貴方が悪いんですよ 作:わるいおんな被害者の会
なので、登場するゲームがフルダイブ型のVRMMOであったりします。
――照明の落とされた部屋で、黒影のシルエットが、溶け合うように、混ざり合うように折り重なる。押し付けられるように揺れる豊満な肢体が、もう片方のスラっとした、けれども細く美しい肢体に合わさって、妖しく吐息に合わせて動く。
奏でるように、ただ、吐息の音だけが室内に響く。
二人の少女が、見つめ合うようにそこにいた。
一人は、頬を上気させ、目をうるませて、求めるようにもうひとりへと縋り付き、もうひとりはそんな彼女から目をそらし、どこか気だるげに、気まずそうにしている。
身体を押し付ける少女は、押し倒した少女の手を抑え、彼女を離すまいとその手に力を込めていた。抑え込まれた少女は、けれども逃げようとはしない。
観念したように、傍観した様子でそれを見ていた。
「――どうして、先輩はそうなんですか」
やがて、開かれた口からは、情念に塗れた、少女の懇願が飛び出した。押し倒された少女は答えない。ただ、顔をそらしてその言葉を受け止めている。
「そうやって、受け入れないのに諦めて、先輩は、もっと求めるべきなんです」
言葉を紡ぐ少女は、少しずつその声音を早くしていく。
「私じゃなくてもいいんです、誰かをもとめてくださいよ。隣りにいてもいいって、それだけでいいんです。一人で何でもできるって風に振る舞って、周りを騙さないでくださいよ」
しかし、早くなるに連れ、少女の声から力は抜けていき。
「そうやって勘違いしちゃうから、私達、先輩を頼りたいって思っちゃうんです。そんな風に、弱くて、小さくて、一人ぼっちの先輩が本当なら……私達に……隣にいさせて、くださいよ……」
か細く、そして、弱々しいものへとかわっていく。
「私……先輩みたいになりたいと、思ってました。先輩が、憧れでした。それは、今も、変わりません……でも、先輩が、そんな風に弱いところがあるのなら……先輩を
そして――
「私じゃ、だめですか? 私は先輩の横に、入れないんですか? どうして私じゃ――だめなんですか?」
少女は、決定的な言葉を口にした。
ただし、もうひとりの少女の言葉は、答えは、とっくの昔から決まっていて。少女は――ただ、視線をそらしたまま。
「ごめん」
と、つぶやくことしか出来ないのだから。
途端。少女を押さえつける手に、力が込められた。思わず、顔をしかめて少女は身をすくめる。そして、押し倒したもうひとりの少女にちらりと視線を向けて、
「――ね、――痛いよ」
そう、どこか媚びるように、告げた。
いや、少女にそんなつもりはなかったのだ。ただ、純粋にそう呟いただけで、けれど――痛み。反応は、押し倒した少女にとって、決定的な魔性だった。
魅入られる。向けられた視線に、押し倒した少女は、一瞬意識を奪われる。
――透き通るような、透明な瞳。この虚飾だらけの世界にあって、けれどもその瞳に伴った感情だけは紛れもなく本物だった。少なくとも、少女にとっては。
だから。
「――――ですよ」
告げる。
決定的に、致命的な。
「――先輩が、悪いんですよ」
誘蛾灯の如き、蠱惑的な少女の姿に魅入られた、哀れで愚かな少女はしかし。
――――手にしたナイフで、
少女の首を貫いた。
ああ、それを、貫かれた少女は――――
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「――だぁ、またダメだった」
叫び、デスポーンした少女――
――このゲーム、VRMMO「MATERIA」は、非常に多種多様なコンテンツを有する超大型VRMMで、五感を感じることのできるフルダイブ型MMOの始祖として誕生したゲームだ。
セラに限らず、多くのプレイヤーが様々なコンテンツに挑み、楽しんでいる。セラはその中でも、トップを走るプレイヤーの一人だ。
もっと言えば、おそらくこのゲームでも1、2を争う有名プレイヤーでもあった。何故なら――
『あああああああああ』『おしいいいいいいいいいい』『これほんとにクリアできるのかよ……』『セラち……』
視界の端に映る
――いつもの、何一つ変わりないセラの常たる表情だった。
「……今のは三秒前にスキルを打ったのが間違いだったかな。運が悪かったとかじゃなくて、アタシのミスでしょ、これは」
冷静に思い返して、自分のミスを指摘する。コメントにある通り、セラはこのエンドコンテンツをクリア一歩手前まで進めていた。それが、一つの小さなミスで瓦解したのである。
人間にクリアできる限界を突き詰めたエンドコンテンツ「極風」、今だ突破者は二桁に留まる。超高難易度STGや、音ゲーの超高難易度譜面のような、クリアすることが界隈だけでなく、オタクの間でニュースになるような代物だった。
それを、ゲームでもトップクラスの有名プレイヤーにして、
――とはいえ、その通常時の同接が、セラの登録者数からすると少ないのだが、それはとある理由がゆえだ。それは、このゲームに関係することだった。
『どうする? もう一回挑戦する?』『もう六時間もやってる……』
「今日はここまでにする。最後のミスはどう考えても疲れてるから、コレ以上やってもいい結果は出ないよ。集中も切れちゃったし」
『おつおつー』『おつあげー』『おつあげー』『おつあげー』
「はいはいおつあげ……じゃ、切るよ」
そうやって配信を終える。セラがこれまで何度もやってきたことだった。
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「――はぁ、疲れた」
ため息を付きながら、セラはゲームをログアウトして、VR機器を取り外す。身体には汗がびっしょりと張り付いており、これは一度、シャワーを浴びないとまずいな、と最低限の女子力が警鐘をならす。
だったら、半袖にパンツのみの今の格好は女子力の最底辺を行く姿なのだが、セラはそこを気にする女子ではなかった。
「……の、前に」
配信を終えた後、セラは必ず自分のチャンネルを見る。
「ま、最近はあんま意味ないけど」
黒挙刃セラ。
その名の通り、黒一色のなかに、刃を思わせる透き通る銀の髪が特徴的な、和風ゴスロリを基本衣装としたアバターの配信者。
登録者数四十万と少し。配信者としては十分一流と言えるレベルだ。彼女が所属する箱、「テラムーン」の中でも、上から五番目に位置する登録者数。一応、箱のエース格である。
とはいえ、「テラムーン」発足から数年、セラは最初箱の三番手だったのが、今は後輩のエース格に抜かれ、五番手。ハッキリ行って、箱の中では伸び悩んでいる部類に入っていた。
理由は、アーカイブを見ればはっきりしている。
ここ一ヶ月のセラの配信は、定期的にやっている雑談、呼ばれたから行っているコラボ配信以外は、全て「MATERIA」の配信なのだ。特に、ここ一週間はすべて「極風」の挑戦配信である。配信時間も、六時間、十時間、四時間、十二時間、六時間といった具合に、非常に長い。
それだけの時間同じ配信内容で、視聴者が満足するか――視聴者がもとめているのはもはやクリアの瞬間だけだ。
そんな彼女が、それでも「MATERIA」配信をやめないのは、彼女が「MATERIA」に脳を焼かれているからだ。今の彼女の活動理由は半分が「MATERIA」であり、もう半分が意地である。
初めて、このゲームに出会った時、彼女の中で天啓が降りた。これこそが自分のもとめていたゲームであり、自分はこのゲームをプレイするために生まれてきたのだと。
――しばらくは、そんな風に脳を焼かれた彼女を面白がって、そこそこの視聴者がやってきた。しかし、気がつけば「MATERIA」しかプレイしなくなった彼女のことを、よく言わない視聴者も増えてきた。自分でも、それが求められたことではないことは解っていたが、それでも今のままでもいいと言ってくれる者たちだけを彼女は選び――
今も、こうして「MATERIA」に脳を焼かれている。
シャワーを浴びながら、少女は鏡を見る。
――セラであり、セラではない自分。自分でしかない少女は、ぼんやりと鏡を見ながら、張り付いた汗を洗い流した。
「“アタシ”が“セラ”でいるために、アタシは曲げちゃいけないんだよ」
ぽつり、と言葉をこぼす。
「自分を……じゃないな。セラ……でもない。これって、信念? やだねそういうの、そんなキャラじゃないし」
鏡の向こうの自分は答えない。
「だいたい、そういうのを口にするって、青臭いんだよ。アタシはもっと、斜に構えたほうがアタシらしいんだ」
――黒挙刃セラは、ぶっきらぼうで、どこか常に他人と一線を引いたようなキャラクターだ。けれども、他人から声をかけられればそれには真摯に対応するし、目の前の相手に対しては真面目ではある。
“世間”というやつに迎合しない、確固たる自分を持っているキャラだ、と言われることもある。だから「MATERIA」をプレイすると決めた彼女は、どうあってもそれを譲らない。
ただ、それを仲間が面白くからかうのなら、それに乗っていくのも愛嬌だ。世間には迎合しない。リスナーのことなんて自分を見せる相手でしかない。しかし、同僚である「テラムーン」の仲間たちのことは大切に思っている。そんな黒挙刃セラが、配信者としての彼女の人気の理由の一つだ。
もう一つは――
「……ん、華酉ちゃん?」
シャワーを浴びて、身体を拭いて、仕事用の携帯端末から通知が一つ。みればそれは、「テラムーン」の後輩、華酉コハネからのダイレクトメールだった。
華酉コハネ。「テラムーン」の四期生。セラを始めとした有数の配信者を抱える「テラムーン」は箱としての躍進もめざましく、箱からデビューするだけで、注目度の高くない配信者でも十万人は堅いと言われる。そして、コハネは残念ながらその
登録者数は十数万人、四期生の中では一番低い数字だ。
つまり、伸び悩んでいる少女からの通知。
規模は違えど――自分と同じ立場の少女から。
「……いい子なんだけどな」
――コハネはいい子だ。そして歌がうまい。四期生だけでなく、「テラムーン」全体でも屈指の
だが、それ以上の強みがない。何より、コハネはデビューしてからこれまで、大きく
セラにしてみれば、
そんな少女が――
一言目に、挨拶。
それから、セラの反応を待って、続けてこういったのだ。
『セラ先輩、コラボ、しませんか?』
初コラボ。
――セラの中で、少しだけ嫌な予感がよぎる。思い出されるのは、あのセリフ。
“貴方が悪いんですよ”。
セラは、そう。
――そのセリフを、これまで。コラボする相手、相手から言われていた。
黒挙刃セラの人気の秘訣は二つある。
一つは、その歯に衣着せぬキャラクター。
もう一つは――――
――黒挙刃セラは、箱内でも、そして界隈でもそれは知れ渡っていた。
解っているのだが、セラはそれでもコラボを断れない。
こんな嫌われてもおかしくない自分のキャラクターを受け入れてくれる仲間たちを、彼女は裏切れないのだから。
――だから、こんどこそコラボ相手とは、適切な距離感で接するのだと、そう心に決めて。
「いいよ」
そう、返事を送るのだった。