まず、宣告の聖女とはもとからこの世界に居た存在ではない。
彼女は元は日本という国から転生してきた所謂“転生者”というものだ。しかも、その時の性別は今と逆の男性。
さて、彼が彼女となったとき手に入れたのはたった一つのスキル────それが
しかし、たった一つのスキルだからと侮ることなかれ。
彼女が手にいれたスキルは
だが、彼女はそのスキルの代償として他一切のスキルの入手ができなくなってしまった。
とはいえ、それで彼女が困るようなことは一切無かった。
何故ならば、
完全具現化とは。
完全具現化とは例えば日照りが続き、全く雨の降る気配の無い場所があるとする。そこで「今、雨が降っている」と告げるだけで本当に雨が降りだすと言ったものだ。
有り体に言ってしまえば無から有を生み出すということであり、究極的にはあらゆる事象の改変ということに集約される。
だからこそ
そんな能力を持てば、人間誰しも暴走するものである。しかし、その暴走の方向は千差万別。
勿論、典型的に破壊に走る者も居れば、彼女のように偽善に走る者も居るだろう。
権力や財力を手にいれる為に使う者もきっと居る。
だが、どの形であれ暴走したものの末路は全て破滅に向かうものである。それは基本的に善性の行動を行っていたアルハーライムも例外ではなかった。
結局、彼女の力を恐れた一人の男により迫害され、彼女は魔王に身を堕とした。
魔王に堕ちた彼女は言った。
「私を魔王に導いたのは他でもない
しかし、そういった彼女の顔は暗かったとその場で目撃したものは言う。
それもそうだろう。これまで信頼してきた者達に突然として裏切られ、想像を絶するような拷問を受け、最終的には彼女の大切なものまで奪われた。
これでは人間を恨むなとも言えない。何故なら、彼女はこれまで人間を救い続けた。にも拘らず裏切ったのは他でもない人間だった。
彼女が陥ったのは不信。それも一生物のである。これから未来永劫彼女が人間を赦すことは無いだろう。
「私はあのときほど絶望と悲しみ···そして怒りと憎悪を覚えたことは嘗て無かった。信じていた者達から裏切られたときほど感じる悲しみと怒りは他の何にも勝るだろう····」
悲しげに彼女が過去をそう評したのを聞いたのは、嘗て彼女が聖女だった頃から慕っていたとある修道女である。
その修道女はアルハーライムが魔王になったと知り、誰よりも早く彼女の下に駆け付け、そしてアルハーライムが覚醒魔王となって初めてできた配下である。
アルハーライムは自らの
そしてマリアと名付けられた元修道女は、魔王となったアルハーライムを支え続け、遂には国を興す事になった時にも国造りに尽力し、現在ではアルハーライムの国の宰相を務めている。
そんなアルハーライムの治める国には正式名称はなく、いつしか呼ばれるようになった“神国”という名が一般的になり、現在では対外的にもそう名乗っている。
そしてアルハーライムとマリアが国の基礎を固めてから、アルハーライムがまず初めに着手したのは上下水インフラだった。
前世日本的な衛生観念を持つ彼女にとっては、この世界の中世の様相に相応しい不潔さはどうにも我慢ならなかったからだ。
そうして瞬く間に全土に水道を普及させたアルハーライムだったが、次に行ったのは異世界観ぶち壊しの蒸気機関をはじめとした機械動力の開発だった。例によって
首都に立ち並ぶは剣と魔法の異世界に全く似つかわしくない高層ビル群。道路を見れば魔法動力の自動車が走っている。
さながら“現代の街”と言うに相応しく、モノと人とで溢れていた。
さて、そんな都市の中心には現代風の街並みにはかなり浮いている壮麗な宮殿があった。言わずもがな告死の魔王“クレシェント=アルハーライム”の居城である。
無論、
まあ、こういったものは国家の威信に関わるものなので豪華に創り出したというのが彼女の正直な所信である。
彼女の国は西方諸国を除く殆どの国と国交を有しており、その高度な魔法技術が生み出す多くの魔道具を輸出しており、莫大な富を築いていた。
しかしアルハーライムにとって金などどうでもよく、精々がたまに珍しい品を仕入れる時に使ったり、世界各地の食材を仕入れるのに使われているだけであり、その殆どは民に様々な形で還元されている。
「私には最低限の金以外はどうでも良い。魔道具を作り出すのは我が国民達なのだから彼らに相応に報いるのは当然だろう。それに、私は金など無くても十分に豊かである」
と彼女は言った。実際その通りであり、その気になれば宣告者を利用すれば極論全てが手に入るのだ。だから、国を興すのも彼女の気紛れである。
確かに着いてきた人々のためといった側面もあったことに違いはないが、言ってしまえば人間を憎む彼女にとって彼らを受け入れる義理はなく、義務もない。
しかし、元来来る者拒まずな性格の彼女は(当時暇を持て余していたこともあり)国を興し、インフラを整備し、発展させ、今の形にしたのだ。
「この国はいつしか私にとっても心地のよい国となっていた。ここに居るときだけは····嘗て荒んでしまった心が浄化される気分だ····」
彼女はそう言って、珍しく安らかな表情を浮かべた。
「フン···とんでもない愚か者も居たものだ。私の国に手を出したこと、死んでも後悔させてやる····!!」
彼女の国の富を狙って───魔人が治める国ということもあり───軍勢を率いて攻めてきた西方諸国に対して彼女はそう憤りを顕にした。
「あぁ、マリアよ。私はキミだけは愛しているよ····」
それはアルハーライムがマリアを配下にしてから100年経ったときに告げた言葉だ。
「私はいつの間にかキミのことが好きになっていた。情でも湧いたかな······でも、キミのことを愛しているという気持ちに偽りはない····どうかこの私のはかない恋心を叶えてはくれないだろうか····?」
いつになく弱々しく恋を告げる彼女の姿は、嘗て“の宣告の聖女”を彷彿とさせるほど神秘的で、マリアは
「ええ、ええ······勿論私もアルハーライム様を愛していますとも····。ですが、こんな私がアルハーライム様の愛を受けて宜しいのでしょうか?」
と言う。
「そんなことを言わないでくれ、マリア····私はもはやキミしか愛せない。愛せないんだ····」
そう言って────果たして彼女が涙を流したのは何時ぶりであったのだろうか····
マリアはそんな主の唇にそっと口付けをし
「アルハーライム様。私はあなた様の事を永久に愛することを誓いますわ····。決して、あなた様を見捨てたりはしません。何故なら、私もアルハーライム様しか愛せないからです。ですから···泣かないで下さいまし······」
そのまま抱き締めた。
「あぁ。済まない、情けないところを見せたね····ありがとう、マリア」
「勿体なきお言葉です····」
そうして、二人は目出度く結ばれた。