季節は春。
降り積もった雪も溶け、若草が大地を覆い日光が優しく降り注ぐ今日の昼のことだ。
特別な日といったわけではないが、このような日はのんびりと過ごしたくなるものであろう。
だが、ここの住人はいつでものんびりとしていそうである。
作物の芽で彩られた畑を見つめている魁と幽香の身体をそよ風が包み込む。
「気持ちが良い。今はこれ以上の言葉は必要でない程に愉快だ。」
「そうね。……それにしても紫のヤツはどこほっつき歩いてるのかしら。そういえば、アイツ冬眠もしないで自慢話ばかりしていたから今頃になって寝てるってのもおかしくないわね。」
「有り得るというところが何とも言えない。しかしだね、君はもう少し好き勝手に生きてもいいのだよ。いつまでも私の傍にいる必要はない。」
「あら心外ね。私はお父さんが思っている以上に勝手な女よ。私は私の思うように生きているわ。」
そうか――と魁は微笑む。
愛おしさのあまりその手を伸ばして幽香の頭を撫でる魁。
彼女も子供ではない。
恥ずかしさもあったのか、すぐに手を払いのけると頬を赤く染めて魁を睨む。
そんな彼女が益々愛おしくなったのか魁はより一層、彼女を愛でる。
「これほどまでに愛おしい者は他にはいない。白金であろうと黄金であろうと君には及ばない。子宝というものが何よりも美しい。」
「大げさよ。お父さんはちょっと子離れしたほうがいいわ。」
「ふふ、そうかもしれないな。私も少し親馬鹿がすぎるやもしれん。」
「あ、でも、夜は寂しいからこれまで通り一緒に寝るわよ。だ、だってそのほうが暖かいし、安心するし、ゴニョゴニョ……。」
「わかっているさ。」
魁は幽香を抱き寄せた。
頭を撫でられることは恥ずかしがった幽香であったがこれには逆らえない。
親子の仲なのか、はたまた男女の仲なのか不思議な関係でだ。
ただ、毎晩閨を共にする親子がいるのかと問われれば回答し難いとこれではいある。
「暖かいわ。それにお父さんの匂い。とっても安心する。」
「君はいつ抱いても柔らかいよ。君を初めて抱いた日から何も変わっていない。」
「……バカ。」
季節は春。
降り積もった雪も溶け、若草が大地を覆い日光が優しく降り注ぐ今日の昼のことだ。
特別な日といったわけではないが、このような日はのんびりと過ごしたくなるものであろう。
だが、ここの住人はいつでもイチャついている。
少し異常な関係の二人ではあるが、愛の形を決め付けるのはよくないことだ。
願わくば、彼が魁が幸せであらんことを。
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地上が草花で覆われているはずのこの季節。
だが、そこに広がるのは乾いた大地と広大な海であった。
海からは波の歌が絶えずして聞こえ、大地からはどこか不思議な神々しさを感じる。
本来なら動物の一体や二体がいてもおかしくはないこの世界に生命体が存在しない状況がこの世界、月の雰囲気をつくりだしていた。
だが、神聖な大地に夥しい数の妖怪が集まり月を穢している。
そして、高台には招かれざる客共を統率する二匹の妖怪が聖地を見下ろし目を輝かしていた。
「神聖な場所ね。お父様の故郷というのも納得できるわ。」
「……私にはひどく不気味な感じがします。何というか、波の音以外に何も聞こえないなんて初めてです。」
「でも、月には人間が住み着いている。それも地上の人間達よりもずっと強力な人間が。力も知能も技術、精神にいたるまでね。何の曇りも無いこの世界こそが人間の求めた世界なのよ。」
「左様ですか……。しかし、宜しいのですか? 大殿に黙って月に来るなんて。」
「問題ないわ。お父様ったらお守りだなんていってこんな物を渡してきたじゃない。」
紫が苦笑いしながら摘んで見せたのは青く輝く宝石だった。
首飾りに加工した魁からの贈り物は紫の胸の上で淡く輝いている。
お守りとして渡されたそれをどうやら紫は疑っているようだ。
「これは恐らく私を監視するための物でしょう。発信機とでもいえばいいのかしら。私たちがこうして月に来ているのもお父様にはきっと筒抜けでしょうね。」
「大殿が紫様にそのような物を渡すとは思えませんが。」
「渡すわよ。だって私、お父様から嫌われているでしょうから。」
紫の発言に思わず首を傾げてしまう藍。
それもそのはずで、あの魁が紫を嫌っているというからだ。
自分が見た魁という男は娘を何よりも愛していた。
暇さえあれば紫や幽香の可愛さ自慢ばかりする程で魁家滞在中、藍は耳にたこができるのではと錯覚したほどだ。
そのような人間が本当は娘を嫌っているなどと誰が信じるだろうか。
「子供のころから幽香と違ってマセていて可愛げが無かった。自分勝手で手伝いの一つもした覚えがないわ。幽香とも喧嘩ばかり。それに、お父様は月について調べることには良い顔をしていなかった。お父様にとって私は小煩いハエのような存在でしょう。」
「……。」
「お父様が本気で怒った顔なんて見たことが無いけれど、今回ばかりはちょっと後悔しそうね。」
自虐的に笑う紫からは何とも言えぬ悲愴な気が流れ出る。
だが、藍はそんな主の姿を見てある一つの仮説が浮かび上がった。
「……紫様。」
「何かしら? 慰めの言葉なんて私には必要ないわよ?」
「いえ、紫様が月に侵攻することを決めたのは月人達の持つ優れた技術を奪い取り、理想郷をつくりだす力にするためだと仰いました。」
「ええ、そうよ。何か可笑しいところでもあった?」
「……これはあくまで私の推察なのですが、紫様が月に攻め入る目的は技術の強奪などではなく、その……何と言いますか…。」
「貴女らしくないわね。ハッキリと言いなさいな。」
「ほ、本当はわざと大殿が怒るようなことをやって、大殿に構って―――。」
「―――死にたいのかしら?」
突如、凄まじい妖気が辺りを包み込んだ。
妖獣最強と謳われる九尾が凍りつく程の妖気を放つ妖怪など限られる。
好戦的でない故にその実力を知る者は数少ないが、賢者の名に恥じぬ力と才能が紫には備わっている。
最早妖怪という種の限界を打ち破り、龍や神とも渡り合える超越者といっても過言ではなかった。
「も、もうしわけございません。戯言が過ぎました……!!」
「気をつけることね。私、お父様のように優しくはないわ。次はないわよ?」
「ぎょ、御意。」
「そう。わかったのならばいいわ。……それじゃ、休憩にも飽きたし、歩を進めようかしら。」
漸く二人は妖怪軍団を動かすことを決めた。
だが、妖怪がいくら集まったところで月を攻略することは不可能である。
無論、紫はそのことを熟知したうえで行動をしている。
対策も作戦も何から何まで考え抜き、実践するときが来ただけのこと。
賢者の戦いが始まったのだ。
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―――月、野営地
月の都は正に混乱の渦の中にあった。
多数の生態反応の確認が報告されるや否や月の文官達は大いに慌てふためき、武官達は倉の奥に仕舞いこんだ武器を引っ張り出すのにてんてこ舞い。
現れた生命体が妖怪との報告を受け適当に軍団を編成し大将も決めることなく出陣。
都を出て歩き疲れた辺りで野営し現在にいたる。
「此度の戦のため早急に馳せ参じてくれた勇士諸君、実に大儀でございます。我等がいる限り薄汚い賊軍を捻り潰すことなど造作も無い。だが、我等は軍隊である。今、この軍に足りないもの、それは大将、即ち指揮官だ。神聖なる月の軍に指揮官が不在などということがあってはならない。我こそはと言う御仁は居りませぬか?」
煌びやかな鎧を身に纏った武官の中、一人の青年が雄雄しく語る。
だが、銀髪の青年の呼びかけに答える者は一人としていない。
指揮官は名誉ある役ではあるが責任も重い。
万が一敗北したとあればどのような罰がまっているのかわからない。
「何? 誰も居らぬと言うのですか。では、どうやって賊を討つというのか!? この軍を率いるのに相応しい地位と名誉を持つものは居らぬのか? 推薦でも構いません。誰か居らぬのですか?」
ならばお前がやれ、そんな声がでても可笑しくはないが誰も口にすることはない。
誰かを推薦すれば当然自分にも責任が回ってくるだけでなく、最悪責任を押し付けられかねない。
「……宜しい。誰も居らぬと言うのであれば、不肖ながら私が引き受けても構わないかな?」
青年に異議を申し立てる者はいなかった。
青年も青年で初めから誰かに指揮官を任せる気などはない。
“仕方なく”という状況を作り出すための下手な芝居でしかない。
これが高貴な月人と言うものだった。
「異議はないようですな。それでは、大将も決まったことです。進軍し敵を叩きましょう。」
「ちょーっと待った。」
何もかも決まったと思いきや間の抜けた声が水を差した。
青年は声を聞いて眉を寄せる。
「これはこれは、一体何の御用で?」
「怖い顔をするでなぁい。余は繊細なんだ、ストレスで手が荒れるだろう。」
白と黒の狩衣を纏い左手には装飾が施された杖を持つ男が背後に綿月豊姫及び依姫を従えてやって来た。
短めの黒髪と二枚目と言える容姿からは想像できない人を馬鹿にしたような態度と口調が気に障る。
「失礼しました……。話しを戻しますが何の御用で?」
「決まっている。余が力を貸してやろうと来たまでよ。」
「綿月両姫の加勢は大いに心強いのですが、貴方の出る幕ではございません。」
青年の言葉に男は納得がいかないようである。
杖で肩を叩きながら不満そうに辺りを歩き始めた。
「酷いよね、依姫ちゃん。この坊ちゃん、余のことを見縊っているんじゃないかな?」
「そ、そのようなことは無いかと。彼の発言もも何か理由があってのことかと」
「そうですわ。先ずは理由をお聞きになるのが先かと。説明してくださいますか?」
豊姫が微笑みながら青年に発言を促す。
青年は豊姫の微笑みが気に入ったのか機嫌を直すとまた雄弁を振るう。
「では謹んで申し上げましょう。此度の戦は月の民と地上の妖怪との戦。貴方には関係のないことです。指揮は私がとりますゆえ、貴方は引っ込んでいて結構。」
「ふ~ん。あっそ。……そういえば、坊ちゃんは何て名なのかな? どこかで会ったと思うんだけど思い出せなくて。」
「……火遠(ほおり)と申します。」
「ホオリ? ああ!! 永琳ちゃんの又甥の子かぁ!! いやいや、立派になったね。」
青年に正体は八意火遠。
月の賢者にして頭脳と謳われる八意永琳の又甥である。
彼は永琳のような超人ではなかったが八意一族というブランドが現在の彼をつくりだした。
言うなれば先祖の七光りである。
「光栄でございます。……さあ、玉兎よ、御仁がお帰りだ。支度をせよ!!」
「おいおい待ってくれよ。余は帰るなんて一言もいっていないよ。誰が一体何の権限を持って言っているのさ?」
「総大将たる私の権限です。……もういいでしょうか。私達は忙しいのです。何時までも貴方の悪ふざけに付き合っていられないのですよ。早くお帰り下さい。OK?」
「OK!!」
―――ズドンッ
場が静まりかえった。
男は懐からとりだした銃を右手で遊ばせながらニッコリと笑っている。
一方で火遠は頭部が消し飛び床に転がっていた。
余りに一瞬の出来事であり誰にも同様する暇もうろたえる暇も与えられなかった。
そして、笑っていた男の顔が歪む。
「あのさぁ。余が誰だかわかってるのかな? 余は月の長だよ?」
「き、気を御静めくださ―――」
「うるせぇなぁ!! 余が喋ってんだよぉ。豊姫ちゃんだからって許さないよ~。」
先ほどまで無邪気に笑っていた男とは思えない程の怒声が響く。
男は火遠の死体を踏みつけながら延々と喋り始めた。
豊姫の言葉も届くことはなく、もう誰にも止められない。
「月で一番偉いのはだぁれ? こんなこと誰でも知ってるよね? 余に決まってんだろ!! 月夜見なんてのは余の駒なんだよぉ!! そんなことも知らねぇってのかこのガキャ!! 学校で習ったろだろ。余が法、余が総意、余が月なのだ!!」
踏み抜かれた死体は原型を留めておらず肉塊となっていた。
あまりに残酷な光景に嘔吐をする者の姿もすくなくはない。
踏むことにも飽きたのか、男は再び笑顔を取り戻すと拳銃を懐に仕舞った。
「なんか不慮の事故で総大将が死んじゃったみたいだから、新しい総大将が必要だよね。余がやりたいんだけど、異論はないよね? ……あるなら殺す。」
「なんと残酷な……。」
「ん? 何か言った? 依姫ちゃん。」
「……いいえ。何も。」
「それじゃあゴミを片付けたら進軍しようか。作戦はもう考えているから、皆は余のために、山背 晋(やましろ すすむ)のために死んでいってね。」
月に華など無いのだ。
皆さんどうも私です。
ピアノを始めることになってしまいとても忙しいです。
自動車学校にも行かなきゃなりません。