ダンまちの世界に転生した…い 作:社会の闇のメタファー
あ、この世界ってダンまちの世界だ――――。
どこかの世界の片隅で、そんなことに気づいた少女がいた。
彼女の名はミルフィ・ロイメス。小さなパルゥム族の集落に住む、黒髪黒目の少女だった。
そんな彼女の集落は、つい先ほど魔物の攻撃で燃え尽きて灰となった。そして目の前には両親の墓が寂しく立っている。
両親の墓だけではない。お隣の鍛冶師さん。昨日まで畑で鍬をふるっていた村の兄貴分。村長。仲が良かった女の子。
皆死んだ。皆消えた。自然淘汰や弱肉強食などという自然の摂理ではない。魔物という埒外の存在が、その絶え間なく抱き続ける破壊衝動を埋める為だけに、ミルフィの村は焼け落ちたのだ。
問題の魔物は、村総出で戦い打倒された。その結果生き残ったのがミルフィのみというのは、果たして喜んでくれるのかどうか。ミルフィには今や分からなかった。
そう、分からない。
知識はある。ミルフィとしての記憶もある。しかし、それは既に風前の灯火ともいえた。唐突に沸き上がった今のミルフィを占める自我――――前世のソレは、今はただただ困惑するのみだった。
ミルフィとしての記憶は、他人のソレをなぞるだけに留まった。その時思った事や湧き出た感情も、今や他人事のように感じられる。
前世の記憶を思い出した弊害なのか。それとも、『ミルフィ』の精神が死んでしまったのか――――まだ、前者の方が救いがあるというものだが。
『自分』には、記憶は全くと言っていい程残っていない。それこそ死ぬ寸前に呼んでいたこの世界の原作、『ダンまち』の知識をなんとなく思い出せる程度だ。
そんな空っぽな自分が、ミルフィの人生を上書きしていいはずがない。そもそも、こうして表に出てくること自体が異常事態であり本来あってはならない事なのだ。
(…これから、どうするか)
しばらく何とも言えない気分で墓に向かって祈りを捧げていたミルフィだが、はたと我に返った。いつまでもこうしてはいられない。自分がここにいることが何かの間違いであっても、『ミルフィ』をこのまま餓死させるわけにはいかないのだ。
とにかく、ここからは離れなければなるまい。既に人が住めるような場所ではない。それに、魔物の匂いや人の血の匂いも土地に染み付いた。またすぐにでも魔物が現れるようになるだろう。その時、ミルフィただ一人で立ち向かえるはずもない。
ではどこに行くか。思案に耽り、ふと顔を上げる。すると空の向こうに天を衝く塔の空影が朧に見えた。そういえば、歩いて数週間という近さにかの迷宮都市オラリオがあるのだ。
そこならば、食いでには困るまい。原作で登場した冒険者になるか、それとも他の職に就くかは…ついてから考えることにし、ミルフィはとにかく歩き出したのだった。
□
オラリオについて、ミルフィは己の見通しの甘さというものを思い知ることになる。
まず稼ぎ先が見つからない。冒険者はもちろんのこと、その他主だった職業も全て門前払いを受けた。すすけた服を着た、着やせしたパルゥムなど雇うファミリアや店は存在しない。そのことをまず知っておくべきだった。
後に残ったのは、娼婦や闇系などと言ったいわゆる裏の仕事だが…ミルフィの年端もいかない乙女の身体を安売りするわけにはいかない。なんとしてでもまっとうな職業に就く必要があった。
焦りの中の就職活動は、ミルフィにとって大きなストレスとしてのしかかった。眠る宿さえなく路地裏に布を敷いて眠る生活というのもミルフィに身体的なダメージを与えた。明日食べる食料さえないという状況も又焦燥を加速させた。
もはや冒険者になることが唯一の希望だった。他の職業は身分証明やら経歴やらに厳しすぎる為、全くと言っていい程鳴かず飛ばずだったのだ。故にここは冒険者一択に選択肢を狭めることとし、ギルド、ファミリアの拠点などに特攻する一日を過ごした。
「次は…ここか」
路地裏に入ってすぐのところにある、ボロイ宿屋。中に入るとタバコと酒の匂いが充満していた。薄暗い店内には男が一人だけカウンターに肘をついていた。
「…どういったご用件で」
「ギルドからの紹介で、この宿に住まわれている神様に会いに来ました」
「…ちょっとそこでお待ちを」
やおらゆっくり立ち上がり奥の方へと消えていく。後にノックが響き、話し声がかすかに聞こえ、足音が増えて戻ってきた。
「こちらの方でさ」
「…どうも」
連れてこられたのは二人だった。一人は紫色の髪を腰まで伸ばした少女。端正に整った顔立ちと、紫水晶のような瞳は、それだけで完成されたモノと分かる。普通の人間とは違うと悟らせた。
もう一人は白い髪の毛と白いローブを着こなした、優男だった。手には杖を持っており、冒険者であると分かる。
二人を合わせて言うならば、主神とその眷属と言ったところか。
「ギルドからの紹介ということは、入団希望ですよね?どうぞ、こちらへ」
「さあ、足元に気を付けて。ここの宿は古いからね」
「…余計なお世話だマーリン」
宿屋の主はそのままカウンターに腰掛け、話を終えた。後はそちらで勝手にどうぞということなのだろう。ミルフィは二人の案内に従い、奥の方へと…すなわち、二人が住んでいる部屋の方へと足を運んだのだった。
部屋に入り、マーリンと呼ばれた白い男が慌ただしく椅子を準備したりテーブルを引っ張ったりして場を整えた。少女はベッドに腰掛け、向かいに置かれた椅子にミルフィを座らせる。
「では、まず面接を始めたいと思います。私はこのファミリアの主神…アナと言います。こちらは唯一の眷属のルナー・ストゥルムさん。何故かマーリンと名乗っています。あだ名の様なものなので、是非マーリンと呼んであげてください」
「いやいや、困ったなぁ。本名は言わないでって何度も言ってるじゃないかアナ」
「紛らわしいことこの上なくてすみませんね」
なんとも奇妙な二人だった。呆気にとられたミルフィだが、二人からの視線を感じてつられたように「ミルフィ・ロイメスです。パルゥムで、アカシャの村から出てきました」と返した。
「よろしくお願いします、ミルフィさん。
こほん…まずこのファミリアは超零細ファミリアです。団員も一名のみ。一応、ファミリアの活動的には迷宮攻略がメインのファミリアではありますが、お金稼ぎのために他の商売にも手を付けていたりします。住んでいる場所もこんなボロ宿で、まだ拠点すらありません。恐らくミルフィさんはギルドからの紹介でやってきたのだと思いますが、こんな状況を見ても入る気はありますか?」
「はい。あります」
「ふむ。では、冒険者になろうと思ったきっかけは?」
「冒険者しか、私に道はないからです」
「…そうですか。よろしい、入団を許可しましょう」
あまりにもあっさりとした言葉に、ミルフィは目をぱちくりとさせた。
「え、い、良いんですか…?」
「ええ。心意気が伝わりましたので、私は特に問題はありませんね。マーリンはどうです?」
「いい子そうだし、僕も問題ないよ。後はミルフィ君次第だけどね。どうする?」
「は、入ります!よろしくお願いします!」
「うん、よろしく」
「ええ、よろしくお願いします…まあ、それに同郷のよしみですしね」
とアナがほほ笑んだ。ミルフィは首をかしげる。
「え?アナ、それってつまり…」
「ええ、この子は転生者でしょう」
ミルフィはその言葉を聞いて目を丸くした。
「そうだったのかい?いやぁ、気づかなかったなぁ」
「気づけるはずないでしょう、本物のマーリンじゃあるまいし。あ、ちなみに私たち二人も同じく転生者ですよ。同郷とはつまりそういう事ですね」
「…そ、そうなんですか…」
驚愕の事実というやつだった。意外と転生者はそこら辺にいるのかもしれない。ともすれば自分だけの問題だとばかり思っていたミルフィにとっては、目からうろこな展開だった。
「でも、意外なのはfateのキャラじゃないことですよね。全く見覚えがないのですが…マーリンは何かわかりますか?」
「僕もさっぱりさ。そもそも、転生者=fateのキャラっていう認識自体が間違いなのかもしれない」
「ふぇいと…?」
「おや、fateを知らないのかい?ほら、僕らの姿だよ。僕らのこの恰好は、本来ならfateシリーズという作品のキャラなのさ。僕がマーリンを名乗っているのはつまりそう言うこと」
「私も、その作品に登場するメデューサというキャラです」
難しい話だった。他の作品のキャラの身体で、ダンまちの世界に転生してきたという事なのだろうか。ミルフィはおぼろげながらに何とか自分なりに噛み砕く。
「あの…何故私が転生者だと分かったんですか?」
「ああ、自己紹介ですよ。貴方の自己紹介を聞いて、嘘の気配を感じたので、それでなんとなく」
「え…?嘘…?」
アナは一つうなずき、そして口を開く。
「転生者は、はじめのうちは色々とちぐはぐな事が多いのです。今世での名前が別にあったとしても、意識的には前世の名前が自分の名前だと認識しているので、この世界での名前を名乗ると嘘として処理されてしまうんですよね」
神は嘘を看破する。この世界に降りてきた神が唯一残した神の力の残滓。そのことを思い出し、ミルフィは顔を青くする。
もしかして、これまで門前払いされていたのは、体格や種族の事だけではなかったのかもしれない。偽名を名乗る薄汚れたパルゥムーーーーなるほど、門前払いされて当然だった。
「そう言うことか…はあ…」
「もしかして、他のファミリアで落とされまくってましたか?」
「あはは、災難だったねぇ」
「いえ、まあ、はい…」
こんな事で気を使われてはたまらない。ミルフィは頭を振って気を取り直し、そしてアナを見た。
「えっと…それじゃあ、神様…」
「分かってますよ。さあ、こちらに。マーリンは外にでも出ててください」
「扱い酷いなぁ。こりゃ、新しい部屋を取った方がいいかもしれないね」
いくらミルフィが小さい少女のように見えても、ミルフィはパルゥムだ。一人の女性として扱うべきだと考えているのだろう。そんなことを呟きながら即座に部屋を出ていく白い頭髪の後姿を見送って、アナはミルフィをベッドに誘った。