かつての指揮官   作:天塚夜那

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教廷の将軍 第一話

 AD2492

 

 

 暗転した視界に光が戻り、二人の少女の眼前に黒鉄の巨人が姿を見せる。

 だが、相対する少女が乗るのもまた黒鉄の躯を持つBM(バトルメカ)。教廷騎士たちの愛機、the SIN。年端のいかない騎士見習いの二人には過ぎた機体だ。

 立ち塞がる巨人の名はタイラントELITE、教廷のフラッグシップ機体タイラントに過剰なまでの武装を搭載した上位機体。そして、それを操るのは教廷の最大派閥、テクノアイズの将軍。

 つまり、いま彼女たちが行っているのは二人の騎士見習い――マティルダとウェスパの訓練だ。

 だが、訓練と分かっていても、眼前の巨人が発する圧迫感が二人の機械の身体に冷や汗を流させる。

 

「行きますよウェスパ」

 

 嫌な感覚を振り払うようにマティルダが告げ、モニターの中でウェスパがゆっくり頷く。

 その間もタイラントに動きはない。ただ、カメラアイが僅かに点滅する。

 チェーンソーが甲高い咆哮をを上げる。

 二人が武器を構え、タイラントは歓迎するように両手を掲げる。その両手に大砲を構えて。

 そして――。

 スラスターを目一杯に吹かせて二機のSINが突撃。

 それを砲声が迎える。

 迫り来る砲弾を躱せば、タイラントから無数のソーカッターが放たれる。

 命中すれば強制的に動きを止められる刃の壁は射撃で撃ち落とす。

 副砲の連射はダメージ覚悟で突き進んだ。

 弾幕を掻い潜って一気に接近するも、タイラントは最初の位置から一歩も動かない。

 そして、二機が眼前に迫った瞬間、タイラントは主砲を足元に向けた。

 轟音と共に双方のちょうど中間に炸裂した砲弾は、爆風と共にすさまじい量の砂塵を巻き上げる。

 二機は足を止めーー瞬時に飛び退く。

 空気が裂ける甲高い音と共に先程まで二機が居た場所に、攻城カタパルトと呼ばれる迫撃砲が炸裂する。

 更に、無数の鉄片を伴った爆風が二機の周囲に次々と炸裂した。

 たまらずマティルダは迫撃砲の射程外まで大きく下がる。

 対してウェスパは爆風をものともせず、タイラントに接近。

 見習いとは思えない操縦技術でタイラントの背面に回り込む。機動力の低いタイラントはこの速度には追いつけない。

 しかし……

 

『残念』

 

 瞬間、無線から聞こえて来た声がウェスパの背筋を凍らせる。

 しかし、チェーンソーはもはや止まらない。そのままタイラントの背部に一直線にーー

 ドンッ。

 爆音と共に前方の景色が流れる。いや、タイラントだ。動きの遅い筈のタイラントが、驚くべき速さでその身を反転させているのだ。

 ギャリッ。

 嫌な擦過音と共に突き出したチェーンソーは砲身に突き刺さっていた。

 機体の旋回速度で間に合わないと見たタイラントは、主砲の反動を使って無理やり機体を回転させたのだ。

 そして、タイラントはもう一方の手を振り上げる。

 砲身による殴打。

 ウェスパはチェーンソーの回転速度を一気に上げて、引き抜こうとする。

 タイラントは単純な強度でSINの装甲を大きく上回る。直撃は食らえない。

 火花を散らすチェーンソーを無理矢理引き抜き、紙一重で打撃を躱す。

 ドンッドガンッ。

 回避した次の瞬間、爆発音と金属のぶつかり合う音が響き、今度こそウェスパの視界が一気に流れる。

 仰向けの状態で視線を向ければ、先程まで向き合っていたタイラントが再び背を向け、手にした砲身から煙が立ち昇っていた。

 更に奥に視線を向ければマティルダの機体が倒れ伏している。

 先ほどと同じだ。

 タイラントはウェスパの回避を読んでいた。

 振り下ろした砲身を途中で止め、砲撃。そしてその勢いを使って再び反転し、驚異的スピードで迫っていたマティルダを殴り飛ばした。

 空間認識力と判断力、そしてそれらを最大限に活かせる技術の成せる技だ。

 その時、タイラントの胸部が光り輝く。光の正体は焦土レーザー。タイラントの持つ武装の中でも、別格の破壊力を誇る兵器。

 つまり、それは決着を意味している。

 

「ウェスパァァ!」

 

 マティルダが絶叫と共に機体を起こすが、輝きを増した光が終わりを伝えている。

 それに間に合ったとしても、焼き払われる順番が前後するだけのことだ。

 そして――閃光。

 

 

―――――

 

 

「両者見事だね。腕を上げたようで嬉しいよ」

 

 赤紫のキャソックを身に纏った男が訓練用のバイザーを外す。

 温和な表情を浮かべる男の名は、ダンテ。

 テクノアイズの司教にして、教皇に忠誠を誓い、聖典の館に出入りする教廷軍の将軍というなんとも捉え所の無い人物だ。ちなみに今は騎士見習い二人の教官でもある。

 端末を手にしたダンテは、バイザー片手に直立不動の姿勢を保つ二人に笑いかける。

 

「そう畏まらなくていいよ。適当に座って、バイザーは元に戻してね」

 

 そう言われ二人は思い思いに、筐体やテーブルの上に――訓練のためだけの部屋で椅子など皆無だ――座った。

 未だ表情の硬さが抜けない二人だが、ダンテは笑顔のまま端末を片手に話し始めた。

 

「まずウェスパ、制圧される前に吶喊するというのは正しい判断だ。ただ、周りを見てないね。もう少しマティルダを頼ってあげて。マティルダは制圧された状態からの切り返しのタイミングが良かったね。でも、そもそも距離を取るべきじゃなかった。飛び道具を持つ相手に時間を与えるのは得策ではないよ。そして、二人共に言えることだけど」

 

 ダンテは端末で様々な角度から撮られた戦闘中の映像を見せ、解説を行う。それを聞く二人の少女は真剣そのもの。解説する側としては実に解説しがいのある光景だ。

 

(いつか、教師の真似事なんてしてみたいな)

 

 そんな事を考えながらダンテが授業?に熱中しているさなか、マティルダが手を挙げた。

 

「ダンテ卿。一つよろしいでしょか?」

「どうぞ」

 

 そう言うとマティルダはダンテが無造作に放り出していた端末を指差した。

 

「……それ」

 

 マティルダが言い辛そうにしているのは着信を示すランプが点滅しているからだけではない、画面の端に写っている名前が要因だろう。それとも二桁を優に超える着信履歴の為か。

 ダンテは端末に向けた視線を上に向け、横に向け、再び端末に向ける。

 

「……すまない二人とも、今日はここまで」

 

 すると、二人は黙って立ち上がり、謝辞を――ウェスパは終始無言だったが――述べて、訓練場を後にした。

 二人が通路の奥に姿を消すのを見届け、ダンテは一度深呼吸をしてから通話ボタンを押す。

 

「……はい」

「言いたいことは分かっているかしら?」

 

 『sound only』と書かれた画面から明らかに不機嫌な声が聞こえる。

 

「分かっているよ」

「あらそう? 何を分かっているのかしら?」

 

 その時、ダンテは目の前に不敵な笑みで見上げてくる少女を幻視する。

 

「……良い性格してるよ、君」

 

 顔を背けてそう呟くが、電話口から「よく言われるわ」と、笑いを含んだ声が返ってくる。

 背筋が冷たくなる感覚と共に、思わず背筋を伸ばしたダンテは虚空に向けて頭を下げた。

 

「俺が時間を指定したのに、当の本人が時間通りに来ないなんて常識がなかった。本っとぉうに、悪いと思っている」

 

 対する返答は、沈黙。

 罵詈雑言なら覚悟していたが、これはそれ以上に心にくる。

 こめかみに汗を浮かべながら、ダンテはただ黙って頭を下げ続ける。

 すると程なくして画面越しに溜め息が発せられた。

 

「まぁ、まだ思うところは有るけれど。許してあげましょう。それでおまえの言っていた話ってなにかしら?」

 

 遠慮がちに頭を上げたダンテは言い辛そうに口を開く。

 

「その事なんだがな。やはり直接会って話したい。今どこに居る?」

『ここよ』

 

 声が重なって聞こえた瞬間、ダンテは音のした方向に目を向ける。

 すると、扉の陰に立つ金髪の少女を見つけた。

 少女、と言っても彼女――シンシアはその身を完全に機械化しているので、見た目と実年齢は合致していない。

 そんな彼女が悠々とこちらに近づいて来た時、ダンテはある事を問いかけた。

 

「君は、いつからそこに居たんだ?」

 

 

―――――

 

 

 二人は訓練場内のシュミレーションルームに移動していた。訓練場の他の部屋と違い、そこは比較的綺麗に保たれ、最低限ではあるが調度品もある。

 ダンテはシンシアに椅子を薦め、自分は持って来たデータをコンソールに手慣れた様子で打ち込んでいく。

 

「これを見てくれ」

 

 テーブルの上にホログラムによる立体地図が浮かび上がる。

 地図にはババラール連盟最大の国家であるイブン王国の首都を中心とし、果ては教廷とチュゼールまでが描かれている。

 

「わたくし達の浄化戦争の作戦要綱かしら? それともおまえが進軍した際の記録?」

「流石だね。でも惜しいな、正解は……」

 

 ダンテがコンソールを操作すると、ホログラムの赤と青の矢印が、それぞれ複数現れた。

 

「その両方」

 

 複数の矢印は一斉に前進を開始する。

 そして、変化はすぐに現れた。

 二色の矢印から赤だけが突出し、青の矢印はその背後を遅々としたスピードで進んで行く。その動向は一部だけでなく全体に共通して見られた。

 

「見たところ、要綱のデータは青にあたるのね。つまり、おまえ達の率いた軍勢は史上稀に見る快進撃を続けている、と」

 

 実はババラールへの侵攻が計画された際、シンシアとダンテは秘密裏に戦争院とは異なる作戦要綱をまとめていた。戦争院がまとめたそれよりもはるかに長期的かつ、広大な作戦を。そして今日まで、シンシアは政治的に、ダンテは軍事的にその作戦を忠実に遂行してきたのだ。

 ホログラムを見ていたシンシアがダンテに視線を向ける。

 

「それで? おまえはこれをわたくしに見せて何がしたいのかしら? 賞賛でも欲しいの?」

「魅力的な言葉だけど、そんな事より見るべきものがある」

 

 そんな事? という小声は聞こえないふりをして、ダンテはコンソールを操作する。

 すると、二つの矢印に重なって、新たに黒で描かれた矢印が現れた。その矢印は青の矢印のやや前方辺りを同程度のスピードで進んでいく。

 

「侵攻が早すぎるんだ。補給線が追いついていない」

 

 そう言って深刻な表情でテーブルを見つめるダンテだったが、対するシンシアの答えは簡素なものだった。

 

「それがどうかしたのかしら? 嬉しい誤算でなくて?」

「まぁ、それが普通、だよね」

 

 乾いた笑みを見せるダンテをシンシアは訝しんだ。

 

「話が見えないわ。おまえは何が言いたいの?」

「俺が前線を離れた時、イブン王国の首都を制圧し、正規軍も壊滅状態だった」

「ええ、だからこそおまえを呼び戻したのです」

 

 そうだ。教廷軍の将軍であり、前線指揮官でもあるダンテがここにいるのは、首都制圧の功績を讃えるためであり、それは同時に実質的な戦勝祝いでもある。

 

「でも、それで終わりじゃぁないんだよね」

 

 ホログラムに目を向ければ、破竹の勢いで進んでいた赤の矢印は止まり、その一方で青の矢印はチュゼールの国境を越え首都への道を直進し始めている。

 

「俺たちが立てた当初の計画通りなら、ここからは異教徒狩り。しかし、それほどの余裕があるかどうか……」

「つまりおまえは、これ以上の侵攻は止めるべき、と言いたいのかしら?」

 

 まぁね、とダンテが答えるとシンシアは口元に手を当てて考え込む。椅子に身体を沈ませたダンテは天井を見上げる。

 

「正直、ヴィノーラに頼りすぎたよね。彼女の強さは異常だ」

 

 教廷騎士ヴィノーラ。骸の騎士と呼ばれる彼女は様々な魂を自身に憑依させて戦うことが出来る。ある時は無双の剣士として、ある時は万軍を率いる将軍として。その様はまさに人の域を越えている。

 だが、誤算だったのはヴィノーラの実力だけではない。

 誤算は教廷軍全体であり、敵軍全体だ。

 教廷の歴史で初の大遠征である今回の浄化戦争に、ダンテ達は苦戦を予想していた。しかし、蓋を開けてみればどうだろう。大勝に次ぐ大勝。戦線の膠着どころか、進撃を止められた事など一度もない始末。

 失敗――彼にとって――の原因に考えを巡らせていると、シンシアがダンテの真横に腰掛けた。

 

「ムクロの騎士、ヴィノーラね。しかし、おまえの戦果もなかなかの物よ」

「……お世辞をどうも」

 

 ダンテがひねくれた謝辞を述べるのも仕方が無い。

 ヴィノーラの戦績とダンテの戦績を比べれば、そこには雲泥の差がある。そもそも、ダンテにはヴィノーラのような特殊な力や飛び抜けた個人戦闘力は無い。

 その代わりに、ダンテの指揮能力はムクロと一体化したヴィノーラをも凌ぐ。

 故に、彼が指揮する部隊と直轄部隊の戦果を合算してヴィノーラ個人の戦果と比べれば、ほとんど遜色が無いレベルになる。

 

「本気よ。今回の戦争で、さすがは伝説の傭兵なんて言われるだけあると改めて実感したわ」

「……知ってたか」

 

 人形の如き整った笑みから、逃げるように顔を背ける。

 ダンテとしては自身の過去を隠したつもりはない。ただ言わなかった(・・・・・・)、というだけの事だ。

 

 「まぁ良いでしょう、今言う事でもないですし。それと、おまえからの忠告は覚えておきます。ただ、期待はしないでおきなさい」

 

 一兵士として、シンシアの答えは納得出来るものではないが、指揮官ダンテとして、戦場と会議室の両方を知る者としては、予想通りの回答であり同時に受け入れざるを得ない回答だ。

 

「感謝するよ」

 

 そう言って天井を見上げながら片手を挙げて謝意を伝える。

 すると、シンシアが立ち上がり、入り口に向かう気配がした。

 だが、彼女は突然立ち止まり、こちらに向けて口を開いた。

 

「一つ聞くわ。……この事、あの子には?」

 

 対して、ダンテは天井を見上げたままゆっくりと首を横に振る。

 

「そう。どうして?」

「どうしてって」

 

 ダンテが視線を向けると、一直線にこちらを見つめる碧眼とぶつかった。

 

「どうして伝えないのかしら? これは戦争の結果を左右しかねない情報よ。真っ先に教皇陛下に伝えるべきじゃないかしら。それとも、おまえは」

「ストップ」

 

 あらぬ――状況的に正当な――叛意の疑いをかけられ、ダンテは堪らずシンシアの言葉を遮った。

 

「君との契約は忘れていない。ここにいる限り俺は君の兵士だ。この命に誓ってね」

 

 かつて、ダンテをスクラップの山から拾ったのはシンシアだ。

 それ以前の彼は金次第で教廷とも戦っていた。

 そんな、神だ仏だと最も縁遠かった男にとって、シンシアなどの敬虔な信徒は理解出来ない相手だ。

 そしてそれは逆もまた然りであり、テクノアイズに属し、シンシア直轄の部下という地位を持った今でも、ダンテは時折、恩人から疑いの目を向けられる事がある。

 だが、今回の件はダンテ個人の感情によるものだ。非難はされるだろうが、反逆を疑われるほどではない。

 

「この情報は知ってどうこう出来る問題じゃない。それは君が一番良く分かっているはずだ。それなら」

 

 ダンテは教皇が座す玉座の間を思い浮かべる。豪奢な装飾、荘厳な玉座、年端のいかない孤独な少女。

 

「それなら一人の大人として、あんな子供に胃の痛くなるような思いをさせたくない」

 

 そう言うと、耳に痛いほどの沈黙が辺りを覆う。

 シンシアは正面からダンテの目を見つめ、ダンテもその目を真っ直ぐに見つめ返す。

 しばらくしてようやく、シンシアは肩を竦め溜息を吐いた。

 

「お優しい事。……分かったわ、あの子に伝えないでおきましょう」

「恩に着るよ」

 

 シンシアが部屋を出て、扉が閉まると、ダンテは椅子に身体を沈めた。そして、照明に手を伸ばし、今まで何度も繰り返したセリフを吐く。

 

「どうにもならなかった、か」

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