は、諦めない』

 同上の兵器を、全くの真逆の位置に存在させてしまっていたこと。

「でも、ルナリア。ボク達にはもうなにも」

『私にはある』

 スケイスコートを脱ぎ、適当な甲板に着地する。その内部から引きずり出すのは棺桶だった。ISの全長を超えるかという巨大な棺を立てて、ルナリアは遥か天空を睨む。

『ここから私が狙撃する』

 白煙を漂わせながら棺が開く。その中から出てきたのは折りたたまれてなおISを超える巨大な砲身。超長距離狙撃電磁投射砲、超光学衛星狙撃砲《リリウス》を完全銃身展開(フルバレルオープン)させてルナリアは右腕を接続する。

 だが水平に構えることすら難しいそれはバイポッドがあるからこその狙撃を可能とする、それをほぼ直角に構えることは不可能かと思われた。

「信じるぞ、ルナリア。私が土台となる、どちらにしろ損傷したブリッツでは何もできん」

 ラウラが肩に担ぐようにしてリリウスを支える。その場にピックを落としてバイポッドの代わりを務めるというのだ。

『ありがとう、ラウラ』

「礼はいい。始めろ!」

 ライフリングが開始される。直結した機関部が唸り始めた。今からでは立ち上がりが遅い――そこに鈴音とシャルロットが降りてくる。

「甲龍のエネルギーならほんのちょっとだけど余裕あるわ、そっちに回しとく。ちょっとは足しになるでしょ」

「ラピッドスイッチを応用して充填率を加速させられるかもしれない。手伝うよ」

 システムの一部の権限を開放、二人の手もあってか充填率が半分を超える。

 セシリアはそれを眺めることしか出来ない。また自分は――そう思っているとメッセージが繰り返し送信されていた。

『セシリア』

『セシリア? なにしてるの』

「私には、何も……」

『できるよ。私の眼になって』

「どういう……もしかして、見えて――」

『薄らとだけど』

 呼吸を止めて、全神経を集中させてようやくはっきりと見えてくる。その疲労からルナリアの視界は薄れていた。眠りに付けば楽になれるという堕落的な思考を排他してリリウスの制御に命を燃やす。

「セシリア、なにしてんのよ。早くしなさいってば!」

「射撃しか取り柄がないのだから早くしろ! 一発しか持たないぞ!」

「僕達の中じゃ一番でしょ。セシリアにしか出来ないんだから」

『お願い、セシリア』

「……ええ、わかりましたわ!」

 スコープ画面を共有させ、ルナリアは同時にネットワーク情報からグレイファントムの正確な位置情報を割り出す。現在位置から五人分のデータアクセスが集中している箇所を検索。まもなくそれは見つかった。

『セシリア、見える?』

「ええ、バッチリですわ。倍率を上げてくださいませ」

『位置情報を送信』

「了解した。誤差修正、これでどうだ」

「最適化……これで! 充填完了!」

「オッケー、エレガントに決めなさいよ! アンタにかかってんだからね、セシリア!」

「――――捉えましたわ!」

 

 ICBM内部へと格納され、全身に配線を再接続したグレイファントムは収集したデータを全て眼と共有する。光学レンズにも似たそれは大海原に浮かぶ五人を睨む。

 視線を交わし、照準を定める。

 該当データ、無し。不可解な兵器を構えていた。

《警告:動くと撃つ》

 そんなメッセージを渡すだけの冗談を見せながら。

《返答:撃つと動く》

 小粋なジョークと同時に引き金は引かれた。

 第零零兵装《終焉》が発射される。最強の名に終わりを告げるために。

(ごめんね、トライアレンド。痛いよね……苦しいよね。これで終わりにしよう、だから――力を貸して、応えて!)

 光速のカウンタースナイプが衝突し、刹那の均衡を見せる。勝てる見込みも道理もないはずだった。

(亡霊。お前が世界に終わりを告げるなら、私はお前の未来を塗り潰してやる!)

 万物にはあらゆる終わりがある。だから別に不思議なことでもないはずだ。

 衛星砲を拡散させながら突き進んだ弾丸は瞬きする間もなくICBMを撃ち抜く。

 炎上し、爆散してほどなく落下を始めた残骸に亡霊が混じっていた。

《――、――……Na――ゼ》

『それが、私からの返答。死を教えてやる』

 過負荷に耐えかねたリリウスが排熱を始める。しかし、内部圧力の限界に達した砲身からエネルギーが溢れていた。

「勝っ、た……の……?」

 半ば魂が抜けた状態で呟く全員をよそに、ルナリアは動く。今から全ての機能を停止させても遅い。爆発まで時間も残り少ない。異変に気づいた様子はまだなかった。

 落下してくる破片へ向けてスカー・オブ・グレイブを飛ばす。

 ネットワーク情報にまだグレイファントムが表示されていた。その位置へ。

 半身が崩壊し、上半身だけとなってもまだ戦闘の意思が残っているのか。両腕はないというのに、口を開いて衝撃砲の用意をしている。

「ルナリア!?」

「何をしている、戻れ!」

 もう無理だ。リリウスを接続している右腕のロックを解除しても間に合わない。

(あの時、私は誰も守れなかった。だから、今度は――!)

 長大な砲身を突き刺して、亡霊と共に海面へ。

 

(今度は、私が)

「ルナリアさんっ!!!」

 

 そうして、亡霊は墓場へ。死神はその水先案内人として奈落へと。

 

 

 

『必ず戻ってくる』

 その言葉を最後に、一人の少女は消えていった。

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