「試してみようじゃないの。余と兄ちゃん、どちらが強いのかさ」
銃と杖を上へと放り投げ、両手を広げた晋。すると、魁と同じ禍々しい黒い靄が顔から吹き出し覆い尽くした。それと同時に晋は全身にアダマンチウムを纏って鎧を作り出し、靄すらも包み込んだ。兜の隙間から靄が蒸気機関のように噴出されると側頭部から一対、頭頂から一対の合計四本の角が兜を突き破る。そして、魁と同じように瞳の輝きが増し、靄も兜も退けて輝いていた。
派手な変身が丁度終わった頃、頭上に投げた武器が戻りしっかりと掴み取る。戦闘準備は万全だと確信した晋は人と思えない唸り声を上げて突撃していった。骨だけでなく外表もアダマンチウムで覆い尽くした晋の身体はとても重く、一歩踏みしめるごとに地響きがおこる。
「恐ろしい一撃だ。ならば避ければいい」
魁は突進してくる晋の頭上で丁度一回転するように跳び攻撃を避ける。回転が終わりかけると曲げていた脚を一気に伸ばし後頭部を蹴り飛ばした。予期せぬ衝撃に体勢を崩しかけた晋だが、直に手を地面につけ勢いを利用し身体を回転させ空中で捻りを入れ、魁を見る形で着地する。
「なに今の? そんな針みたいな蹴りじゃ余の鎧は貫けないよ」
「どうかな?」
「それに余は勝算がある。兄ちゃんのすり抜けは確かに強力だけど、一々仕舞う座標を認識しないといけない。だから、余は兄ちゃんに近づいてひたすら攻撃していれば何処かでボロがでる」
「説明ご苦労。だが、そう上手くいくとは思わないことだ」
手招きして挑発する魁に晋は好機とばかりに突っ込んでいく。晋が説明したことは本当のことであり、接近されるのは魁にとって嬉しいことではないが戦いにおいて接近されて嬉しい者など限られているので問題はない。問題はいかに能力を使うことなく攻撃を避けるかであった。
晋の一撃は鉄塊の一撃であるが神速の一撃でもあった。空を切る音が何よりの証拠でまるで刃物を振り回しているかのようである。幽香達はいかに自分たちが遊ばれていたのかを再確認し、悔しさのあまり音が漏れるほどに強く噛みしめた。
「これが、本当の月人の戦い……。私達とは次元が違う」
紫が見る光景は強力な妖怪ですら目を疑うものであった。振るわれる拳は確認しきることはできず、まるで腕が何本もあるかのように見え足さばきは複雑で追いきれない。躱された一撃の余波が周囲の岩石を砕き、振り下ろされた手刀や足は地盤を砕く。幽香はこれを食い入るように見つめ瞬きすらしていなかった。
「美しいわ……!!」
「美しい、ですって?」
魁達に恐怖すら抱いている紫とは裏腹に、幽香は感嘆の声を上げた。空を裂く蹴りも大地を穿つ拳も全てが輝いて見えている。己との戦闘力の差に絶望するのではなく、武の極地を目に焼き付けられた喜びが湧き上がっていた。そして、幽香の心の中にはその極地へ辿り着こうという意志がある。紫にはない。紫はただ恐怖するだけであった。古の月人の力を前に妖怪の限界を感じ、諦めたのだ。
「お父様も叔父様も化け物よ……」
誰にも聞き取れないような小さな声で呟いた。紫には二人は邪悪な何かにしか見えない。人でもなければ妖怪でも神でもない。へばりついて剥がれないようなおぞましさを二人から感じていた。
「いい加減、あたれぇ!!」
「腕を上げたようだな。だが、それは私も同じこと。君の攻撃なんぞあたりはしない」
鋼の豪拳が凄まじい速さで突き出されるが一向に当たらない。魁は華麗に跳び回ることで能力を使わずに避けていた。跳躍は隙をつくる行動ではあるが、相手を翻弄させる。素早く、そして不規則に動く魁を捕らえることは晋でも困難なことであった。
「ちょこまかと…!!」
大振りで突き出された拳を苦も無く避けると、がら空きとなった脇腹を蹴り込む。鈍く重量感のある音と共に晋は衝撃に飛ばされる。しかし、鎧が一切損傷していないことから効果は期待できなかった。
「相変わらず硬い鎧だ……」
「おうともさ。でも、困ったね。これじゃあ決着がつかないよぉ」
豪の一撃は当たることなく、柔の一撃では効果がない。両者は互角。月を破壊し尽くしても二人の戦いは終わらないだろう。しかし、それはこのまま戦いが続けばの話である。魁が左手を伸ばす。すると、突如として空間に黒い渦が現れた。伸ばした左手を渦の中に入れ、何かを引っ張り出す。引き出された物は青い刀身の刀であった。
「私も出し惜しみをしている余裕はなさそうだ。全力でいかせてもらおう」
青刀を左手に握り、右手を開きながら前方に伸ばす。そこにエネルギーを凝縮させこれまた青いエネルギー剣を作り出した。二本の刀を装備した魁であるがこれで終わりではない。眼光が一層輝くと同時に背中の衣装を破いて三対の翼が現れた。一対は白く柔らかな羽に覆われているが、二対は顔を覆う靄と同じである。普段の魁かあらは考えられないおぞましい雄叫びを上げた。魁から放たれる波動、咆哮の振動で月が揺れる。
「今度は私が君と遊んでやろう」
翼を羽ばたかせて一直線に晋へと突っ込む魁。直観的に接近を許してはいけないと感じた晋は撃ち落とそうと射撃する。もちろん魁には当たりもしない。すぐそこまで接近した魁を叩き落とそうと杖を振り上げるが遅い。目にも止まらぬ速さで背後に回り込むと左手の青刀を振り下ろした。蹴りとは違い甲高い音が立つ。見ると、刃には赤い血が付着していた。鎧を切り裂いたのである。
「調子に乗るなよ…兄ちゃぁぁん」
痛みを気にすることなく振り返り発砲。魁は能力でこれを躱し、対応してみせる。しかし、晋は発砲したのと同時に地中から槍を出現させいた。銃に意識が集中していた魁は反応が若干おくれてしまったために能力を発動できなかった。結果、串刺しは何とか免れたが、矛先が腕を掠すめることとなる。だが、晋が受けた傷程重症ではない。
「敵に攻撃が通って油断したね。生憎、余は背中をちょっと斬られたくらいじゃ倒れないのさ。魁兄ちゃんもまだまだだね」
「その言葉、そっくりそのまま返してやろう」
「ああん? どういう―――」
晋が言い終える前に、頭の角がポトリと落ちた。次に晋は自分の左肩から右の脇腹にかけて切り裂かれていることに気が付く。今となって痛みを感じ、顔を歪めているが出血はしていない。切り口から煙が立ち上っていることから、高温の何かで焼き斬られたのだとわかる。そんなことができるのは魁の持つエネルギー刀だけだ。
「き、斬られた!? 兄ちゃん、いつ斬ったの?」
「君が槍を地中から出した時さ。だが、斬るのに夢中になって回避が遅れてしまった。君の言った通りまだまだ修行不足さ」
「厭味ったらしい……。余は兄ちゃんのそーゆーところが嫌いだよ!!」
言葉のやり取りをしている間に身体と鎧の傷が塞がり、再び襲い掛かる晋。迎え撃つように物理刀を振り下ろす魁だが、その刃は杖に防がれる。すぐさまエネルギー刀で追撃を仕掛けようとするも銃口から放たれた光弾に弾かれた。そして、隙だらけとなった魁の胴に鋼を纏った蹴りが打ち込まれる。その瞬間、晋の視界から消えた。吹き飛ばされたのである。
思わぬ一撃を受け若干の苛立ちを覚える魁。晋は攻撃の手を緩めることはない。魁が吹き飛ばされ岩盤にぶつかる瞬間、そこから槍が飛び出し魁を串刺しにしていた。直ぐに能力を使い脱出するが晋は目の前まで迫っている。突き出された杖、晋の肩の上を側転で移動し見事に避けて見せた。だが、晋はそれを見越して着地地点を確認することなく発砲。着弾することはなかったが魁は大きく体勢を崩した。
「隙を見せたな、ヴゥワァカァ!!」
興奮した様子で叫ぶ晋を他所に魁は至って冷静であった。否、冷静でなければならなかった。すぐさまエネルギー刀を振るうと、刃は霧散して熱風となり吹き付ける。風に煽られた晋は二三歩ほどよろけた。その瞬間、晋の身体は目に見えぬ力によって浮き上がる。
「隙を見せたのは君のようだったな」
宙に浮く晋は全身に力を込めているが、何かに縛り付けられているのか動けないでいる。そして、魁の下へと吸い寄せられるように落ちていく。地面につく寸前で動きは止まった。
「身動きがとれねぇ……!! 何なんだ、この念力は……!!」
「君のような暴れ者を捕らえるにはいい力であるな」
「魁兄ちゃんの念力は確かに強力だった!! だが、余を拘束するだけの力はなかったはずだ!!」
「その煩い口まで閉じることができれば、どれほど便利であったことか」
吠える晋に魁は淡々と答える。互いに表情は見えないが、どのような顔をしているのか想像するのは簡単だった。魁はゆっくりと刀を掲げ、両手でしっかりと握る。身内を斬ることに躊躇いはないようだ。
「此度は私の勝ちだ。しばらく会うことはないが、精進することだ」
「待ってくれよ、兄ちゃん。余を斬るってのか? 余はおと――」
刀は既に鞘に納められていた。顔を覆っていた靄が消え、翼も角も消滅すると晋に背を向けて立ち去る。謎の空間に刀を仕舞い込んで漸く晋は魁の念力から解放された。同時に晋の変身も解けるが、晋は動かない。動かない晋の代わりに、大量の血液が噴き出した。
「言いたいことがあるのならば、私が斬る前に言うことだ」
★★★★★
「随分と無茶をしたようだな。さあ、帰ろう」
「ええ、どこかのお馬鹿のせいで傷だらけよ。まったく。どうしてくれるのかしら?」
「…………。」
魁の言葉に紫は驚いていた。最悪殺されることまで覚悟していたというのに、この態度はある意味予想外である。魁の眼は何時ものように閉じていた。紫を抱き上げる魁は温かい。
「…ごめんなさい、お父様。ご心配をおかけしました」
「悪いと思っているのならそれでいい」
妙に心に突き刺さることばであった。これならば素直に怒鳴られた方がよいとも感じる紫。そんな気持ちを知ってか知らずか、魁はそれ以上なにも言うことはなかった。だが、ここで魁はあることを思い出す。
「拳骨がまだだった」
「今更拳骨ですか?」
「昔からの決まりであるからね」
紫は躊躇うことなく拳骨を受け入れたのだった。
皆さんどうも私です。
大学生活はなかなかハードでございます。
それでもしぶとくやっていこうと思います。