東方永久録   作:ゆったり

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十七時 君が

 戦意が消え去り、腰を抜かしている天狗達を無視し、天狗が守っていた洞窟内へと進む。

入り口の警備態勢から、中には天狗の重要人物が潜んでいると考えていたからである。洞窟内は以外にも広く、奥が深い構造であった。腕に止まる銀から放たれる仄かな光が薄暗い洞窟を照らしている。もっとも、魁にとって道の明るさなど関係のないことではあるが。

 

「このような場所があったとは。一度、他にもこのような場がないか調査してみるのも、良い暇つぶしになるやもしれん」

 

「…………。」

 

 好きにしろ、とでも言いたいのか、銀は何時もよりも鋭い目つきをして反応する。魁が話しかけ、銀はそれを目つきだけで返す。そんなやり取りを先ほどからずっと続けているが魁は一向に飽きなかった。すると、魁は何者かの気配を感じ取り足を止める。表にいた烏天狗、白狼天狗といった様々な天狗の気配も感じるが、明らかに他の天狗とは格が違う強力な気配が混ざっていた。どうやら気配の主は魁に迫っているようで、杖を突く音と小石を蹴る音が聞こえてくる。

 

「君が天狗の親玉かい?」

 

「いかにも、ワシは大天狗と申す者じゃ。其方の名は?」

 

「これは失礼、挨拶が遅れてしまった。私は山背魁。この者は銀、私の下僕だ」

 

「山背……」

 

 魁の倍以上もある背丈が高下駄の影響もあって更に大きく見え、真っ赤な顔に高く伸びた鼻が特徴的であった。背中の翼は烏天狗よりも巨大で力強いものだが、山伏の服はやはりボロボロで、腕は片一方を切り落とされている。大天狗は山背と聞いても驚くことはなかったが、表情が曇った。天狗達を統べる長であっても、拭いきれない恐怖というものがある。

 

「その名、先の波動……。其方はあの〝鬼″の仲間か?」

 

「君が何に怯え、恐れているのかは大方理解できている。だが、私は〝鬼″ではない」

 

「では、何故ここに来られた? ワシらを滅ぼすためではないのか」

 

「誤解を招くような事をしたことは謝罪しよう。申し訳ない。私は天狗を滅ぼそうとなど考えていない。私は君達に統治権を与えに来たのだよ」

 

「何だと!?」

 

 訳が分からないといった驚きようである。それもその筈、どこの誰とも知れぬ輩が統治権を与えてやろうなどと言い出したのだから当然だ。元々この山を縄張りとして活動しようと考えていた大天狗からすれば、何とも生意気な言葉であったことか。

 

「この地は君達が塒にしているこの山を中心として、周囲を他の山々に囲まれた土地だ。それが、どういったわけか、最近、各地から妖怪が集まっており人々の治安が脅かされている」

 

「そこでワシ達天狗を味方につけ、他種の力を抑え込もうと考えたと」

 

「考え方は間違えていない。しかし、私が望んでいるのは隷属だ」

 

 ドスのきいた声に大天狗は心臓を握られたかと錯覚した。この冷たい雰囲気は間違いなく感じ取ったことがある。魁は否定していたが、大天狗が魁から感じたものはあの日のものと何ら違いない。

 

「君達には統治者の証として、銀を君達の頭として迎えさせてやろう。彼がいれば、恐れる事など何もない。君達の思うままにこの地を支配できるのだ」

 

「――――!!」

 

 下僕の下僕になれ。簡単に言うとこうなる。これまで力ある者として生きて来た天狗にとって屈辱的なことはない。だが、大天狗に断るという選択肢は存在なしてない。仮に断った場合、魁は天狗ではない別の妖怪集団を隷属させるだろう。そうなると、天狗は魁の息がかかった妖怪集団に支配、または滅ぼされる可能性が出てくる。天狗が確実に生き残る道は一つしかないのだ。

 

「何と有難いことか……!! これからはこの大天狗、銀様を、天を統べる魔物の長〝天魔″とし天狗共を治めていただきたく存じます」

 

 答えるのは簡単である。だが、行動に移すことは難しいものだ。選択肢が無かったとはいえ、他者に隷属するということを一瞬の内に決めることが出来たのは流石である。

 

「物わかりが良くて私も嬉しい。では、銀よ、新たなる頭として部下の安否を確認せねばならん。大天狗よ、奥に匿っている天狗の下へ案内しなさい」

 

 本当は従いたくなどない。奥には重症の仲間が身を潜めているのだ。大天狗は命を捨てる覚悟で魁の前に出たというのに。しかし、魁の言葉に少し期待していることもあった。安否を確かめると言っていたため、もしかすると部下達の手当てをしてくれるかもしれない。そんな小さな希望を持たねば大天狗は耐えられなかっただろう。

 

「承知いたしました。魁様、天魔様、こちらにございます」

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

「これは酷い。表の天狗達が正常に思えてしまう」

 

 洞窟の最深部は広場のようになっていた。丸底のフラスコのような形をしているため、太陽の光も入ってくる。そんなところで魁が見たのは、どれもこれも深い傷を負った天狗達ばかりであった。白狼、烏と関係なくあらゆる天狗が身を寄せ合っている。中には、外傷は見られないが虚ろな目でうわ言を呟いている天狗もいた。

 

「私にできることは……これだけしかない」

 

「な、何を……!?」

 

 魁は傷口に巻かれた布を引きはがすと、傷口をふき取るようにゆっくりと擦る。突然の奇行に大天狗は思わず声を上げてしまう。直後、大天狗は信じられないものを見た。妖怪の自然治癒能力をもってしても簡単には治らない傷が塞がっている。痛みに苦しんでいた天狗も安らかな顔を見せ、呼吸も落ち着いた。まさに、傷をどこかへと仕舞い込んでしまったかのようである。

 

「何という御業でございましょうか……! 傷を一瞬で」

 

「これしきで驚いてもらっては困るな。……む?」

 

「如何なさいましたか?」

 

 魁の眼に入ったのは一人の女の天狗だった。尻尾と獣の耳が確認できたことから白狼天狗である。女天狗は酷いケガを負っているわけではないが、どの天狗よりも絶望しているかのように沈んだ雰囲気を醸し出していた。よく見ると、子どもと砕けた刀を抱えている。

 

「大天狗、ここに子どもはどれだけいる?」

 

「……一人でございます」

 

「なに? 妖怪と言えど少なすぎるのではないか」

 

「わ、我ら天狗はここ数百年間子宝に恵まれず、二百年ぶりに生まれた子どもがこの場にいる唯一の子供なのです」

 

「その子どもの母があの天狗か」

 

 大天狗と共に子を抱えた女天狗に歩み寄る魁。余所者である魁や大天狗が近寄ったにも関わらず、女天狗はピクリとも動かない。女天狗は砕けた刀と子どもの顔を見つめ続けるだけであった。抱えられてる子どもはまだ首も座っていないような赤子である。

 

「君、名は何という」

 

 返事など当然のようにない。静かな寝息を立てているが、母の顔には安堵などなかった。魁はもう一度尋ねるが返事はなく、流石の魁も困り様である。銀も小さく鳴いて反応を見るも無駄に終わってしまう。

 

「魁様、この者の名は―――」

 

「―――よい。私は彼女自身から話してもらいたい。……口を利きたくないというのなら、心に聞くとしよう」

 

 そう言って魁は女天狗の額に指先をくっつけると目を閉じる。そのまま深く瞑想し魁は意識を全て女天狗に向けた。女天狗と意識を同化させることで、彼女の中枢へと忍び込もうとしているのだ。これは本来、尋問などに使われるのだが今回ばかりは例外である。魁の頭の中には次々と情報が流れ込んでくる。不要な情報は全て無視し、魁が求める重要な情報を探す。

 

『お前達だけでも逃げるんだ!! 俺の心配なんて後でいい!!』

 

『嫌です!! 夫を捨てて逃げるなど、妻として許されません!! 貴方と共に死ねるのなら、後悔など――』

 

『――分からず屋めッ!!』

 

 火に包まれた建物の中で夫婦が言い争っている。妻の方はあの女天狗に間違いはない。腕にはあの赤子天狗が抱えられている。夫は必死に妻に逃げるよう説得しているが妻は従う気がない。いつまでも続くかのように思われた言い争いであるが、突如として禍々しい巨大な犬が建物を半分吹き飛ばしたことで中断させられる。犬の頭部から飛び降りた〝鬼″の姿を見た夫は刀を抜き、構えた。

 

『少しでも時間を稼ぐ』

 

『嫌!! 行かないで、貴方!!』

 

 ここで魁は女天狗の額から手を離した。見ていられなかったのか、それとも知るべきではないと感じたのかはわからない。ただ確かなことは、魁の手が何故か震えていたということだけであった。

 

「犬走楓(いぬばしり かえで)と言うのか、よい名だ。子は椛(もみじ)。こちらもよい名だ」

 

「……どうして、私達の名を?」

 

 ようやく楓は口を開いた。魁は優しく微笑みながら続ける。

 

「それは君自身に聞いたのさ」

 

「それで、私達にどのような、ご用件で?」

 

「では、簡潔に話そう。楓、君とその子を貰い受ける」

 

『は?』

 

 楓や大天狗はもちろん、無口な銀ですら思わず声を漏らしてしまった。銀が喋ったのはこれが初めてであるが、それ以上に魁の言葉は衝撃的である。目を覚ました椛は空腹のためか泣いていた。

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

「退け、下郎」

 

 とある山中での出来事である。小型の犬を連れて歩く男の前に刀で武装した白狼天狗が二人程立ちはだかった。男こと山背修は苛立ちながら天狗へと声を掛けるが天狗はヘラヘラと笑ってこれを無視する。今すぐにでも殺してやりたいと殺気立つ修であるが、下郎の血で自身の武器を汚すなどバカバカしいと堪えた。何より、一々怒り狂うのは月人に相応しくない対応であると感じたのである。

 

「おい、人間だぜ。俺たちの山に入り込むなんてとんだ馬鹿だね」

 

「違いねぇ。だけど、丁度いいじゃねぇか」

 

「何がだ?」

 

 無駄口をたたいている天狗を他所に修は背後を確認する。姿は見えないが藪の中には数人の天狗が、空を見れば二人の天狗が修を取り囲んでいた。犬は唸り声を上げて威嚇しているが、小さな身体ではまるで恐怖など感じられない。

 

「この間、二百年ぶりに子どもが生まれたらしいじゃないか。今夜、その祝いに宴会を開く予定なんだが、とびっきりの料理が必要でな。お前は何が喰いたい?」

 

「そりゃお前、人肉に決まってるだろ。新鮮な人肉は酒とよく合うからなぁ!!」

 

「そうか、そうか、そうだよな。……おやおや? ここに人間がいるなぁ」

 

「ああ拙いな……。うっかり手が滑って、殺しちゃいそうだな!?」

 

 持ち前のスピードを生かした奇襲を仕掛ける天狗。引き抜いた刀を振り下ろさんとした瞬間、天狗の動きが亀のように鈍くなった。辺りには赤い靄が漂っている。その靄の中で修は天狗の首を引き千切った。噴き出す血潮も非常に鈍い。修だけが正常に動いている。

 

「これは拙い。うっかりと手が滑ってしまった。……下郎共、黙って聞いてりゃ好き勝手に言ってくれたな。俺を喰うだと? ふざけるな、俺がお前ら食い尽くしてやるよ!! 行け、犬ッ!!」

 

 小さかった犬は禍々しく変化し、辺りの木々をもなぎ倒す大きさだ。修の指示を確認した犬は天狗向かって勢いよく跳びだす。その速度は天狗をも上回っており、反応できなかった天狗は丸呑みにされた。何とか躱した天狗もいるが、金棒のような尾に粉砕される。

 

 一方、修の身体からは噎せ返るような瘴気が溢れ出る。瘴気は修の身体を包み込むと四本の腕を形成し、それぞれの腕は修が持つ柳葉刀、瓢箪団扇を手に取った。瘴気が顔を覆い尽くすと紅い眼光が怪しく輝き、頭からは一対の山羊のような角が生える。

 

「感謝するがいい下郎共。この姿を見れるなど、冥土の土産には十分すぎるからな」

 

 これが天狗の罪であった

 




 
皆さんどうも私です。

テストが近いだって? 知らんなぁ

た、単位がヤバい……
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