来るもの追わず、去るもの拒まず
……依頼屋の引き起こした騒動から日々が経ち、世界は復興へ向けて動いていた。過去の爪痕を癒すために。だが、心の傷だけは時間ですら流せない。
モービーディック号が出没し、激戦を繰り広げられた大西洋。バミューダトライアングル付近での戦闘で言及されたのは当然ながら米国だった。しかし責任を問われて一体誰がその事態を予見できたというのか。
結局、事件の犯人も真相も深海へと消えていった。過去よりも見据えるべきは未来であるとされ、最終的に水に流れた。無差別な国際テロは誰もが被害者だ。
IS学園の生徒達についての言及も課されたが、それに対する返答は『学園独自の情報により突き止めた拠点強襲任務』としてIS委員会へ通達。それは早急な事態の解決を望んでいた各国は黙るしかなかった。
但し、何もなかったわけではない。戦闘海域周辺の探索により完全に破壊されたグレイファントムを回収した。奇跡的に無事であった二つのISコアはそれぞれの場所へ返還されだが、IS学園から要望されていた行方不明の少女は発見されていない。
そのISの残骸と思わしき超大型の砲身だけが学園へと帰ってきた。
あれから、既に三ヶ月が経過しているが今だルナリアは帰ってこない。その帰りを待っているのは誰もが同じだった。
特にルームメイトであるセシリア・オルコットは無人となった隣のベッドを寂しそうに見つめる。短い間だったが、猫のように気まぐれなルームメイトは手間のかかる相手で疲れた。……それでも一緒にいて楽しかったのは嘘じゃない。喋ることはなかったけど、声も聞くことはなかったけれど、一人部屋になってからやけに部屋が広く感じる。
(……ルナリアさん、いつ戻ってきますの?)
いつ戻ってきてもいいように毎日掃除はしていた。なぜ自分がわざわざやらなければならないのかと思いもしたが、あの無頓着な姿を思い出すとどうにも任せられない。最初こそ鈴音達の手を借りながら掃除をしていたが、今では一人でやっている。
その折に見つけた一冊の本。とても年頃の少女が持つべきではないような書物に顔を渋らせていたが、好奇心に負けて頁を開くと意外にのめり込んでしまっていた。何を馬鹿な、と思ってもいたが著者の熱意がありありと伝わってくる。自由な文体に豪快な解説、それだけでなく実射レポートに写真まで載せられていた。
ルナリアがそうしていたように、最近はセシリアも風呂上がりに紅茶を一杯。それから眠るまでのちょっとした空き時間にパソコンを弄ってネットサーフィンに興じていた。これも気を抜くと恐ろしく時間を食う。気がつくと日付を跨ぐ時も少なくない。
「45口径というのも中々奥が深い物でしてよ、鈴音さん!」
「いや、言いたい事はわかるんだけど流石にそれは分かり合えそうにないわ……」
布教しようとしても失敗に終わるのは当然だった。
今はただ。帰ってくるのを待つだけだ。
彼女の好きだった45口径の書物の頁を広げながら。
「…………」
目を覚ましたそこは、ウッドハウスの見覚えある場所だった。
体を起こすとズキリと全身が痛む。鈍い痛みに襲われるも、寝ぼけ眼で部屋を見渡す。脱ぎ散らかされた下着や服。そのままにされたシーツ、だが何かが足りていない。
どうしてこの部屋には二人分の物が用意されているのだろうか。
なんでか涙が溢れてくる。それが何故か分からなくて、更に頬を濡らした。
身体中が痛い。内側からもズキズキとした痛みが襲って来るが、それ以上に胸の奥が痛かった。
ドアがノックされ、開けられる。体を強ばらせて身構えると、見慣れた顔が眠そうにしていた。
「……よ、やっと起きたのか隊長さんよ」
「ボ、マー……?」
「あーったく、起きたなら礼の一つでも言ってくれ。気絶したお前運んでくるのすげぇ大変だったんだからな」
「…………」
ボマーからの言葉にもうわの空で隣の空いている枕を叩く。
「起きたんなら飯でも」
「いらない」
きっぱりと言い切るデストラクターは枕を胸元で抱きしめ、涙を拭く。ふと、腕の包帯が邪魔に感じて怪訝な視線を向けた。見る限り真新しい。
「怪我の手当までやったんだから礼の一つくらい……」
「……変態」
「脱がしたのはオレじゃねーよ。姐さんだ」
下着姿のまま自分の姿を見たデストラクターは率直な感想を一言吐き捨てた。
「いいから、さっさと飯食ってくれ」
「いらない」
「食えっての!」
「だからいらないって言ってるでしょ!」
「イッテェ、てめぇこら! 枕で殴んな! 誰がそこまで世話したと思ってんだバカトラ!」
「うっさい! ウチをトラって呼んでいいのは――!」
そこまで言って、思い出した。デストラクターは泣き崩れ、ボマーが心配しても振り払われる。触るな寄るなの一点張りで暴れていた。いつもならISを部分展開させて脅す位のことはする。だが今はまるで非力な女性だった。
「カナ、デ――! なんで……!」
「いつまでウジウジ言ってんだよ、お前は」
「お前に分かるか、ウチの気持ちなんて!」
「だったらテメェも同じだろうがよ! ジャッカルの奴が死んでから俺がどんな心境だったかなんてなッ!」
ボマーの突然の怒りに、縮こまる。
「大体なんだよ今のお前は! 死んだら帰って来ないなんて知ったことだろ!」
「死んだこともないくせに偉そうなこと!」
「言って悪いかよ! 死ぬのがこえぇのは当たり前だろうが!」
「触んな離せ! 変態、バカ! 来んな!」
「だったら振りほどいてみろよ! そら見ろ、何もできねぇ癖に!」
両手を押さえ、動きを封じると驚く程おとなしくなった。そのまま泣きじゃくる。
「お前のISは姐さんが回収して幹部会に出席したってよ。実質オレ達の部隊は解体になる」
目が覚めたらそう伝えるように言われていた。
デストラクターも今や爆破工作部隊ヴォルケイノブレスの隊長ではない。
「……ウチら、これからどうなるの」
「さぁな」
背中を向けたまま、二人は言葉も少なくなっていた。出てくるのは不安の塊だけだ。
「まず、オレ達はお役御免だろうよ」
「じゃあ」
「……亡国機業の事情を知ってんだ。ただじゃ済まねぇだろうな」
「始末されるの?」
「知るか」
ぶっきらぼうに答えたが、デストラクターの不安はボマーにも分かる。自分たちの居場所を知っているのは担当幹部のフレイだけだ。
「これから、どう生きていけばいいってのさ」
そんなことは知らない。ここは自由の国だ。
「好きに生きていいなら好きに生きる。一緒に来い」
「ハァ?」
「今ならまだ間に合う。逃げんだよ、死にたくねーだろ」
「何言って……逃げられるわけが」
弱気なデストラクターを一喝してボマーは荷物をまとめ始める。
「大体ISもないくせに」
「最強があろうがなかろうが死ぬときゃ死ぬ! 早く着替えろバカトラ!」
「だから――」
「俺が守ってやるからさっさと逃げるぞ。何回言わせんだ」
我が耳を疑うデストラクターを置いてボマーは持てるだけの物を車に積み込んだ。誰が死ぬものかと。どれだけ惨めでもいいから生き延びようと決めたのだ。もうこれ以上は御免だ、まっとうに生きていけるならそうする。今までやってきたことは決して許されるものではないが、自分本位に生きなければ誰が自由を約束するのか?
「……ねぇ、ボマー」
「なんだ?」
「どっか行くアテとかあるの?」
「……ねぇよ、んなもん。地獄に超特急が嫌なだけだ」