思考が止まる、いや、ダメだ。
思考を放棄するな、考えろ。
何が真実なのか、私はどうするべきなのか。
能動的に動かそうとしなければ感情の激流に押し流されてしまいそうになるのを、わずかに残った理性を以て全力で押し留める。
沈んだアームズは深海棲艦と化す。
なんの根拠もなかったため戯言と聞き流していた、鎮守府での噂話。
まさかそれが本当だったなんて、この最高に奇跡的で悪魔的な再会を果たすまでは、決して思いもよらなかった。
「ヤット、ヤットアエタヨ。オオイッチ」
変わり果てた彼女姿となった彼女は、無防備に両手を広げ、まるで私が抱き着いてくるのを待っているような仕草を見せる。且つての日々とまるで変らぬように。
北上さんを目の前で殺されたばかりだというのに、それなのに。
○○はこんな姿になってしまった今でさえ、私との再会を喜んでくれている。
「私も嬉しい、嬉しいんです。でも……」
実際のところ再会を諦め、心の区切りをつけるための逃避行の中で、もう一度○○と再会できたことが嬉しくないわけなどない。
例えその可憐な姿と純真な心がおぞましく変わり果てたとしてもだ。
「その気持ちと同じくらいに。今の私は苦しくて、辛くて……悲しいんです」
今、彼女の胸に飛び込んでしまったら。
言語化し難くい何かが。
でもあまりにも決定的な私の中の何かが。
二度と私の中に戻ってこない気がしていた。
「ナンデカナシイノ?」
「それは……」
「ネェ。キイテヨ。ワタシ、ガンバッタンダヨ」
さっきの攻撃について一欠けらの罪悪感すらも彼女が抱いていないことはどう見ても明白だ。
私を想っての行為だからこそ、胸の中に渦巻く感情の言語化が追い付かない私はこの場ではまだ言い澱むしかなかった。
「ダカラ、イツモミタイニ────ッテ、ジャマ!!」
急に声を荒げて砲口を向ける○○。
だけどその向けた先は私ではなく、足を止めている私に襲い掛かろうとしていた駆逐イ級たちだった。
「えっ、同士討ち?!」
「チガウ。コンナミタメニナッタケド、マダワタシハワタシダヨ」
「もしかして深海棲艦に成りきっていないの?」
最後の1匹を仕留め終えた彼女は静かに深く肯首する。
「『ワスレロ』『コロセ』ッテコエガ、ズットキコエルンダ。デモ、オオイッチノタメニナラ、マダタエラレル」
ずっと○○は深海棲艦の本能に逆らっているというのか。
でもそれならば腑に落ちないことが一つだけある。
「ならなんでさっきは北が──」
「ヤメテッ!!」
強い語気で渡井の言葉を遮る○○。
「ニセモノナンテ、イラナイデショ?」
ブレインズシステムの真実を知らない○○の視点で考えれば、彼女の言葉は最もでしかない。
自分と瓜二つな偽物が居たとして、いつもの○○は、ためらわずに殺せるような人だっただろうか。
やはり今の○○は自我が残って居るものの、正気が失われつつある状態なのだろう。
偽物は要らない、○○だけが居ればいい。
そんな言葉を簡単に吐き出せるのならば、状況に流されることを良しとできれば、それはとても素敵なことなのだろう。
でも私は安易な道を選べなかった。
鎮守府で過ごした時間とサーバーで過ごした時間、それは比べるまでもなく鎮守府の方が圧倒的に長い。
それに愛を誓いあって名前を付け合った仲である○○と、理解者どまりでしかなかった彼女。
どちらが大事なのかはわかっている。
それでも、それでもだ。
私と終わることを良しとしてくれた彼女を。
私をここまで引っぱり上げてくれた彼女のことを。
全てなかったかのような顔をして、○○の手をそのまま取ることなど、できるはずもなかった。
「偽物じゃ、ないんです。あの人は○○じゃない。それでも」
「ナニヲイッテルノ? ソレニナンデ……」
「私にとって、あの人がくれたものは、偽物なんかじゃ、決してないんですっ」
声にならない嗚咽が雫となり、それは頬を伝って海へと溶け込む。
「ヤメテヨ、ナンデカオスルノッ!!?」
「ううっ……」
○○は私の左肩を掴んで強く揺さぶる。
歯型が食い込んで、酷い痣になりそうなほどに痛い。
これを引き剥がすことなど、腕力的にも、精神的にもできるはずがない。
ただなすがままにされていた。
『ナカセタナッ!!』
そんなとき、一つの砲撃音とともに聞こえた声はまるで目の前の○○と瓜二つで。
『オオイッチヲナカセタナッ!!』
私をそう呼んだ彼女は、今の○○と姿さえも瓜二つだった。
「貴女も戻って来たんですか? この海の底から」
『ソウダヨ、オオイッチ!』
○○以外で私のことをそう呼ぶのは先ほど沈められたはずの彼女しか居ない。
意志の力で人間だったころの自我を保ったままでいるという、2つ目の事例に巡り合えた奇跡。
だがそんな奇跡が起きるにはあまりにもタイミングが最悪な状況だった。
「ダマレ、ニセモノッ」
私を庇うように突き放した○○が魚雷を発射しながら、全速前進で突撃を始める。
『ニセモノジャナイ。ワタシモ、キタカミダッ!』
私を巻き込まないための配慮なのか、後方へジグザクと下がりながら射撃による牽制をする3番目の北上さん。
唐突に始まった本気の殺し合いに、私の頭はさらにぐちゃぐちゃになってしまう。
私はどうすればいいのか、そもそもどうしたいのかさえもわからない。
最後に泣き腫らしたあの夜、いやそのとき以上にだ。
「なんで、なんでいつもこうなるの?」
また私は北上さんが死ぬのを見なくちゃいけないの。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
でもここで立ちすくんでいるだけじゃ、何も変わらない。
何かしなきゃ、自分の意志で動かなくちゃ、流れに身を委ねてしまったときは決まって碌な事がなかった人生だ。
もっと私は、ちゃんと考えた上で、私の意志で決めなくちゃいけない。
そうだ。
私は私の頭のことでさえわかっていないんだ。
目の前の2人だって、ただ状況に戸惑っているだけ違いない。
さらに深海棲艦の本能にだって抗わなくちゃいけないんだ。
でもあの2人なら、未だに私のことを忘れていない2人ならきっとわかってくれるはず。
だからまずは落ち着いて3人で話せるように、止めなくっちゃ。
そう決めてすぐにエンジンをふかし、少し離れた場所で水柱を上げ続けている2人のところへと向かう。
私が近くに辿り着いたとき、激化する殺し合いは最悪手前の盤面を迎えていた。
片方が大波に体勢を崩された隙を狙って。
そして狙われた方もとどめの瞬間で油断しきっていた相手の不意をついて。
「シズメェエエエエ!!」
『キエロォオオオオ!!』
それは互いに避けようのない必殺の砲撃だった。
「北上さん!!!」
この世に都合のいい神様なんていない。
繰り返される悪趣味な生と死の疑似ループの中で、私はそれを学んでいる。
でもそれと同じくらい、私は知っている。
都合の悪いことを押し付ける悪魔じみた感性をもつ、脚本家のような存在がこの世にいること。
私にとっての悲劇は、脚本家にとっての悲劇で塗り潰してしまえばいい。
多分こっちの方が、あなたの好みなんでしょう。
だから私にとっての最善手は、これしかなかった。
エンジン焼け付かせる勢いでふかし、2人の射線が交わるところへ身を投げ出す。
『ァアアアア────オオイッチィィィ!!?』
「○○ッ、オナカニ、アナガッ!!?」
そして都合のよい奇跡なんてものは当然おきることもなく、当たり前の末路を私は迎えることとなる。
「2人と、も、無事です、ね──ごはっ!?」
「イ、イヤァアアアアアッ!! △△」
『ドウシテ、コンナコトヲ……』
「もう、嫌なんです。北上さんが傷つくところを、もう見たく、ない……ん、でぅ」
散々自分のアームズを使い潰した罪深い私がこうして両手に華を携えたまま逝けるのなら、それなりに幸せな最期とよべるのだろう。
惜しむらくは、今も語りかけてくれている2人の声と、その温もりがだんだんと遠くなっていくことくらいだ。
「────ぃせは。猫になり、た……すね」
『ダメダ。オオイッチ!!』
「シナナイデェエエッ!!」
猫日和にあの場所で待っていますから。
いっぱい可愛がってくれますか。
◇
独占願望と愚かな情動のせいで、○○を喪ってしまった私たち2人の道は、当然のように分かれることとなった。
『ヒトトシテノソンゲンハ、ワタシガマモルヨ』
そう言い残して、一つの水柱と共に○○の亡骸を抱えた偽物は永遠の向こう側へと旅立っていった。
軍に利用されることも、深海棲艦になることもないよう、塵一つさえも残さぬように念入りに自らの魚雷で吹き飛ばして。
ただ一人残ってしまった私も、この体になってしまった以上、軍に戻るつもりはない。
かといってかろうじて残って居る自我を、△△への想いを放棄するなどあり得ない。
はぐれものの私とはいえ、深海棲艦同士のネットワークで、近いうちに横須賀への大侵攻が行われるのを知っている。
ならばやれることはただ一つだ。
横須賀が、関東が滅びる運命から逃れられないとしても一日でも長く守る。
そしてたとえ滅びた後でも、またかつての風景に早く戻れるように少しでもやれることをやる。
いつか、輪廻の果てで△△が戻ってくる場所を守る。
最愛の人を自ら殺してしまった私が行うべき、小さな小さな罪滅ぼし。
決して狂うものか。
決して堕ちるものか。
△△と一度生き別れたあの海のように紅く染まる空と海。
深海棲艦たちが群れれば群れるほど、私の中の本能もそちら側に引きずられそうになる。
決して忘れるものか。
今の私は深海棲艦じゃない。
彼女がいつも頼りにしてくれた横須賀鎮守府のエースだということを。
「ワタシハ、スーパーキタカミサマダヨッ!!」
長い夜は明け、戦力比1000対100対1の絶望的な戦いは終わりを迎えた。
多くの犠牲を払いながらも深海棲艦を半壊の上でなんとか撤退させた日本軍。
横須賀鎮守府の施設自体も、ある程度の補修すればまだ使用可能な状態だ。
そして単騎ながら第三勢力として介入した私も辛うじて、まだ生きている。
だが深海棲艦たちの撤退に乗じることのできなかった私は横須賀の海に一人残されてしまっていた。
もう足が動かない。
持ったとしても残り数十秒の命だろう。
「やったのです!」
どうしてこうなっちゃったんだろうなだなんて、考えるだけ馬鹿らしい。
「よし、フラグシップ撃破だぜ! よくやったな!」
遠くで聞こえる笑い声は私の撃破を称えるものだった。
「ハハ、ソウダヨネ……」
私は深海棲艦だ。
心は人間だとしても、それを知ってくれていた唯一の人はもうこの世には居ない。
軍からしてみれば深海棲艦同士討ちをしているようにしか見えないため、私はわざと見逃されていただけだ。
だから他の深海棲艦が居なくなった後に私がこうなるのは自明の理だった。
だけど、お腹に穴が空くまで、そんな当たり前のことを失念していた私はあまりにも道化過ぎた。
こんな馬鹿みたいな最期だなんて、なんて最低で────
「デモ、マモリキッタヨ」
今の私が残せる限りの最高のエンディングだ。
この戦いに悔いはない。
この仕打ちに恨みもない。
ただ次の彼女の安寧を願って、私は静かに再び海へと還る。
◇
「こっちこっち。3匹も居るよ」
「すごい、今日は大漁ですね」
近づいてくる2つ声。
「ほーれ、獲れたてのサンマだよ。おいで、おいで!」
この人間たちは晴れの日に堤防に来ると、貢物を持ってくる習性があることを私は知っている。
今日は細長いが随分と脂がのっていそうな上等な魚だ。
そして私の食事が終わるのを人間たちは待った後、今日もまたいつものように私の頭から背中にかけての毛並みを整えてくれる。
実に絶妙な力加減で殊勝なことだ。
「女神さまに撫でて頂けるなんて、下等生物の癖になんて羨ましい奴め。前世で一体どんな得を積んだらお前みたいになれるというの?」
撫でてくれない方の人間が何か言っている。
もう少しで眠れそうなのだから少し静かにして欲しいものだ。
「今日も良い猫日和だね。△△」
「はい、そうですね。○○」
こうして私は今日も暖かな空の下、微睡の中に落ちる。
────どこかひどく懐かしい匂いがした。
つらいお話でしたがラストまで拝読頂きありがとうございました。
元々は猫と戯れる大北日常百合ものでしたが、秘書艦を轟沈させたショックから、オリジナルのクローン兵ものと悪魔合体させてしまったのが本作でした。
暗すぎる話且つ、上記のショックで艦これ引退したこともありお蔵入りしていたのですが、数年越しのけじめとして心折杯という場を借りてプロットの供養をさせて頂きました。本作が最初で最後の艦これ小説になります。
もし本作で何か残せたものがあれば、一言頂けますと幸いです。
【お願い】
2025/11/24
新作バンド小説「起詩回声 ~亡命少女と女装おじさん、農大バンドで再起する~」
を公開中です。タイトルに反して非常にシリアスな内容ですがぜひ読んでください。
https://syosetu.org/novel/391825/