貴方が悪いんですよ 作:わるいおんな被害者の会
――VR機器の発達により、誰もが自宅で気軽にVRゲームや3Dのフルトラッキング配信が可能となった時代。今から少し前に流行ったバーチャル配信者は、再びブームを巻き起こしていた。
特にここ最近のVR業界の発展はめざましく、ついに五感すら電子の世界で体験できる、フルダイブ型のVR機器が登場、界隈を賑わせていた。
とはいえこのフルダイブ型機材は、まだ値段が高く、安いものでも二十万、高いものでは数百万を越える非常に高価な買い物だ。
車を買うのと同じような位置に、このフルダイブタイプは位置づけられていた。
業界でも一二を争う事務所である「テラムーン」でも個々人にこのフルダイブタイプの機材を貸与することは敵わず、所持しているのは片手で数えることができるほどだ。
特に、事務所のナンバーツーである「重月カイリ」がこのフルダイブ機材を所持していないことも、事務所内でフルダイブ機材を所持しない風潮の後押しとなっていた。
そもそも、配信をするだけならフルトラッキング機材さえあればよい。なにせ視聴者が全員このフルダイブ機材を所有しているわけではないのだから。
そして、黒挙刃セラはそんな事務所の中でも片手で数えられるフルダイブ機材の所有者の一人だ。
彼女の場合は、「MATERIA」のフルダイブ対応コンテンツを遊ぶために思い切って購入した形であり、所有しているのも、値段に対してスペックが最も安定しており、手頃とされる機材である。流石に二十万の一番安い機材ではないが。
それでも、購入した時は同僚にも視聴者にも驚かれたものだ。あまりにも思い切りの良い決断と、「MATERIA」に脳を焼かれたその姿は、ある意味配信者の鑑と言える姿だった。
さて、そんなフルダイブ機材の数少ない所有者の一人が――
「――まさか、華酉ちゃんがフルダイブ機材を持ってるとは思わなかったよ」
華酉コハネ――現在、事務所で最も新人である四期生の一人である彼女が、まさかフルダイブ機材を所有しているとは、セラも思いもしなかったのである。
彼女はあまりこういった機材に精通しているとは思えなかったのもあるし、何より、
「しかも、
「あはは……」
初期型、と呼ばれるそれはフルダイブ機材の中でも最も最初に登場したタイプであり、もっとも機能を搭載したタイプでもある。二人用だったり、ゲストモードなんて機能があったり、他では見られないものが多い。
故に非常に高い。数百万――下手すれば、事務所で一台購入するのがやっとというような、そんな機材だ。実際「テラムーン」のスタジオにはこの初期型機材が一台眠っている。
眠っている、と言う通り普段は使われていない。わざわざ初期型を使う必要がないから。
「母がこういうのに疎くて、私がオーディションに受かったその日に、一番高いのをポンと買っちゃったんです」
「そりゃまた、セレブ」
華酉コハネ、とにかく起伏の乏しいセラとは違い、非常に女性らしい丸みを帯びた体型のアバターは、見るものを引きつける要素が散りばめられており、桃色のふさふさツインテールは、彼女をどこか子犬のように思わせるようだ。
そんな印象にそぐわず、彼女は非常に人懐っこい。頬をかいて苦笑する彼女の姿は、見るものに庇護欲を掻き立てさせるには十分だった。
「それで、私も使い所がわからなくて、実家に置きっぱなしになっちゃってたんですけど、でもでも、こうして先輩とのコラボに使えるってわけです! どうですか!」
「えっと……よかったね?」
セラはぶっきらぼうなキャラクターに反して、人付き合いは苦手ではない。それはもちろん配信者なのだから当然だが、オタクの多いバーチャル配信者の中では、セラはあまり陰キャと呼ばれない立ち位置にいた。
そんな彼女だが、ぐいぐいと自分に踏み込んでくるタイプは、あまり得意ではない。しかし、こういったぐいぐいくるタイプは、そんな彼女の得意不得意に関係なく、我が強いのだ。
「えへへ、ありがとうございます!」
そう言って、ぴょんぴょんとはねながら全身で喜びを体現するコハネには、セラがどう答えたものか言葉に詰まったことなど、気にもならない様子である。
まぁ、ただ言葉に詰まっただけで、別に悪感情はないのだが、そこを解っているから、コハネは気にせず喜んでいるのだろう。
「えっとじゃあ……配信、始めます?」
「ん、もうちょっと待って、MATERIAがまだログインできないから」
「あれ? あ、えーっと、なんでしたっけ。今日って確か――」
コハネがウィンドウを開いて、SNSを確認している。今日はセラとコハネのMATERIAコラボ配信だが、今日を指定したのはセラだ。今日がいいと、わざわざ念を押して。
それにはもちろん理由があって、しかしMATERIAに疎いコハネは、情報を確認しないとそれが判別できない。
「ん――今日はね、MATERIAの大型アップデートがあるんだ」
それに、セラが改めて答える。おおがたあっぷでーと、すべてひらがなで答えるコハネはどうやらそれをわかっている(わかっていない)ようだった。
フルダイブ機材の初期型をポンと買い与える母にしてこの子あり。コハネはオタク文化にとても疎いのだ。
「要するに、これからアタシは華酉ちゃんにMATERIAを案内するんだけど――アタシたちの前に広がってるMATERIAは、アタシも知らない、未知の世界ってこと」
――コハネの配信のタイトルは「【セラ先輩と行く!】初めてのMATERIA」、対してセラの配信タイトルは「華酉ちゃんとアップデート探訪【MATERIA】」。
コハネの打診は、セラにとっても渡りに船というべきか――非常に良いタイミングでのことだったのだ。
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配信が始まる。
「はいはい、どーあげどーあげ」
『どーあげ!』『わしょーい!』『どーあげ!』『わしょーい!』
――セラの配信画面で、勢いよく視聴者たちの開始の合図が流れていく。配信開始時点で、同接は一万人、初めてのコラボに対する注目度だけでなく、MATERIAプレイヤーが、有名プレイヤーのアップデート後初配信を見に来ているのもあっての、この同接だった。
「やっほー! こんはーね!! 華酉コハネだよー!」
「テラムーン所属、零期生の黒挙刃セラ、今日はよろしく」
『こんはーね!!』『こんはーね!!』
コハネの配信画面では、彼女のメンバーシップに登録している視聴者たちによるスタンプによる挨拶が続々と流れていた。同接は二千人、普段の彼女は千人前後であるため、単純に鑑みて倍近い数だ。セラの場合が五倍近いため、目立って多いとは感じられないが。
「と、いうわけでセラ先輩! MATERIAですよ、MATERIA!」
「うん、うん。ようこそ華酉ちゃん。歓迎するよ」
――コラボ配信。
二人以上の配信者が同じ配信内で交流する配信。セラは基本的に個人での配信が多く、コラボ配信は他人に呼ばれた時に行く事が多い。そしてそういう時はたいていセラは枠を取らないので、こうして枠を取ってのコラボは貴重だ。
そういう物珍しさはあったものの、初絡みであった二人は、しかしなかなかスムーズに配信を進めていた。というのも――
「あ、先輩! あれなんですか!?」
「ああ、あれは――」
「じゃあ、あれはあれは!?」
「そっちは――」
「あれはあれはあれは!?」
「ん、アレは新要素だな。アタシも初めてみた。初心者向けの新要素だったはずだから、コハネも試してみようか」
――コハネが非常に積極的だったことだろう。
セラの説明は手短で、あまり多くは語らない。多くのことを詰め込みすぎても興味を持ってもらえないだろうという配慮だが、コハネはそんな説明の中から、気になる単語を一つは見つけては、セラに質問する。
それはたいてい既存のプレイヤーが初心者に気にしてほしい部分であったり、初めてプレイするなら知っておきたい情報を引き出すためのものである。
つまり、コハネは聞き手として優秀だったのだ。そして、それだけではなく――
「それにしても、華酉ちゃんはいい身体してるね」
『エロアゲハだ!』『コハネちゃん逃げてー!』
セラが雑にセクハラでコハネに踏み込むと――
「えへへ、そうなんですよ! 自慢の3Dボディなんです!」
「……天然でセクハラを躱された」
「セ、セクハラだったんですか!?」
華酉コハネというキャラクターの天然な側面を引き出して、撮れ高を確保する。意図してやっているわけではないが、だからこその配信者としての手腕。
流石に、「テラムーン」のオーディションに合格することはあると、セラは舌を巻いていた。
そして――
「――あ、先輩! 私アレは知ってますよ!」
「……ん、ああ、アレか」
コハネが指差したのは、ある初心者向けコンテンツだった。初心者向け――とはいうものの、始めたばかりの初心者が挑戦すると、下手すると一日が潰れる難物であり、初心者脱出の第一歩と呼ばれる、いわば登竜門のようなコンテンツだ。
そして、それはセラがMATERIAを始めたばかりのころ、見事にこれに引っかかり、長時間のアーカイブを量産した代物だ。これの切り抜きがバズりにバズり、セラの中では特に有名な切り抜きの一つとなっている。
セラはMATERIAの公式生放送には毎回のように呼ばれているが、だいたいその度にこれでいじられる彼女の代名詞にして、MATERIAというゲームそのものの代名詞の一つでもあった。
それを、コハネは知っているという。というか、MATERIAに興味のある動画勢なら、これの存在は誰でも知っているだろう。
「――――やってみる?」
何気なく、セラは問いかけた。
「いいんですか!?」
「いや、アタシの許可はいらないし……」
そして、こんなやり取りをして、コハネはそのコンテンツに挑むこととなったのだ。チュートリアルを終え、MATERIAの紹介を色々とやってきたとはいえ、コハネにとってはそれが初めての「MATERIA」というゲームを「遊ぶ」という行為だった。
結果――
「んーーーーー! んーーーーーーーーー!!!」
コハネは、縦横無尽に
まぁ、直ぐに失敗するだろうな――と、セラはそれを眺めていた。
(華酉ちゃん――やっぱり、伸びないのは惜しいな)
飛び回るコハネを写す定点カメラとかしつつ、セラは一人想いを馳せていた。
(でも同時に、こういう子はこの業界には
コハネは天然で、人懐っこく、聞き上手。普段は歌配信を中心に活動し、ゲームにも初心者ながら積極的に挑戦している。しかし、如何せんゲームそのものに触れてこなかったためか、どれも目に見えて特徴的なプレイができているとは言えなかった。
歌は、うまい。だが、これまで歌ってみた動画をいくつか上げて、それをバズらせた経験がない。
つまり、凡庸。歌がうまい一流の配信者は、それこそゴロゴロいるのだ。
(……あまり本人が意識してないところだと、スタイルがいい。そしてそれに対して自然に振る舞えている。つまり――現実の彼女も同じようにスタイルがいいんだ)
アバターのスタイルなんて、本人が自由に決めてしまえる。セラは現実では体型は貧相だが背は低くない。しかし、黒挙刃セラは低身長の、ロリ系のキャラだ。
そういう具合に、現実との差異でアバターとして不自然に振る舞ってしまうということは多々ある。が、コハネにはそれがない。極力、本来の自分の体型などに合わせてキャラクターをデザインしているからこそだ。
そういう自然さが、純朴さにつながって、コハネというキャラクターを確立しているわけだが――同時にそれはパンチに欠けるとも言えた。
(MATERIAに興味を持ってくれたのは嬉しいけど……この子は――)
そして、そういった要素を加味した上で、
(
冷静なセラの分析は、彼女にそんな結論を下した。
(――そろそろかな)
そして、コハネの限界もまた悟り、彼女がこのコンテンツで
「ま、だ、まだああああ!」
――叫ぶコハネに、その予想を裏切られることになる。
意外にも、彼女はこのコンテンツをクリアしたのだ。理由は、アップデートによる新要素。セラは意識していなかったが、このコンテンツはアップデートにより新しい要素が加わり、若干難易度が緩和されていたのだ。
「――それを掴むのも、実力のうちか」
『すげー!』『初見クリアとか初めてみた!』『これなら俺でもいけるんじゃね?』
「やった! やりましたよ! 先輩! やりましたー!!」
そうして、コハネがセラに飛びついてくる。ぶんぶんと尻尾が振られているのが幻視できるようだった。
その手にはクリア報酬である武器が握られている。
「ちょっと、アタシたちフレンドだから、武器を握ったままだと危ないから」
「あっ、す、すいません。え、えっと……」
「いや、いいよ。それよりおめでとう。すごいじゃん、アプデで難易度落ちたって言っても、まさかその落ちた要素できっちりクリアできるとは思わなかった」
「えっと、生放送見てて、先輩がいじられてたから、よく覚えてたんです」
『草』『草』『草』『草』
「うるさいぞオイ。じゃなくて――見ててくれたんだ。嬉しいよ」
「ハイ! 先輩の晴れ舞台ですから!」
ぺかー、と笑みを浮かべる少女は天真爛漫を体現したかのようで、セラも思わず顔がほころぶ。
――そんなコハネの手には、クリア報酬の武器――蝶のようなデザインの短剣が握られていた。
名を、“アゲハの一刺し”。黒挙刃セラがその名前の類似性から入手にこだわり、――今も、大切にマイルームに保管されているアイテムだ。
「あーあ、でもこれで、先輩と同じにはなれませんでしたね」
「いやいや、キルされなかったんだから、良かったじゃん」
「そりゃ、頑張りましたけど、上手くやれちゃうと、惜しいなー、って思っちゃったりもするんです」
むくれるコハネに、しかしそうならなかったらそれでもいい、とセラは苦笑する。これは、このゲームの独特なシステムによるものだ。このゲーム、ゲーム内で
セラであれば、このコンテンツでのキルが、ゲーム初めてのキル。だから、このゲームにおいて、
まぁ、アップデートごとにリセットされるため、そこまで取り返しのつかない要素ではないが、初プレイのコハネにとっては、そこはこだわるべきところであるし――
「――ま、次回にお預けだね」
セラの言う通り、コハネの初デスは、次にお預けとなるのだった。
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「はいはい、じゃーおつあげ」
「さよはなー!」
――そして、二人は配信を終え、一息つく。
とはいえ、コハネは今だ興奮しており、一息ついたのはセラだけ、といったところではあるのだが。
「先輩! ありがとうございました! 今日、すっっごくいい感じだった気がします!」
「そうだね。撮れ高も良かったし、コハネはよくやってるよ!」
「ありがとうございます! えへへ、これでまた登録者数、増えるかな」
ワクワクした様子でそうつぶやくコハネ。
――実際、チャンネルを見れば登録者数は配信前と比べて微増している。セラという大きなチャンネルとのコラボだったのだから、当然といえば当然だが――
(……まぁ、
想像を越える反響、とはいかなかった。
セラの同接も、一万でほぼ安定しており、これは普段のアップデート直後の配信とさほど変わらない。コハネとのコラボは、あまり効果があったとは言えないのだ。
もちろん、セラがコラボの効果を期待してオファーを受けたわけではないが――
(…………どうしよう)
セラには、案があった。
一つ、“これをすればバズるな”という直感めいた感覚がセラの中にはあったのだ。しかし、それを口にしてしまえば、コハネにはリスクが発生する。
何より――
(――コハネに踏み込むことになる)
警鐘。
自分の中の過去の経験が、警鐘をならしていたのだ。
もしも踏み込んでみろ、そうすれば――コレまでの二の舞だぞ、と。
(でも)
「――先輩」
「うん」
コハネが、真剣な顔で、セラと向き合った。
そして――
「――ありがとうございました!」
改めて、礼を言う。今度は、思い切りお辞儀して、それまでの会話の中での礼とは違う、必死なものだ。――これが、コハネの思いなのだと、そうひと目で感じ取れるものだった。
だから、
「――ねぇ、華酉ちゃん」
セラは、気がつけば、そう、意識するよりも早く。冷静な自分が顔を出すより、もっと早く。
「歌ってみた、やってみない?」
コハネをこのコラボ配信など目ではない、
セラの提案する歌ってみた。それは、ただの歌ってみたではない。――セラにとっては、切り札中の切り札。当時、登録者数三桁もなかった自分を、世界中にその存在を知らしめるに至ったた――