インフィニット・ストラトス―IB―   作:アメリカ兎

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一番大切なことは、よく生きること

 

 ――幹部会では、ISコアを初期化してフレイ・バリスへと譲渡されることが決定された。どちらにせよデストラクターの不安定な精神状態では戦線復帰は難しい。

 念願のISを再びこの手にすることができる。そう思うだけで熱い感覚が背筋を駆け上った。笑いがこみ上げてくる。

 依頼屋は壊滅し、結果として事態は好転した。渋々と他の同意を得られて決定されたことにフレイは意気揚々と自由の国を歩く。

 そして、今日。その受け渡しのために諜報員から連絡があった。

 場所は街外れにある人気のない工業地帯。そこの廃工場だそうだ。またわざわざ面倒な場所を選ぶ、そう思いながらもフレイは車を走らせる。

 もうすぐ、もうすぐだ――自分は再び世界最強の兵器を纏うことが出来る。それだけで沸々と湧き上がってくるものがあった。

「……来たぞ。どこにいる」

 しかし、到着してからの静けさはゴーストタウン以上にもの悲しい。人の気配など欠片もしない。新たに着信音が鳴り、指定された倉庫へと向かう。

 手入れもされず、放置されたままの錆び付いた扉は開閉ですら一苦労だ。今にも壊れそうな軋みを立てて閉じられる。

 埃っぽく、ところどころの天井から穴が覗いていた。その漏れた日光に薄らと浮かび上がる人影にフレイは笑みを堪えきれない。

 今か今かと心待ちにして自然と足も早まる――だが、それはすぐに立ち止まった。

 二人いる。一人は椅子に縛られ、もう一人は――。

 

「貴様――――! 生きていたのか」

 

 紫煙を吹かし、ハンマーを持ち上げながら。

 

賭けるか(ベット)? 生きるか、死ぬか」

 

 傍らの諜報員にマグナムリボルバーを突きつけて。短くなったタバコを落とし、四本がそうだったように五本目も踏みにじられる。

 

「来いよ、臆病者。あの時の決着を着けようぜ」

 

 世界を騒がせた戦争は終わった。だが、まだ彼の戦争は終わっていない。胸中で燻る戦火が煩わしくてここまで追っていた。

 猿轡を噛まされていた男の頭が爆ぜる。

「アーメン、ジョン。お前は運がなかったみてぇだな」

「スミス、貴様は……!」

「ああ、そうだ。お前を呼ぶためにアメリカ中探し回ったぜ。テメェのIS? 笑わせんな、そんなもんここにはねぇぜ。精々あるのは鉛玉くれぇのもんさ。歓迎してやるよ、誕生会を前にしたガキみてぇにな」

 コルトパイソンをしまい込みながら、スミスは愛用のガバメントを取り出す。

「お前は何のためにそこまでのことをする。誰一人、何一つ浮かばれることはないというのに」

「男ってのはみんなそうさ。見栄張って胸張って意地と気合と根性と酒と女と金がなけりゃあいけねぇ、俗っぽい生き物なんだよ。俺に限って言えばな」

「それで、私の魂でも神に捧げて鎮魂歌でも歌うか?」

「神がいるなら、誰も信じてねぇさ。居ないから望むんだろ、声を揃えて「おお、神よ。我らを救いたまえ」ってよ。俺は信じねぇよ。教会の十字架も聖書の祈りも、戦場じゃ誰一人守っちゃくれなかった」

 くたびれたスーツのネクタイを緩め、首にかけられたドッグタグを取り出す。

「だから俺は決めたのさ。人を救うのは人の手でってな! 愛を誓うのに神の加護はいらねぇ! 俺はこの国を愛してる! 自由に生き、自由に死に、平等に差別なく理不尽が叩きつけられる自由の国をな! かくあれかしと願ってそれを叶えるのは、結局は人の手だ、人の子だ! 女の股から生まれた俗な生き物だけだ! てめぇはどうだ? えぇ、人殺しの女王(キラークイーン)!」

 自らの名前が刻まれたタグをくわえ、スミスは銃口を向ける。

「だが俺はお前の未来を許しちゃいねぇ! 雨の降る日に傘を捨てて踊ることが自由なら、終わった戦場を蒸し返して決着つけるのも俺の自由だ!」

「……ほとほと呆れたよ、貴様には」

「どこで死のうが俺の勝手だ。ようこそ、自由の国へ(welcome to United states)。平等な理不尽で歓迎してやるよ」

「――フッ……フフ、ハハハ! お前は愉快なやつだ。いいだろう、付き合ってやる。お前のそのくだらない愛国心に」

 フレイが顔の左半分を覆う髪を上げてピンで留める。

 その下はやけどに覆われて悲惨なものとなっていたが、その焼けた顔の中で瞳だけが爛々と輝いていた。

「実を言うとな、少しばかりお前には感謝しているんだよスミス。私はISを失ったが、その代わりにISとの同調率を上げる義体を組まれたのだから」

 金色に輝く瞳に笑みを浮かべて。フレイは一丁の拳銃を取り出した。無用心過ぎたが、それは返って言えばその用意は不要でもある。

「けっ、ターミネーター気取りか? 笑えねぇな。溶鉱炉にでも突っ込んでやろうか」

 45口径から弾丸が放たれた。音速の鉛玉を、フレイは横へ跳躍して避ける。人の持つ身体能力のそれではない。

 体の左半分、欠損した腕と足がそのままそっくり義体へ挿げ替えられている。左目もそうだ。

「いいなぁ、そうだ! これが私の求めていた戦場だ! 願って望んで止まなかった炎だ。私はこれが好きで好きで堪らなかったんだ! それを奪ったのは他でもなくお前だ、アメリカ人! 償え!」

 併走しながら遮蔽物に身を隠して滑り込み、撃ち合う。

「今更償いきれるか! 人は生まれながらに罪であるなんぞと宣う気はねぇがな!」

 続けて三発、カバーポジションで撃ち銃声が止んだ頃にスミスは場所を変えた。

「ああそうさクソッタレ! あの時霧島をぶん殴ってでも止めなかったからアイツは死んだ! ルナリアは帰ってこねぇ! 俺に残されたのは火薬と愛国心だけだ! 社長の椅子なんざ野ざらしのままさ! 何もねぇ!」

 頬を掠め、肩を擦ったのは9ミリパラべラム弾だ。チャチなものをと毒づきながらスミスはマガジンの残弾を数えて戻す。

「お互い惨めなもんだなぁ、亡国機業(ファントムタスク)! おっと、お前らは愛する国もなかったか」

「お前は女をいたぶるのが趣味なのか?」

「男はみんなそうさ。いい趣味してるだろ」

 先を見れば、遮蔽物は少なくなっていた。置かれていたコンテナもボチボチと少なくなっている。よじ登り、腰を落としながらスミスは注視した。

 なるべく音を立てないように中腰で歩いていると、横からフレイが飛び出す。一息の跳躍だけでその高さだ。優に人の背丈は超えられるだろう。

 銃口が視線を交わす。引き金から放たれた弾丸はお互いの体を傷つけ、そのまま二人を引き離した。

 スミスはコンテナから転げ落ち、むせる。右肩が焼けるように痛い。ネクタイを解き、一応の処置を施して縛り付ける。空いている左腕はそのまま肩に当てて、注意深く神経を研ぎ澄ませながら。

 曲がり角のクリアリングをして、スミスは落ちている物に視線を向けた。

 左腕だ。二の腕に当たったのかそこの損傷だけが酷い。ざまぁみろ、と悪態をつきながら歩み出て悪寒が走った。

 一瞬だが見逃さない、日光で不気味に光る銃のフォルムを。気づいた頃には遅く、スミスは寸でのところで避けたものの脇腹へと突き刺さる。

 互いの間に遮蔽物はなかった。フレイも片腕で構えている。

 じわりと汗ばむ体を走らせながら引き金を引く。腕に、脚に、肩に。

 ガチリとハンマーが上がり切る。リロードするにも間に合わない。ピタリと銃口が頭部へ向けられていた。

「一時だが楽しかったよ、お前とは」

 ほざけ、と思う。チリチリとした熱が額に感じられる。

 銃声。そして――スミスは止まらなかった。

 フレイはそれを馬鹿な、と呆気に取られながら強烈なタックルを受けてコンテナに背中を打ち付ける。

 スミスは愛用のガバメントを放り投げた。そのフレームは銃弾を受け止めて歪んでいる。あろうことか、右手ごと銃を盾にして防いだというのだ。

「あばよ、相棒」

 だが、左手は女を守るために使うと誓った。守れなかった後悔は二度も繰り返さないと。母親をあの日、凶弾から守れていたらと今でも憎む。

「その手で撃つのか?」

 フレイの問いかけに、スミスは間髪いれずに左手でデザートイーグルを引き抜くと安全装置を切って引き金をためらいなく引いた。

 

「『撃つか?』じゃねぇ『撃つ』んだよ。撃たなくて守れなかった後悔なんぞぶち抜いてな」

 もう聞こえてはいない女の骸に語りかけながら――。

 

「9ミリなんぞと、しけた弾丸で死ぬくれぇなら俺は愛する45口径で自害するね」

 どのみちここから病院までは遠い。応急処置をして車を走らせても失血死は免れない。ならば、いっそのこと。

 引き金に掛けた指に、最後にこめる想いはただただ娘のことだった。

 

 ――ああ、せめて一度くらいは父親と呼ぶ声が聞きたかった。

 

 名残惜しいのはそれくらいのもの。

 そして、誰よりも自由を愛した一人の愛国者は自由に死んだ。

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