原作スタートの四年前からこの物語は開始しています。
では、二話も是非ご覧ください!
「───冒険者に、なりたくて来ました」
エレシュキガル様とアリスさんの視線の先で、僕はそう言い放った。
「へぇ……そうだったのね!」
「それでは、分からない事があったら遠慮せず私にきいて下さいね?」
笑われるかもしれないという不安はあった。僕には無理だと否定されるかもしれないという恐怖があった。そんな僕の心配は杞憂に終わり、待っていたのは夢を肯定するかのように頷く二人の姿だった。
「笑わないん……ですか?」
「え? どうして笑うのかしら?」
「だって、さっきあんなボコボコにされて……」
「あの体験をして尚、心が折れなかった貴方は勇敢だと私は思いますよ?」
「え……?」
自分のちっぽけな勇気が初めて認められた気がした。冒険者になりたいと言って、笑われることも否定されることもないなんて……。
村では、僕がこれを言うといつも馬鹿にされた。そして幾度となく揶揄われた。
そりゃ僕だって分かってるよ。自分が向いてないことくらい。身体も大きくないし、力もそんなに強くない。誰が見たって僕はひ弱なヒューマンだ。
それでも、それでも仕方ないじゃないか。英雄譚を読んで、“憧れて”しまったのだから。
嬉しかった。勇敢だなんて、一度も言われたことがなかった。アリスさんのたった一言でこんなにも涙が止まらない僕は相変わらず弱虫なままだけど、少しだけ前を向けた気がする。
「きゅ、急にどうしたのだわ⁉︎ え、えっと……アリス! 私、何かしてしまったのかしら⁉︎」
「落ち着いて下さい……エレ様。恐らくですが、そういった涙ではないと思いますよ?」
「そ、そう? ……ならいいのだけれど」
「う、嬉しかっただけです。ありがとうございました」
「そ、そうなの! それなら存分に泣くといいのだわ!! なんなら私が胸を……」
「え、えっと……もう涙止まりました」
「あっ……そうなのね。うん……そう」
何故だろう。せっかく涙が止まったのに、異様に雰囲気が気まずい。 気付かぬうちに僕が何かしてしまったのだろうか。
「……ど、どうしようアリス〜‼︎ 今絶対この神馬鹿だな……とか、これで神様って(笑)とか思われたのだわ⁉︎」
「えぇ……。(笑)とは何なのですか?」
「鼻で笑うことよ。知らないの?」
「そんな常識でしょ?みたいな顔されても……。というか本当に合ってるのですか? その意味で」
な、何というか……。エレシュキガル様はとても賑やかな神様みたいだ。僕の中の神様像は崩れたけど、これはこれで良いのかな……と思ったり。路地裏に似つかわしくないテンションである。
「あの〜エレシュキガル様? アリスさん?」
「あっ、ごめんなさい。話の途中だったわね。そ、そうそう! リク、私のファミリアに入らない?」
「えっ、エレシュキガル様のファミリアに?」
「ええ。もちろん、貴方さえ良ければだけれど……」
眉を下げて不安そうに魅力的な提案を掲示してくる女神様。こちらとしては断る理由もないし、むしろ全力でお願いしたいくらいだ。
「こちらこそお願いします!」
「ほんと⁉︎ それなら良かったわ!」
「でしたら、ファナティオ殿の入団試験を受けることになりますね」
「そうね。きっとリクなら合格するのだわ!」
「……入団、試験ですか?」
「ええ。人事は私の子共の一人であるファナティオに一任してるから、それに合格しないと入れないの」
「な、なるほど……」
今、僕の入団が決定した瞬間だと思ったんだけど、そういう訳ではなかったみたいだ。やはり現実は甘くないらしい。この試験が、僕の一世一代の大勝負になるだろう。
「ファナティオ殿が厳しすぎて、なかなか団員が増えないんですよね」
「確かにそうね〜」
……やばい、不安になってきた。それって完全に落とすための試験じゃないだろうか。
「まぁとりあえず私達のホームにいきましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
エレシュキガル様とアリスさんの後を追って路地裏から出た。久しぶりの日向は暖かくて、自然と肩の力が抜けていく。
オラリオに到着してすぐはどうしようかと思ったが、何とか一筋の光が見えた気がする。
このチャンスは絶対に掴まないと。そう心の中で呟いた僕は遥か上の太陽に手を伸ばして、開いた掌をそっと握った。
────
「ここが私達のホームよ!」
「わっ……大きい」
「ふふっ…そうでしょう?」
ここに来るまでの道中で見たアポロンファミリアのホームと同じ位の大きさだろうか。思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
「ただいまなのだわー!」
「ただいま戻りました」
「あ、おかえり〜! 二人とも」
中から二人を迎える新たな女性の声が聞こえる。
「イーディス。団員候補を連れて来たわよ!」
「ほんとに⁉ ︎女の子?」
「男の子ですよ。イーディス殿」
「えぇ〜……」
……うん。何を話しているかは分からないけど、とりあえず歓迎されてないことだけは分かった。どうしよう。非常に入りにくいんだけど……。
「さぁリク。入ってきて下さい」
「え、えっと……お邪魔します」
建物の中に入ると屋敷の中は思ったより明るくて、雰囲気はすぐに気に入った。
正面に目を向けると、三人の女性がこちらを見ている。二人は言わずもがなエレシュキガル様とアリスさん。それであと一人は、さっき“イーディス”と呼ばれていた女性だな。銀色の長髪を後ろで一つにまとめられていて、赤い瞳がすごく印象的だった。
「……」
「あの……えっと……」
射抜くような視線が僕の顔に刺さっている。彼女はひたすら無言でなんだか気まずい。
「……可愛い」
「へ?」
「この子可愛いんだけど! すごい逸材を見つけてきたね! エレちゃん! アリス!」
急に目を輝かせる銀髪の女性。正直可愛いと言われるのは男の僕としては恥ずかしいんだけど、それを言っていい状況じゃなさそう。
「あたしはイーディス・テン! ここにいる神エレちゃんの眷属よ。あなたは?」
「リク・セレネです……」
「じゃあリク! これからよろしくね〜。ちょっと頭触らせて? ……ああ、もう最高」
満面の笑みで頭を撫でてくるイーディスさん。後ろにいる二人は安心したような、少し呆れたような笑顔で僕たちを見ていた。
「イーディス殿。まだ入団が決まったわけではないのですよ?」
「絶対受かるわよ!だってこんなに可愛いんだもの!」
「評価基準に可愛さは無いのだわ……」
談笑しながら歩き出す三人の背中を追いかける。廊下は清潔な状態を保たれていて風通しも良く、設計も管理も文句なしだった。
「さぁ、ここが会議室よ。ファナティオは呼んでくれたかしら?」
「はい。もうすぐ来ると思います」
「ありがとう」
エレシュキガル様が開けた扉から皆でその部屋に入る。僕もそれに倣って足を踏み入れた。そのままアリスさんに誘導されて、柔らかいソファに座る。
少ししてから、一人の女性が新たに入室してきた。紫色の髪を腰まで伸ばし、目はキリッとしている。赤く潤った唇や漂う花の香りは優美な大人の色気を感じさせた。
「この子が入団希望者ですか?」
「ええ。そうよ」
「分かりました」
女性は向かいのソファに腰を下ろして、こちらに視線を移した。僕は慌てて背筋を伸ばす。
「エレシュキガルファミリアで副団長を務めるファナティオよ」
「あ、リク・セレネと申します」
「そう。よろしくね坊や」
「は、はい」
緊張で少し声が震えてしまう。それを誤魔化そうと一度呼吸を整えた。
「なんかいつもより物腰が柔らかいのだわ」
「きっとリクの可愛さにやられたのよ」
後ろの二人がコソコソと話しているが、残念ながら静かな部屋だからとても響いてしまう。前にいるファナティオさんも少し睨んでるし。
「……では始めましょう。まず、どうしてこのファミリアに入ろうと思ったのか訊いてもいい?」
「えっと……エレシュキガル様とアリスさんに助けていただいて、それで」
「なるほど。冒険者にはどうしてなりたいと思ったのかしら?」
「昔に英雄譚を読んだことがあって、それに憧れて……」
「英雄になりたいの?」
───英雄。流石に自分がそうなれると思えるほど自惚れてはいない。
「いや、そこまでは。でも、強くなりたいです」
「それはどうして?」
「困ってる人を救える人間になりたいなって」
「凄く良い子じゃない! 採用!」
背後からイーディスさんが援護射撃をしてくれた。
「イーディスは少し黙ってなさい」
「なんでよ〜」
ファナティオさんに注意されて不満を顔一杯に表現するイーディスさんは、なんだかまるで幼い子供のように思えてしまう。
「これで質問は全部かしら。……うーん、そうね。これは全く関係のない質問なのだけど、いいかしら?」
「……へ? は、はい!」
「坊やは、私の事を見てどう思う?」
「ファナティオさんを……? えっと、とても強そうな方だなって……あとその……綺麗な方だなと……」
何と返答したらいいか分からないので、とりあえず思ったことを正直に言ってみた。恥ずかしい。
「へぇ……主神様」
「……嘘は言ってないのだわ」
どこか不満そうなエレシュキガル様が、つまらなそうにそう告げる。
「そう……。ふふっ、ありがとね坊や」
「え……はい」
「そうね。特に問題もなさそうだし、合格よ」
「ほんとですか⁉︎」
「ええ。おめでとう」
ファナティオさんからお墨付きを貰い、僕は大きく息を吐いた。緊張が切れた途端に、どっと疲れが襲ってくる。
「毎度思うけど公平性が感じられないのよね。最後とか、リクに綺麗って言ってもらいたかっただけだわ。……ファナティオのぶさいく」
「絶対最後ので決まりましたよね……って、イーディス殿それは流石に……」
「イーディス。アリス。何か言いたいことでも?」
「……な、なんでもないです」
懲りずにコソコソするイーディスさんとアリスさんは、またもファナティオさんに睨まれてあからさまに視線を逸らした。
一人で歓喜していると、気付けばエレシュキガル様が僕の目の前に立っていた。
「では改めて、ようこそエレシュキガルファミリアへ。これから貴方は私の眷属になるのだわ!」
片手を僕に差し出して女神の微笑みを浮かべたエレシュキガル様は、窓から降り注ぐ陽光に照らされて、神々しく光り輝いて。
「はい。ありがとうございます!」
冒険者となる入り口に立てた僕は嬉しくて、希望に満ち溢れた未来に胸が膨らんで、泣くように笑いながら、その細い手をそっと掴んだ。
きっと、僕はこの日のことを一生忘れない。家族がいなくなって、ひとり世界に取り残された僕に温もりをくれた神さまとその眷属たちのことを。
これは、弱虫で泣き虫な僕が、必死に夢を追いかけて、仲間たちと冒険をする
────そんなファミリア・ミィス。
今回は以上となります。
お読みいただきありがとうございました!