第九話
走りながら体を回転させてヌメっとした舌による突きを回避したリクは、片足で強く地面を蹴った。
敵に向かって放たれた五体は、そのまますれ違いざまに、蛙型のモンスターの胴体を右手の剣で撫でるように両断する。
フロッグ・シューターと呼ばれるモンスターは短く悲鳴を上げたのち灰と化し、リクはそれを横目で確認しながら、左手に持つ剣で壁に張り付いたダンジョン・リザードの首を素早く切り落とした。
ゴトリと二つの音が迷宮内に木霊して、それが戦闘終了の合図の役割を果たす。
リクは軽く一息ついてから、魔石を腰にある皮袋の中に入れて、少し離れた位置で傍観している姉たちの元へ駆け足で戻った。
「いやぁ、まさか二ヶ月でここまで強くなるなんてね〜。リクってば天才かもね!」
「そんなんじゃないよ。まだまだイーディスさんやアリスさんには程遠いし……」
たしかな己の成長を感じても、ファミリアの先輩たちの背中に少しでも近づいたという実感は湧かない。
それ程までに実力差が大きいんだと日に日に理解させられるリクの表情は、僅かに暗かった。
「謙遜する必要はないのですよ? 私が恩恵を刻んでから二ヶ月の頃は、ここまでの身のこなしは出来ませんでしたから」
「そーそー!! リクはもっと自信もっていいのよ」
「……うん。ありがと」
励ましの言葉に頷いて、迷宮の奥への進行を再開させるリク。そんな後輩の後ろ姿をイーディスとアリスは心配そうに見つめていた。
リクの心の中に焦りがあることは二人とも知っているし、それが死へ繋がる可能性があることも一流の冒険者として勿論知っている。
二ヶ月の間、迷宮探索には保護者を付けるルールが生まれるきっかけとなったあの日以降、リクはしっかり先輩たちの言いつけを守っているが、それでも未だどこか危うさがあった。
それ故に、規定期間を過ぎた今でも心配性の姉たちはこうして弟を後ろから見守り続けている。
「やっぱり同期がいないから、自分の成長速度の異常さがあんまり理解できてないのよね……」
「そうですね。私たちからすれば、リクが焦る必要など全くないというのに……」
「うーん。もうすぐ遠征だけど、リクをひとり置いてくの不安だなぁ……。流石に連れていく訳にはいかないしねー」
エレシュキガルファミリアは定期的に、ギルドの指令で遠征を行う決まりがある。前回はファミリア全員参加で臨んだが、今回は新団員のリクがいる。
レベル1を流石に迷宮の奥深くへ連れていくことは出来ないので、ホームで留守番させる予定ではあるが、不安なのがファミリア全員の本音だ。
「一応エレ様も一緒ではありますが、神が迷宮までついていくことは出来ませんし……。他のファミリアの団員とパーティーを組むという手もありますけど」
「どこぞの馬の骨にあたしの可愛いリクを任せるのは気が引けるなー。もし危険な状況になってリクを囮にでも使ってみなさい。戦争を仕掛けるから」
相変わらず過保護ぶりが突き抜けてるイーディスに苦笑するアリスだが、とはいえ自分も人のことは言えないので何も言わず次の解決策を模索する。
「……迷宮立ち入り禁止」
「それは可哀想すぎるわね。変に厳しくしてリクに嫌われたくないし」
「そうですよね……では、階層を制限するなんていうのは如何でしょうか?」
「……それはいいかも」
着々とモンスターを倒す少年の後を追いながら、イーディスとアリスは無事に結論に辿り着いた。
迷宮探索は良しとしつつ、普段より危険を減らすことを可能とする方法。
「リク。そろそろ帰りますよ」
「うん。わかった」
リクは魔石の入った皮袋からジャラジャラと音を鳴らしながら二人の元に駆け寄った。
「今日は魔石もいっぱいだね。換金したら好きなものを買ってもいいのよ?」
「……じゃあ、イーディスさんとアリスさんにご飯奢るよ。いつも僕の分まで払ってもらってるから」
「な、なんていい子……!!この子と一週間以上も離れるなんて……あたし遠征行きたくない」
「ちょっ……イーディス殿!? みんな同じなんですから、我慢してください!!」
「だってぇ〜」
子供のように駄々をこねるイーディスの手と、重なる戦闘を終えて疲労しているリクの手を引いて、アリスはそのままホームへと歩き出した。
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「なるほど。探索可能な階層を制限する、か。……うん。僕はそれでいいと思うよ」
「それには私も賛成。坊やは危なっかしい所があるから、一人置いていくのは少し不安だったのよ」
「あいつには自由に冒険して欲しいって気持ちもあるが、何かあってからじゃ遅いからな。……よし、リクの件は決まったな。それじゃあ、各々この三日間で武器を整備して消耗品を揃えておけよ」
「「「はい!」」」
女神と末っ子を除いた全メンバーでの会議の末、今回の遠征についての問題は殆どが片付いた。
今回目指すのは四十階層。どうしたって、一、二週間はかかってしまう為、長くホームを空けることはほぼ確定事項だった。
「ああ……遠征だるーい」
「イーディス殿。もっと気を引き締めて下さい」
「まぁまぁ、アリス。イーディス先輩の気持ちも理解できるしさ」
「それは、そうなのですが……」
今回に関しては団員たちのやる気は高いとはいえず、イーディスに限っては底をついている。
副団長のファナティオは先行きに不安を感じてため息を吐き、その後、暢気に笑っている団長のベルクーリを見てもう一度ため息を吐いた。
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「みんなは今どうしてるの?」
「遠征に向けて話し合いでもしてるのだと思うわ。もう間近だしね」
「そっか……」
「あら。リクは寂しい?」
少年の背中に乗ってステータスの更新をしている女神は、いつもより元気のない返事をする少年に優しい声で問うた。
「うん、まあ。でもエレもいるから、別に大丈夫だよ」
「ふふ、暫くの間は私とリクの二人きりだから、ホームでイチャイチャしていましょうね?」
「イチャイチャって……」
「え……い、嫌なの? リクにそう言われるなんて、私ちょっと泣きそうなのだわ……」
「嫌じゃないけど……!! ちょっと恥ずかしい、かな?」
「リクは初なのね。誰も見てないんだから、別にいいじゃない」
「まあ、それはそうなんだけどさ……」
ちょうどそこでエレシュキガルが背中から降りる。更新が終わったのだと察したリクは、素早く姿勢を起こした。
「終わったのだわ。はい、どうぞ」
「ありがとう」
いつものごとく主神から神を受け取った少年は、そこに視線を落とした。
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【レベル1】
力 :S 906 → S 921
耐久:A 882 → A 897
器用:S 922 → S 935
敏捷:S 934 → S 951
魔力:I 0 → I 0
【魔法】
【スキル】
○英雄兆候(テセウス)
・良成長
・窮地でのステータス高補正
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「そろそろ頭打ちになってきたわねー」
「999が限界なんだっけ?」
「そうね。私が今までで見た最高の数値がそれなのだわ」
「そっかぁ」
となると、限界まで行ってからはレベルが上がるまでの間、伸びなくなるということだろうか。それは嫌だなと、リクは苦い表情で紙を見つめた。
その後、イーディスとアリスから「あたし達が遠征から帰るまでは、リクは五階層までしか行っちゃだめよ?」と言われて、更に暗い顔になるリクだった。
久しぶりすぎてどうやって書くか忘れてしまい、かなり時間がかかってしまいました。
また少し間が空くかもしれませんが、第十話を更新した時は、是非とも読んでいただけると嬉しいです。
みんなが遠征している間も、リクの方でストーリーを進める予定ですが、遠征の場面を描くのもありだなと考えています。
まだベルクーリたちの実力が未知のままですからね……。
それでは、また。