「銀、姫とそこの死に損ないを何処か安全なところへ運びなさい。」
「ちょ、ちょっと、待って。きゃ!!」
「逃がすものか、犬!!」
銀は魁の命令に従い、輝夜よ永琳を掴み飛び去ろうとするが修の従者である異形の犬がこれを阻止せんと飛び掛った。
だが、そんなことは予想していたのか一直線に飛んでくる犬を銀は身軽にこれを避ける。
それでも異形の犬は攻撃の手を緩めることはせず何とか銀の足止めを続けていた。
流石に人二人を抱えていればいくら魁が紫達の護衛にと選んだ鳥であっても、この犬をあしらうことは用意ではない。
「すまないな……。生憎、彼は急いでいるのだ。君を相手にしている暇はない。」
見かねた魁は何時ものように何処からともなく武器を取り出す。
長い得物を持つ兄を意識してのことか、取り出したのは剣や刀の類ではなく、鳥の翼を模した刃をもつ偃月刀だった。
魁は激しく攻防する二体の方へと身体を向けると突然自身の持つ得物を一振りする。
すると、手を付けられぬほどに暴れていた犬の首がゴロリと削ぎ落とされ、夥しい量の血しぶきをあげた。
魁と獣との距離はかるく20メートルを越えていたが、彼の得物はそこまで長くはない。
一見、何がおこったのかまるで理解できないが、魁は何らかの方法を用いて離れた獣の首を削ぎ落としたのだ。
事を理解できるのはこの場には魁とその兄である修以外にはいない。
「ほほぉ。てっきり堕落してしまったとばかり思っていたが、どうやら腕は落ちていないようだな。そうでなくては面白くない。計画は狂ってしまったが、お前を倒せば全て元通りになるだろう。」
「そこに転がってる犬のことでお怒りになられると思っていたのですが……。やはり、兄上は好かんな。」
「お前がやったことだろう!!」
疾風の如く突き進んでくる修。
刹那のうちに距離をつめると大きくその自慢の方天画戟を振り下ろした。
柄に取り付けられた三日月状の刃が狙うのは魁の首ただ一点。
修には血を分けた兄弟であろうと命奪うことに何の躊躇いもないのだ。
だが、魁はそうやすやすと攻撃を受けるほどに軟弱でも甘くもない。
振るわれた刃を屈んで躱し、そのまま一気に蛙のように前方へと飛び跳ね、柄で修の腹を押し返し、片手に持ち替えた偃月刀を頭上で一回転させその遠心力を利用し切りかかった。
偃月刀は鋭い刃で断ち切るといった武器ではなく、自身の重さで叩き切るといったほうが正確な武器である。
修はそのことを知っていたのか無理に受け止めるようなことはせず、身体を無理やり反らしこのカウンターを往なした。
だが、完全に避けきることはできなかったのか、頬からは彼の眼と変わらぬ赤い血が滴り落ちた。
「詰めが甘いな魁。千載一遇の機会を逃がしたも同然だぞ。」
「世迷言をぬかす……。私達は不老不死。刃などで死ねるか。」
「そうだ。それ故にお前は地獄を見ることになるだろう。」
修は血を拭うと、眼を閉じ静かに瞑想しはじめる。
すると、修の身体から禍々しく噎せ返るような黒い力がドロドロと流れ出た。
その正体は穢れ。
あらゆる生命を呑み込み、寿命を与えるそのおぞましい力が修の身体から井戸水のように湧き出てくる。
そして穢れは修に纏わり着くとグチュグチュと身の毛も立つようなグロテスクな音をたてながら四本の腕に形を変え、頭には山羊を思わせる二本の角が生えた。
新たに形成された腕は腰の柳葉刀、背中の瓢箪型団扇を引き抜き、矛先を修へと向ける。
穢れが修の顔を覆い尽くすが、紅い眼光は穢れの靄さえも突き破り輝いていた。
ニヤリと修が笑ったその瞬間、彼は神隠しにでもあったかのように消え去った。
背後に気配を感じ取った魁は偃月刀を振り返ると同時に薙ぐが手ごたえはまるでない。
何かに気づいたように上を見上げると、黒く禍々しい腕が振り下ろす瓢箪団扇がそこにあった。
酷く鈍い音と共に頭を地面に叩きつけられるが、すぐさま体勢を整え追撃にそなえる。
だが、魁は修の気配をハッキリと捉えることができずにいた。
先ほどまで其処にいたはずの修の気配が一瞬にして別の場所へといどうしているからである。
単純に修の身体能力が上昇したこともあるが、それ以上に彼の能力が関係していた。
「“時を支配する程度の能力”恐るべしと言ったところだ。いくら気配を捉えようとしても時間を止めて動かれては捕まえようがない。今の私では歯が立たないな。」
「だったらお前も本気を出したらどうだ? 犬にやってみせたように能力を使えばいい。盲目を装うことなどせず、俺のように祖父から託された力を使えばいいではないか。」
「何のことかさっぱり分からないが、まだ本気を出していない兄上が言えることではない……。」
―――抗ってやるさ。
そう静かに呟くと武器を構えて今度は魁から仕掛ける。
本気でない、魁が言った通りでやはり修は本気を出していないのか時間を止めることもせず真正面から応じた。
威勢よく果敢に武器を振り下ろす魁だが、いくら攻撃しても刃が修にとどくことはない。
技量や錬度では決して劣っているわけではないが、手数や力で圧倒的に劣っているのだ。
十合あたり打ち合ったところで修の柳葉刀の切っ先が魁の太股を掠め、魁は膝をつく。
「もう一本。」
だが、魁は諦めることなど考えてもいない。
足の怪我など気にせず、再び武器を構えて立ち上がる。
修はただニヘラと笑うと自分の頭目掛けて振り下ろされる刃を跳ね除け、手に持つ方天画戟を突き出した。
振り下ろす刃は受け止められ、薙いだ場合は弾き返され、突くと受け流される。
今度は二十合ほど打ち合うと刀が腕を切り裂き、団扇が魁の身体を突き飛ばした。
「……もう一本。」
血を吐き、石突きを地面に突きたてヨロヨロと立ち上がりながら魁はまたも再戦を挑む。
それを聞いた修は何を思ったか、声を出して笑った。
何が可笑しいのかと魁は修を睨み付けるが、それでも修は笑い続ける。
「負けたよ。わかった、わかった。今回は特別に見逃してやる。そこまで必死になられちゃ俺が悪者みたいだからな。だがッ!!」
笑い続けていたと思えば、今度は荒々しく喝をいれ地面に戟を突き立てる。
途端、地面からは赤い靄のようなものが噴出し、辺りを包み込むとあっさり霧散してしまった。
だが、靄が支配した空間は以上であった。
風もそれに靡く草木も魁の瞬きも何もかもがノロノロと動き、修ただ一人だけが平然としているではないか。
修はつかつかと魁に歩み寄ると得意げな顔して言った。
「代償はきっちりと払ってもらうぞ……。歯ぁ食いしばれ!!」
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都からも二人の月人からも遠く離れた土地。
そこには腹部に大穴をあけ倒れ付す女とその傍らで俯く女がいた。
正確には二人の女を見下ろすように木に止まる一際大きな鷲の姿もあるから、女二人と一羽といったところか。
暫く二人を観察していた鷲だが、ある時、足に縛り付けていた織り込まれた紙切れを女の傍に落とした。
「これは……?」
気品溢れる少女は抑揚のない声で鷲に問いかけ紙を拾う。
何時までたっても答えが返ってくることはなく姫は折られた紙を広げた。
「これは……蓬莱の薬?」
紙の内側には赤くベットリとした液体が塗られていた。
だが、彼女が知っている蓬莱の薬とは似ても似つかないかけ離れたものである。
それでもこの液体が放っている奇妙な雰囲気は彼女のしるそれと酷似していた。
この液体が死ぬことを許さぬ罪深きものだと悟る。
「正確には……違う。だが、本質は同じさ……。」
「山背様……。追手はどうなったのですか?」
「力及ばず屈服させることはかないませんでした。ですが、心配することはありません。さあ、早くそれを彼女に。」
「で、でも……。」
何時の間にか佇む魁。
いまさら何が起きても驚きもしないのか、輝夜は取り乱すことはなかった。
だが、魁から薬を永琳に飲ませるよう伝えると、躊躇いの色を隠せない。
月の民にとって不老不死になることは何よりも重い罪であり、蓬莱の薬を飲ませば彼女も自分と同じ咎人の仲間入りとなってしまう。
最愛の友であり頼れる恩師である彼女にそのような重荷を背負わせるわけにはいかないのだろう。
だが、そんな思いも魁は関係ないと言わんばかりに続ける。
「これは彼女を助けるためにあるのではございません。これは、彼女への……罰なのです」
「罰……?」
魁が言う言葉を輝夜は理解できない。
あの永琳が、あの月の賢者と名高い永琳が一体どのような罪を犯したというのか?
輝夜を不老不死に変えたことならば罪にはならない。
では、彼が何故永琳に罰を与えるのか想像できず、混乱している。
魁は言う。
「彼女の罪は彼女が一番よく知っています。不死身となった彼女に聞くとようでしょう。」
「わ、わけが分かりません!! どうして貴方様がそのようなことを仰るのですか!?」
「私だけの考えではありません。あの追手も納得されたのです。“彼女を不老不死とする代わりに今回は見逃す”それがあの者との契約です。……どの道、姫には選ぶ権限などございません。姫はここで彼女を見殺しにできるほど心は強くないですから。」
そう言うと魁は輝夜に背を向け闇夜へと姿を消していった。
先ほどまでずっと輝夜を見下ろしていた鷲もどこにもいない。
ただ一人残された輝夜がその後どうしたのか、魁はまるで気にもならなかった。
「使命も意味もなく生き続けるといい。この世と言う折の中で足掻き続けるがいい。永久にな。」
皆さんどうも私です。
センター試験が怖くないと言ったな、あれは嘘だ
うわああッ!!