かつて、世界には宣告の聖女と呼ばれた少女がいた。
宣告の聖女はその口から紡ぎ出されるたった一言の言葉のみであらゆる争いを鎮め、あらゆる傷を癒やし、果てはこの世界の頂点に立つ竜種すら退けたという。
しかし、世界はどうしようもなく無慈悲だった。
その強大なる言葉の力を恐れたとある国の王は、宣告の聖女を呼び出し、罠に嵌め捕らえてしまった。
囚われの身となった聖女にはさらなる残酷な仕打ちが襲い掛かった。
聖女には自らが運営する世界各地の孤児院が存在した。
聖女が孤児救済を目的に作り上げたものだ。それは、世界各地の孤児を吸収し、スラムを減らし、治安の向上、更には浮浪児の更生を担っていた。
そんな場所をその国の王は焼くように命じたのだ。
斯くして、その事実は聖女を捕えたことに罪悪感を抱える王国の兵士によって伝えられた。
「私はこの国の王を決して許しません」
聖女はそう告げ、怒りに震えていたという。
「私は、できる限り世界が善い方向へ向かうよう努力してきました。ですが、それは他でもないこの世界に否定された。私は決して許さない。許しません。悪魔たち」
聖女のその言葉を最後に、聖女の神々しいまでのオーラが反転した。
代わって、形容し難い程の禍々しいオーラに包まれた。
「ああ、嗚呼····私はこれまで何をしてきたのでしょうか。私は············『告げる。私の意思を踏みにじりし悪魔共よ。私は世界に対する反逆を始める。故に、手始めにこの国に住む者へ死を告げる。』······」
そう言葉が発せられた瞬間、この王国に住んでいるあらゆる人種、職種の人間は例外なく死亡した。
『
『これより
同時に世界の声が発せられた。そして、世界に新たな魔王が誕生した。
元宣告の聖女────“告死の魔王”クレシェント=アルハーライムが。
新たな魔王の誕生は人々から多大な恐怖と、強烈な罪悪感を以てして迎えられた。
告死の魔王を産み出したのは他でもない。
なのだと······
◆◆◆◆
神国
いつからかそう呼ばれるようになったその国はかつての宣告の聖女、告死の魔王によって建国された島国である。
その成り立ちは彼女が言葉の力を利用して作り上げた大地に建国した、この世界でもっとも楽園に近いと言われる国である。
魔王が王の国に住むのかと言われれば、この世界で魔王とは抑止力である。その事から、魔王が治める国に住む方がより安全だと言う人も居る。しかし、やはり魔王と言うだけ異形の者が多く、魔物の治める国には行きたくないと言う人も居ることもまた事実である。
アルハーライムは元人間であるが、それでも一国に住むすべての人間を虐殺している。
しかし、そうではあっても経緯が経緯だけにアルハーライムの悪名は本人が思っているよりも遥かに少ない。確かに、アルハーライムの虐殺を声高に非難する人間も一定数居るが、どちらにせよそれは魔物排斥を唱える西方教会等の一部の過激派に過ぎない。
大部分は裏切られたアルハーライムに同情的であり、アルハーライムが国を興すと聞いて駆け付けた人間も百や千ではない。
更にアルハーライムの治める国は、この世界の税水準としては非常に軽いため、積極的に移住したがる者が多数居る実情だ。
それに加えて質の高い生活や充実した食糧など、生きるに欠かせないものがすべて揃っている。
だからこそ神国と呼ばれているのだ。勿論、防衛力など言うに及ばない。何故ならクレシェント=アルハーライムが居るのだから。たったその一言だけで事足りた。
「私は人間が嫌いです。どうしようもなく自己中心的で、その皮の下はきっとおぞましい何かで出来ているのでしょう。ですが、拒みもしません。私の国に住みたいと言うのならばそうすればいいのです。節度を守っている限りは私の国に住まわせることに異論はない。ですが、余りにも横柄な態度が目立った者は······死よりも恐ろしい地獄を味わってもらう事になるでしょう····」
初めにアルハーライムは神国へ住む者に向かってそう告げた。
全ては人間を怨んでいるということを宣言するために。そうであっても尚、人間を受け入れる寛容さを見せつけるために。
神国に住む者は人間だけではない。亜人も、魔物も、全ての知性生物が等しく暮らしている。
その中に差別は無い。在ってはならないのだ。もしそんなものが存在するのなら、その時は人間は消え去るだろう。
少なくとも、この国で幸せに暮らしたいのなら、差別的な発言は心の内に留めておくのが懸命である。
もし、それを口に出したのならば、待ち受けるのは
「ええ、私は誰も拒みません。ですが、
「安心してください。私の国で法律さえ守っていれば少なくとも幸せに暮らせます····まぁ、私が気に入らない人には死んでもらうかも···知れませんね?」