心通じ合う仲間達と沢山の冒険をして、誰よりも強くなって、そしてみんなに讃えられて───
昔に読んだ本の内容を想像しながら小さな村を飛び出して、迷宮都市オラリオに到着した。そこまではいい。そこまではいいんだ。
───問題はその後だった。
「オラリオに着いたら、次はどうするんだろ……」
やばい、何も考えていなかった。様々な種族が織りなす喧騒に囲まれて、僕は今ポツンと一人、ど真ん中で立ち尽くしていた。
もうかれこれ15分はここから動いてない。周りが不審な目で僕を見始めた今日この頃。頼る宛のないこの都市で、何も分からない少年がひとり。これは詰んだと思って頭を抱えた。
「とりあえず歩き回ろう……それしかない」
目的地を定めず、勘を頼りに歩き出す。街はどこもかしこも活気付いていて、髭を伸ばしたドワーフや顔立ちの整ったエルフなんかも目についた。本当にここは冒険者の街って感じだ。
視線を上げると、そこには天にも届きそうなほど高い高い塔が聳え建っている。オラリオに着く前から僕もその塔の存在は知っていた。たしか名はバベル。
とりあえずそこを目指そう。ようやく目的地を定めた所で、不意に腹が音を鳴らした。絶望的な状態であっても、人間は腹が減る。それをどうしようもなく感じた瞬間だった。
「お腹……空いたな」
何処かで食べよう。とりあえず周りを見渡してみるが、これといった店は見当たらない。
目の前の角を曲がってさらに奥へ進んでいくと辺りは段々と暗くなって、それに比例して不気味さが増していった。どうやら路地裏に入ってしまったようだ。
これ以上先に進んでも何かが解決するとは思えなかったので、僕はすぐに半転してさっきの通りに戻ることにした。
「おいガキ。ちょっと待てや」
「……え?」
不意に背後から誰かに声を掛けられた。振り返ってみると、いかにも柄の悪そうな男が二人立っている。揃いも揃って不気味な笑みを浮かべているし……。
「ガキが一人でここになんの用かは知らんが、せっかく来たんだから、持ち金全部置いてけよ」
「……え、やだよ」
「やだ? はははっ、何言ってんだよお前。俺らは別にお願いしてるんじゃないんだぜ?……なぁ?」
「ああ。俺らはお前に───命令してんだよっ!」
片方の男のつま先が僕の腹にめり込んで、その衝撃のままに吹っ飛ばされた。
「がはっ……」
まるで潰されたように腹部が痛む。初めての感覚に、状況を理解するのに時間がかかった。
……蹴られたのか、僕は。
「なぁガザル、このガキ高く売れそうじゃね?」
「あぁ?……確かにそうだな。男のくせに可愛い顔してやがるじゃねぇかよ」
いっそう二人の笑みに不気味さが増す。大金を見るようなだらしない眼でこちらを舐めるように観察し、不快な笑い声を漏らした。
やばい。このままじゃやばい。
「んじゃ、捕まえるか」
「だな」
さっきガザルと呼ばれていた男の言葉を合図に、ニ人は同時に襲いかかってきた。
……駄目だ。土地勘が皆無だから、たとえ逃げようとしても逃げ切れない。だからと言って、黙って捕まるわけにもいかない。
やってやる。武器がないなら無手で。どうせ冒険者になったら戦闘は避けられないんだ。
僕は覚悟を決めて戦闘態勢に入った。経験はないけど、小さい頃から英雄譚を沢山読んできたんだ。ある意味では僕の教科書。戦闘シーンだって豊富に描かれていたし。
男が右腕を振り上げる。まずはこれを避けて、それから反撃だ。
そうして男の拳にぐっと目を凝らすが───
「───え?」
次に気づいた時にはその拳は明確に僕の顔面を捉えていて、驚いた瞬間、激しい痛みが襲った。
────
結果は惨敗だった。あの一発で戦意を失った僕は、殴られ蹴られの袋叩きで今は地面に横たわっている。
思い切り蹴打された腹は未だに酷く痛み、口は鉄に似た味が広がっている。身体は思うように動かない。天を見上げると、口角を上げてこちらを見下ろす二つの視線と交錯した。
「弱ぇのに調子乗るからだぜ?」
「よし。んじゃアジトまで運ぶか」
「うっ……ぁぁ……」
必死の抵抗も顔を蹴られて虚しく終わる。何も出来ない自分の弱さが、何よりも悔しかった。
「───待ちなさい」
諦めて、虚しい現実に蓋をするように目を閉じた瞬間、誰かの声が鼓膜を揺らした。
「あん?」
「あなたたちは、そこで何をしているのですか?」
朦朧とし始めた意識の中で、透き通った品のある声音が再び聴こえてくる。
目を開けてその方向に顔を向けると、そこには二人の女の人が立っていた。
どちらも薄暗い中でも負けじと輝く金色の髪色で、片方は横に二つに結び、片方は後ろに一つに結んで腰まで伸ばしている。
「その子を離すのだわ!」
宝石のような紅い瞳をした女の人がごろつき共に毅然と言い放つ。彼女からは何処か人とは違う神秘的な雰囲気を感じて、姿は異様に眩しかった。
「んだよ離すわけねぇだろ!部外者は黙ってろよ」
「この状況を見過ごす訳には行きません。話を聞いていただけないのなら───仕方ありませんね」
青く澄んだ瞳の女性が腰に携えた剣を抜き、その先を相手に向ける。その立ち姿はまるで騎士のようで、僕の心を強く震わした。
「やんのか?お前らも高値で取引できそうだから、まとめて連れていってやってもいいぜ?」
「ひひっ、今日だけでぼろ儲けできそうだ」
やる気になったごろつき共がそれぞれに剣、または棍棒を構えた。
そして、先に棍棒を持っている男が唸り声を発しながら、剣を構えた女性に向かって走り出して、
「おりゃよ!」
ど太い声と共に棍棒が女性の頭に振り下ろされる。それを冷静に目で追っていた彼女は、素早く身体を反転させて攻撃を回避し、棍棒を握る男の手の甲を剣のつかで穿った。
「ギャァ…!?」
「───ふっ!!」
もう一方の手で抑えてのたうち回る男に追撃するように、女性は足下にある顔を思い切り蹴り飛ばした。
「ぐえっ⁉︎」
「なっ、てめぇ‼︎」
もう一人の男───ガザルが慌てて剣を振り下ろすが、女性が己の剣でただ横に一閃すると、男の手から武器が大きく弾け飛ぶ。
「なっ⁉︎」
衝撃によってバランスを崩したガザルは、女性の離れ業に驚愕の表情を浮かべながら尻餅をつく。彼女は更に、無防備になった顎を蹴り上げて男の体を真上に飛ばした。
「……がはっ!?」
空中からの落下によって、地面に思い切り叩きつけられたガザルはそのまま気を失う。
「……すごい」
ほんの一瞬の攻防。自分では全く歯が立たなかった男たちを容易く無力化した騎士のような女性に、僕は思わず声を漏らした。
剣を鞘に閉まってホッと一息ついた女性は、特に疲れた様子もなく、こちらに近づいてくる。
「これを飲んで下さい」
そう言って青色の液体を渡された僕は、しばらく凝視した後、一気に口に流し込んだ。
効果が出るまでに時間はかからなかった。身体中の痛みが和らいでいき、少し呼吸も楽になる。驚いて女性の方を見ると、彼女は微笑んで口を開いた。
「これは回復薬ですよ。怪我を瞬時に癒す素晴らしい道具です」
「ポーション……」
この液体を僕はきっと忘れないだろう。
「さっきは災難な目に遭ったわね」
少し離れて様子を見ていたもう一人の女性も、こちらに近づいてくる。僕を心配している様子が瞳からはっきりと窺えて、この人はきっと心の優しい人なんだなと思った。
「さっきはありがとうございました」
「気にしなくていいのだわ!」
「ええ、無事で何よりでした」
二人の女性に微笑まれた僕は恥ずかしくなって目を逸らす。どちらも驚くほど美しくて、そっち方面の耐性がない僕には中々ハードルが高かった。
「あら、そういえば自己紹介がまだだったわね」
「あっ……えっと、僕……リク・セレネっていいます」
「へぇ、いい名前ね! 私はエレシュキガル。薄々気付いてると思うけれど、神なのだわ」
「えっ……神⁉︎」
少し違う感じはあったけど、まさかの神様。無礼を働いてしまったかも、と不安が募っていく。
「え……気付いてなかったの? ……わ、私ってやっぱり神らしくないのだわ……。きっと、冥界で一人寂しく暮らしてろってことなのだわ」
「エ、エレ様⁉︎ そんなことありませんよ!」
エレシュキガル様の隣にいた女性が慌ててフォローをしながら僕に視線を送ってくる。なるほど、さっき助けてもらったせめてものお礼に……
「そ、そうです! 初めて見た時、とても神秘的な方だなと思っていました」
女性に続いてエレシュキガル様にそう伝えれば、俯いていた神様が顔を上げて僕を見つめてくる。
「ほんと? ……たしかに、嘘は言ってないのだわ」
「はい。神様みたいだなと思っていました」
「───今のは嘘なのだわ!」
「えっ⁉︎」
何故バレた。
「神は人の嘘を見抜く力があるのですよ」
「あ……流石神様だ」
「そう言えば、私も自己紹介をしないとですね。私の名はアリス・サーティ。貴方と同じヒューマンです」
「サーティさん……」
「ふふっ、できればアリスと呼んでください」
「……アリスさん」
「はい」
名前で呼んでみると、アリスさんは優しい笑みを浮かべながら返事をしてくれる。その姿はあまりにも神々しくて、この人が神だと名乗っても僕はきっと疑わないだろうと確信した。
「リクって呼んでもいいのかしら?」
「あ、はい。もちろんです」
僕は必死に首を縦に振った。やっぱり綺麗なお姉さんには名前で呼ばれた方が嬉しいから。
「では、私もそう呼ぶことにします」
アリスさんもそうしてくれるみたいだ。
「リクはオラリオの住人って感じじゃなさそうね?」
「はい。今日ここに来ました」
僕のその言葉に、二人とも驚愕の色を浮かべる。
「そうだったのね……ようこそオラリオへ」
「ありがとうございます!」
「その……リク?」
恐る恐るといった感じで僕の名を呼ぶアリスさん。
「はい。何ですか? アリスさん」
「さっきのですが……冒険者は皆あのような者ではないのです。あれは極一部の話で……それだけは分かっていただきたくて……」
「はい。それは大丈夫です。冒険者には優しい人もいるんだって、アリスさんを見ていたら分かりました」
「ふふっ、ありがとうございます。リク」
それに、オラリオの冒険者の話は僕も聞いたことがある。勇敢で誠実で仲間想いで、どれもさっきの奴らには当て嵌まらない情報ばかりだった。
「そういえば、リクはどうしてオラリオに来たのかしら?」
エレシュキガル様が思い出したように僕にそう問うてくる。
「あ、その……えっと……」
「恥ずかしがらなくてもいいのですよ?」
アリスさんがそう言ってはくれるものの、あの痴態を見られた直後に、この目的は物凄く言い難い。
いやそれでも、誤魔化すわけにもいかない。エレシュキガル様とアリスさんは命の恩人だし、もし目的を果たせたら同業者になる。
「あの、僕は───」
それに、もしここではぐらかしてしまったら、もう僕は一生冒険者にはなれない気がした。
どうせなら胸を張って、はっきり言おう。この人たちなら、認めてくれるかもしれないから。
「───冒険者に、なりたくて来ました」
今回も読んでいただきありがとうございます。どうだったでしょうか。
戦闘シーンはやはり難しかったです。もっと上手く書けるようになりたいですね。
次もよろしくお願いします。