ブロフィットは言葉を探しているのか、唸っていた。
「あぁ、オーケー? スミスも忙しいだろ、用件は手短に済ませちまおう」
それに小さく頷いたジョンと名乗った男性は足元のアタッシュケースをテーブルに乗せる。
「短刀直入に尋ねます」
「いいねぇ、シンプルなのは大好きだ」
「──
「知らねぇな。どこぞの会社の名前か? 儲けが逃げていくって相談なら占い師でも紹介してやろうか?」
知り合いはいねぇけどな、とスミスは付け加えた。ジョンは表情を崩さずに淡々と話を続ける。
「率直に言いますと、Mr.霧島を渡していただきたい。それと今までの研究成果、設計図も全て。もちろん無料でとは言いません」
「俺の会社は慈善団体じゃねぇからな、積むもん積んでんだろう?」
アタッシュケースを開け、その中身を見せられたスミスの表情は固い。
「……こいつは何の冗談だ?」
「私はあくまでも交渉代理人。それでも名乗る事を許されるなら、我々亡国機業はISを所有しています。……意味はお分かりですね?」
その中に積まれていたのはドル札の山ではなかった。
ISコア──世界に467個ある内の一つがスミスの目の前に差し出されている。大手企業でもないこの会社が持つには身分不相応な代物だった。
完全なるブラックボックス、最強の兵器の心臓を目の前にしても表情は変わらない。その心中が揺れているのだと確信した交渉代理人ジョンは更にアタッシュケースを取り出す。
「これで不足とあれば、紙幣も積みますが? Mr.霧島は我々にとってそれだけの価値がある存在なのです。ここに居ても腐らせてしまうだけ、あの才能は貴方個人が所有していいものではありませんよ」
「……ブロフィット」
スミスの底から響くような声色に、ブロフィットはバツが悪そうに手を組んだ。
会社の景気は確かに決して良いとは言えない。下から数えた方が幾段か早いほどだ。新しくISを製造してモンド・グロッソに出場でも出来れば宣伝にもなるだろう。だが──。
「俺を悪く言うな、スミス。お前のことも思って俺は連れてきたんだ。条件を飲めばこの会社の経営も立て直せる、そうだろう?」
「あぁ、違いねぇ。間違いねぇさブロフィット。お前の言い分は正しいさ、世の中金で解決出来ない事がらの方が少ねぇ。天下の歯車を回す為には金の
「では……?」
スミスの言葉を承諾と受け取ったのか、ジョンがやや身を乗り出しそうに続きを待った。しかしその額にピタリと突きつけられるのは社長愛用のコルト・ガバメントM1911A1。45口径が風穴を開けてやろうと
「俺を舐めるなよ
「スミス、やめろ! 馬鹿な真似はよせ!」
「ブロフィットォ! てめえの仕事はなんだ、アメリカのゴミを掃除することだろう! 俺にゴミを持って来る部署でも作られたか? 会社ごと潰れちまえ!」
酷い剣幕で怒鳴るスミスはテーブルに足を乗せ、アタッシュケースを閉じる。
「俺の会社だ、テメエのじゃねぇ。分かるな、ジョン。客に出すコーヒーをブラックにしようが砂糖にしようが俺の匙加減だ。シュガースティックか角砂糖か塩か、テメエを生かして帰すかそうじゃないかも俺次第だ。弁えろ三下、隣に居るのはアメリカのゴミを片付けてくれる慈善に溢れた俺の友人なんだからよ」
「……交渉は決裂、ですか。分かりました」
「おっと、こいつは構わねぇがそいつは俺宛ての慰謝料だ。俺の自尊心を傷つけたのはケース一つだけで勘弁してやる」
手を伸ばしたジョンを払いのける革靴が押さえこむのは紙幣が詰まった方のアタッシュケース。それに眉を寄せて静かに抗議の念を送るがスミスはコルト・ガバメントを持って肩をすくめて笑った。
「どうした? さっさと帰れよ、お互い時間が押してるだろ?」
「……神にでもなったつもりですか? そんなワガママが通るとでも」
「俺は神の子じゃねぇ、女の股から生まれた人の子だ。俗世で生きる為にはこのオイルが必要なんでな。人助けすると思えよ、そうすれば赦しを乞うたその時に救ってくださるかもしれねえぞ?」
「──地獄に落ちろ……!」
「
「社長、さっきのお客と何を?」
「なぁに、寝言を言いにきた古い友人さ。仕事に戻れよ、Mr.霧島」
それから社長は、いつも通り仕事に戻った。
セシリアが部屋で髪を梳かしている横でキーボードを叩く音。口にはゼリー飲料、ヘッドホンを首に掛けて黙々とパソコンと向き合っているルナリアは相変わらずラフな格好でデータを入力していた。
「貴方、いつもそうしてますの?」
「……?」
「そうやってパソコンと向き合ってるのか、と聞いているのですわ」
『こっちに来てやることが増えたから』
首を傾げ、画面を見ると『打鉄』『ラファール・リヴァイブ』の二つのフォルダが新規作成されている。開いているのは『第三世代IS』のフォルダ。その中に入っているのは専用機のスペックだった。それらの作成日時を見るに、順次追加してきたようである。
「やけに模擬戦すると思ったら、こんなことをしてたのですね」
ルナリアは答えず、筆談で語る事もなく手を止めていた。やがてメモ帳を持つとペンを走らせ、ページを破いてセシリアに見せる。
『博士が知りたがってたから』
「まぁ、よろしいですけれど……」
それにしても熱心に打ち込んでいた。
「目が悪くなりましてよ? 眼鏡は掛けないんですの?」
『視力には自信があるから大丈夫』
本人が言う……もとい、打ち込んでいるならそうなのだろう。しかし自分が寝る時までこうも音が鳴っては困る。それについてセシリアが注意しようとした矢先にデータを保存してパソコンの電源を落とした。身体を伸ばして欠伸を漏らし、ベッドに倒れ込む。それから間もなくして寝息が聞こえてきてセシリアは呆れた。
「まるで猫ですわ……」
気まぐれにも程がある。とはいえ放っておくのも可哀想なのでシーツをかぶせてセシリアは自らも眠りに就いた。
そして翌朝。目を覚ますと枕元にメモが置かれており、それには『昨夜はありがとう』
とだけ書かれてあった。
「律儀ですわねぇ……」
呟き、制服に袖を通して朝食を摂る。食堂で一夏の姿を探すが、見当たらなかった。相変わらず起きるのは少し遅いらしい。
セシリアが去ってから食堂は人の入りが多くなり、ルナリアも遅れてやってきた。
「あ~、るなりー。おはよ~」
「…………」
声を掛けられて振り向けばクラスメイト、
「これから朝ごはんならー、私と一緒に食べようよー」
特に断る理由もないので承諾した。本音の朝食は和風だが、ルナリアは朝からハンバーガーとポテトと結構重い選択。
「朝からそんなに食べて大丈夫~?」
うん、と首を縦に振る。つい先程までラファール・リヴァイブを使用したIS操縦の朝錬をしていた。訓練機の使用は専用機持ちであればそちらを使用すればいいのだが、ルナリアは千冬に注意されてから朝錬を始めている。というのも授業では専用機を使用するように言われたので、訓練機を使用していた。