ヤバい世界観のSFロボエロゲ世界に転生したので死亡フラグを全力で叩き折る 作:龍流
紅蓮の機体が、戦場を疾駆する。
「……前方、通常型と、近接戦闘装備がそれぞれ十機ずつだ」
コクピットの中で。
少年の声に、後ろの座席に座る少女は気だるげに鼻を鳴らした。
「たった二十機だけ? 舐められたもんね」
『援護する。大和、夏芽梨、射線から離れて……』
「必要ないわよ。アタシと大和が負けるわけないでしょ」
短く答えた少女は、コンソールパネルをタッチして、パイロットスーツに供給されるエアにいくつかの薬剤を混ぜ込み……さらに手首に打ち込まれた無針注射の鈍痛を受けて、バイザーの中の瞳をいっぱいに見開いた。
「ぶっ殺す」
短く簡潔な宣言と同時に、二番機、ステロデス……否、強化改造が施された二番機改『ステロデス・アヴリオ』は跳躍した。
操縦桿を握る大和は、眼下のタイタンたちを見下ろし、呟く。
「目標、確認」
ステロデスのそれぞれの腕が腰のブレードを引き抜き、投擲。一本目がタイタンの頭部を刺し貫き、二本目は躱されて大地に深々と突き刺さる。
「避けられたぞ」
「避けさせたのよ、バカ」
空中に身を躍らせるステロデスに向かって、通常型が一斉に射撃兵装を向ける。跳躍の運動エネルギーが重力に引きずられ、自由落下するしかないはずのステロデスは、背部のスラスターを横方向に向かって吹かした。回避運動を読んでいたはずのタイタンの射撃は、しかしその独特な機動に全て回避されてしまう。
地面に突き刺さったブレードから伸びる硬質ワイヤー。大地を起点に、さながら振り子のように機体を揺らすステロデスは、その勢いのまま腰裏から抜いたショートブレードを連続で投げ刺した。
「スペース、空いた」
空中で一回転。紅蓮の悪鬼は、そのまま無慈悲に、脚を振り下ろす。地面に向けて、ではなく。まだ無傷のタイタンに向けて、だ。
瞬時に展開したヒールクローが近接戦闘型タイタンの頭部に深々と食い込み、血飛沫をあげる。だが、最後の抵抗と言わんばかりに、頭部を失ったタイタンはステロデスの右足に両腕で組み付いた。
「浅いか」
片足を振りあげたまま動けないステロデスに向けて、四方からタイタンが殺到する。
瞳だけを左右に動かし、夏芽梨は犬歯を剥き出しにして笑った。
「大和。交代して」
「わかった」
交代して、と。その言葉の意味するところを瞬時に理解して、大和はフットペダルを思い切り踏み込んだ。
今、この機体の機動制御……即ち、歩行を担う脚部やスラスターの操作は、全てメインパイロットである大和が担当している。そして、攻撃を担う腕部を、夏芽梨が操作する。そういう役割分担で、複座機である『ステロデス・アヴリオ』は駆動していた。
それが、入れ替わる。
片足一本。出力に任せて浅く跳んだステロデスは、タイタンをヒールクローで咥え込んだまま、器用に宙返りして両の手のひらを地面につけた。
ただの逆立ちも、20メートル級の巨人が行えば、大地を揺らす曲芸に変わる。
腕を脚に。脚を腕に。
手首で地面を踏み締め、脚で殴打する、その逆転。
両手の先から伸ばしたハンドクローを大地に噛ませて自重を支え、逆さ立ちのままステロデスは両脚を力任せに奮った。必然、半壊しているタイタンはぐるぐると振り回され、味方機を殴打する鈍器となる。充分な運動エネルギーを溜め込んだそれは満を持して解き放たれ、最後は味方機を押し潰す質量弾となって、その役目を終えた。
「脚にもブレード、つけてもらって正解ね」
逆さ立ちのまま機体を操作する夏芽梨には、そう嘯くだけの余裕があった。
曲芸を終えたステロデスは、今度こそ両脚を地面につけた。一拍置いて、下げた頭部を持ち上げる、その仕草はサーカスの軽業師が観客へ向ける礼のようだったが、殺戮を讃える喝采は少しも響かず。
むしろ、味方機の断末魔を代弁するかのように、残りのタイタンが吠えた。
「まだくるぞ」
「そうじゃなきゃ困るでしょ」
夏芽梨は笑う。
ヘルメットのクッションから僅かに覗く、額と頬に汗を浮かべながら。荒い呼吸を繰り返し、忙しなく胸を上下させながら。
それでもなお、殺すべき敵を前にして、夏芽梨は、せせら笑う。
「全部」
ステロデスの背後から、サブアームが展開する。
「全部」
一本、二本。三本、四本。
両の腕と合わせて、合計六本。
それは、大和と操縦を分担することではじめて成立する、格闘線に特化して極限までカスタマイズされた、多腕武装だった。
決して、夏芽梨一人では扱えない特殊装備。大和が同乗することではじめて実現した、複座式のステロデスのカスタムプラン。
「……全部ッ!」
姫宮明日葉が死ななければ実現しなかった……最強の近接格闘機。
それぞれの腕から、朱色のレーザーブレードが展開される。血のように赤いエネルギーを蓄えたそれは、次の獲物を求めて獰猛に唸り猛る。
「お前ら全員……ぶっ殺してやる!」
その姿、三面六背の阿修羅王の如く。
紅蓮の守護者の鏖殺は、止まらない。
□□□■
明日葉は死んだ。
俺は、明日葉を守ることができなかった。
死体が残っていたのは、運が良かったと思う。タイタンは人間を喰らう。普通、戦場で命を落としたら肉片どころか、骨も残さず噛み砕かれる。
だから、明日葉の身体は綺麗なまま見送ることができた。それだけは、本当にそれだけは、彼女にとってとても幸運なことだったと思う。
「……アタシのせいだなんて、言わないから」
葬儀の席で、夏芽梨は俺に言った。
「アタシなんかを助けるために、明日葉は死んだわけじゃないから」
その言葉を、整備兵の一人が見咎めて何か言おうとしたが、俺はそれを手で制した。
「アタシは負けない。負けてたまるもんか。アタシは、アタシが死にたくないから、戦う」
包帯が巻かれた腕を、自分で強く握り締めて。
「明日葉の分まで、生き抜いてやるんだ……ッ」
力強い宣言を聞いた整備兵班長に、ステロデスの強化プランをその日のうちに提案されて。俺と夏芽梨は、迷うことなく新しい機体と新しいコンビの結成を、承諾した。
それから、二月が経過した。
相棒を明日葉から夏芽梨に変えて、俺は今日も操縦桿を握っている。
けれど、もう限界かもしれない。
「はぁ……はぁ、はぁ……ふっ……ぅううう」
俺が、ではなく。夏芽梨が、だ。
「……夏芽梨。着いたぞ」
基地に到着したことを、告げる。
しかき、ステロデスの機体をハンガーに納めても、肩で荒く息をする夏芽梨の昂りは収まらなかった。
「大和ッ! なんで……なんで、途中で帰投したの!?」
「バカ言うな。今日出てきたタイタンは全部ぶっ倒しただろ」
「足りない! 足りるわけがない! アンタ、そんなんで明日葉の仇が討てると思ってんのっ!?」
思わず、舌打ちした。戦術薬物が効きすぎている。
元々、俺達のパイロットスーツには身体に悪影響が出ない範囲で、精神的な揺らぎをコントロールする薬物を投与するシステムが備わっている。だが、元々それに『酔いやすい』夏芽梨の悪癖は、日に日に増していた。
「アタシはもっとやれる! アンタだってそうでしょ!?」
身体を固定するハーネスとエネルギー供給用のチューブが、ぎちぎちと嫌な音を立てる。今の夏芽梨は、獣に近い。コクピットシートに縛り付けられていて、ちょうどいいとすら思った。
「だからもっと……もっと……っ……かっ……は」
がくん、とヘルメットが揺れる。過呼吸で、エアの供給が足りなくなったのだろう。ある意味、ちょうどいい。
俺はそのままコンソールをタッチして、夏芽梨のパイロットスーツの供給エアに、鎮静剤を混ぜ込んだ。
「……やま、と」
「ごめんな」
頭が完全にヘルメットの重みに負けて落ちたのを確認して、コクピットハッチを開く。
「すいません。夏芽梨をお願いします」
ハッチの前で待機していた整備兵が、もう慣れたといった様子で気を失っている夏芽梨をコクピットから引きずり出す。
一人で機体から降りられないその姿は、少し明日葉に似ているかもしれない。
「……いつまで、夏芽梨を戦わせるつもり?」
ヘルメットを脱いで顔を上げる。整備兵達と一緒にハッチの横で待っていたのだろう優良は、まるで抗議をするようにこちらを見ていた。
「いつまでって?」
質問に、質問で返す。
「とぼけないで。夏芽梨は、もう限界。このまま続けていたら、心も身体も耐えられなくなる」
担架まで引きずられ、運ばれていく夏芽梨から目を逸らして、俺はそれでも答えをはぐらかした。
「……だから?」
「夏芽梨をステロデスから降ろして」
「冗談だろ」
ただでさえ三機から二機に減った防衛戦力を、これ以上削れるわけがない。
「夏芽梨はもう戦えない。大和だって、わかっているはず」
「優良。それはお前の判断だろ」
明日葉が死んでから二月。最初は気丈に振る舞っていた夏芽梨が、日に日にやつれていくのは、誰の目にも明らかだった。
「夏芽梨が限界に近いのは、そりゃ誰だって見ればわかる。それでも、ステロデスに乗って戦おうとしているのは、誰でもない……夏芽梨自身の意志だ」
人の決意ほど、脆いものはない。
出撃の度に薬物の量を増やして、縋り、頼るしかない夏芽梨の姿は、それを明確に証明していたけれど。
それでも、ステロデスに乗って『明日葉の仇を討つ』という根っこの部分だけは、決して譲ることはなかった。
「夏芽梨がステロデスに乗ることを望む限り……俺達にそれを止める権利はない」
目を細めた優良は、下唇も噛み締めて、書類の束を差し出してきた。
「……なんだ、これ」
「私のアルゲドスのカスタムプラン。大和と一緒に乗ることを想定してる。上の許可はもう下りてるし、パーツの調整も終ってる。あとはパイロットの大和が希望すれば、テストの名目で実機を運用できる」
「……言ってる意味がわかってるのか?」
夏芽梨は多分、もう一人でコクピットに乗って戦うことはできない。俺がステロデスから降りて、優良のアルゲドスに乗るということは……俺と優良の二人だけで、たった一機でタイタンと戦うということだ。
「もちろんわかってる。三人の中で、私が一番強いのは明白」
「……やめてくれ。冗談じゃない」
「大和」
ああ、そうだ。
一番身体が小さいくせに、こういう時に一番迫力があって、俺を困らせるのは、いつも優良だった。
「私と大和が組めば最強。絶対に負けない。夏芽梨も、これ以上戦わせずに済む」
書類だけ押し付けて、上目遣いに睨みつけられる。
「私はもう……これ以上、友達を死なせたくない」
「……わかったよ。検討はする」
「お願い。あと、それを読む前に夏芽梨の部屋に行ってあげて。きっと、今日も何も食べてないと思うから」
「ああ、わかった」
「わかってない」
今度は、無機質な書類とは縁遠い茶色いバスケットを手渡される。中には、サンドイッチが入っていた。一人分にしては、ちょっと量が多い。
「大和も、最近ひどい顔してる」
「……」
「夏芽梨と一緒に、ちゃんと食べて」
「……ありがとう」
「お礼はいらない。友達として当然のことだから」
とても大きく見える、小さな背中を見送る。
右手にはサンドイッチの入ったバスケット。
左手には、肉厚な書類の束。
「……夏芽梨の様子、見に行くか」
自分に言い聞かせるために、呟いた。
□□■■
明けない夜はない。
得意気に、きらきらした笑顔でそう言う人は、きっと朝日が希望に満ちたものだと、勝手に思っているのだろう。
紅月夏芽梨は、朝を迎えるのがこわくなった。
意識を手放したら、死の縁を彷徨ったあの時のように、もう二度と戻ってこられなくなるんじゃないか、と。最初は夜がこわくて、眠るのがこわくて、睡眠薬を手放せなくなった。
薬に慣れて少しでも眠れるようになったら、今度は目覚めるのがこわくなった。
目が覚めたら、また戦わなければならない。戦ったら、死ぬかもしれない。死んだら、もう目を覚ますことができない。
明日葉のように、死んだら終わりだ。
最初は、気丈に振る舞っていた。仇を討って、一体でも多くのタイタンを殺して、いつか自分も死ぬ。そんな風に考えていた。
しかし、ダメだった。
大和との最初の出撃で、もう以前のようには戦えないと悟った。
何もかもが、こわかった。生きたい、という気持ちよりも、ただひたすらに死にたくない、という気持ちで心の中が、すぐにいっぱいになった。
だから、戦術薬物に頼るようになった。
薬で気分を誤魔化している間は、以前までの自分に戻ることができた。自分のことは考えずに、明日葉のことだけを想って、タイタンを叩き潰すことができた。
出撃はいい。怒りに任せて、戦っている間は……大和と一緒に戦場に立っている間は、何もこわくない。
でも、
「……死にたくない。死にたくないよ……」
生き残った自分には、明日葉の分まで戦う責任があるはずなのに。
今の夏芽梨は、自分のことしか考えることができない。
暗い部屋の中で、どうせ眠れやしないのに。ベッドに横たわる、自分自身を抱き締める。
「ごめんね……明日葉、ごめんね……」
明けない夜はない。
戦いを終えて、夜が明けたら、また戦って。
それを何度も何度も繰り返して、いつかきっと、自分は死ぬのだろう。
これは本編とは関係ないただの呟きなんですが、種死のステラとかで性癖歪められた人って多そうですよね