なんとなくロリスミっぽいあの空の下で神楽舞いそうなのとガチ勢の話 作:銀鈴
モロハとエウリが愛鈴に事情を説明している隣。家族会議をしてこいと蹴り出されたイオリと、眠るアヤメに膝枕をしているアイン。その2人は、無言のひりついた空気の中にいた。
「……」
「……」
冷や汗を流しながら正座で固まるイオリと、イオリが持ち込んだソファーに腰掛けたアイン。家主と客人の立場が完全に逆転しているのに、それが当然というおかしな状況が顕現していた。
「えっと、その。改めて聞く、聞きますけど……その子が私の娘っていう話は、愛鈴が言ってる以上確かなんでしょうけど、あの、本当、なんでしょうか?」
「肯定する。証拠として当方、リュート・レーナ両名のカンザキ公爵夫妻の証言が存在する。過去の彼らがどうであったか当方には不明だが、可能な限り貴女に近い人物を例に挙げたと申告する」
「えっ、2人そんなに出世す──じゃない。えー……と、あー……と、本当に私の娘で、間違いなさそう……ですね」
しどろもどろ、言葉を全力で選ぼうとして失敗し詰まらせながら、極めて気まずそうにイオリは答えた。
話としては、わからないこともない。あの異世界へ飛ばす黒球が、時代を超えて人を飛ばしていたというだけのこと。そも話としては、ドラゴンなボールから正解なカドなど今昔のアニメを始めとして、創作物ではありふれた話なのだ。自分の子孫が未来から来るなんてもの、それこそ異世界転生と同じくらいにありふれている。
「でも、こうして見ると確かによく似てる。初対面じゃ気にもしなかったけど、髪色とか顔立ちもそうだし、何より魔力の波長がそっくり。私とロイドの娘って話も納得かな」
言いながらおっかなびっくりといった様子で、まだ涙の跡も真新しいアヤメを撫でる。イオリの小さな手で撫でられる度に、悲嘆と絶望に彩られていたアヤメの表情が穏やかなものに変わっていく様は、きっと気のせいではなかった。
「もしこの子が起きた時、私のことを拒絶しないなら……謝らなきゃだなぁ。家族に自分を否定されるって、すごくすごく辛いことだもん」
「失礼するが、そんな経験がお有りか? と疑問する」
「んー……そんな質問をするってことは、未来の私はこの子に言ってないのか、この子から伝えて貰ってないのか」
ジーッとアインの顔を見つめてから、表情を読み取れずイオリはまあいいかと投げ出した。どうせ今の自分があれこれ考えようと、特に意味はない。見た限りの黒球に飛ばされた人物の関係性からして、未来の娘(推定)とは決して悪い関係性ではないだろうから。
「質問に答えるなら……まあ、そうかな。私はこう見えて異世界からの転生者だからね。神様のオモチャにされて、元々は15歳の男の身体から8歳の女の子の身体にされてる。今は後悔してないけど、自力で元の世界に帰って両親にカミングアウトした時は……随分と、怖かったよ」
一瞬だけどこか遠くを見つめ、すぐにアインに目線を戻しつつイオリが語る。転生の女神に身体を弄られ、転移に巻き込まれる形でTS転生させられてから16年。かつて
だからもう随分と昔のことになるけど、あの時の緊張は今でも覚えている。それと同じことを、しかも最悪の形で成してしまったのだから──有り体に言って、最低だ。最低の母親、愛鈴がそう言っていた言葉も間違いでないように思える。
「認識した。センシティブな質問をしてすまないと謝罪する」
「気にしなくていいよ。この子も君も、まだ15なんだから。大人を存分に頼っていい年齢だと、少なくとも私は思うよ」
出来る限り柔和な笑みを浮かべて、イオリが優しげに語る。いきなり娘です、と言われても正直未だに実感は持てていない。しかしそれはそれとして、この場では大人の1人として未来の娘とその彼氏には優しくしたいと思うのだった。
「だが当方は──」
「その為にも、君やこの子が抱えてる話を全部吐き出しちゃえばいいと思うよ。どうせこの世界は泡沫の夢みたいなものだからさ」
イオリとアインの立場は、いつの間にか逆転していた。最初の叱責を受ける子供と先生のようなものから、そう珍しくない大人と子供のものへ。まるでよく頑張ったとでも言うかのように、イオリが優しくアインの頭を撫でる。
「──初めての経験だと、当惑する」
「ありゃ、この子の初めてを取っちゃったか。それはなんか……まあ、おばさんに頭撫でられたとでも思って忘れてね」
バツが悪そうに笑みを浮かべて、すぐにイオリはその手を引いた。こちらに視線を向けてきた愛鈴に気づきつつも、向こうは向こうでまだ話は長く続きそうなこともあって一旦無視。
「認識した。では、当方達の情報を開示する」
いつか自分が至るかもしれない未来の話に、4つある耳を傾けていた。
◇
まず感じたのは絶望、求めていた奇跡は否定された。
夢のように出会えた母親から否定されて、元よりヒビだらけのアヤメの心は壊れけていた。元より崩壊寸前の場所で立ち止まっていただけの、弱く脆く多感な15の心。そこに愛していた母親からの否定と殺意を受けたのが、致命的な最後のトドメ。もう一度心を凍り付かせるには、十分過ぎる一撃で……完全に心を閉じる、その直前。アヤメは1つの、暖かな夢を見た。
ずっとずっと昔、まだ時代が平和でアヤメ自身も片手で数えられるような年齢の頃。膝の上で眠りそうな自分が、ママに頭を撫でてもらう夢。そのすぐ隣にはパパがいて、お義母さんも何か本を読んでいる、そんな今ではもうあり得ない幸せだった一幕。
そんな幻想が、何故か夢ではないように思えて──
「……なつかしい、夢だったな」
アヤメは目を覚ました。キョロキョロと寝ぼけ眼で周りを見れば、どうやらログハウスの中に自分はいるらしい。当然見知らぬ場所だが、モロハさんとエウリさん、アイン、そしてママの姿もある。
「……ああ、そういうことですか」
つまり自分は、アインの腕の中で泣き疲れて眠ってしまったと。そこまで思考が巡って、顔を赤面させてアヤメはうつ伏せに倒れ込んだ。いつの間にか用意されていた、どこか懐かしい匂いを感じる枕に顔を埋め、あーだのうーだの言葉にならない声が漏れる。
「もういい大人なのに、何であそこまでなっちゃったかなぁ」
恥ずかしさで頭は沸騰しそうになっているけど、一度大泣きして眠ったからかアヤメの頭は冴えていた。今でも思い返すと、心が割れるように痛い。でも、同時に掌握したあの術式を思い返せば理屈は分かる。
あのママは、私の知っているイオリ・キリノじゃない。多分私たちからすると過去か未来か、或いは並行世界か異世界か。分からないけど私の知らない本人だ。だから向こうは私を知らず、私もあちらを知らない。道理である。だからそれでも、少しだけ。ほんの少しだけ。なんて期待してしまった私が悪いのだ。
「おはよ、よく眠れた?」
そう諦めをつけて、顔を上げた先。紅蒼2色の双眸と、バッチリ目があった。アヤメのよく知る声で、よく知る姿で、よく知る笑顔で、同じことを言う別人。そう頭では理解していても、そう簡単に割り切れるような話ではない。
「ぅ、あ……」
「よしよし。未来での私は、あんまりこういうことは出来なかったみたいだからね。よく頑張りました」
その一言で、自分の知る母とは別人だと確信しながらも、アヤメの流す涙は止まらなかった。何せ彼女はまだ15歳になったばかり。地球の基準でいえば、中学3年生もいいところでしかないのだ。例えこの世界を訪れている誰より強かろうと、殺しの術に長けていようと、アインという特殊な例を除けば誰よりも幼いのだから。
「イオ、リさん……私は、大丈夫ですから……」
「我慢しなくていいよ。それに、呼びづらければママでも私は構わないからね、アヤメ」
うつ伏せで横たわっていた形のアヤメを持ち上げ、抱っこするような形にしながらイオリが言う。残念ながらアヤメの方が身長は高いため見た目的には逆転しているが、それでも関係性はこの場にいる誰にとっても明らかだった。
「いま戻った。イオリ、増設する風呂場用の材木を切ってきた……んだが、随分と人が増えたな」
そうしている間に戻ってきたロイドが、帰ってくるなり部屋の中を見回して言った。元々小さいティアを含めて5人というそれなりの大所帯だったのにも関わらず、見ない顔が4人。いくらこのログハウスもどきが大きめに作られていようと、そろそろ狭く感じてくる人数だった。
「あ、おかえりロイド。ティアも3人連れてくるらしいから、まだ増えるよ。多分、それで最後になると思うけど」
「合計12人になるのか……ところで、そのイオリに抱きついてるその子は誰だ?」
「えーと、簡潔に言うと未来からに来た私とロイドの娘かな」
直球過ぎるイオリの言葉に、ロイドの脳内には宇宙に佇む猫の姿が出現していた。確かに自分たちに子供がいることは、愛鈴からの話してなんとなく察していた。だからこそ会ってみたいとも思ったが、本当に向こうから会いにくるなんて考えもつかないだろう。
「まあまあ、詳しい話は後でするとして。今は流れで言っちゃったけど、そっちの2人はどうする?」
ぽんぽんとアヤメの背中を、子供をあやすように撫でながら。もう既に話し合いは終えた様子のモロハとエウリに問い掛ける。
「もし邪魔でないなら、よろしくお願いします」
「うんうん、よろしくね2人とも! ちょっと食糧探しとかは手伝ってもらいたいけど……それはごめんね?」
流石に10人弱となると、イオリの普段から携帯してる食糧と愛鈴が携帯しているスーパーの特売品では足りなくなる。王都にいたアヤメの持つ食糧はレーションのみであるし、その点だけはどうしようもない。そうして、ようやく話がまとまり始めた頃のことだった。
「ッ、誰!?」
「何者かの探知圏内に捕捉されたと伝達する」
イオリの腕の中にいたアヤメとアインが、即座に"それ"の圏内に入ったことに反応した。この中で誰よりも戦争を、死を身近に置いてきた2人だからこそ、危機的状況には誰よりも敏感だった。
アヤメはスイッチを切り替えるように直前までの感情を切り離して、即座にイオリの腕の中から脱出。アインも同様に会話を切り上げ、アヤメと背中合わせになるように位置を変える。同時、それぞれがそれぞれの魔剣と聖剣に手をかけ起動した。
虚ろで、空虚で、歪で、迂闊に探ると深淵に飲み込まれてしまいそうな虚無に満ちた視線と気配。こんなものに視られているくらいなら、墜星の視線の方がまだマシだ。気づいているのはまだ自分たちだけらしいが、こんなものに身を晒していていい筈がない。
「術式ハッキング」
アインが無言で防御を固める間に、アヤメが爆発的に魔力を放出する。それにより無理矢理、自分たちをみている悍ましい気配が使う魔法に介入。探知を出力差で無理矢理妨害しつつ、相手の術式に侵入・解析を高速で進めていく。0と1のみで作られた異形の術ではあったが、仕組み自体は特段難しいものではない。よって──
「クラック」
片手を握り潰す動作に合わせて、解析した術式をアヤメは粉砕した。術式を崩壊させる直前、最後まで辿った経路が映し出したのは……冷めた目で術者を見下ろす