もう二度と会えないかと思っていた北上さんと無事に再会できた。
そう思った矢先に突きつけられた世界の真実の一端に、沸騰していたはずの私は一気に冷静そのものに切り替わっていた。
「────今ので大体わかった?」
「えぇ、わざわざありがとう。『北上さん』」
悪魔のような所業を平然と行っているという一点さえ除けば、『北上さん』はとても良い子だった。
不安定な精神状態で混乱していると思い込んでいるようで、ペラペラと私が置かれている状況について説明してくれた。
彼女が語ってくれた内容からすると、おおよそは途中で察した通り、そしてそれ以外の点では想定より遥かに最悪なものだった。
そもそもの問題の中心である、ブレインズシステムの正体について。
私が鎮守府で聞かされていた情報とは異なり、実際のところは私たちアームズと全く同じ遺伝子を持つ個体、要するに同じ人間のクローン同士の脳波をリンクさせることによる遠隔操縦システムらしい。
そしてそのパイロット役を担うのが各サーバーに所属するブレインという精鋭たちであるとのことだ。
ブレインとアームズでは体格差も脳波の差異も誤差の範囲。
アームズには徹底した肉体強化や反射訓練などの実技、そしてブレインには戦術教育を詰め込むことで、それぞれ特化させることで、効率よく高品質な兵士を製造できるという。
さらに胸糞悪いことに私や北上さんのクローンは各地のアームズやブレインとして配属され、そして候補生として今も無数に新しい複製体が製造され続けて居るらしいとのことだ。
そしてこれらの話を総合して私が今置かれている状況も大体のところは推測することができた。
まず大前提として、アームズであった頃の私はもう死んでいる。
そして死ぬときに、システムの不調などで逆流した精神情報がこの体の持ち主であるブレインの脳内を上書きしてしまったと考えるのが筋だろう。
少なくとも今の体は、前の私のものと異なるのは明白だった。具体的には幾分筋肉が少なく、若干脂肪が多いように見られる。数日間昏倒していたというのであれば、この差異にも納得できるがたかが数時間でこの変化はあり得ない。よって今回の推論を導き出した次第だ。
最悪極まりない状況ではあるものの、唯一幸運であるとすればこれから私は私の意志で戦場に立てる。
遠くないうちに舞台は再編され、きっとあの海へもう一度赴く機会があることだろう。
北上さんはヘッドギアを失ったから、システムの管理下から既に解き放たれている。
まだ轟沈が確定したという情報が入っていない以上、まだ生存可能性はゼロではないはずだ。
それが例えどんなに低い確率であろうとも、私は何がなんでも探しに行かなくてはならない。
だから今の私は戦力外と見なされるわけには行かない。
そのための行動指針は主に次の3つとなるだろう。
横須賀サーバーについて、いやこの世界そのものについて正しい情報を得ること。
ブレインとしての戦闘方法を習熟すること。
私の中身が以前と異なることを決して悟られず、むしろ精神的にも万全であることをアピールすること。
「まぁ、大分顔色も良くなったみたいだし食堂に行こうよ。あたしの戦果チケットでおごるから」
今の私のどこが顔色が良いというの。
北上さんなら、そんなことは絶対に言わない。
でも本気でそう見えているのならば好都合。
演技が通じている証拠だ。
「ご馳走してくれるんですか? すごく嬉しいです『北上さん』!」
満面の笑みを
◇
背の高いガラス容器の中に敷き詰められていたのは、赤と白の鮮やかな断層。
カットされた新鮮なイチゴが惜しげもなく縁いっぱいに並べられ、渦巻き状のアイスクリームの頂上にはシロップ漬けにされたサクランボが載っていた。
「こういうときはパフェに限るよね~」
鎮守府では提督たち、高級将校だけが口にしていた魅惑の甘味が、今わたしの手元にある。
最高の贅沢を目の前にしても喜びの感情など浮かび上がるはずもなく、改めてアームズとブレインの待遇の差を思い知らされる。
お昼時はとうに過ぎているので、食堂にいる人はまばらだ。
そしてそこに居たのは鎮守府でよく見知った
眼帯をつけていない綺麗な瞳をしたのままの『木曽』も端っこの席でアイスクリームをつついていた。
これが後方のエリートと前線の消耗品との格差か。
ちょっとした戦果で嗜好品を手に入れられる環境だけではない。
そもそも歴史的大敗を喫した直後なはずなのになんだというのだこれは。
軍の再編まで各ブレインは自由に待機してもよいとは言え、あまりにもこの空気は緩すぎる。
戦っても死ぬのは操っているアームズだけだから、そう考えているのは間違いないだろう。
安全地帯特有の危機感の圧倒的欠如に私は眩暈がして今にも倒れそうだ。
肉体を万全に保つのがアームズの務めなら、精神を万全に保つのがブレインの務め。
理屈はわかるが、でも納得は別だ。
こんな奴らがご褒美で甘味を食べるために、私たちは過酷な戦場へ送られていたというのか。
「ん~、やっぱり脳には糖分が行き渡る感じが良いよね。って、大井さんどうしたの? 早く食べないと崩れちゃうよ」
「いえ、『北上さん』のおごりだなんて、嬉しくて。チケット3枚なんてなかなか自分では出す勇気がなくって」
「畏まらなくてもいいって。その代わり次も背中は任せたからねー」
「頼まれなくても任されますって。でもこれはこれで遠慮なく頂きますね」
「どーぞ、どーぞ」
生クリームのついたイチゴをスプーンですくって一口。
濃厚なコクと甘みの奥から広がってくる、爽やかなイチゴの香りと酸味。
「……美味しいなぁ」
「うん、美味しいよねぇ」
こんなに美味しいイチゴは食べたことは今まで一度もなかった。
こんなに贅沢なイチゴの食べ方なんて想像もしたこともなかった。
備品整備を申し出て、第四倉庫の裏まで2人でこっそり摘みに行った野イチゴなんかとは比べ物にならない。
美味しいと感じてしまうたびに込みあがる悔しさ。
咀嚼するたびに大事な思い出を自分で踏みにじらなればならない罪悪感。
「────本当に、すごく美味しいなぁ」
チョコレートパフェを口いっぱいに頬張る『北上さん』の笑顔が目の前にある。
大好きな人が目の前に居るはずなのに。
そう思えることができれば、とてもそれは幸せなことだとわかっているのに。
私はこの幸せなときを2人で過ごしたかった。
一口ずつだけでも喜びを分かち合いたかった。
北上さん、なんで貴女はこんなにも近くて遠いの。
◇
私が『私』を操って、『私』が死んで。
再び私が『私』を操って、『私』が死ぬ永遠のループ。
激化する戦闘により、強制的に積まされる膨大な経験値。
はじめは不安だったブレインズシステムの制御にも、私はすっかり慣れ切っていた。
痛みもない。
恐怖もない。
ただ淡々と役割をこなすだけでよかった。
弾道予測や射撃の修正だって、特別私が何かを考えなくてはいけないわけではなく、こうすればいいという考えが瞬時に頭の中に浮かびあがるのでそれをなぞるだけ。
鎮守府によるブレインズシステムの説明も実は全くの誤りではなかったことに、実戦に出てから初めて気づかされた。
私は所謂操舵師兼、艦長の役割をこなす。
観測手や砲撃手など補助の作業はAIによる補助がこなしてくれる。
人道的観念さえ目を潰れるのならばやはりこれは確かに画期的なシステムなのだろう。
操縦する側に回ってみてはじめて私はその恩恵を痛感した。
経験を蓄積して、次の戦いでは絶対に強くなれるシステムという謳い文句は本物ならば、ブレインたちがぬるま湯に浸るのも実体験としてようやく理解できる土壌が私にもできた。
そう、私の倫理観が慣れという呪いに侵されはじめているのは疑いようもない事実だった。
でもどうしても慣れないこともあった。
『北上さん』が挽肉になって。
『北上さん』が黒焦げになって。
『北上さん』が咀嚼されて。
『北上さん』が灰になって。
何度も見せつけれられる最低最悪な光景が、普通のブレインに堕ちようとしている私の弱い心にナイフを突き立てる。
憎悪という燃料を。
愛情という燃料を。
約束という燃料を。
あちこちからかき集めて、腑抜けた私の心に浴びせて焼き尽くす。
北上さんへの熱い想いの炎を決して絶やさないように。
北上さんのブレインを務めていた所謂中の人であっただけに、『北上さん』はトップクラスに優秀なブレインであることは間違いなかった。
うちのサーバーの中でも轟沈回数は平均の2割未満という圧倒的成績を誇っている。
本当は認めたくないけれども、『北上さん』は戦場にいる間だけは私の良く知っている、相棒の北上さんそのものだった。
さりげなく私をカバーする動き、重なりあう呼吸。
その一つ一つが北上さんそのもので間違いなかった。
『北上さん』のブレインとしての戦歴は長い。
北上さんと私が鎮守府に着任するより前からの歴戦の戦士だ。
だから私が戦場で何度も助けてくれた北上さんは大嫌いなこのサーバーの『北上さん』と同一人物であることは間違いない。
北上さんと彼女を同一視はしたくはないけれども、戦場に居る間は北上さんの温もりを感じられる気がして私は戦闘にのめり込んで行った。
だけどそんな私たち二人でさえもこの2か月に渡る戦いで、多くのアームズを使い潰すことになってしまった。
まだアームズのストックはあるけれどもこのままではいけないと判断した大本営は、とある辞令を『北上さん』に与えることを決定した。
◇
早朝からすべてのブレインを含むサーバー内のほとんどの人間が呼び出され、朝礼と共に簡素な式典が行われることになった。
私は初参加なので勝手がわからず『北上さん』に色々聞こうと考えていたが、彼女は何故か昨晩から部屋に帰ってこなかった。
提督の長ったらしい演説もようやく終わる素振りを見せた。
秘書艦の『叢雲』が赤い布に包まれた何かを抱えて、提督の横に並び立った。
「────ついては、優秀なブレインであった北上に、2階級特進“殿堂入り”の名誉を与えることが決定した」
2階級特進って、基本的には縁起でもないことのはずだ。
なのに、提督や隣の『叢雲』、まわりのブレインたちも誇らしい顔つきをしている。
猛烈に嫌な予感がした。
「次のブレインの性能を飛躍させる彼女の名誉を、盛大な拍手をもって称えようではないか!」
嵐のように巻き起こる拍手の中で取り去られた布の下から現れたのは────
「きた……、み…………さん?」
深く眼を閉じた彼女の生首が、青い溶液で満たされたケーブル付きのガラス容器の中に収められていた。
「……ダメだ」
ここで何か叫ぼうものなら碌な事にはならない。
だからこれ以上声が漏れないように私は必死に両手で口元を塞いだ。
提督が背後にある布を被せられた巨大な何かに手を掛け布を取り去る。
そこにあったのはブレインズシステムの醜悪な正体そのものだった。
たくさんの『北上さん』たちの生首が容器に詰められ提灯のようにケーブルで繋げられていた。
そういうことか。
ブレインがたくさん集められて作られたからブレイン
育ち切ったブレインを生体機械とすることでより高度なAIによるサポートを次のブレインに授けるシステム、これが真実だった。
「ここに新たな一員を加えることができたことを提督として私は非常に誇らしく思う。皆も彼女のように優秀なブレインとなれるようにより一層励むように。私からは以上だ。鳳翔、業務連絡を」
「みなさん、今日の昼食は腕によりをかけてつくりましたのでお祝いしてあげて下さいね」
少々間の抜けたアナウンスだったが、こちらの方が周りは一層燃え上がった。
駆逐艦たちは無邪気に飛び跳ねている。
今にも吐いてしまいそうな気分なのに、とてもご馳走に喜べる気にはなれない。
でも私は『北上さん』から教えてもらったことを思い出し、必死に心の叫びを押さえつける。
────あんまり落ち込んでいると、
あの海で北上さんを探し出すまでは、まだ私は死ねないし、記憶を消されるわけにもいかない。
それにそもそもだ。
よくよく思い返してみれば私は決して『北上さん』のことは嫌いではなかった。
ヘッドギアが外れた時点で、北上さんを生死不明に追いやった責任はないし、むしろ生かし続けてくれた最大の協力者ですらあったはずなのだから。
愛する人と同じ笑顔で、同じ声で、私に人一倍の友愛を示してくれた『北上さん』は、間違いなく私にとって世界で2番目に大事な人になっていた。
それなのにこんな結末を迎えてしまうだなんて、やりきれない。
『北上さん』はきっと喜んでこの辞令を受けたのだと思うと猶更だ。
「久しぶりの御馳走、楽しみですね」
空元気で絞り出したこの言葉を、すぐに後悔することになるだなんて一体どうして思いつくだろうか。
今回私が思い知らされたのは、軍部がどこまでも想定の真下を行く、最低最悪な存在だってことだった。
◇
御馳走と呼ばれたのは、一見普通のカレーだった。
でもサーバーに来てから初めて見るカレーだ。
鎮守府では毎週金曜日はカレーの日と決まっていたから、珍しくもなんともないけれども、肉類の供給がほとんどないサーバーでは特別なんだろう。
軍お得意の効率という概念を考えれば、頭を使うブレインには糖分を、体を使うアームズにはタンパク質を優先的に確保させていたと想像できる。
みんなすごい勢いで食べているけれども、ルーはともかく肉はあまり美味しくない。
筋張っているし、脂身も少ない。
カレーの香りでごまかしているけれども、咀嚼しているとなんか変な風味が感じられる。
でも食べられないほどじゃないので、黙々と口にカレーを運ぶ。
きっと胃が荒れている状況だけど、ちゃんと食べて力をつけなくちゃならない。
「この前のお肉の方が柔らかいし、たくさん食べれたのになぁ」
少し離れた席から、何気ない愚痴が聞こえた。
「しょうがないだろう。この前の重巡とは肉付きが違うんだから」
何を言っているのだろうかアイツらは────
「俺は癖のない駆逐艦の方がいいけれどな」
「確かに」
「こら、文句ばかり言うな。貴重な食料を提供してくれたんだ。残さず食べろよ」
ねぇ、嘘でしょ。
嘘だと言ってよ。
嫌だ、もう黙っててよ。
次の言葉を聞かせないで。
それってまるで私が今食べているのはまるで────
「北上だって、美味しいと思うけれどなぁ」
オェエエエッ……────
ようやく次回から愛の力で反逆開始
次回タイトル「3番目の北上さん」
21日21頃更新予定