「哀れで醜い牢人。」
綿月姉妹の心の声を言い表すならこれ以上にふさわしい言葉はなかった。
長年放置され身体は鼻を曲げる異臭を放ち、衣服はそれと相応にボロ雑巾ようである。
牢獄の闇に紛れるろの髪も、ただただ乱雑に伸び散らかされ一層彼に対する不快さを強烈なものにしていたのだった。
酷く痩せ細りまるで死人のような青白い肌。
だが、彼の顔はそんな状態を無視するかのように精悍で凛々しく、静かにただ静かに何かを待っているようでもあった。
「立ちなさい。貴方の刑が執行されるわ。言わなくてもどんなものかなんて分かるわよね?」
姉妹の師である八意永琳はなんら死体とかわらない彼にそう告げた。
勿論、彼女は彼が生きていることをしっているが、傍から見れば死体に話しかける変人にしか見えないだろう。
姉妹も何も告げられずにこの状況を見たら疑問に思ったことになるほどだ。
「あ――――。あーーー。ゴホッゴホッ……。君か……永琳か…。久しい。」
上手く喋ることが出来なかったのか、咳き込みながら話す。
しかし、声はえらくハッキリとしており、緊張していた依姫は思わずビクリと身体を震わせた。
永琳は再び「立ちなさい。」と少々怒気を籠め告げると彼はため息を吐きながらゆっくりと立ち上がる。
「コイツ……。目が……。」
「無理もないわ依姫。このお方、もう随分と永い間この牢に閉じ込められていたんですもの。瞳の輝きが曇ってしまうことは不思議ではない。」
「……初めて見る顔だ。どうも、短い間だがよろしく。私は山背 魁(やましろ いさむ)。」
「無駄口たたいてないでとっとと歩きなさい。」
凝り固まった筋肉を解しながらゆっくりと歩き出す魁。
長い髪は自分にとっても邪魔でしかないのか、何処からともなく剣を取り出し、バッサリと切り落とす。
突然刃物を出したことに依姫は瞬時に反応し自身の刀を突きつけたが、魁は用なしとなった剣をまた何処かに仕舞いこみ、何事もなかったかのようにまた歩み始めた。
盲目ゆえ見えなかったのか、はたまた取るに足りないと無視したのか、依姫は少々彼の態度が気に入らなかったようだ。
階段を上っていた途中、二人はあることに気がつき始めた。
先ほどまで呼吸を妨げていたあの悪臭がなくなっている。
よくみれば、彼の肌もさっきの死人のものではなく血の気のいい人のそれとなんら変わらないではないか。
足取りも妙にしっかりとしており、先ほどまでの姿はどこにもなかった。
「人伝えでしか知らないんだが、地上ってのはどんなところなんだ?」
「私に聞いたところで人伝えでしかないでしょう。」
「それもそうだ。まあ、これから送り出されるんだし、自分で見れば万事解決ってところか。」
月の民にとって地上……即ち地球へと送られることは最大の罰でもある。
だが、彼には月の民のことなど知ったこっちゃないのだ。
牢を出たあと、暫く歩いて向かった先は静かの海と呼ばれる場所。
ここで魁は地上へと送られ、二度と月には戻ることを許されないのだ。
もっとも、彼がその気になれば不可能ではないのだが、現時点で彼にそんなつもりはない。
地上に興味を持った彼に月などもはや故郷でもなんでもなく、ただ大きな石ころでしかないのだ。
「豊姫、やりなさい。」
永琳が指示をだすと、魁の身体が地面へと吸い込まれていく。
若干、驚いた様子だったがすぐに平然を取り戻し、見送りご苦労と言わんばかりに三人に手を振っていた。
その様子に永琳は苛立ちながらもしっかりと彼がこの地を去るのを見送る。
綿月姉妹はこの二人の間に一体何があるのか知らないが、今更ではあるが二人の関係はあまり良好ではないのいだと悟った。
「さらばだ、地上の民よ。この地に残った弟を頼もう。永琳、弟に伝えてくれ。“この地に華は咲かない”と。」
この言葉を最後に魁は月より姿を消し去った。
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――月日は流れて
「……は、あたちが…の!!」
「ちがう!! あたちが……!!」
地上へ降りた魁は何をするわけでもなく、のんびりと平和に過ごしていた。
新しい地上人とは距離を置き、人気のない丘に質素な小屋を建て、花に囲まれながら過ごす魁。
ところが今日は妙に外が騒がしいことに気がつき目を覚ました。
微かに聞こえるのは幼い少女が言い争う声。
家の前で騒がれるのは少し迷惑なのだろう、お気に入りの一張羅に着替え小屋の戸を開けた。
「だーかーら、ここはあたちが最初にみつけたのよ!! あたちがここに住むの!!」
「ちがうわよ!! ここはあたちの“なあばり”なの!! いつかこの辺にあたちのおうこくを建てるの!!」
「縄張りだ。子供には難しいから仕方ないが、勉強はしておきなさい。それと、ここには私が住んでいるんだ。悪いけれど、君達が住むのは構わないが王国を建てるのはちょっとな。」
言い争っていたのはやはり少女。
片方は赤いチェック柄のロングスカートにベスト、真っ白なカッターシャツがよく似合う癖っけがある緑髪の少女。
もう片方は道士服によく似た服を着た長い金髪の少女であった。
共通している点はどちらも人間らしい姿をしていることと、傘を所持しているくらいであろう。
「だれよあんた、ぶっころすわよ!!」
「女の子がそういった言葉をいっちゃいけないな。」
「ぷぷ、お下品なのねあなた。“きょうかいのようかい”と言われるあたちの方がずっとゆうがだわ。」
「ぐぎぎぎぎ。」
「どっちが優雅だとかと順位なんてつけているようじゃ君もまだまだ未熟さ。万物にはそれぞれ良いところも悪いところもある。それなのに、自分の方が上だと言い張るのは些か滑稽だと思わないかい?」
「ぷぷっ。」
「ぐぎぎぎぎ。」
魁に悪意は全くない。
しかし、彼女達からすれば彼の言葉は自分の怒りを爆発させるのに十分すぎた。
彼女達は言い争っていたことを忘れ怒りの矛先を徐々に魁へと向ける。
「ニンゲンのくせになまいきなのよ!! すぐ死んじゃうくせに!!」
「今すぐたべちゃってもいいのよ? ゆるして欲しかったらあやまりなさい!!」
「コラコラ、そうやって大きな声をだすな。謝るから、仲直りをしよう。」
騒ぎたてる少女達を宥めつけ少し待っていなさいと声をかけ、小屋へと戻る魁。
再び戸を開けて出て来た魁の手には二つの袋が握られていた。
袋をそれぞれに渡し、中身はお菓子だと告げる。
「俺は言い過ぎた。君達も言い過ぎた。それでおあいこ。そして、これで仲直りだ。」
「こんなものであたちが許すとでもおもってるの?」
「許す許さないは別。ただ、私は仲直りをしようと言っているだけ。私を食べるのも簡便してくれ。」
「フフフッ、どうしましょうか? あたちはそんなに安くないわよ。」
緑髪の娘は不機嫌そうに、金髪の娘は大人ぶってみせるが顔が若干にやけている。
会話から察するにこの娘達は妖怪なのだろう。
この年頃の人間の娘ならばこうはいかないだろうが、精神の成長が遅い妖怪ならではの先方だ。
「それは怖いな。だけれど、今日のところはそれで許して欲しい。ここが気に入ったのならさっきも言ったように住んでも構わないよ。」
「ああ、そうなの。じゃ、きまりね。ここにはあたちが住む。」
「だったらあたちだって住むわ。しばらくはここをきょてんにする!! そしてそして、つよーい奴隷をつかまえるんだ!!」
なにやら物騒な言葉と共に魁を押しのけてズガズガと小屋へと入る二人。
流石にここに住むのは自由と言ったが、まさか自分の家に入り込むとは夢にも思っていなかったのか魁は呆気にとられた。
思い出すと良い。
彼女達は妖怪なのだ、自分の常識ましてや人間の常識すら通用しないことも不思議ではない。
「狭い」だの「地味」だのと中から聞こえてくる声が魁の身体にドッと疲れを与えた。
「君達……。ああ、もう良いよ。何も言わないでくれ。私は山背魁。君達の名前は?」
「風見 幽香、花をあいするようかいよ!!」
「八雲 紫ですわ。よろしくイサムさん。」
「ああ、よろしく。」
月にいても、地上にいても、彼に平穏は訪れないのかもしれない。
しかし、それを決め付けるにはまだ早い、なんたって彼の生はまだまだ終わらないのだから。
皆さんどうも、始めましての方は始めまして、ゆったりと申します。
応援してくれる方、感想まっています。
図々しいですね。 ごめんなさい。