「妖怪の増殖だと?」
「ええ、ええ、困りますよ。最近この辺りに妖怪共が挙って集まっておりましてね。あたしたちは震えが止まらんのですよ」
魁の畑から少しばかり離れた所にある人里では住民達が嘆いていた。どうも最近この地方に妖怪が集まっているらしい。噂を聞きつけた妖怪退治屋が名を上げようと訪れるが、その殆どは妖怪の食糧となっていた。この異常事態を最初はほっといた魁だが、畑を荒らされることが多発し幽香が暴れ出したために調査を決めることとなる。幽香は月での敗北後、急激ともいえる程に妖力が上昇していた。一度暴れはじめれば手が付けられない。妖力の上昇は紫もいえることで、各地で彼女の名声が高まっていた。
(妖怪とは、本来気儘な生物だ。自身の住処を離れ、一斉にこの地に集まるなど考えにくい。何者かに住処を奪われたか、扇動されたと考えるのが妥当だろう。そんなことができる者となれば……)
「ふむ、話はわかった。原因の究明に私も全力を尽くそう」
「おお、ありがたや、ありがたや。丘の賢者様が動いてくださるのなら私たちも安心です」
魁はこの事件の主犯が誰であるかは大方結論が出ている。残すところは結論を証明するための証拠だ。これについては言語を話せる妖怪を捕らえて事情を聞けば済むこととなる。名も知らぬ人里の住人との話しを切り上げると早歩きで立ち去った。その途中、数名の妖怪退治屋とすれ違い訝しげな視線をおくられる。
「私はどうも疑われているようだな。面倒なことになる前に事を鎮めねばなるまい」
人気のない道でポツリと呟いた。人里から離れ、何をしているかも分からない者を疑うなと言うのも無理もないことである。さらに、妖怪と共に暮らしているのだから、異変の原因と決めつけられても不思議ではない。むしろ、異端視され弾圧されないほうがおかしいのだ。
「この異変の主犯はおそらく……」
背丈の高い草が魁を隠すように生えている道に差し掛かった。魁はぶつぶつ独り言に夢中になっている。そこを狙ったのか、側面から勢いよく異形の獣が跳びかかった。下等な妖獣ではあるが、力は熊の倍以上ある。強靭な爪を振り回し、魁を襲うが、魁は身体の軸をずらして回転し背後を取った。そして、何事もなかったかのように歩きはじめる。何がおきたのか理解できない妖獣は首を傾げながら再び襲い掛かった。だが、いくら腕を振り回しても、噛みつこうとしても一向に当たらない。背を向けている魁に触れることが出来ないのだ。だんだんと気味が悪くなってきた妖獣は手を緩め始める。その時のことだ、妖獣は何か鋭い視線を感じた。それ以上を感じることはない。感じた瞬間、妖獣の頭が吹き飛び、果てた。
「銀、一匹一匹殺していては時間の無駄だ。無視しても問題はない」
「……」
寡黙な魁の下僕は魁の腕にとまった。主を助けたというのに礼の一つも述べない魁に不満なのか少し機嫌がわるそうである。彼は魁の命令により最近移住した妖怪の調査をしている途中だ。途中結果の報告のために主の下に舞い戻ったということである。命令の内容は知能が高く、また、戦闘力の高い妖怪を見つけ出すというものだ。
「それで、結果はどうだ?」
「…………。………。………………」
「何? 山にそのような妖怪が集まっているのか。では、案内を頼もう」
どうのようにしてコミュニケーションを取っているのか不明であるが、魁は何やら有益な情報を手に入れた。ちなみに、銀が何を伝えたいのか理解できる者は魁と幽香、紫の三人のみである。魁は銀の案内に従って山を目指して歩き出した。
★★★★★
「止まれ!! ここから先へは一歩たりと通さん!!」
山の中腹にて魁はみすぼらしい姿の複数の妖怪にとおせんぼをくらった。どいつもこいつも山伏姿をしており、犬耳と尻尾が確認できる。腰には一本の刀を帯刀している。この妖怪こそが銀が報告した妖怪の一種であった。
「君達が天狗か?」
「だったらどうしたというんだ。怪我をしたくなければ早々にこの場から立ち去れ」
「そうか……。ならば怪我をしてもよいのなら、この先に進んでもかまわないな。私は君達の頭に話があるのだ」
「だったら尚更通すわけにはいかない!! 者共、かかれぇ!!」
頭の単語を聞いた途端に天狗達は殺意を剥き出しにして迫る。格好から推測するに彼らは下っ端の天狗であると予想される。だが、彼らの動きは想像以上に速かった。木の葉を舞い上げながら魁に接近し、抜刀すると同時に斬りつける。天狗の刃は魁にとどく前に砕け散った。魁の腕に止まる神鳥から放たれる波動に天狗は飛ばされた。魁も戦闘許可を出すかのように銀を送り出し、自分は先に進んでいく。
「ま、待て!!」
「すまないな……。生憎、私は急いでいるのだ。君達を相手にお喋りをしているほど暇ではない」
振り返ることなく言葉だけをおくる魁。後を追おうと飛び立つ天狗であるが、全て銀の翼に叩き落とされてしった。打撃による痛みよりも、銀の素早さに対する驚きが勝った。天狗は妖怪の中で最も速さに特化した種族である。その速さを生かした戦闘形態は他の妖怪の追随を許さず、戦闘能力も高い。それは下っ端天狗であっても同じことだ。しかし、世の中はそれほど甘くはない。誇りとしている速さで自身を超える存在の登場に天狗達は尻込みする。
「なんでこんな事に……。全部あの〝鬼″のせいだ。アイツさえ現れなければ……!!」
天狗の無意識の内に出た囁きを無視し、銀は翼を大きく羽ばたかせる。凄まじい力に煽られた空気は渦を巻き、竜となって天狗を飲み込んだ。飛行能力が優れていようがいまいが関係ない。竜巻は山の木々すらも飲み込んでいった。捻じ切れる大木、舞い散る落ち葉の音は宛ら山の悲鳴のようでもある。天狗の悲鳴なんぞ聞こえないほどであった。
「通してもらおうか」
暫く歩いた魁は入り口が厳重に守られた洞窟を発見する。立ちはだかっているのは、みすぼらしい山伏姿の天狗ではあるが、烏のような羽があり先ほどの天狗とは別種であることがわかる。犬耳の天狗程好戦的ではないのか、はたまた己の実力に対する自信からか、魁の姿を見ても落ち着いていた。
「白狼天狗の警備を突破したのかしら? ほんと、下っ端天狗は使えないわ。ああ、ここを通りたいと仰りましたか? それは許可できませんね」
短い黒髪の少女は嘆くように答える。魁のことは眼中にないのかまるでオマケのような扱いである。話が通じないと感じた魁は目の前の天狗を無視して歩き出した。
「待ちなさい。ここは通せないと言ったはずよ。白狼天狗を蹴散らして調子に乗っているのかもしれないけれど、私達を相手に勝てると思っているのかしら?」
「……手傷を負っている君達相手に後れを取る気はないさ。それに、君達は先ほどの白狼天狗とやらとはどう違うのかな?」
「そうですか……。では、ご退場願いましょうか!?」
魁の挑発的な言葉を受けて、烏天狗の少女は疾風の如く飛び出した。少女に続くように他の烏天狗達も各々の武器を掲げて襲い掛かる。白狼天狗を下端扱いするだけあって、その速さは白狼天狗以上であることに間違いはなかった。中でも、魁と話をしていた少女の素早さは群を抜いている。風神のそれを思わせるものであるが、所詮は風であった。
「鳥は風の流れをよみ、空を舞う。吹き飛ばされはせん」
少女の攻撃をすり抜けるように躱すと、錫杖を持つ烏天狗に目を付けた。錫杖を蹴り上げ、無防備となった腹部に拳を繰り出す。的確に鳩尾を捉えた一撃になす術もなく崩れ落ちる烏天狗。次に、未だ勢いを殺せずに迫る烏天狗の側面に回り込み、腕を首元に伸ばした。首が魁の腕にぶつかり、上半身は急停止しようとするが下半身は動くことを止めない。下半身に引っ張られ上下逆さまとなって倒れた。
「なッ……!!」
「見えなかった、とでも言いたいのかい?」
信じられないという表情の少女とは裏腹に余裕綽々の魁である。反応されることなく次の標的の目前に移動し、顔を覗き込んだ。天狗は魁と目があった瞬間、驚きもあってか一歩後退ってしまう。次の瞬間、魁は天狗の顎を擦るように殴りつける。顎への衝撃は脳へと直接届き、激しく揺さぶった。いくら妖怪であろうと脳に異常が出てしまっては動けない。また一人、天狗は崩れ落ちた。
「もらった!!」
背後を取ることに成功した天狗が大きく武器を振り上げ跳びかかる。だが、天狗が武器を振り下ろすよりも早く、魁の手が天狗の顔を鷲掴みにし、地面へと投げつけた。
「油断したわね!!」
仲間が地面に頭から突き刺さっていることなど気にせず、投擲によってできた隙をつく少女。八手型の団扇を薙ぎ、魁の首を狙うが、わかっていたかのように躱されてしまった。
「天狗……。銀の調査通りの優秀な種族であった」
「なんです? いまさら褒めたところで穏便にすます事など出来ませんよ?」
少女が団扇を扇ぐと小さな竜巻がいくつか現れ、少女の周りを取り囲んだ。銀が巻き起こすものと比べるとチンケなものであるが、竜巻を操れる妖怪などそうはいない。目が見えない魁であるが、伝わる風と敵意からこの光景をよみとっている。
「その強さを称え、一つ、技を見せよう。私達一族の技だ」
魁はゆっくりと呼吸し、心を落ち着かせる。戦闘態勢を解いたと感じた少女は操る竜巻を一斉に解き放った。他の天狗達は巻き込まれるのを恐れ、後方に下がっている。竜巻は迷うことなく魁を飲み込まんと迫り着ていた。天狗一同が魁の死を予想する中、上空から一羽の鳥が舞い降りようとしている。それは白狼天狗を蹴散らした銀であった。主の戦闘を空から見物していたが、魁の身に危険を感じて馳せ参じようというわけだ。
「下がっていなさい。手出しは無用」
普段とは違う何かを感じたのか、銀は瞬時に上空へと戻る。その時であった。魁の身体から強烈な波動が放たれる。凍える吹雪のような波動は竜巻を打ち砕くと辺りの場を駆け抜けていった。天狗達は皆、凍り付いたかのように動かない。中には、泡を吹いて気絶している者まで出ていた。全ての者を戦慄させ、心を凍らせるこの技を月人達は〝凍てつく波動″と呼んでいる。
「手加減はした。まだ続けたいと言うのであれば、手加減はしないが―――」
「―――お、〝鬼″……!! あの時の〝鬼″と同じ技!!」
「……なに?」
天狗達は確かに戦意喪失している。魁の放った波動による効果もあるが、明らかに別の要素が関係していた。武器を捨てて膝を折る姿からは、生きることを諦めたかのようにも感じられる。それほどまでに天狗は〝鬼″に怯えていた。
「ここなら安全だと聞いてやってきたのに、仲間がいただなんて……!!」
「待ちなさい。私は鬼ではない。君達がそこまで怯える〝鬼″とは一体何者だ?」
「とぼけないで!! あんたはあの〝六手、羊角の鬼″の仲間なんでしょう!?」
魁は言葉を失った。六手、羊角の鬼。魁が忘れることも出来ないそんざいである。嘗て、なす術なく敗北した相手。天狗が怯える者の正体は、山背修であった。
皆さんどうも私です。
札幌で行われたよさこいソーラン祭り、楽しかったです。