なんとなくロリスミっぽいあの空の下で神楽舞いそうなのとガチ勢の話 作:銀鈴
それはあり得ない筈の再会だった。
もう2度と会うことが出来ない人との、死んでしまった筈の両親との再会。それは幾ら修羅場や死線を潜り抜けてきていようとも、たった15歳の少女の心に深く深く強い衝撃を残すには十分過ぎた。
「マ、マ……?」
「うーん、貴方は誰? 誰と間違えてるのかは知らないけど、誰かと間違えてると思うよ。多分、私たちと同じ世界の術師さん?」
だからこそ、思わず零れてしまった小さな言葉。誰の耳にも届かないような小さなそれを獣人特有の聴力が拾って、困ったような表情を浮かべたイオリは答えた。
何せアヤメからすれば奇跡の再会でも、この時点のイオリからすればアヤメはただの別人で他人だ。結界に侵入せず、知らせて来た辺り良識的だとは思うが、別にそれだけ。目の前の少女は、素性も知らない相手以外の何者でもない。
「えっ……ぁ……」
だがそんな事実と感情を切り分けて考えられるかは別の話だ。
別に絶縁を突きつけられた訳でもなく、寧ろかなり良好な関係だった死んだ筈の両親との再会。そんな折に、お前のことなんて知らないと否定と拒絶を突きつけられ、無意識ではあったが殺気までぶつけられてしまえば子供はどうなるか?
そんなもの、考える必要がないほどに明白だ。
「ぁれ……なん、で……?」
じわり、とアヤメの目に涙が浮かぶ。魔剣を握っていた手が緩み、ぷらんと投げ出される。これまでの冷静さはどこへやら。心の鎧を剥がされたそこには、親に見捨てられた小さな子供の姿しかなかった。
「なん、でぇ……」
止まる事なく涙が流れ、それを拭おうと魔剣から手が離れる。頭で理解している『別人』という認識に、心がどうしても追いつかない。両手で顔を拭っても拭っても、止まらない涙に両手で顔が覆われる。
誰も悪くない、だがタイミングは致命的なまでに最悪だった。
「えっちょ、なんで!? えー! あー! ほら、かっこいい剣! かっこいい剣出すから!!」
「……残念だが、それで泣き止む人はいないと否定する」
アレでもないコレでもないと、虚空から取り出した武器を放り出しつつげるイオリにアインが一言大きなため息を吐いた。そしてポロポロと、声も出せずに涙を流して佇むアヤメを抱き寄せながら言い放つ。
実際は、幼少期のアヤメであればこれで泣き止んでいたのでイオリの対応は間違っていない──のだが、今に限っては完全に無意味であった。そんな様子の3人を見て、奥からモロハとエウリが一歩前に出る。
「こんな状況になってしまったので、俺達が話を引き継いでも?」
「そっちの女の子が大丈夫ならいいけど……」
唯一事情のわかるアインはアヤメを落ち着かせるので手一杯であり、真実を知る愛鈴は未だ現場にはいない。そして座から未来の情報を共有したティアも作業中。よって、軽率に地獄が現出していた。
「ああ、事情は説明しなくて大丈夫だよ。あの黒球を利用してこの世界に来て、そこで先に拠点を作ってた私たちに接触してみた──とかそんな所でしょ?」
「それは、そうですけど……」
どうしてそこまで知っているのか、そんな懐疑の眼差しでエウリがイオリを見つめる。そしていつでも魔法を使えるように杖を握りしめ、それを見たイオリが優しげに微笑んだ。
「そんな警戒しなくていいよ、
「ッ! どうして、わたしのしゅぞくがわかるんですか? たぶん、べつのせかいのひとなのに」
「なんでって言われても、1人知り合いがいるからだけど……って、そうじゃなかった。私が一方的に知ってるだけだけど、あの優しかった人たちのこともあるし。取り敢えず、落ち着ける場所としてここら辺は提供するよ。……エウリさんに、カケツキ・モロハ君? 色々、私も聞きたいことが出来たし」
キョトンとした顔で呟いてから、ああ!と何かに気が付いたようにイオリが手を打った。紅と蒼の双眸がモロハとエウリを射抜き、そしてモロハの腰にある魔剣ストーリアへ移った。
「けど、良いんですか? ロクに確認も取らないで。この中に、誰か貴方を害そうとする人がいるかもしれませんよ?」
「警戒するのは分かるけど、そういう点なら大丈夫かな。でも魔法使いが本気で作った結界の中で、戦いに勝てるなんて思わない方がいいと思うよ? まっ、私はそんなことする気はないけどね!」
一瞬だけ怖気が走るような冷たい殺気を放ち、しかしすぐに、にへらぁと笑ってイオリは2人に背を向ける。それから歩き出そうとして、もう一度だけ振り返って言った。
「アヤメちゃんとアイン君、で、いいのかな? そっちの2人も招待するよ。泣かせちゃったお詫び……じゃないけど、流石にこのまま放置するのは気が引けるし」
もしかしたらティアなら何かを知っているんじゃないか。そんな言葉を続けようとした、そんな時だった。突然、太陽が翳る。ゴロゴロと遠雷の音を響かせながら、黒々とした雲が空を覆い尽くしていく。
「無人島の天気は変わりやすい、なんて話じゃなさそうだね。4人とも急いで、多分すごく天気が荒れるから」
「……認識した」
人工的に引き起こされた嵐に包まれた天の相は、今にも決壊する寸前の暴走模様。それが何かの魔の理によって引き起こされた現象であり、もっと言えば0と1で編まれた異郷異形の術であることを、それどころではないアヤメ以外の全員が理解できていた。
「みたいですね。いそぎましょう、モロハさん」
「そうですね。わざわざ濡れたくもないですし」
だからこそ、遠く暴風雨と雷轟の音に掻き消され、無数の爆破の音はまだこの場所には届かない。皮肉にもその"幸運"の所為で、無事でありながらも助けの手はまだ遠かった。だってその方が、足掻いてる姿がみれるだろう?。
「え、なにティア。今日は紅葉パーティー……? でっかい魔物化してる鹿……? うん、うん。取り敢えず準備しておくよ!」
獣耳をピクピクと反応させながら、耳元と口元に展開された魔法陣にイオリが話し掛ける。殆ど電話のように扱われる魔法に、電話ならぬ魔話を取った当人以外が何とも言えない目を向けていた。
◇
まず大前提として、ユキも沙織も藜さんも現代生まれの現代育ちである。日常的に森を歩く機会なんてないし、いわんや山をやという話。当然、歩き方なんてものを知っている筈はなく、無意識のうちに自然と歩きやすい道を選んでしまう。よく"視える"のだから尚更だ。つまり、何を言いたいかというと──
「沙織、出来る限りでいいから支援お願い」
「了解! スキルは?」
「出来る限り使わないように。でもいざとなったら躊躇なく!」
『なにうちのナワバリあらしてくれとんじゃワレェ……ッ!!』
現在進行形で、3人はどう見てもヤバい鹿に絡まれていた。
太く捩くれた巨大な1対の角、しなやかな筋肉の鎧を纏った脚、白く光る眼に、凶々しい紋様が浮かんでいる青色の毛皮。藜さんが初めて出会った時に戦っていた【The Hades horn deer】のような、F.O.Eという表現なぴったりの鹿。それがうっかり獣道に迷い込んでしまった3人が遭遇してしまった存在だった。
「で、でも!」
「言いたいことは分かるよ。でも確実に何か沙織に影響が出る上に、ゲームじゃないとしたら倒せるかも不明。ゲームじゃないにしても、初見ボスに無闇矢鱈に特攻はしない方がいいと思う」
とうに透明化は解除されていて、藜を背負ったセナが先を。障壁をサーフボードにして加速紋章の波に乗るユキが後を追って森を駆ける。そしてその後を、3人を完全にロックオンした鹿の化物が追いかけていた。
「それは、そうだけど……」
「取り敢えず獣道からは出たし、諦めてくれると嬉しいんだけど」
そう愚痴りながらユキが身体ごと反転するが、その視界に映るのは相変わらず狂乱しているようにしか見えない鹿の姿。その目には狂乱の色と3人の姿しか映っていなかった。
「無理みたいだし……藜さんの様子は?」
「まだ寝てくれてるけど、多分そろそろ起きちゃうかも!」
「ならやっぱり仕方ない。沙織、ビームの方で数秒だけ目眩しお願い」
「了解!」
セナが片手で銃を構え、反転しながら鹿の化物に狙いをつける。そこまではUPOで幾度となく繰り返した動きであり、一切の澱みも迷いも介在しない素早いもの。だが、いざ引き金を引こうとトリガーに指をかけた瞬間、セナの持つ銃剣の先端がブレた。
「あ、あれ……なんでっ!」
目の前で実際に生きている生き物にら狙いをつけて、殺す為に撃つ。その現実にセナの手が震え始め、洗練された動きに乱れが生じる。震える手。定めらない照準。荒くなる息。じっとりと湧き出る嫌な汗。現代日本で生きてきた者として当たり前な感覚が、ゲームのトッププレイヤーとしての動きを邪魔していた。
「ッ、ッ──!!!」
『なんのヒカリィ!?』
声にならない悲鳴をあげて、セナが引き金を引いた。瞬間、いつも通り何も変わらない設定で吐き出される3条の光線。その内2発はあらぬ方向に逸れたものの、1発は鹿の顔面に着弾する。
ジュウ、と肉が焼き焦げる音とタンパク質の燃える不快な臭い。それをゲーム内の高ステータスの影響でモロに受け、一気にセナの顔が青く染まる。
「無理させてごめん。でももう大丈夫、何とかするから」
そんな常識的な感覚を当然の如く無視して、明るい声音を作ってユキが言う。同時、特に表情を変えることもなく封印の解かれる魔導書。狂気の神話が記されたもの"は"まだ顔を出していないが、紋章を強化するものと天候を操るソレがリスクを承知で解放されていた。
「【嵐天】に天候変化」
自分達を出せという薄ら寒い幻聴を聴き流しながら、ユキが魔導書を手繰ることによって世界を塗り替える。0と1で作られた
「《エンチャントサンダー》」
そして何事もないかのように、鹿の角を避雷針として落雷を落とした。更に追い討ちで1発、トドメでもう1発。断末魔を塗り潰す轟音と、セナの放ったレーザー以上にタンパク質が焼け焦げる異臭。そして空気が焼かれたことによる異臭が混じり合い、名状し難い臭気が撒き散らされていた。
『アシクビヲクジキマシター……』
当然、生物が落雷なんてものを3連続で受けて無事で済むはずもなく。生命こそ損なわれなかったものの、巨大な鹿は崩れ落ち全身を痙攣させながら倒れ込んだ。
「これが効かなかったら爆殺しようと思ってたけど……まあ、動けそうにもないしいいか」
それを全く感情のない目で見下ろして、どうでも良いかと切り捨てた。取り出しかけてた爆弾はポーチに戻し、けれど念のため鹿の全身に障壁を貼ることで即座の行動を封じ嵐天を解除。笑顔を貼り付けてからユキは振り返った。
「沙織はまだ走れそう?」
「ごめん……とーくん。ちょっとまだ、無理かも……」
セナの顔は青を通り越して真っ白になり、両手で口元を押さえることで何とか耐えているような状態だった。恐らく想い人であるユキの前でなければ、即座に吐いてしまうような状態。
「わかった。消音と消臭の紋章は貼っておくから、取り敢えずそっちの草むらで」
それを見て、即座にユキも対応した。そういう方面での痴態はお互い既に晒しているのだから、見えない感じない場所を作って緊急避難してもらう。無理をさせない、絶対に元の世界に返す。そう誓っている以上、鹿に雷を落としたのは悪手だったかなぁ、なんて的の外れた考えを巡らせつつも行動は完璧だった。
「はぁ……思ってたより、長く保たない気がしてきた。限界超えてもやめる気はないけど」
無言でこくこくと頷き、未だ眠っている藜をユキに預けてセナがその空間に駆け込むのを見送って。ユキはズキンズキンと脈打つような痛みが強まった頭を押さえる。流石に常時半径100m球の情報処理を続けるのは辛い、今更ながらにそんな常識外の論理をユキは痛感させられていた。
「……それと、もう少しだけ眠ってて下さい藜さん。今起きられてもアレですし、こんなもの経験する必要はないですから」
自分の傲慢さに嫌気を絶えず感じながら、弱いものながら《睡眠》の紋章を藜に付与した。れーちゃんのかつて使っていた呪術師系統や、カオルさんの使う睡眠魔法とは違い、第2の街で既に通用しなくなる程度の紋章。だがそれが、藜をさらに深い眠りに誘い込んでいく。
「ごめん、とーくん。待たせちゃって。逃げるんだよ、ね?」
「うん。元々はそのつもり、だったんだけど……」
すぅすぅと寝息を立てる藜を背負い、ふらつくセナの手を躊躇なくユキが取る。そして安心させるように強く握りつつ、貼り付けた笑顔のままでユキが空中の一点を見据えた。
「そこの虹色の髪をした人。見えてますから降りてきてください。でなければ爆破します」
「……驚いた。位相をずらしてたのに見つかるなんて」
流れるような動作で右手に4本の爆竹を掴み脅したユキの言葉に、空間から溶け出すようにしてその少女は現れた。見るたびに色が移り変わる虹色の神に、紅と蒼のヘテロクロミアの空に浮かぶ幼女という情報の洪水のような人物。
「貴女のことは、空から川辺を見たときに見えたので知ってます。だからこそ、まだるっこしいので直球に聞きましょう。貴女達が俺たちを誘拐した犯人ですか?」
「そういうのが好みならそう答える。
「悪魔の証明ですね」
どちらも敵対を証明できるものもないし、逆に友好を証明する手も存在しない。本来の正気であるユキならともかく、今のユキにはそれは見つける事はできなかった。よってティアからも歩み寄ることはあり得ない。何せ安全さは保証されているがここは異世界、自分達とは別の生命が息づく世界だから。
「同感。そんなにがらんどうな目をした魔導書に好かれてる男なんて、信用には値しない。理性と縁をどこに置いてきた、狂人」
「そちらこそ、この厄ネタ本達と同じ臭いがしていますが。それに、自分を削って好きな人を守れるなら……理性も正気も捨ててやりますよ、邪神」
お互いに互いを敵じゃないと、傍観者と被害者でしかないと、直感的に感じつつも吐いた唾は飲み込めない。ティアが魔杖を構え、ユキが手元の爆竹に火を付ける。
張り詰める空気は一触即発。勝てる見込みはない以上、どうにかして2人を逃がそうとユキが爆竹を投げようとして──
「とーくんも、そこの人も! やめて、ください!」
縋るように握りしめていたユキの手を離して、青い顔のままセナが叫んだ。もうこんなのは見ていたくないと、震える心に鞭を打って。
「こんなの、おかしいです。とーくんもこれ以上は、絶対おかしくなっちゃう。だから、やめてください。お願いします……」
そんな必死なセナの姿を見て、最初にユキが爆竹の炎を握りつぶして鎮火した。セナがそういうなら仕方がないと、直前までの敵意をあっさり捨てて爆竹自体もポーチに放り込んだ。
元々止まるきっかけが無かっただけ。ブレーキとうに壊れていても、障害物があれば止められる。そっちはどうだとユキが視線を向けた先、同じように仕方がないとティアも杖を下ろした。
「わかった。今回はその
「わかりました、ありがとうございます。鹿に関しては、こちらもどうしようか迷ってたので助かります」
貼り付けたような笑顔に戻りのうのうと宣うユキにやはり、あまり愉快ではなさそうな顔をティア浮かべていた。
「お前、名前は?」
「ユキです、少なくともこの姿では。貴女は?」
「ティア・クラフト。一応拠点には案内する、着いてきたければ着いてきて」
何事もなく魔法でトドメを刺しながら、ティアは門の中に鹿を投げ込んだ。そうして再び浮遊して、着いて行く事は可能な速度で移動を再開する。ユキが歪めていた天候も快晴に戻り、雲一つない空の下。森の中を、何とかユキ達も着いて行く。全員が集合するまで、後少し。