「怯むな!! 月人としての誇りを胸に戦うのだ!!」
妖怪軍は濁流の如く月軍へと押し寄せ戦場は混沌と化していた。
バルカン砲にミサイル、光子銃まで装備している月軍ではあるが、妖怪相手にまるで歯が立たない。
訓練では文句なしの動きはできても、いざ戦場に立てば話は別であった。
妖怪達の攻撃が激しく撤退する暇も与えられない。
しかし、混沌の渦の中にも希望はあった。
月人最高戦力と言っても過言ではない綿月依姫の存在である。
戦場に響き渡る凛とした声が兵士、玉兎の闘志を奮い立たせていた。
もし、この場に彼女がいなければ戦線は崩壊し、月軍の敗北は火を見るよりも明らかだった。
(思ったよりも数が多い……!! お姉様に連絡して増援を送っていただかなくては……!!)
戦争では個がいくら強がって見せても限界はあるものだ。
依姫の強さは誰もが認めるであろうが、残念なことに彼女は例外ではない。
「建御雷命よ、今暫く我が身に宿りて力を示せ!!」
轟く武神の力を借りようとも例外ではない。
妖怪の一匹や二匹ならば部屋の掃除をするよりも楽な仕事であるが、次から次へと沸いてくるのであれば別である。
そして、何よりも腹立たしいのは山背晋であった。
指揮を豊姫と依姫に押し付けると自分は何処かへと立ち去ってしまったのだ。
人一人を殺してまで指揮官の座を奪い取ったとは思えない無責任な態度である。
「よ、依姫様ー!! コイツらおかしいですよ……!! 倒しても倒しても皆笑ってるなんて!! コイツら死ぬことが怖くはないの!? こんなの相手にしてたらコッチが全滅しちゃいますよ!!」
「落ち着きなさい!! 恐らく何者かが彼らの感情を操っているのでしょう。術者を見つけ出せば何とでもなります……!!」
依姫の傍にいた玉兎が耐え切れずに叫ぶ。
そう、妖怪達はおかしかった。
切られようが、撃たれようがまるでお構いなしで絶え間なく笑い続けているのだ。
笑い声ばかりで叫び声一つあげない彼らは月軍の心を徐々に蝕んでいった。
その証拠に戦所で笑い声よりも苦痛に悶える悲痛な叫び声が大きく響き渡っている。
このままでは玉兎の言ったように全滅してしまうだろう。
「依姫様!! 左翼より謎の軍団が接近!!」
間を入れず再び依姫の下へ報告が届く。
内容を聞いた依姫の顔は青い。
「敵か、味方か!?」
「わ、わかりません……。ほ、報告によると金属の人形が向かっているとしか……」
「何を馬鹿なことを。では、人形が動いているというのですか!?」
あまりの衝撃に声を荒げてこたえる依姫。
左翼を睨みつけるを問題の軍勢はすぐそこまで迫っていた。
砂煙や人影でハッキリと見えないが黒金の鎧を身に纏った軍勢が地を揺らしながら走り来ている。
最早これまでかと思う依姫であったが、謎の軍団は妖怪達へと突撃した。
「み、味方…?」
謎の軍団は妖怪達と激しく衝突したがまったく勢いを落とすことなく、妖怪達を分断し月軍の前へと躍り出た。
そして依姫は彼らの姿に目を疑った。
依姫が鎧かと思ったものは彼らの身体であったのだ。
身体だけではなく右腕は刃と一体化しており、左腕には銃器が取り付けられ頭部は兜と一体化している。
その中で依姫の目にある個体が映りだされる。
黒金の他の個体とは違う七色に輝く個体が金属人形達を統率していた。
「……滅」
七色の個体が命ずると他の金属人形は一斉に砲撃を開始した。
一機一機が月人達の装備する兵器とは比べ物にならない威力を持ち、形勢が一瞬で逆転した。
一斉射撃に耐え切った妖怪もいるようだが関係などない。
人形達は一歩も動くことなく、ただ迫り来る妖怪を撃ち殺していった。
「貴方達は……一体何者?」
「良い質問。我、碩(せき)。晋様の命、妖怪掃除。穢い、良くない」
「何だと!? ヤツは今何処にいる!!」
晋の名を聞き依姫は抑えていた感情が爆発する。
だが、碩と名乗る金属人形は冷静に答えた。
「お前、言葉悪い」
「黙れガラクタ! ヤツのきまぐれで一体どれだけの犠牲が出たと思っている!? ヤツが戦場に出ればこれ程の被害はでなかった!!」
刀を碩に突き付け怒りを露にする依姫。
依姫の言葉はこの場で戦った兵士達の意見を代弁したものであった。
他の兵士達も依姫を真似て武器を構えだす。
「感謝期待。結果脅し。お前達、恩知らず」
「何だと……!?」
人形に脅しなどは通用しない。
言葉も怒りも何一つ届くことはない。
「遊び、これまで。敵影接近中。我、戦う」
碩は抑揚のない声で告げると銃器を構えなおし、正面を向く。
新手の存在を告げられた依姫も碩につられて正面を見るとそこには一人の人影が確認できた。
依姫が影の正体を見たのは随分と昔のことであったが、彼女は影の正体を鮮明に覚えてる。
碩が言った通り、先ほどまでの戦闘など唯のお遊びとなることだろう。
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(上手くいったわ。いくら優れた技術を持っていようと、所詮は人間ということね。)
無人の聖地を二匹の妖怪が闊歩している。
一匹は広げた扇で吊り上った口許を隠しながら、もう一匹はその後ろを進んでいた。
「……紫様」
「藍、随分と怖い顔をしているわね。私が何かしたかしら?」
紫は自信の計画が寸分の狂いもなく進んでいることにご機嫌であった。
それだというのに従者である藍の顔は晴れない。
紫の計画は単純なものだった。
月人の戦力を釣り出し、手薄となった都に潜入することだ。
大量の妖怪も派手な行軍も全ては月人を誘き出す餌でしかなかった。
同胞を餌として扱った紫の作戦は非情ものである。
だが、藍が気にしていることは冷酷とも言える主の思考ではなかった。
「何もかも紫様の計画通りに事が進んでいます。しかし、いくらなんでも上手く行きすぐだと思いませんか……?」
「……どういう意味かしら」
「勘、とでも言いましょうか。何やら嫌な予感がしてならないのです。ここはやはりスキマを使って―――」
「それでは趣がないわ。優れた力を持つにはそれを制御しうる力を持つ者こそ相応しい。余裕を見せることでそれを証明するのも悪くないわ」
「ふ~ん。まあ、蛮族が考えそうなことだよね」
二匹は弾かれたように声の方向へと身体を向ける。
二匹以外に誰一人としていなかったそこには白黒の狩衣纏った男が鎮座していた。
晋はつまらなそうに二匹を見ると手に持つ杖で肩を叩きながら言う。
「ど~も蛮族さん初めまして。山背晋でぇす。よろしこ」
中指を立てながら挨拶をする晋に怒りを覚えた藍であるが、魁宅での経験上、襲い掛かるのは不味いと判断する。
藍の行動を制御したのは“山背”の二文字であった。
記憶にあるのは魁の言葉、『末弟は上手く月人と共存している』である。
藍が感じた予感も晋の存在が原因であることは明らかだ。
「ご丁寧にどうも。初めまして。八雲紫と申します。こちらは僕の藍ですわ」
「礼儀正しいのね。余ったら感動しちゃいそう。しないけど」
「随分と厳しいですのね、叔父様」
「オジサマ~?」
晋の登場に驚いた紫であったが、何事も無かったかのように語りかける。
彼も彼で紫の話に耳を傾けるといつものように人を馬鹿にした態度をとる。
だが、紫の言葉に思わず興味を引かれてしまった。
「ええ、叔父様。お父様から貴方のお話をよく耳にしておりましたわ」
「またまた~。」
「血は繋がってはいませんがお父様、山背魁とは親子です。幼き時から私はお父様に育てていただきました」
「ふ~ん。…あれ、紫ちゃんったら面白いもん持ってるね」
晋は話を信じる気などサラサラなかったようであるが、とある物が目に入り状況が変わった。
それは紫の首飾りへと加工された青い宝玉である。
「この宝玉でございますか? これはお父様から頂いた大事な御守り。確か〝不死鳥の青眼”とかいう名の石でしたわ」
「コイツはたまげた。……紫ちゃん、それ石ころなんかじゃないよ」
「……ではこれは一体何だと言うのだ」
警戒心を剥き出しにし藍は言った。
従者が晋を睨み付けたのに対し紫はその勝手な行動に怒りを覚え藍を睨む。
晋が何時こちらに襲い掛かってもおかしくはない状況で彼を刺激するような態度をとるなど以ての外。
〝勝手は許さん”紫の鋭い眼光が正にそう告げていた。
「怒らない怒らない。短気は損気だよ紫ちゃん。さてと、話を戻そうか。その宝玉はね……魁兄ちゃんの目だよ」
「目……ですと?」
「そう、目。と言っても本物じゃないよ。本物にかなり近い偽物さ。でも視力はある。その目が見た光景はぜーんぶ兄ちゃんにも見えてる」
「やはり、お父様は私を警戒して……」
御守りと信じていたかった紫であるが現実は彼女の推察通り自分を監視するためのものであった。
生まれて初めて魁から貰った贈り物が自分を監視するための装置だったとは考えたくもないだろう。
紫は魁の真意に反する行いをしていることは理解しているが、それでも魁ならば紫の背を押し手を差し伸べてくれるのではと心の片隅で信じていたのであろう。
だが、そんな希望も今は崩れ去ってしまった。
己の行いは全て魁に把握され逃げ場を無くし、前方には月で最も恐れていた存在が鎮座している。
「あ~。その言い方から察するに、紫ちゃんったら兄ちゃんに黙って此処まで来たでしょ~。余には分かるよぉ。コッソリやっちゃえばいいや。バレなきゃ怖くない。そうすれば皆嬉しいってね。うんうん分かる分かる」
「……そうですわね」
ニヤニヤと笑いながら紫を指さす晋。
その言葉からもイヤらしさを感じたのか紫は眉を上げたが瞬時に自虐的に笑い誤魔化す。
だが、晋はその一瞬の変化を見逃すような男ではなかった。
胡坐をかいていた脚を伸ばし股を大きく広げ、両手を地べたにはりつけ重心を後ろへと傾ける。
突き出した顎、そして、半眼の目が紫の心をこれでもかといわんばかりに沸き立たせた。
「あれれぇ? ひょっとして怒ってる? やだなぁ紫ちゃんに藍ちゃんったら。短気は損気だよって余は言ったよね。もう、プリプリしちゃって気持ち悪ぅぅい」
「御冗談が過ぎるのではないでしょうか、叔父様?」
晋と交戦することは紫が最も恐れていることの一つである。
ほんの一瞬である。
ほんの一瞬晋に対して紫は殺気を飛ばした。
妖怪として八雲紫としてのプライドが山背晋に牙を向いたのだ。
一瞬の威嚇とはいえ超越者たる紫が発した殺気は最早一つの兵器といっても過言ではない。
溢れ出た妖気が妖艶なオーラとなり紫を包み込み、辺りには突風が吹き荒れた。
これに一番驚いたのは藍であり、以前自分が向けられた殺気とは比べ物にならないほどの鋭さを秘めている。
従者ですら腰を抜かすほどの殺気。
だが、この男の前では悪手であった。
「……は? 何それ、その態度。もしかしてだけど、もしかしてだけど、それって余を脅しているの?」
「そのようなつもりはございませんわ。しかし、もしそう受け取ってしまったのならば叔父様の肝っ玉は小さいということですわね」
「ああそう。そんなにも余を怒らせたいの。余は優しいけど……許さないよ?」
晋はだらけた座り方を直し、もとの胡坐に座り方を戻す。
表情は口角を吊り上げにんまりと笑っているが目は笑ってはいない。
左手で杖を持ち直し、右手を懐に突っ込み臨戦態勢を整えた。
「上等ですわ。藍、いくわよ。」
「私もコイツには腹を立てていたところです。妖怪の力、見せつけて差し上げましょう」
「やっぱり蛮族は蛮族か……。兄ちゃんが育てたところでそれはかわらないのね」
「貴方は……どこまで私を怒らせれば気が済むのかしら?」
「まあいいかぁ。それより、紫ちゃん達が余に殺される前に、蛮族の力、如何ほどのものか、見ておくのもまた一興。余の言葉が届かぬのなら、地獄に一直線と洒落込もうか。……これは遊戯」
紫にとって嬉しい誤算があった。
それは晋が本気で戦う気が微塵もないということであった。
普通であれば最上級の侮辱となるが旧月人と妖怪との戦いであるのならば妥当である。
しかし、勘違いしてはいけないことは晋が相手を殺す気があるということだ。
遊戯と称してはいるものの、無事でいられると言う保証はどこにもない。
―――肉体による打撃、これを禁ずる。
「もう一度確認しておこう。これは遊戯。楽しくいこうや」
皆さんどうも私です
今回の話はどこかで見た光景です。
うん、私のトラウマなのかもしれません。
これからもひっそりとゆったりとやっていきます。