貴方が悪いんですよ   作:わるいおんな被害者の会

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3 歌ってみたが悪いんですよ

 ――黒挙刃セラは元個人勢である。親友からバーチャル配信者というコンテンツを薦められ、いつの間にか個人でデビューする事になっていた彼女は、はじめ数百人も登録者のいない配信者だった。

 それでも、個人で数百人なら立派なものだ。しかし、同時にそれも限界だろうな、というのがセラの感想でもあった。

 

 何しろセラにしても当時は高校生、一つの趣味、社会経験程度のつもりで始めた配信チャンネル、収益化も通り、一ヶ月の趣味に費やすお金は軽く集められる程度には成長し、セラはそれで何も問題はないと考えていたのだ。

 

 転機は、一つの歌ってみた動画だった。

 ――それは、自分に配信者としての活動を薦めた親友が、初期型のフルダイブ機材を購入したことに端を発する。この初期型フルダイブ機材は二人で使用することが出来、さらにゲストモードという機能が存在している。

 この機能はフルダイブで遊んでいる片方のプレイを、自由な角度から見ることのできる機能である。これは以降のフルダイブ機材には搭載されていない機能である。

 理由としては主に二つ。ゲストモードは自由にカメラを動かすことが出来るのだが、この感覚に酔う人間が続出した。単純に人としての動作以外の挙動を体験するのに、VRの世界はまだ調整と研究が進んでいないのだ。

 加えて、これを導入するコストが非常に高く、初期型の高価格の理由の一つとなっていたためだ。

 

 しかし、ゲストモードには利点がいくつか存在する。まず自由に視点を動かすことができるということ。セラの親友が目をつけたのも、この機能だった。

 セラが上げた歌ってみた――正確に言えばオリジナル曲のMV――は、それを使って録画したものだ。

 

 それも、

 

 

 ()()()()()()、この機能を使ったMVを世に出したことで、セラは一躍有名になったのだ。

 

 

 もちろん、この機能が紹介された時から、それを考えていた者は数多くいた。セラの親友もその一人で、発売の当日に機材を導入し、このMVを撮影したのだ。

 

 一発撮り。

 

 無編集で。

 

 それも、誰も聞いたことのないような――しかし、聞くものすべてに揺さぶりをかけるような名曲で、セラと親友はそれを世に送り出したのである。

 

 反響は凄まじく、一瞬にしてセラのチャンネルの登録者数は百倍にも増加し、現在もそのMVは再生され、つい最近、千万回再生を達成したところだ。

 

 黒挙刃セラの代名詞にして、切り札。故に――セラはこのMVをきっかけに「テラムーン」にスカウトされ、「テラムーン唯一の元個人勢」としてデビューすることとなるのだが、「テラムーン」にとっても、この方式のMVは一種の聖域であった。

 

 それと同じ方法での歌ってみた動画。それがセラの提案だったのだ。

 ――セラにしか取れない、約束されたバズへの切符。いずれ、それをきるときが来るだろう、とセラは思っていたが、それがこのときだと、そう確信した。

 コラボでのコハネの行動から、彼女の特性から、そして華酉コハネというキャラクターの在り方から。

 

 彼女こそが、この方式のMVを撮るのにふさわしい。セラはそう結論付けたのである。

 

 

 ――結果、華酉コハネ。テラムーン四期生の中でも、いまいち芽が出ない立場の少女は、一気に「テラムーン」の中核へと至る手札を手に入れた。

 

 

 ====

 

 

 それを「テラムーン」運営に伝えた時、運営から「一日時間がほしい」という返事が帰ってきた。そして、その次の日の返事は、「了承」。

 かくして、コハネは一世一代の挑戦を始める。

 ファンにとって、聖域とは当事者が思う以上に重い代物である。故に、下手すれば炎上すらありえるこれは、まさしく挑戦としか言いようのない行動だ。

 

 ――最も反対したのは、言うまでもなくコハネ自身だった。

 

「――おつかれ」

 

 VR空間で、疲れは存在しないはずなのに、コハネは肩で息をしていた。セラの手には飲み物が二つ。ここは電脳空間ではあったが、フルダイブという性質上、二人の感覚は現実と何も変わらなかった。

 

「…………あの、本当に私なんかで、いいんでしょうか」

 

 コハネが、弱音を口にするのはこれが初めてではない。もう、何度も口にし続けてきた言葉を、彼女は繰り返した。

 その度に、セラはやってみるだけなら誰にも迷惑はかけないから、と説得したが――

 

「とりあえず、MVは最高のものが撮れたよ。流石に無編集とは行かないけど――これは、行けると思う」

 

 コハネには適正があった。

 彼女は天然の色気というものがある。行動そのものに本人が意図しない淫靡さが伴い、それは本人が天然で、純情であることも相まって、間違いなく魔性とも言えるものだった。

 しかし、本人があまりにも意識していないために、何より、意識してしまったら天然の魔性が崩れてしまうために、他人から指摘することは出来ない。

 

 指摘せず、意識させずに撮影するには、視線という障害物はあまりにも邪魔だ。彼女の色気を的確に表現するには、ゲストモードという、存在しない観客を使って、彼女を撮影することでしか表現できないのである。

 

 間違いなく、唯一無二の適正だった。

 

「――でも、これは先輩にとって、絶対に大切なものです。それを手放すのって、まるで私が大切だからみたいじゃないですか!」

 

「…………」

 

「先輩が、そうやって大切を安売りするってこと、私知ってます! 先輩がたらしとか、非公式ウィキにだって書いてあるんですよ!?」

 

 ――そして、コハネの言うことは、まさしく最もであった。

 今、セラのしていることは、自分の切り売りだ。コハネのMVには、セラが撮影したという事実。テラムーンに所属するという事実から、様々な意味が存在する。

 おいそれと触れれば、炎上という形で手痛いしっぺ返しを食らってしまうような。

 

 ――防ぐためには、セラはこう言わなくてはならない。

 

「コハネは仲間だよ。仲間のことは大切に決まってるじゃん。だったら、私は私の大切なんて惜しくない」

 

「でも……!」

 

 コハネは冷静だった。自分の置かれた状況も、セラがどうして自分に対してこんなことをしてくれるのかも、そうしたセラの行動が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も。

 

 黒挙刃セラは自分という存在を、あまりにも大事にしていない。

 自分がどうなろうと、仲間たちが注目され、大成すればそれでよい。今回の行動が自分にとってどのような結果をもたらすかは解っていても、

 

 ――それを計算できるくらい、冷徹だとしても。

 

 実行できるのが、黒挙刃セラだったのだ。

 

「――私、先輩の大切にはなれません」

 

 そして、コハネは――それを冷静に分析できていた。

 できてはいるのだ、しかし。

 

「こんなにも、私は先輩に大きな感情を抱いてしまったのに……!」

 

 

 それとこれとは、話が別だった。

 

 

「――MVが完成したから、報告しなよ。編集は運営に任せればそう時間かからないと思う。公開日は、コハネが決めて」

 

 セラは、そんな感情を解っていながら、あくまで淡々と、コハネのバズへ向けて、行動していた。

 

 

 

 ====

 

 

 

 華酉コハネ✿とても大切な動画を上げます@Kohane_Hanatori

 おっはねー! 今日は、ついにお知らせしていた歌ってみた動画のプレミア公開の日! この動画には、ある人にすごいお手伝いをしてもらいました! 私にとって、一つの挑戦になると思います。ちょっと、自分でも上手く感情を口にできませんが、ぜひ、聞いてください!!

 

 

 ――その動画のサムネイルは、セラが作成した。かつて、あのMVを投稿した時、用意したMVの構図を参考にしている。

 今にして思えば、あのMVは動画も、歌も、何もかもが親友の手によって作られたものだったが、()()だけは、セラが自分で用意したのだったな、と思い出す。

 

 そして、目ざといファンは直ぐにそれに気がつく。

 コハネの発言から、「ある人」がセラであることも想像はついていた。

 加えてコハネはこの公開に合わせて、同時視聴枠を撮った。そこに、ゲストありと告知が出て、その推測はほぼほぼ当たりだろう、という空気ができた。

 

 黒挙刃セラが、自分の切り札を手渡した。

 

 結果、プレミア公開には数万人の視聴者が駆けつけた。反応は、様々。セラをMV公開の頃から知っている古参の視聴者は、概ね非。全体的には、困惑寄りの不安。期待は、残念ながらそれらと比べて少なかったと言える。

 しかし、

 

 ――プレミア公開が終わった頃には、困惑と不安はいつの間にか消えていた。

 

 本来、ゲストモードを使用したMVの特性は“本人を強く映す”ことにある。歌っている内容はもとより、その際の歌唱者の仕草、所作が色濃く映る。

 その点、コハネは完璧だった。彼女の有する天然の色気は、本人が意識してしまえば失われる。だが、人の目がない状況で、全力で行動する彼女には、間違いなく色があった。

 

 華酉コハネは、間違いなく色づいていた。

 

 そして、ゲスト――セラを交えての感想会は非常に盛り上がるものとなった。場所は、「MATERIA」のセラのマイルーム。本来、こういった場所には一人でしか入れないのだが、今は同じフルダイブ機材を用いているため、特別に入ることができるのだ。

 そういった事も合わせて、このMVはセラが提案し、コハネも悩みながら臨んだものであることが語られた。

 

「正直、今でも自分でいいのかな、って気持ちはあります。でも、先輩は()()()()人ですから」

 

 『堕ちたな』『ああ……』『堕ちたな……』

 

 ――語るコハネの顔には色があった。それまで、誰にもみせたことのない、感情の色だった。

 

「この歌は、皆さんの記憶に残る歌になると思います。でも、私はそれ以上がほしい、と思います」

 

 そして。

 

 配信の〆。

 コハネは、

 

「私は、記憶以外のものにも、これを残したい。みなさんの応援が、私に力をくれると思います。――私、もっともっと、頑張りたいです」

 

 そう、言って締めくくった。

 

 

 

 ====

 

 

 

 配信が終わり、二人きりに成った「MATERIA」内のセラマイルーム。

 

 そこで、大きく息を吐いたセラは、隣のコハネを見た。

 ――少し前から、コハネの様子がおかしい。解っている、またやってしまったのだと。そして、だとしても、

 

 今の自分に悔いはない、ともセラは解っていた。

 

「――先輩」

 

 そして。

 

 マイルームの明かりをコハネは落とした。今、この部屋の主はセラであり、コハネでもある。

 

 この場所を指定したのはコハネだった。

 彼女の意図は、正直配信の最中まで読めなかったが――今ならば分かる。

 

 

「――先輩が悪いんですよ」

 

 

 そう言って、彼女はセラの手を掴み、部屋のオブジェクトであるベッドへ押し倒した。

 

 そうだ、今から、華酉コハネは記憶だけでなく、

 

 

 自分とセラを、()()にまで、刻みつけるつもりなのだ。

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