なんとなくロリスミっぽいあの空の下で神楽舞いそうなのとガチ勢の話 作:銀鈴
最後にユキの変身が戻らないことで一悶着あったものの、それにも解決の目処が経って1時間。どうせなら最後にお昼を食べておこうという事で、更に1時間。核竜が世界の半分程を食い尽くした辺りで、ようやく全ての準備が整った。
「はい、どうぞユキさん。一応これが性別転向薬です。もし飲むことになった場合は、毎食後に必ず1錠。忘れずに飲んでください」
「ありがとうございます、アヤメさん。1番は帰ったら元に戻ってる事ですけど、どうせ飲むことになりそうですし覚えておきます」
複雑な表情で内用袋に収められた薬を受け取りつつ、ユキが頭を下げた。取り敢えず今はまだ飲んでいないが、きっと現実に帰ってから飲むことになるのは目に見えていた。
また、ユキ自身は暫くこのままでも構わないと考えているが、セナと藜の様子がおかしいことも同時に理解している。そして暫くの間、2人の精神は不安定なままだろうことも予測出来ている。だというのに、自分だけ楽しむのは筋違いにも程がある。
そんなことをユキが考えていた時だった。
パン、と手を打つ音が響く。音の発生源に目を向ければ、一仕事した後のように汗を拭うポーズをするアヤメの姿がある。そうして、自分に目線が集まったことを確認してから、ゆっくりとイオリは口を開いた。
「さて、それじゃあ宴もたけなわということで」
「イオリ……もう少し、ちゃんとした挨拶をだな」
「マスター、流石にそれはない」
「もー、ちょっとしたジョークだって」
何故か初手でボケをかまして、総ツッコミが入った。多分場を和まそうとしたのだろうと、誰もが想像できただけにわざわざ口にはしない。それに、イオリがそういう質の人間だとこの3日間で全員が理解していたから。
「改めて、もう時間もそんなに残ってないから手短に。今から私がみんなを元の世界に送還するから、その前に話したいことがあれば言っちゃって。あと、私の名刺に魔力を流せば魔術でホットラインが繋がるから、イオリ武具店を是非宜しく!」
ちゃっかり自分のお店の宣伝をしてから、イオリはティアと共にゆっくりと魔法陣を組み上げ始めた。異世界組には分かるその常軌を逸した密度の魔法は、この世界に飛ばされた時に見た黒球と同様の気配が感じられる。ユキ達にもそれは感じられ、帰れるという感覚を疑うものは誰もいなかった。
「なら、先ずは俺から。こんな吸血鬼の俺を受け入れてくれて、本当に感謝する。それとイオリさんにアヤメさん、2代目驟雨とストーリア、それに防具まで本当にありがとうございました。他の方にも、胸を借りました」
「わたしからも、ありがとうございました。たくさんまほうとまじゅつのはなしとか、りょうりとか、こいばな?もできて、すっごくたのしかったです!」
まず名乗りを挙げたのはモロハとエウリ。今回呼び集められたメンバーの中でも、始まりは危機的だったが最終的には良いバカンスとなった組だった。
2人は全員に深く頭を下げ、感謝の言葉を述べる。モロハもエウリも、帰還すれば数年以内にディラルヴォーラとの決戦が控えている。そしてまだ、人族と魔族の対立は根深い世界。どころか人と人同士ですら争いが終わらない、闇に包まれた世界だ。そんな世界でも、青空の下で優しく生きる為に。今回の出会いはきっと役に立つことだろう。
一呼吸置いて顔を上げた後、2人はユキ達の方へと歩いていく。そうしてモロハはユキに、エウリはセナと藜に改めて話しかけた。
「女装は、ほどほどにな?」
「いやあの、元々ちょっとした趣味に近いですけど、今回は事故で性別ごとひっくり返ってる訳でして……」
「ああ、知ってる。元は俺もそうだった」
「えっ……」
己とは違う人間として振る舞え、モロハの世界に於いてはまだ人々の意識改革は進んでいない。それは即ち、モロハが『勇者モロハ』として活動するよりも、女装した『ルーナ』としての姿の方が活動しやすことを示している。序でに暗殺避けにもなるとなれば、それが趣味から日常へと変わることも仕方がないことだった。
「それはそれとして、本題だ。
先達として、今のうちに言っておく。あまり、自分を切り捨てたらダメだ。目的の為だけに自分を蔑ろにして、削って、周りを見ずに突っ走るのもいけない。その道の先に待っているのは、破滅しかない」
それは、かつて《自己否定》というチートに使われ、今もチートの封印が解けないよう気を配りながら生きているモロハにしか出来ない忠告だった。
目的を達成することが最優先。その為には自分を削って削って消して前に進んで……今回ユキが狂気と正気で行っていたそれは、あまりにもかつてのモロハの在り方に重なっていた。自己の意思か他者の思惑かの違いはあるものの、そんな道が辿り着く結末はただ1つ。それをモロハは、身を挺して経験しているから。今の自分がここに居られることが、どれ程の奇跡が重なって生まれた可能性かを知っているから。
「自分を大切に。そして、セナさんと藜さんのことを絶対に離しちゃいけない。あの2人は間違いなく、足を踏み外そうとするユキさんを引き戻す大切な絆だ」
「……分かりました。もうちょっとだけ、自分を大切にしてみます」
「その言葉、絶対に忘れるなよ」
力なく笑うユキの肩を優しく叩きながら、しっかりとユキの目を見据えてモロハが言う。かつての自分がそうであったように、間違いなくこのタイプの人間は言葉1つで止まることはない。だがそれでも、踏みとどまる一助になることをモロハは願う。
「あっちもだいたいすんだみたいなので、わたしからもかんたんに。
セナさん、アカザさん、ぜったいにあのユキさんをはなしちゃだめです。ああいうひとは、きがついたらきえてなくなってるひとです。そして、そんなひとをつれもどせるのは、わたしたちしかいないんです」
当然ユキやセナと藜達に、かつての自分を重ねていたのはモロハだけではない。またモロハよりもずっと、エウリの方が3人に対して危機感を覚えていた。大切な人を失う痛みを、誰よりも知っていたから。
「でも、ああいうひとはわたしたちを、どれだけたいせつにおもってくれていても、さいごにはつきすすんじゃいます。だから、むりやりにでもあしをとめさせなきやだめなんです。そのためにも、おちこんでちゃだめですよ? もっと、きせいじじつをつくるくらいのいきおいがひつようです!」
聞き捨てならない言葉にユキが凄まじい勢いで振り向き、まだ話は終わっていないとモロハに正面に向き直らされる。
「それでも、ダメだった時は?」
「どう、すれば、止められるん、ですか?」
「だいじょうぶです。おとこのこはおんなのこにかてません。おんなのこも、おんなのこにはかてません。ふたりでおそえばかいけつです」
地球の日本とは違い、一夫一妻制ではない為に出た暴論。現代においては絶対に出ないその発想こそ、異世界ならではというものだろう。エウリのそんなぶっ飛んだ考えをぶつけられ、ほんの少しだけセナと藜に明るさが戻ったようだった。
「かおをあげて、まえをむいて、てをはなさない。そうすればきっと、さいわいなけつまつがまってます」
「そう……かな。ありがとう、エウリちゃん。ちょっと元気が出たよ」
「わかり、ました。もう、ためらい、ません!」
狂い哭け、お前の末路は腹上死だ。などと言うつもりは無いが、これにて凡そユキの将来の方向性は決まったも同然だった。
最後にそう言いたいことを言って、モロハとエウリは手を繋ぐ。シュルシュルと繋いだ両手に
直後、2人の意思を察して頭上と足元に超高密度の魔法陣が展開、魔力の輝きを煌めかせながら魔力密度が跳ね上がっていく。
「すごく楽しい3日間でした」
「またいつか、どこかで!」
2人がそう告げた直後、2つの魔法陣が眩い輝きを溢れさせ──轟音が鳴り響いた。まるで巨大なロケットが発射したような爆音が輝きの中で鳴り渡り、次ユキ達が目を開けた時には2人の姿は既に消えていた。
「なら、次は俺たちの番ですね」
そうして残るのは、ユキ達を除けば家族のような関係の者たちのみ。であれば次に退場するべきは、間違いなく自分達だろうとユキは判断していた。
「最初に失礼な態度を取ったのに、3日間本当にありがとうございました。今の
それだけでもう、ユキが言うべきことは終わっていた。調薬と身体検査の時に、ユキとしては話そうとしていたことは全て消化済みだ。こちらに向けて拳を突き出すポーズをしたロイドに合わせ、こちらも拳をかち合わせるくらいだ。
だからこそ、ユキはもう残りすべてを2人に任せて目を閉じる。ふぅ、と乱れた息を吐いて呼吸を整える。主に背中に受けるプレッシャーに、ユキは心臓が早鐘のように脈打っていた。
「私たちの世界に来たときは、是非連絡してください! 泊まる場所とかなら、力になれますから!」
「また、いつか、いっしよに、あそびま、しょう!」
「ありがと、いつか行って見た時、連絡したいからその名刺は捨てないでね!」
「ああ。戦争のない時代、たまにはそういう世界もいいと思う」
「奴らの世界なのは気に食わない。けど、フルダイブゲームはしてみたい。いつか向かうと、今のうちに言っておく」
そうして言いたいことを言い切った直後、タイミングよく3人の頭上と足元に転移の魔法陣が現れる。ついさっき消えたモロハとエウリがどうなったかは知るよしも無いが、伝えるべき言葉はただ1つ。
「さようなら、また今度!」
「来てくれたら、またみんなでパーティしましょうね!」
「待って、ます」
笑顔でさようなら、また会う日まで。手を振って告げた別れの挨拶と共に、ユキ達の姿も搔き消える。唯一の地球出身組として、あり得べからざる異世界との交流。たとえその裏に邪神の思惑が絡んでいようとも、それはきっと得難い何かとなっていた。
そうして、場に残るはイオリの関係者のみ。核竜が世界を食む中、イオリが術式の展開を中止した。
「えっ、と、お母さん? どうして魔法の展開を?」
「本当なら私も、すぐ送り返してあげたいんだけど……愛鈴が、気休めでもどうせならってね」
困ったように笑うイオリの隣、擬似サーヴァントとしてイオリそっくりの姿になった愛鈴が一歩を踏み出した。その右手には、極彩色の液体が込められた注射器が握られていた。
「アヤメちゃんには、確か私の状態のことは教えたと思うんだけど……覚えてる?」
「状態って言うと、英霊として座とか言う場所に登録されているママを呼び出して、合体したっていう話ですよね?」
「うん。それで、そのことに関して言ってないことがあってね」
「言ってないこと、ですか?」
「私の中にいるイオリ・キリノは、貴方の母親としての記憶も持っててね。普段は……というかこれまで生きてて、こんなことは殆どなかったんだけど、どうしても話したいらしくて」
それは英霊本人から専用にチューンされた触媒として、スイッチの起源を持つ者として、令呪の全てを使い融合した弊害。自分の中に英霊の意識がそのまま存在しているという、剪定に導かれる世界のバグ。それを自覚している為、普段は形を潜め歪みを生まないように注力している英霊イオリ・キリノの意識。それが、最後に一度だけでいいから娘と話をさせて欲しいと訴えかけていた。
「私の残り少ない命を削るのと、反転するための素材が貴重なので1回きり。アヤメちゃんもアイン君も、悔いを残さないように」
「は、え……?」
「良くて5分、悪ければ1分くらいになる予想ですけど、私の中にいるキャスターに代わります。たぶん相当に無茶苦茶言いますけど、許してあげてくださいね」
「待って下さい! そんなの、心の準備が」
愛鈴にとって、このサーヴァントとしての姿でいるのは命を削ると同義だ。だからこそ捲し立てるような語調のまま、かつて令呪が存在していた右手の甲に注射器を突き立てた。そこから極彩色の液体が注射されるのに合わせて、愛鈴の雰囲気が別人へと変質していく。
「ンー……! 久々の肉体の感覚!」
アヤメの静止を無視して行われた行動により、数秒と経たずに完全に愛鈴は反転した。獣性魔術でも使っているのか、魔力で編まれた獣耳と尾が生えて、人間:銀城 愛鈴から英霊:イオリ・キリノへ。英霊イオリにとって、本当に久しぶりの感覚なのだろう。愛鈴の落ち着いた様子とは打って変わって、無邪気さを振り撒きながら全身を伸ばしていた。
その口調やイントネーションは、この場にいるイオリとはほんの少しだけ違う。それに気付けたのはイオリ当人とアヤメのみだったが、伝える相手はそれだけで十分だった。
「……そっか、
「そうだよ、幸運な私。私は
イオリの言葉に、苦虫を噛み潰したような顔をして英霊イオリか言った。正史とIF、白沢蒼矢としてイオリが認められたかそうではないかで分岐したハッピーエンドとバッドエンド。互いが互いを観測したことにより、音もなく過去と定まった未来が定まった。
「ティア、私の記憶領域のB01から死ぬまでをコピー。正史の私にプレゼントして」
「了解、久し振りのマスター。後は楽しんで」
それでもあくまで彼女たちは同一人物、だからこそ記憶の受け渡しという反則技を使うことが出来た。呆けているアヤメとアインを一旦後回しにして、英霊イオリは己が知る限りの破滅の未来の情報をティア越しに譲渡する。
「失敗して、
「勿論。こんなに大切な記憶、託されちゃったからね!」
互いにサムズアップするイオリと英霊イオリ。流石は同一人物というべきか、それだけで全てが伝わったらしい。ひとつ頷きを返して、英霊イオリは本題たる
「ママ、で、いいの……?」
「愛鈴が言っていた通り、あくまで英霊は鏡像。完全な同一とは言えないけど、私は少なくともアヤメのお母さんをしていたと思ってるかな」
そう、英霊は生前の本人ではない。人が使い魔として呼び出し、使役するために規格されたその人間の一側面。
「だから、まずはごめんね。これまでもこれからも、私のせいできっとアヤメは地獄を見る。八岐大蛇の騎士王を、月兎の作る幻夢郷を、刀神の全智鴉を、二元論の勇者を、必ず貴女は相手にすることになる」
「それ、は……」
今できる精一杯を伝える為にアヤメを抱きしめて、頭を撫でながら英霊イオリは言う。3日間を共に過ごしたイオリではない、自分の母の匂い。それに包まれどうにかなりそうになりながら、アヤメは何とか記憶を呼び起こした。
自分のママが言った言葉のうち、大半はわからないものだったが『八岐大蛇の騎士王』だけは理解できる。墜星・八岐、アルディート・ガラント。つい最近、アインと共に打ち倒した敵。つまり、あと墜星は3人残っているということか。しかし、ママのせいとはどういうことか? 思うところは無数にあるけれど、幸せで頭が回らない。
「きっと戻った時には、何も覚えていられないだろうけど。それでも、これだけは覚えてて欲しいな。私と、私のロイドは、死んでからもずっとアヤメの幸せを考えてたし、その為に行動していた。あの時代、英雄と呼ばれたみんなもそう。あの時のみんなのなかで、たった1人産まれた愛しい娘だったから。だから、こんなこと言える立場じゃないけど……どうか、幸せに」
「あっ……」
耳元で優しく囁くように、忘れてしまうことを承知で忘れて欲しくないように。最後に英霊イオリは、そっとアヤメの額に口付けした。それは生前、最後の別れの際には出来なかった別れの合図。それを最後に残して、英霊イオリはアインに向き直る。
「当方に、何か用か?」
「うん。本当なら私たちの愛娘をたぶらかしてくれて──なんて言いたいけど。そんな漫才をしてる時間はないから簡潔に。貴方だけはアヤメのことを、最後まで信じてあげて。我が娘の最愛なる比翼。それしか、あの未来では生き残る未来はない」
「認識した。アヤメの実母にそう言われて、断る理由はないと否定する」
「……よかった、それを聞けて安心したよ。この世界線の貴方たちなら、きっと全てを打ち破れる。墜星を下して、鏡像を乗り越え、邪悪の樹を砕いて、
だから、と一拍置いて。
「アヤメのことを、幸せで満たしてあげて」
「認識した。必ず幸せになると誓おう」
「それならヨシ! あー満足満足、これでもう悔いはな──」
覚悟を決めて頷いたアインを見て、満面の笑みを浮かべて英霊イオリは頷いた。そして、満足したと全身で表現せんばかりに両手を天に伸ばして、言葉を言い切る前にスイッチがOFFになったように転倒した。
魔力で編まれた獣耳と尻尾は霧散し、それどころかサーヴァントとしての姿も保てずに消失する。後に残るのは、魔力の流れすら弱々しくなり倒れた愛鈴のみ。
「あいたたた……ちゃんと、話せたみたいですね」
受身すら取れずに倒れた結果、少し痛む頭を押さえた愛鈴は言った。反転していた時の記憶は曖昧でも、涙を流しているアヤメと覚悟の決まったようなアインの姿を見ればそれは一目瞭然だった。
「さて、長く待っても居られないし。アヤメ達ともお別れの時間かな」
言って、イオリが2人の元にも魔法陣を展開する。核竜の姿は既に目視で十分以上に捉えられる程の距離ある。それはつまりこの世界がそこまで縮小していることを示しており、残り僅かな制限時間も示していた。
「私に殆ど言いたいことは言われちゃったから、私からは一つだけ。最悪の場合、私たちのところに来ちゃいなよ。時間でもなんでも巻き戻して。そうすれば、なんとかしてあげる」
「当方達が覚えていられれば、そうさせてもらおう」
イオリが言った言葉に、アヤメの手を取ったアインが答えた。それで漸く、アヤメが忘我の彼方から意識を引き戻す。そして既に転移術式が停止のしようがない部分まで進行してしまっているのを認識して、イオリの目を真っ直ぐに見て言った。
「お母さんは、私のママでは有りませんでした。それでも、この3日間、凄く楽しかったです」
「……そっか。なら、私も嬉しいかな!」
「お父さんも、パパとは違いましたけど……剣を交えて、凄く、懐かしくて嬉しかったです!」
「ああ。俺も、自分の剣を受け継いでくれた娘がいて、胸が張れる」
まだまだ言いたいことは沢山ある。けれどこれ以上の時間は残されてない。
「お父さん、お母さん、大好きです!」
故に、3日かかって漸く言うことが出来た本心を、力の限り叫んで──アインと一緒に時空の彼方へと姿を消した。まだ見ぬ明日の1ページを紡ぐ為に、絶望の未来へ。
「さてと、みんな元の世界には戻せたみたいだしこれで良し」
「お疲れ様、マスター。でも後少しだから頑張る」
微かに浮かんでいた涙を拭い、頬を叩き気を入れ直してイオリが溌剌と言う。この世界に残っているのは、残りはイオリ達と愛鈴、核竜のみ。ここで本来ならば、同じ術式で愛鈴を送り出せば全てが丸く収まる。この世界に異世界人ニキを呼び出し、世界を滅ぼす最終決戦を始められる。
「ねえ愛鈴、貴女を元の世界に送り返す前に、1つだけ提案があるんだけど聞いてくれる?」
「イオリさんがそう言うのは、何か嫌な予感がしますけど……はい、構いませんよ?」
「ならさ、私たちで愛鈴の世界に行ってみてもいいかな?」
それは、とんでもない爆弾発言だった。神秘が薄れて魔術が秘匿されている世界に、神秘の塊で魔術も大っぴらに使う連中が乗り込む。過去、キャスターとして現界していたイオリでさえあれだったのだから、本人が来た場合に何が起きるかは想像に難くない。いや、したくもない。
「えーと、出来れば遠慮してほしいんですが……」
「愛鈴が短命だって聞いて、ちょっとだけ心残りでね。1週間くらいあれば、取り敢えず子供を産める身体に再生しつつ、寿命も人並みよりちょっと短いくらいまでは回復できるからさ。お願い!」
両手を合わせて頼み込むイオリに、愛鈴は頭が真っ白になった。もうアラフィフまで届かないと諦めていて、出来ないと諦めていた子供。その両方が解決する、そんな上手い話が突然転がり込んで来たのだ。完全に頭が処理落ちしてフリーズしていた。
「えっ、は、それはどういう……?」
「単純に、私が治したいから治させてって話」
「そんな何処かのクリミアの天使みたいな……」
「失敬な。流石に断られたら諦めるくらいの良識はあるよ」
そうは言いつつも、大抵の場合突っ走るのがイオリだ。諦めた方がいいぞ、と言わんばかりのロイドやティアの目線もさることながら、そもそも愛鈴自身実体験としてその無茶苦茶さ知っている。
だからこそ、断って無断侵入されることと、こちらから条件付けて迎えることとを天秤にかけ──いや、掛けるまでもなく答えは出ていた。
「はぁ……仕方ないですね。断っても無駄でしょうし、お願いします。ただ、知っての通りFateの世界なんですから、みだりに魔術やらなんやらは使わないで下さいね?」
「それはもう当然!
「多分それ自体がアウトなんですが……」
などと言っている間に、既に周囲は魔法陣に取り囲まれていた。かつて共に戦い、今も自分の中にいるキャスターの生前。案の定碌なことにならなかったと、愛鈴は大きくため息を吐く。どうせこうなると知っていたが、実際なったらなったで考えなければいけないことが無数に増えた。
「けどまあ、今はいいですかね」
祭りの後のような寂寥感と、自分の身体に纏わる問題が解決するかもしれないという高揚感。
「さあ、レッツゴー!」
その2つに包まれながら、4人の姿は泡沫世界から掻き消えた。
残るは世界の核竜1匹。自分との約束はどうしたのかと問いたいが、流石に自分も満腹だ。少しの間眠るとしようと、イオリの推測通りに(その巨体にしては)静かな寝息を立て始める。彼が目を覚ますのは地球時間で1月後。それまではまだ少し、祭りは続くのだった。
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