ヤバい世界観のSFロボエロゲ世界に転生したので死亡フラグを全力で叩き折る   作:龍流

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メリークリスマス


ツンデレヒロインが死亡フラグを立てた時のブチ折り方を答えよ

「アンタ、昨日明日葉とキスしてたでしょ」

「ぶっふぅ!?」

 

 出撃準備中。整備班が整えていく機体の装備を見上げながら。

 隣に立つ夏芽梨から急にそんなことを言われ、俺はドリンクを喉に詰まらせて咽た。パイロットスーツの上を脱いで腰に巻いているタンクトップ姿の夏芽梨は、腕を組んで楽しそうに俺を見ている。

 

「ま、まさか見てたのか……?」

「ううん、べつに。ただ、なんか明日葉が元気になってたから、キスでもして元気づけたのかなぁ、って。ふーん、やっぱりしたんだ?」

 

 どうやら、かまをかけられたらしい。

 口元を拭って、俺はげんなりと抗議した。

 

「人の恋愛事情に首を突っ込むなよ」

「べっつにぃ? 首を突っ込んでるわけじゃないわよ。ただ興味があるだけ。大事な友達がどこの馬の骨とも知れない男に引っかかってたら嫌だしね」

「どこの馬の骨かは十二分に知れてるだろうがよ」

「さあ? どうだか」

 

 搭乗用のタラップの上。「装備急げ!」「チェック終わったか?」と、忙しなく動く整備員のみなさんの喧騒に紛れて、俺たちの声は誰にも聞こえない。

 

「ねえねえ」

「なんだよ」

「キスってどんな感じ?」

「……あー」

 

 堪らず、頭をかく。

 隣に立つ夏芽梨は、こちらに一本にじり寄った。

 おい、やめろやめろ。ただのパイロットスーツ姿ならまだしも、上を脱いではだけてるから目に毒なんだよ。タンクトップの生地はペラペラに薄くて、近くで見ると妙に艶めかしい。

 

「なにもったいぶってんのよ。はやく教えなさいよ」

「いや、そういうのはほら……な?」

「べつにいいでしょ。へるもんじゃあるまいし」

 

 たしかにへるもんじゃないけど、なんとなく嫌なんだよ! 

 さらに近くに寄ってきた夏芽梨は、人のパーソナルスペースをまったく気にせず、ぐっと顔を近づけて。

 

 

「……キスって気持ちいいの?」

 

 

 吐息の熱まで感じられる距離感で、その一言は強烈だった。

 にまぁ、と。とびきり造形のいい美人顔が、俺の反応を確認して、見事に破顔した。それはもう、とてもとても、おもしろそうに。

 

「ぶふっ……くくっ……あはは! なにその顔! バッカみたい……あっはははは!」

「だっー!! もううるっせぇな! あっちいけ! 寄るな寄るな!」

「え〜? こんな美少女に言い寄られて嬉しくないの?」

「自分で自分のことを美少女って言うな、この貧乳美少女」

「はぁ? 胸小さい方が着れる服の選択肢が多いの! サイズでしかモノを見れないなんて、浅ましいと思わないわけ? ばーか」

 

 ぐっと、ない胸を張って夏芽梨は言う。

 うーん、でも俺、大きいおっぱいの方が好きだゾ? 

 

「……先に言っとくけど、明日葉と比べないでよね。あの子はちょっと大きすぎるのよ。ほんとに」

「そういや、この前もスーツのサイズが合わなくなったって愚痴ってたな……」

「ほんとにねー。一緒にお風呂入った時とかすごかったもの」

「なにそれくわしく」

「死ねエロ猿」

 

 テンポのいい会話は切り返しが鋭い。

 

「でもまぁ、美少女ってところは認めてくれるんだ〜。ふーん?」

「もうからかおうとしても無駄だぞ。夏芽梨が美人なのは事実だろ」

 

 ご先祖にヨーロッパの血が混じっているらしい夏芽梨は、すっと通った鼻立ちや大きな瞳がよく目立つ。かわいらしい典型的な日本美人の明日葉とは、また違うベクトルの魅力を持っていた。

 

「結構素直に褒めてくれるじゃない」

 

 腰に巻いていた腕の部分を解いて、夏芽梨がパイロットスーツの上を羽織る。

 

「うれしい。ありがと」

「うそつけ」

「ほんとだって。アタシたち、いつ死ぬかわからないんだから、褒め言葉は多めに貰っておくに越したことはないじゃない?」

「そりゃいい心がけだな」

「でしょう?」

 

 澄まし顔でファスナーを引き上げた夏芽梨は、首元の気密ファスナーの息苦しさが気になるのだろうか。首周りに指を差し込んで、少し緩めるような仕草をした。

 

「お嬢ちゃん! 二号機いいぞ!」

「はいはい。了解」

 

 整備班長の声が響く。

 実は夏芽梨は、3人の中で一番髪が長い。その特徴的なサイドテールを頭のうしろで縛り上げ、お団子のようにまとめる。まとめかけて、手を止めた。

 

「あ、ゴム忘れた……」

「ん。これ使えるか?」

「……なんでアンタがヘアゴムを常備してんのよ」

「明日葉も髪まとめる時に忘れることがあるんだよ」

「へぇ~、ふぅーん」

 

 だからそのニヤニヤをやめろ。そのニヤニヤを。

 

「まあ、せっかくだから貰っておいてあげる」

「あげたわけじゃないからな。あとでちゃんと返せよ」

「けち」

「けちじゃないが?」

 

 ヘルメットを被った夏芽梨は、コクピットに潜り込んだ。明日葉よりも華奢な身体をシートに預け、固定する。

 

「大和」

「まだなんかあるのか?」

「いいから。ちょっと顔寄せなさいよ」

 

 そう言われて、コクピットの中に潜り込むようにして、夏芽梨に顔を近づける。にゅっと細い腕が伸びて俺の頭を掴んでさらに寄せる。こつん、と夏芽梨のヘルメットに、俺の頭が当たった。

 

「この前はアンタの操縦に文句つけたけど……正直、明日葉をちゃんと守ってあげられるのはアンタしかいないと思う」

「……ああ」

「だから、しっかりやりなさいよ。明日葉に無理をさせずに、みんなも守る。アンタならできるでしょ」

「……おう」

「返事が小さい」

「うっす!」

「よろしい」

 

 軽く俺の肩を叩いた夏芽梨は、ヘルメットのバイザーを閉める。

 

「夏芽梨も、無理するなよ」

 

 俺の言葉にはひらひらと手を振って、二番機のコクピットハッチは閉鎖された。

 

 

 

 

 

 

「夏芽梨ちゃんとなに喋ってたの?」

 

 こちらも準備が完了した一番機に乗り込むと、すでにパイロットスーツとヘルメットに身を固めている明日葉がそう聞いてきた。

 

「くだらない話だよ。明日葉のスタイルがよくて羨ましいってさ」

「……大和くん、セクハラ」

 

 明日葉にしては珍しい湿度の高い視線と声音に、俺は笑った。

 

 

「うそだよ。明日葉のこと、すげぇ心配してた」

「……夏芽梨ちゃん、すごくやさしいから」

「そうだな」

 

 頷きながらヘルメットを被り、身体の固定を確認。機体のシステムを立ち上げる。

 生命維持系統、チェック。問題なし。

 火器管制系統、チェック。クリア。

 関節駆動系統、チェック。正常。

 全システム、オールグリーン。

 

「明日葉。安心して、呼吸はゆっくり。楽にしてろよ」

「うん。ありがとう。今日は大丈夫だよ。さっき夏芽梨ちゃんに言われて足ツボしてきたし、優良ちゃんに言われて酔い止めも飲んできたから!」

 

 なんなの? うちのチームメイトたちは過保護なの? 

 足ツボと酔い止めの効果に関しては、正直疑問しかないが……その心遣いがなによりもありがたかった。

 

「こちら一番機、発進準備完了」

『二番機。いつでも行けるわ』

『三番機。すぐに出られる』

「オーライ」

 

 この世界は、死がすぐ隣にある。

 出撃前に告白する、とか。パインサラダを食う、とか。そんなロボットもののお約束を踏まなくても、唐突に、あっさりと、人間は死ぬ。

 もはや慣れ切った発進前のやりとり。いつも通りの夏芽梨と優良の返事に、俺もいつもと変わらない一言を添えた。

 

「じゃあ、今日も生き残ってうまい飯を食おうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛鳥大和たちの戦いは、防衛戦である。

 決して、自分たちから『タイタン』に攻め込むことはない。攻め込めるだけの戦力も、資源も、人員も、もはや人類には残されていない。

 

 故に、全力で守る。

 全力で守り、防衛し、敵を駆逐する。

 

「敵部隊を捕捉。ノーマルタイプの『タイタン』が20。防衛ラインBに向けて全速で進行中」

 

 3機の中で最も索敵能力に優れている優良の三番機『アルゲドス』が告げる。

 戦闘中は指揮官機の役割を果たす大和の判断は早かった。

 

『優良。全部落とせ』

「了解」

 

 普通なら有り得ない無茶なオーダー。それが当然であるかのように、優良は『アルゲドス』の機体を停止させ、背中の大型狙撃ライフルを手に取った。

 同時に、コクピット内の優良は多目的コンソールを片手でリズミカルに叩き、ターゲットと周辺環境の情報を入力。次に、そのヘルメットをさらに上から覆う形で精密狙撃用の照準器が降りる。バイザーの上から照準器で目元すらも完全を覆いつくされ、ただでさえ読み取りにくい優良の表情は、まったく伺い知れなくなった。

 とはいえ、狙撃に無駄な感情は必要ない。

 

「アルゲドス。敵の先鋒部隊に対し、先制攻撃を行う」

 

 アルゲドスの緑色の巨体が構えた大型狙撃ライフルは、一丁ではなく二丁。肩に担ぐように固定したそれらは、狙撃銃(ライフル)というよりも大砲(キャノン)と形容した方が適切な威容を誇っていた。

 トリガーを引く。

 瞬間、まったくの同時に放たれた二筋の閃光が、先頭を走る2体のタイタンの心臓部を正確無比に射抜き、沈黙させた。

 

『お見事』

「大和。軽口叩いてないで回り込んで」

『もう移動してるよ』

 

 二つ。四つ。六つ。八つ。両手の操縦桿をそれぞれのライフルの照準に同期させた優良は、まるで2人のスナイパーが同時に狙撃をしているかのように、敵のタイタンを二機ずつ処理していく。

 

「十四、十六……む」

 

 だが、半分以上の敵を沈黙させ、残り4体というところで通常型が下がり、別の機体群が割って入った。見るからに肉厚の装甲を身につけたそれら2機の『タイタン』は、突き出すように大型のシールドを構える。同時に、アルゲドスの放ったビームが拡散して散った。

 

『ちょっと! うしろから『重装型』が出てきたわよ』

 

 忌々しげに、夏芽梨が叫ぶ。

 通常型のタイタンに比べて、強力な対ビームシールドと倍近い装甲厚を備えた『重装型』は鈍重だが、とにかく硬い。ブロンダスやアルゲドスの主武装であるビームを出力するライフルは、拡散されてまったく通じない。

 ならば、どうするか。

 

「問題ない。いずれにせよ、全て落とすのが隊長機の命令」

 

 簡単な話だ。それ以上の火力で叩けばいい。

 両手に構えた大型狙撃ライフルを地面に放り捨て、アルゲドスは背中に携えた『三丁目』を引き出した。先の二丁よりもさらに大型のそれは中心で折れて分割されており、慣れた動作で中央部分を接続。給弾用のカートリッジとエネルギーチャージ用のチューブを接続した砲身の全長は、もはやアルゲドスの機体すらも超えていた。

 ビームではなく実弾を用いるその巨砲の名は『アンチマテリアル・レールガン』。

 やはり淡々と、優良は呟く。

 

「脚部アンカー展開」

 

 硬質な音と共に機体脚部の踵部分から、鍵爪が伸び、大地とアルゲドスを繋ぎとめる。そうでもしなければ、機体そのものが発射の衝撃に耐え切れず、吹き飛んでしまうからだ。

 

薬室開放(チェンバー・オープン)

 

 慣れた操作に、迷いはない。

 

初弾装填(ファーストバレット・ローディング)

 

 装填の音が、コクピットにまで響く。

 

電磁加速開始(エレクトロ・アクセラレーション)

 

 身体からエネルギーを吸い上げられる感覚は、むしろどこか心地好い。

 アルゲドスがライフルを構えるのではなく、ライフルを撃つためにアルゲドスが銃の一部になる。機体全身のフレームを通して、アルゲドスは砲身と大地を結び付ける土台を形成した。

 ビームは拡散される。ならば、実弾をぶち込めばいいだけのこと。

 

 

発射(ファイヤ)

 

 

 腹の底まで響くような、衝撃と共に。それは発射される。

 パイロットスーツで保護されていなければ、全身が衝撃で麻痺することが疑いようもない、強烈なインパクト。悲鳴をあげる砲身に即座に冷却材が叩き込まれ、白い噴霧を撒き散らす。

 電磁加速を受けた弾丸は重装型の胴体を貫くどころか、跡形もなく粉々に吹き飛ばし、その後ろに構えていた残り4機の通常型まで破壊の余波に巻き込み、破砕していた。

 

「……申し訳ない。命令(オーダー)は20機の撃墜だったのに、21機落としてしまった」

 

 狙撃用の照準器を跳ね上げ、早乙女優良はようやく笑った。

 

 

 

 

 

 

『……申し訳ない。命令(オーダー)は20機の撃墜だったのに、21機落としてしまった』

 

「上々っ!」

 

 紅月夏芽梨は、ヘルメットの中で深呼吸をし、笑う。

 緊張はない。身体の中に満ちているのは、心地良い昂揚感だ。たとえそれが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のおかげだとしても、夏芽梨は戦いを始める前のこの気分が好きだった。

 目の前に生き残っている敵は重装型の『タイタン』が一機だったが、レーダーには既に別の反応が散見されている。

 

『後方からさらに増援。続けて、三時方向から接近する別働隊を確認』

『優良は別働隊を止めろ。俺と夏芽梨はこのまま挟み撃ちだ。突っ込んでかき乱す』

「おっけー! あの重装型(デカブツ)は貰うわよ!」

 

 夏芽梨が駆る二番機の『ステロデス』は、近接戦闘に特化している。その特性を簡潔に言ってしまえば、この機体に射撃武装は搭載されていない。

 理由は単純。必要ないからだ。

 

「まず頭ァ!」

 

 真正面から、真っ直ぐに、正々堂々と。

 重装型に突っ込んだステロデスは、手にした大型ブレードを兜を被ったようなその頭部に叩き込み、二つに割った。割れた装甲の内部に、続けざまに腰から引き抜いた小型ブレードを引き抜き、ぐりぐりと押しこむ。

 火花とスパークを撒き散らす重装型は、悲鳴のような咆哮をあげながら両手を振り回したが、その時には既にステロデスは空中に機体を踊らせていた。

 

「肩と腕ェ!」

 

 背部にマウントされた大型ソードは、投擲武器としての役割も果たす。空中から強烈な運動エネルギーを伴って投げ落とされたそれは重装型の関節部に食い込み、引きちぎり、見事に肉厚の腕部を破断した。

 紫色の体液を撒き散らし、それでもなお、機械の生命体である『タイタン』は止まらない。

 

「ラストぉ! 心臓っ!」

 

 ステロデスの右腕に響くのは、装填音。だが、装填されたのは弾丸ではない。近接戦に特化された紅蓮の悪鬼は、射撃兵装を一切持たない。

 地面に柔らかく着地したステロデスは、もっとも装甲が分厚いはずの胴体中央に手のひらを添え……添えた瞬間に、ステロデスの腕部で炸裂した爆発のインパクトが、重装型のコアを一撃で穿ち抜いた。と、同時に腕部から役割を終えたカートリッジが排出される。

 

 パイルバンカー。

 希少金属製の槍を高速射出し、敵の装甲を文字通り撃ち抜く、近接戦闘装備である。 ステロデスに装備されたそれは、撃ち込んだランスの先端からビームの刃を発生させ、敵機を内部から破壊し尽くす、正しく一撃必殺の武装だった。

 

「はい。終了っと」

『夏芽梨! 浸ってないで周りよく見ろ! そっちに3機寄ってきてるぞ!』

「わーってるわよ! いちいちうっさいわね!」

 

 カシャン、と。パイルバンカーを手甲の中にしまい込んだステロデスは、自機を取り囲むように距離を取る3機の通常タイプを見据える。

 

「距離を取ろうってわりには……」

 

 左腕が腰に添えられ、新たな接続音と同時に、一振り。ステロデスが振り上げた腕に合わせて、充分な間合いを保っていたはずの通常型は、真横に吹き飛んだ。

 

「……迂闊が過ぎんのよ、ばーか」

 

 吹き飛んだ『タイタン』はなんとか立ち上がろうとしたが、その胴体は見るも無残に落ち窪んで損傷しており。ステロデスの左腕には、空気を裂きながら高速回転するチェーンワイヤーと、その先端に繋がれている大型ハンマーが獰猛な唸り声をあげていた。

 

「かっ飛べ、雑魚ども」

 

 夏芽梨の宣言に違わず、振るわれたハンマーが直撃したタイタンが1機、また1機と近づくことすらできずに吹き飛ばされていく。

 

『ナイスだ夏芽梨! 正面は任せていいか?』

「任されたから、さっさと側面の敵機処理してきなさい」

『助かる!』

 

 紅月夏芽梨は、自分を弱いと思ったことはない。

 だが、自分が一番強いと思ったこともない。なぜなら『ステロデス』は常に二番機で、夏芽梨が立つ戦場には、いつも一番機と飛鳥大和がいるからだ。

 まるで鳥のように飛翔する『ブロンダス』の挙動は、流麗の一言に尽きた。アルゲドスのような絶大な火力と破壊力があるわけではない。ステロデスのように機体特性を特化させて、尖らせているわけでもない。ただ純粋に基本性能の向上とバランスを突き詰めて仕上げられた機体には、一切の無駄がなかった。

 

『側面は受け持つ。このまま押し切るぞ』

『三番機、了解』

「……りょーかい」

 

 少し、舌打ちをしそうになる。

 最小の動きで回避し、最小の動きで攻撃し、避けきれない攻撃は最適な角度で防御する。攻撃と防御に一切の無駄がなく、敵機を落とす淡々とした冷静さは、戦場に限っては優良以上だった。

 基本性能が高いのは当然だ。3人の中で最もコアの出力を高く駆動させることができるのは、姫宮明日葉なのだから。

 だが、それ以上にパイロットがいい、と夏芽梨は常に思っていた。突き詰められた基礎性能は、腕がいいパイロットが搭乗することによって、はじめて明確な力として発揮される。明日葉は単体では戦闘中に気分を悪くしてしまうような最低のパイロットだったが、大和とのタッグという意味では最高の相性を誇るといっても過言ではなかった。

 

(もしも……)

 

 だからこそ、夏芽梨は考えてしまう。

 

(もしもアタシが……()()()()()()()()()()?)

 

 戦場で考えなくてもいいことを、考えてしまった。思考の一部を、割いてしまった。

 それはタイタンと対峙するパイロットとして、あまりにも致命的だった。

 ステロデスを襲ったのは、大きな衝撃やビームの着弾ではなく、むしろ装甲の表面を撫でるような、生理的嫌悪を伴う感覚だった。

 

「……なに?」

 

 地中から脚部に巻き付いていたのは、まるで触手のような小型のワイヤー。その正体を看破する前に、

 

 

「ッ……!? きゃああああああ!?」

 

 

 夏芽梨の全身を、迸る電流が貫いた。

 頭のてっぺんから、指先に至るまで。あるいは、脳の中央から腹の底に至るまで。全身を舐め取るように流れる電撃は、夏芽梨から思考能力を消失させ、喉が枯れるまで叫び声を搾り取った。

 

 痛い。

 熱い。

 痛い。

 熱い。

 

 脳の思考領域が、それに満たされて。他の何かを考えることができない。

 

「は、ぅ……あっ……が」

 

 ヘルメットの中に涙と唾液が撒き散らされ、バイザーを汚す。全身が焼けたように熱く、力が入らない。ヘルメットの重みに首が負けて、下を見ることしかできない。ハーネスで固定されていなければ、パイロットスーツに包まれた体は潰れたヒキガエルのように前のめりに倒れていただろう。

 呼吸。呼吸をしなければ、死ぬ。息をすることだけに意識を集中し、なんとか思考能力を引き戻す。

 

「なん……で」

 

 ようやく絞り出した夏芽梨の疑問に答えるかのように、地中を割ってその『タイタン』は姿を表した。

 タコ足のような下半身に、無機質な一つ目。紫色の毒々しいカラーリング。『特殊型』と称されるそのタイプの機体群は人型であることを捨て、その名の通り特別な能力と戦闘能力を備えた特別な機体たちである。

 

「特殊型は……指揮官機でしょうが……。どうして、こんなところに潜んで……」

 

 ふざけるな、と。

 夏芽梨はやっと思いで握りしめたレバーを動かしたが、機体が動作する前に触手にステロデスの全身を絡め取られる。ギチギチと響く耳障りな音は、ステロデスの駆動系がこのタイタンにパワーで押し負けていることの証明に他ならなかった。

 

「くそっ……動け! 動いて!」

 

 だが、動かない。先ほどの電撃で明らかにパワーが落ちているステロデスは、むしろ機械の触手に拮抗するのが精々で。それも少しずつ押し負けているのか、機体全体が悲鳴をあげていた。

 

『夏芽梨! 応答して。夏芽梨!』

『夏芽梨! どうした!?』

『夏芽梨ちゃん! 大丈夫!?』

 

「あー、もう……うっさい」

 

 優良の、大和の、明日葉の声が立て続けに通信機越しに響き、そして途絶える。

 

『通信途絶』

『伝達系、異常発生』

『関節各部、内部損傷』

『装甲表面に規定値以上の圧力を検知』

『出力、46%までダウン』

『外部カメラ動作不能。映像出力不能』

 

 赤字で次々と表示される警告が、かろうじて焼き付いていないモニターに表示される。だが、それを確認したところで、夏芽梨にはどうすることもできない。

 

「はぁ、ハァハァ……くそっ! くそ!」

 

『パイロットの精神状態に異常を検知』

『心拍数、規定値上昇』

『鎮静剤の投与を推奨』

『エネルギー供給低下』

『機体側の生命維持系統に異常を検知』

『精神状態、維持不能』

『機体側の生命維持系統に異常を検知。以降、生命維持機能をスーツに自動切替』

『精神状態、維持不能』

『機体を放棄。脱出を推奨』

 

 息が苦しいのも、地獄のように熱いのも、きっと気のせいではない。目に入った汗が痛い。

 このままでは、死ぬ。

 

「っ……こちら二番機。機体の維持不能。生命維持系統にも異常を検知。放棄して脱出するっ……!」

 

 夏芽梨はコンソール右側の非常ガラスを叩き割り、非常用の脱出ボタンを押し込んだ。

 

 

 

 

「え」

 

 

 

 

 

 押し込んだ、のに。

 

「なん、で……?」

 

 動かない。

 本来パージされるはずのコクピットブロックが、脱出機能が、まったく動作しない。

 

「いや……やだ。うそ」

 

 カチカチ、カチカチカチカチカチカチ。

 赤いスイッチは、乾いた音を響かせるだけで。

 

「なんっ……で。動かないのよ! コイツはぁ!」

 

 ヘルメットの中に響く金切り声が、自分のものだと認識できない。

 

「いやっ……やだ」

 

 死ぬ。

 

「動いて! 動いてよ! 動けばかっ! 動いて!」

 

 このままでは、死んでしまう。

 

 死ぬ? 

 誰が? 

 

 自分が。

 紅月夏芽梨が、だ。

 

 覚悟はしているつもりでいた。いつ死ぬかわからないと思っていた。

 でも、こんな。真綿で首を締められるように、迫りくる死を実感させられるなんて、そんな。

 

 ぼきり、と。

 夏芽梨の心の中で、何かが折れた音がした。

 

「いや……いやぁ! 出して! 出してよ! ここから出して!」

 

 機体を締めつける大きな音は、決して気のせいではなかった。モニターに亀裂が奔り、電子機器がショートする。ショートした電子機器が発火し、狭いコクピットの中に煙が満ちる。

 パイロットスーツで気密され、身体を保護されている夏芽梨が、それを吸い込むことはない。だが、視界を満たす煙は生理的な恐怖心を煽り、パニックを加速させた。

 

「優良! 大和! 助けて! お願い! 助けて! 死んじゃう……死んじゃうの!」

 

 息が苦しい。叫ぶたびにヘルメットの中の空気が足りなくなる。けれど、叫ばずにはいられない。叫ばなければ、体の中の感情を声にのせて出力しなければ、自分はきっと狂ってしまう。夏芽梨には無自覚に、そんな確信があった。

 モニターの電源が、全て落ちる。コクピットの中が、暗闇で満ちる。

 

「モニター! モニターが死んだ! 外の様子がわからない! 暗い! 暗いの! 何も見えない! いやぁ!?」

 

 通信機はもう死んでいて、誰も聞いてないのに報告する。何かを言わずにはいられない。

 身体はシートに縛り付けられて動かない。腕と脚をバタバタと動かすことしかできない。首を回して周囲を確認しても、真っ暗なコクピットの中で光を灯しているのものは何も無い。

 

「やだ……やだよ……死にたくない。死にたくない死にたくない!」

 

 こわい。こわい。こわい。

 音がどんどん大きくなる。潰される。この真っ暗闇の中で、潰されてしまう。

 

 ──アタシたち、いつ死ぬかわからないんだから

 

 うそだ。死ぬ覚悟なんてできていなかった。少しも理解なんてできてなかった。

 死ぬことはこんなにもこわくて、おそろしくて、涙が止まらなくて、全身の震えが止まらなくて。

 

 ──キスってどんな感じ? 

 

 後悔しか、ない。

 

「うっ……う、ぅ」

 

 きっと、自分はこのまま跡形もなく潰されてしまうけれど。

 きっと、何も残らないけれど。

 

 

「……アタシを、選んでほしかったな」

 

 

 紅月夏芽梨の意識は、そうして潰された。

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