ジュラの大森林───リムルの村───
リグルドを中心としたリムルの留守を任された者達は日々、村の整備に邁進していた。
リムルに名付けられた彼等は、以前とは見違える効率で家などを建てていったが、如何せん技術が拙かった。
そこで今回、リムルは技術者たるドワーフを勧誘しに武装国家ドワルゴンに赴いたのにはこういう事情があったからだ。
ややリムルに対する忠誠心が振りきれているリグルドと言えば、他のボブゴブリンよりも精力的に働き、いつ休んでいるのかも分からないレベルで活動している。
恐らく、そのような光景をリムルが目にしていればドン引きし、すぐに休みをとらせただろう。
しかし、いまここにリムルは居ない。今頃ドワルゴンにて大変な目に遭っているのだろう。
「よーし皆の者!!リムル様が帰ってこられるまでに全員分の家を完成させるのだ!!」
そうして今日という今日も朝から発破をかけ、自らが一番に仕事に取り組むのだ。
しかし、そんな新たな日常に唐突として非日常は現れる。
「リグルド様!大変です!」
リグルドが家の建築資材を運んでいるところに一人のボブゴブリンが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「どうしたのだ?」
「はぁ··はぁ····それが、村の付近に見慣れない人影が····」
息も切れ切れにそう報告した。
「何!?侵入者か!?」
「い、いえ····まだ侵入者と決まった訳では。まずは話を聞いてみては····?」
その提案を聞き、ううむと頭を悩ませるリグルド。
「うむ。そうだな····取り敢えずその人影を見たというところまで案内してくれ」
「分かりました!こっちです!」
そうして報告したボブゴブリンとリグルドは駆け足で人影を見たという場所へ向かった。
◆◆◆◆
───数分前───
高速で空を飛ぶアルハーライムの姿は既に大陸上空にあった。もう少しすればジュラの大森林も見えてくるといったところだ。
「ふむ。大陸に来るのも中々久し振りだな····」
飛行しながら一人呟いた。
「確か以前来たのは······何年前だったか····?」
最早覚えてすらいないな。とごちる。別に記憶が失われたわけでも、記憶力が悪いわけでもない。寧ろ、300年前の出来事ですら鮮明に覚えているし、仔細な情報も未だに覚えている。
ただ単純に、大陸を久しぶりに見たという感想である。
「しかし····変わり映えしないな」
つまらなさそうに地上を睥睨する。
本当は飛んでいかなくてもアルハーライムならば
しかしそうしないのも久しぶりの大陸を見るためである。しかし、こうも変わっていなければアルハーライムにとってつまらないというのも最もなことだ。
「····もう転移するか。『告げる。私はジュラの大森林に居る』」
その瞬間、アルハーライムの姿は上空に無く、同時にジュラの大森林にあった。
視界は一瞬で眼下に広がる大陸から、鬱蒼と繁る木々に移り変わった。
「さて····こちらから数多くの気配が感じられるな」
そう言ってアルハーライムが感知した気配は数十キロ先に感じられる気配である。それもアルハーライムからすれば比べるのも悲しくなる程の弱々しい魔素量である。
「魔物どもがこれほど群れるか····興味深い」
こうして不幸にも、リグルド達の預かり知らぬ所でアルハーライムのリムルの村訪問が決定したのだった。
「少々距離があるが····『告げる。私は魔物の群れの付近に居る』」
◆◆◆◆
リグルド達がその場所に向かえば、その場には形容する言葉が見つからないほど美しい女性が佇んでいた。
「あっ、リグルド様!あの人です!」
「ふむ····そこの方、少し宜しいでしょうか?」
相手が何者か分からないため、丁寧に対応する。万が一敵対行動をとられても大丈夫なように最大限の警戒もする。
「····来たか。待っていたぞ」
その女性から発せられた言葉も、万人を魅了してもなお、有り余る魅力を含有している。
「ッッ!!?」
同時にとんでもない圧力も感じられ、リグルド達は思わず膝をつきそうになる。
「ああ、すまない。つい何時ものように対応してしまったな······ふむ。これで軽くなっただろう」
女性がそう言うと、いつの間にか先程までの圧倒的な圧力は何処かに霧散し、そこには普段親しみ慣れた空気のみがあった。
「うっ····一体、これは····」
先程の圧力にかなり体力を消耗したのか、身体が妙に怠かったが、何とか立っていられる。
「お前たちに聞きたいことがある」
女性が一方的に話し始める。
「“暴風竜ヴェルドラ”が消えた事情について何か知っているか?」
女性の口から紡がれた言葉は、現在リグルド達も多いに戸惑っている内容だった。嘘が通じるような相手とは思えないし、そもそも嘘をつくような問題でもないので素直に告げた。しかし、言葉遣いには細心の注意を払って。
「申し訳ありませんが、私どもも何一つ分かってはいないのです。かの暴風竜がどのような理由で消滅したのか····いえ、かの竜ならばそんなことはないのでしょう」
「そうか。まあ、知らないのも仕方あるまい」
その答えに対して女性は特に落胆した様子も見せず、寧ろ何か納得した表情だった。
「失礼を承知で申し上げますが····貴女は一体何者なのでしょう?」
「うむ?そう畏まらなくても良い。私は十一大魔王が一人。“告死の魔王”クレシェント=アルハーライムだ」
今度こそ、リグルド達は目を剥いた。
十一大魔王。この世界にたった十一人しか存在しない魔物の頂点に立つ存在だ。
その力は他の魔物や人間を圧倒し、恐れられている存在だ。
中でもアルハーライムを含め数名の魔王は“真なる魔王”と呼ばれ、ギルドが定めた魔物の危険度では特S級
天災級ともなれば世界が一丸となって相対しなければならないような馬鹿げた力を持つ魔物だ。
最も、アルハーライムは元人間だが、真なる魔王に覚醒した時点で人間を辞めている。
ともかく、その様な規格外の魔物が魔王であり、とりわけアルハーライム含め数名はそれ以上の最早“化け物”と形容する以外何があるのかというレベルの規格外ぶりだ。
そんな存在が今目の前に立っている。
これで失神しなかっただけ、リグルド達は十分な精神力を持っていると言えるだろう。
まあ、アルハーライムの前では気休めにもならないが。
「·········」
リグルド達は驚愕に開いた口が塞がらなかった。
先程の途轍もない圧力を受けた手前、一概にそれが冗談と決めつけるのは躊躇われたからだ。
そもそも、冗談で魔王の名を騙るなど、恐ろしすぎてできるものではない。
「何だ?疑っているのか····?フフ。そう疑わんでも間違いなく私はアルハーライムだ」
「い、いえ····決して疑っている訳では····貴女様が間違いなくアルハーライム様であるというのは疑いようもないこと。ただ····あまりに状況が目まぐるしいためついていけず····」
「そうか。何、それほど緊張することもあるまい。私はお前たちに危害を加えるつもりは全く無い。そもそも、このジュラの大森林で暴れることは私たち魔王の中で禁じられているのだ」
「は、はぁ····」
そうは言ってくれても相手は魔王である。緊張するなと言う方が無理があるというもの。
「言っても詮無いことか····まあ良い。お前達の主は居るか?」
「いえ····リムル様は今、武装国家ドワルゴンに出向いており不在です」
「いつ帰ってくる?」
「恐らく数日以内には····」
「ふむ····マリアには長期外出の事を伝えているし····よし。私もお前達の村にてリムルとやらの帰りを待つとしよう。何らかの事情を知ってるやもしれん」
「ええっ!?私たちの村でですか!?」
「そうだが····」
「いえ、無理なわけではないのですが····まだ開拓中で、とてもアルハーライム様をお招きできるようなおもてなしは·····」
「ああいや、すまないな。私に対してその様な歓待を準備してくれなくても結構だ。元よりそのつもりで来たわけではない」
「そういうことでしたら····ですが、満足できるような寝食は····」
リグルドは極めて申し訳なさそうに告げる。
「あー、そういったことも特に気にしない。そもそも私は寝食不要な身体なのでな。お前達が気にすることではない」
「はぁ····」
結局その場はアルハーライムに押しきられ、“告死の魔王”もリグルド達と共にリムルの帰還を待つこととなったのだ。