ヤバい世界観のSFロボエロゲ世界に転生したので死亡フラグを全力で叩き折る 作:龍流
物語におけるフラグとは、回収するために存在する。
キャラクターのそれまでの行動、交流、意志、覚悟。それら全てが、実った結果。話の大筋に、必然性をもたらすために。回収されたフラグは、物語に納得と深みをもたらす。
生きることは、積み重ねの連続だ。
人生の中で、何本も何本も立てた旗を、人間は結果に変えて回収していく。
例えばそれは、ドラマチックで大それたものでなくてもいい。
むしろ、通学路の曲がり角でパンを咥えてぶつかるような、幾重にも偶然が重なったフラグはナンセンスだと、俺は思う。
もっとシンプルに、単純で、些細な出来事の積み重ねの方が、余程人間らしい。
毎日、好きな子に自分から挨拶をしたり、とか。
少しずつ重ねた練習の成果を発揮して、部活の試合ではじめて勝ったり、だとか。
勇気や努力。そういったフラグが報われる世界の方が、俺は好きだし、そうあってほしいとも思う。
もしも、この世界に神様がいたとして。
俺が出撃の直前に、夏芽梨と交わした会話は。
俺が夏芽梨に「返せ」と渡したヘアゴムは。
わかりやすい、おもしろいフラグにしか見えないのだろうか。
積み重ねがない物語に、納得はない。
納得がない物語に、美しさはない。
なるほど。それはよく理解できる。
この戦場に、納得のいく死なんてものは、絶対に存在しない。
痛いほど、わかっている。
「大和くん! 夏芽梨ちゃんが……夏芽梨ちゃんがっ!」
「わかってるから喋るな」
だから、
その理不尽なフラグの回収を、俺は絶対に認めない。
前方には、通常型のタイタンが4機。
「邪魔臭い」
ライフルを照準。頭部と急所のコアを射抜き、一つめを黙らせる。二つ目の肩に蹴りを叩きこみつつ踏み台に。そのままスラスターを吹かして空中でロール。背中に風穴を空けて沈黙させる。
「……っしぃ!」
三機目の頭部にシールドの先端をぶち込む。四機目の腹には引き抜いたブレードを噛ませて胴体をかっさばく。
『大和! なにしてるの!?』
「夏芽梨を助ける」
『無理。間に合わない。ステロデスからの通信は途絶した。コアの反応も微少。夏芽梨はもう……』
優良の指摘は的確だ。
ステロデスからの応答がないのも、意識を保っていれば問題なく動くはずのコア出力が感知できないほど弱ってるのも、言っていることは全て正しい。
だが、正しいだけだ。
「助けると言った」
背後からの伏兵。後ろから雨のように降りかかる銃撃をバックステップでかわして、機体を大きく倒す。地面と背中がキスするくらい、ギリギリに上体をそらしながら、反射的に撃ち込んだ3発のビームは全て命中して、爆発を引き起こした。
夏芽梨のステロデスを行動不能に陥れたのは、希少な特殊型だ。あの個体は、滅多に前線に出てこない。もしも特殊型の狙いがステロデスの撃破ではなくパイロットの捕獲なら……
「大和くん」
回す思考に、明日葉の声が割って入る。
「わたし、大丈夫だから」
そう言う明日葉の声音には、一本の芯が通っている。
戦いが怖い、という感情よりも。友達を助けたい、という、淀みなく澄んだ意思が感じ取れた。
「だから、
研ぎ澄まされた、その意志に。答えないのは、噓だ。
「……明日葉。全力で機体をぶん回す。合わせてくれ」
「まかせて」
「優良。聞こえてたよな? 援護任せる」
『……人遣いの粗さの極み』
「よし、いくぞ」
「うん!」
その返答がスタートの合図だった。
「敵の囲みを抜ける」
ブロンダスのスラスターを吹かせた瞬間、機体の出力が一段上がったのがわかった。それだけではない。機体全体のレスポンスが、明らかに向上している。
これまで手持ち無沙汰に操作レバーを握りしめるだけだった明日葉の腕が、コンソールの上を目まぐるしいスピードで動く。同時に、単語の羅列を並べ立てる。
「制御モジュール、全権限をマニュアルに切り替え。リアルタイムで各部に反映……コアユニット出力調整スタート、運動モーメント、チューニングセットアップ、キャリブレーション……チェック。クリア。メタ運動野のパラメータを再更新。スラスター制御プログラム、リミッター解放。伝達係数のパターンを手動更新。運動ルーチンをB1からD2に切り替え。腕部出力を75%にカット。予備動力を脚部駆動系へ」
大地を踏み締める、ブロンダスの感覚が違う。
俺の操縦に合わせて、リアルタイムで機体のOS調整を行う明日葉のそれは、二人乗りだからこそ可能なこの機体最大の特徴と言っていいだろう。今の明日葉は、誰よりも頼れる俺の相棒だった。
そういえば、何かに集中していると、乗り物酔いは収まるらしい。
すれ違い様に、ブレードで1機。背面撃ちで1機。行きがけの駄賃に通常型を落とす。
「……アイツか!」
ステロデスの全身にタコのように絡みつく、毒々しい紫色の機体。その異形の『タイタン』は、ステロデスの真紅のボディに触手のような8本の足をまとわりつかせ、締め上げていた。
「明日葉! 夏芽梨の生体反応は!?」
「ステロデス側のシステムがダウンしてる……モニターできない!」
この距離まで近づいても、夏芽梨の生体反応がわからないということは、機体側のシステムがコアも含めてほぼダウンしているということを意味する。
ステロデスは四肢はちぎり落とされ、胴体の損傷も数え切れないほどだったが、
「コクピットは……まだ生きてる!」
コクピットがまだ潰されてないなら、パイロットスーツを着込んでいる夏芽梨が生存している可能性は、むしろ高い。
「大和くん、あの機体……」
「ステロデスを盾にする気か」
特徴的な赤いツインアイをこちらに向けたその『タイタン』は、これ見よがしにステロデスの機体を盾にして、こちらに向けてきた。
「……ははっ! うれしいな」
その悪辣に、俺は歓喜する。
「人質にするってことは」
躊躇いなく、右手のライフルの銃口をターゲットに向けて照準する。
「中のパイロットが、まだ生きてるってことじゃねぇか!」
そして、撃つ。
ステロデスの脇腹、頭部左、右肩、股下。それら全てを掠めて、放たれたビームが紫色のタイタンに直撃した。
ぎょっとしたように、多足をしねらせてタイタンは後退する。続けて数発浴びせかけたが、そのほとんどが触腕で防がれる。一発だけ胸部に直撃はしたが、コアを破壊するまでには至らなかった。
『……大和。そういう狙撃、ほんとは私の仕事』
「無駄口叩く暇があったら、こっちに敵を寄せるな!」
『心得た』
残りの敵機は優良に預けて、接近して一気に叩く。
いくら油断していたとしても、近接用にカスタムされたステロデスが、一撃でダウンして動けなくなるとは考えにくい。
つまり、あの気持ち悪いビジュアルの『タイタン』にはこちらの機体を一撃でダウンさせるような特殊兵装があるということ。それで、夏芽梨の意識も奪っているのだとしたら……
「……悪さをするのは、その足か」
装甲に触れようとしたその触腕の先端を、ブレードで切り落とす。だが、右手のライフルを別の触腕に絡め取られ、奪われる。
「ちっ!?」
機体を空中で一回転させ、同時に手持ちのブレードを二本投擲。足を地面に縫い付けて、動きを止める。
ブロンダスの武装は、標準タイプのライフルが一丁に格納式のブレードが二本。これで使い切った。
「大和くん! 武装が!」
「落とし物があるだろ」
たしかに手持ちの武装は使い切った。が、ステロデスが残してくれた武器が、まだある。
片足で蹴り上げ、空中にボールのように飛び上がったそれを、掴む。
「武装認証……コネクト!」
「受け取れ、タコ野郎」
俺たちを餌としか見ていない忌々しい赤い視線に、高分子ハンマーを叩きつける。首ごともげた特殊型の頭部が、まるでサッカーボールのように空中に吹き飛んだ。反撃に振るわれた触腕にも、右腕でハンマーを押し付け、抑え込む。
機体のパワーが、拮抗した。
敵のタコ足は、最初に切り落としたのが一本。ブレードで串刺しにしたのが二本。今、抑えているのが一本。対して、こちらが自由に使えるのは、左腕だけだ。
この超接近状態で、残り四本の触腕を防ぐ手立ては、ブロンダスにはない。文字通り、手が足りないからだ。唸る毒手に、目に見える形でエネルギーが集中する。
手が足りないなら、仕方ない。
元より、残された腕は左のみ。
「明日葉──」
もしも、この機体が一人乗りだったなら、その切替えは間に合わなかっただろう。
だが、俺は名前を呼ぶだけでよかった。
「──左腕。リミッター解放、240%」
明日葉が、応えてくれた。
片腕は、くれてやる。
臨界を超えた出力で、敵の胸のど真ん中。先ほどのライフルの直撃で装甲を剥がした隙間から、左腕を強引に捻じ込む。
心臓に、手のひらが触れた。
「
コアを握り潰すと同時、悲鳴のような機械の咆哮が響き、青色の体液が溢れ出た。
◇◇◇◇
正規の手順で身体を縛るチューブとハーネスを取り外すのももどかしく、姫宮明日葉はコクピットのハッチを強制開放した。
なんの前触れもなく有毒な大気が流れ込んできて、大和が慌てたように振り返る。
「おい、明日葉! ちょっと待て!」
「大丈夫! それより大和くんは医療キット持ってきて! わたしが夏芽梨ちゃんを先に助けるから!」
返事を待たず、コクピットから飛び出した。
明日葉は、食べることが好きだ。料理が好きだ。おいしいものを食べていると、生きているという実感が沸く。明日もがんばろう、という気持ちになった。
自分が作った料理を、誰かが食べている姿を見ることがもっと好きだ。自分が手を加えたそれらが、誰かの糧になって、誰かの笑顔の元になるのがわかると、自分も自然と笑顔になった。
夏芽梨の身に何かあったら、もう自分の料理を食べてもらえないかもしれない。一緒にご飯を食べられないかもしれない。
嫌だ。
だから、走る。
ボロボロになったステロデスに向かって、走る。
明日葉は、花を育てることが好きだ。地下シェルターの限られた資源の中で、食用ではない植物を育成することは抵抗があったけれど、自分が育てた花を見た人の、穏やかな表情の変化が愛おしかった。
明日葉は新しく咲いた花を、まだ夏芽梨に見せていない。
だから、ステロデスのコクピットハッチを必死で叩く。衝撃で歪んだそれの間に体を差し込んで、強引に開く。
明日葉は、毎日が楽しい。正確に言えば、大和と、夏芽梨と、優良と。みんなで過ごす毎日が、とても楽しい。
運動は少し苦手だったが、体を動かしたあとのご飯はおいしかった。夏芽梨と一緒に汗を流して、お風呂に入るのが気持ちよかった。優良がオススメしてくる本は難しいものがほとんどだったが、真剣にじっくりと読んでいると、いつも新しい発見があった。大和がどこからか拾ってくる昔の映画などの映像アーカイブは、見ていて飽きなかった。恋愛をテーマにした作品を見ていると、気恥ずかしくなるのと同時に、いつかこんな恋がしてみたいな、と。隣で画面を見る彼の横顔を見ながら、自分の手をそっと重ねたりして。
──この世界はすでに終わっている。
そんな風に大人たちは言うけれど、少なくとも明日葉の毎日は、幸せで、充実していて。
だから、姫宮明日葉は、生きることが大好きだった。
「夏芽梨ちゃん!」
コクピットの中はズタボロで、圧壊寸前だ。モニターは全て落ちていて、闇の中で夏芽梨の赤いヘルメットは項垂れたまま動かない。
コクピットの中から、華奢な体を引きずり出す。自分の端末を、夏芽梨のパイロットスーツに繋ぐ。意識レベルは低い。体温も低下していて、脳波も乱れている。だが、スーツの生命維持機能は、最低限まだ生きている。夏芽梨の胸は、少しずつ、けれど僅かに上下していた。
「よかった……大和くん! 夏芽梨ちゃん、無事だよ! 生きてるよ!」
「あぁ、もう。そんなに大声で言わなくても聞こえてるよ……俺もすぐそっちに行く」
呆れたような大和の声に、堪らず明日葉は涙ぐむ。
「よかったぁ……」
よかった。本当によかった。夏芽梨が無事でよかった。
ステロデスは大破しても、機体そのものはまだ予備がある。替えが効かないのは、それを動かすパイロットだ。まずは夏芽梨を医務室に運んで、ゆっくり休ませてあげたい。夏芽梨は、元々体が強い。すぐに目を覚ますだろう。きっと大丈夫だ。
大和と優良を労って、今日はご馳走を作ろう。明日になれば、夏芽梨も目を覚ますに違いない。そしたら、またいつも通りの日常がやってくる。普段の幸せが、戻ってくる。
大和がいれば、みんながいれば。たとえ終わっているこの世界も、きっと大丈夫だから。
──明日は、なにをしよう。
「……っ!? 明日葉!」
ふと、振り向くと。
人型サイズの触手が、自分と夏芽梨の体に、影を落としていて。
明日葉はほとんど反射で、抱えていた夏芽梨の体を、それから庇って突き飛ばした。
「……ぁ」
そして、突き刺さる。
体の中に差し込まれた異物が、あつい。自分の腹から突き出たそれは赤い血を滴らせながら、ゆったりと引き抜かれた。
「う」
痛い。たぶん。おそらく、痛い。
ただ、痛い部分が多すぎて。
(……穴、空いちゃった……動かなきゃ。スーツに空いた穴、ふさがなきゃ)
地上の大気は有害だ。吸い込んでしまえば、命に関わる。
自分が怪我をしても、意外と判断力は落ちないんだなぁ、と。他人事のように思いながら、明日葉は腰のツールキットから救急パッチを取り出そうとした。
「……?」
だが、手が動かない。指先が震えて、上手く救急パッチを取り出せない。
なんとなくお腹を抑えてみると、白いグローブが紅色に染まっていて。勢いよく自分の中から溢れていく真っ赤なそれを、早く止めなければいけないことだけはわかった。
だが、足が動かない。膝から不自然に力が抜けて、明日葉はうつ伏せに倒れた。
「明日葉っ!」
倒れる前に、受け止められる。
がっしりとしたその腕に抱きかかえられると、とても安心した。
ああ、よかった。もう大丈夫だ。
明日葉は、ヘルメットの中でほっと息を吐いた。
吐いた瞬間に、口から血が大量に溢れ出た。
「……ごほっ。げほ」
「明日葉! おい、明日葉!」
大和の判断は冷静だった。明日葉を抱きかかえ、腰から引き抜いた拳銃を即座に発砲。明日葉の体を貫いた触手型のタイタンの子機を、完全に破壊した。
すごいなぁ、と。明日葉は思った。自分が銃を握っても、絶対に同じことはできない。
(わたし、銃撃つのもへたくそだしなぁ……)
まあ、仕方がない。
この世界は、案外悪くなくて。
そんなに終わっている風にも思えなくて。
少なくとも、自分は毎日が楽しくて。
ただ、戦うことだけは、ちょっと苦手で、すごくキライだった。
「明日葉! まってろ、すぐに……」
それでも、大和が一緒にいてくれれば、戦うことができた。
役立たずの部品のようなパイロットに、意味が生まれた。
だから、その結果は。これだけは。声を絞り出して、聞かないと。
「……大和、くん」
「喋るな! 大丈夫。大丈夫だから……」
「…………夏芽梨ちゃんは、無事?」
吐いた血で溺れそうになっても、意外と声は出せるらしい。
明日葉は、自分の根性に自分で驚いた。
「っ……ああ、無事だ。無事だから喋るな!」
体から溢れ出たものは戻らない。
すでに自分の中から命がこぼれ落ちているのを、明日葉は正しく認識していた。
思考もまとまらなくなってきた。でも、それでも、あと一言だけは、なんとか。
わたしを選んでくれて、ありがとう?
それは少し違う。大和が明日葉を選んでくれたのは事実だが、明日葉も大和を選んだ。その気持ちに偽りはない。一方通行ではないから、言う必要がない。
ごはん、ちゃんと食べてね、とか?
遺言にしては、あまりにもしまらない気がする。最後まで食いしん坊に思われそうだし、笑われてしまいそうだ。というか、自分がいなくなったら、大和はちゃんとご飯をちゃんと食べるだろうか。心配になってきた。
これからも、みんなを守ってね。
わたしの花、ちゃんと育ててね。
夏芽梨ちゃんに、やさしくしてね。
あんまり泣いちゃダメだよ。
夜更かしはしすぎないように。
自分のこと、もっと大事にしてね。
一人だけで、全部抱え込まないで。
わたしのこと、忘れないでね。
言いたいことが、たくさんあって。
「大和くん」
あまりにも、たくさんありすぎて。
ああ、言ってはいけない。この一言を遺していくのは、きっと彼の傷になる。
だとしても、
「わたし、もっと生きたいよ」
その一言が、最後に口からこぼれてしまったのは。
姫宮明日葉という少女が積み重ねてきた、幸せの必然だった。
◆◆◆◆
俺が選んだ。
俺が助けた。
俺が殺した。