かつての指揮官   作:天塚夜那

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教廷の将軍 第二話

 燦々と降り注ぐ陽光の下、砂海の真ん中に影が落ちる。

 砂中に隠されていた誘導装置が現れ、同時に陽炎の中から教廷のエンブレムを掘られた巨大な輸送機が姿を見せた。

 着陸した輸送機が後部ハッチを開くと、内部には無数のコンテナが積み込まれていた。

 詰め込めるだけ詰め込まれた状態で、貨物を運び出すことすら困難に見える。

 だがそこは優れた機械技術を持つ教廷、どこからともなく現れた無数の小型ドローンがコンテナに張り付き、軽々と持ち上げ、運搬を開始する。

 格納庫を見下ろせる機内室から、画面越しにそれを見ていたダンテは、眼前の光景がアリの行進に重なり、冷ややかな笑みを浮かべた。

 今の教廷軍はまさしくアリだ。

 状況を打開できる戦力も無く、ただ日々を生き抜く為だけに大量の物資を消費するばかり。

 更にその輸送網もままならない有様で、少しでも輸送手段を確保しようと躍起になっている。

 今回物資を運んできた輸送機も、ババラールで徴収した貨物機を改造して使っているだけだ。

 

「教廷軍はバランスが悪いと思ってたけど。こういうとこでも効いてくるなぁ」

 

 事もなげにぼやいたその時、背後から答える声がいくつかあった。

 

「閣下の予見した通りでしたね。教廷の敗北は確実となりました」

「むしろ、これまであんな戦い方が通用しただけ奇跡では」

「あれを戦いと言えるか? あんなのただの力押しだろう」

 

 背後で不遜な発言を繰り返す部下達に向き直る。

 

「滅多な事言うものじゃありません。我々教廷軍は機械神のご意志の下に粛々と敵を打ち払う、ただそれだけです」

 

 軽く諌めただけで部下達は気合のこもった返事を発した。

 実に可愛い部下達だ。

 ダンテの直轄にあたる彼らの多くが現状の教廷に対して消極的な考えも持っている。

 組織が大きく古くなれば、いずれは内部に反対派が生まれてくる。それは宗教を柱に据える教廷でも同じ事。そうした者達にとって、外部からやって来た全く異なる価値観を持つダンテは待ち望んだ存在だった。そして、ダンテもその事を理解して彼らの忠誠を受けている。

 

「しばらく我々だけでの行動になりますが、発言には」

 

 その時、大分スッキリとしたハッチの先に複数の影が見えた。

 

「……それじゃ各々手筈通りに」

 

 それだけ言ってダンテは銀色のアタッシュケースを部下達の前に置くと、部下達の敬礼を背にタラップを降りる。

 ダンテが砂海へと降り立つと、そこには戦争院の司祭が四人と自律移動式のメディカルカプセル、そしてそれを囲むムクロ達の姿が有った。

 ダンテはムクロに手を振ると、司祭を無視してカプセルの前に立つ。半透明のガラスの向こうには、よく知る青髪が見えた。

 

「話せますか?」

 

 ダンテの呟きに、近くに居た司祭が答える。

 

「端末を通じてなら可能です。ただ手短にお願いします」

「分かってますよ」

 

 司祭から端末を受け取ると、すぐに通話ボタンを押した。

 

「ヴィノーラ、久しぶりだね。元気……ではないね」

「……」

「ヴィノーラ?」

「…………ムクロ?」

 

 ダンテは笑みを浮かべながら返事をする。

 端末越しに滲む不機嫌さと、無事再会出来た事に思わず破顔した故だ。この状態を無事というかは疑問だが。

 

「ムクロ。あたい、負けた」

「……ええ」

 

 ガラスの向こうでヴィノーラが柳眉を歪める。

 

「あの黒いの、もうやだ」

 

 子供のような物言いに、ムクロ達が子供をあやすように、わちゃわちゃと動き始める。だが、ダンテはそんなムクロ達を意に介さず、ヴィノーラの頭があるであろう位置に手を当てる。

 

「あとは、任せて」

「………………うん」

 

 どうやらヴィノーラは頷いたようで、慌てていたムクロも落ち着いた。

 実の所ヴィノーラはシンシア同様に外見の年齢と実際の年齢が一致していない。なので、彼女の実年齢はダンテよりも上なのだが、見た目や言動の幼さ故にこんな行動を取ってしまう。

 

「帰る」

「ええ。では、また」

 

 通話を終了させ、端末を司祭に返したダンテは輸送機に入っていく彼女らを見送った。

 そして程なくして、ドローンが最後の物資を運び出し、後部ハッチがゆっくりと上がっていった。ちなみに部下達は既にここには居ない。

 閉まるハッチに向かって礼をすると、中に居た司祭達も礼を返してくる。メディカルカプセルは真っ直ぐ奥へと消えていった。

 ハッチが完全に閉まり、エンジンが再点火される。

 出来れば飛び去るまで見送りたいところだが、この砂海では勧められた行為ではない。

 輸送機に背を向けドローン達に着いて行こうとした時、赤茶色の大地の中に輝く金髪に気が付いた。

 その人物は十倍以上の大きさのコンテナを運ぶドローン達を見つめ、こちらを見ようともしない。気付かないはずが無いのに。

 ダンテは驚きのあまり一瞬思考が止まり、慌ててその人物に詰め寄った。

 

「シンシア?! なんでここに居るの!」

 

 対するシンシアは以前として、視線も寄越さずに答える。

 

「使っていない義体を借りたのです。見た目は同じに仕上げることが出来たようですわね。性能は低いけれど」

「そういう事を聞いてるんじゃない。どうしてこんな所に」

 

 するとシンシアはゆっくりとダンテに視線を向けた。だが、それは実に冷ややかな、睨みつけるような視線だった。

 

「どうして? わたくしはお前を信用していない、ただそれだけですわ」

 

 その言葉に今度はダンテの方が視線を逸らす。そして、追撃とばかりにシンシアの小言が始まる。

 

「そもそも、おまえは良くも悪くも人当たりが良過ぎます。戦争院や聖典の館に改革派まで、あちこちで交流を深めているようですわね。おまえは私の兵なのでしょう。その自覚が足りないのではなくて? さっきも随分と」

 

 体躯に似合わない圧を発しながら、シンシアは端正な顔を歪めて襟首でも引っ掴みそうな勢いで詰め寄ったその時。

 ゴウンッ。

 轟音と共に輸送機のエンジンが火を吹き、巻き上がった大量の砂埃が二人に迫った。

 思わずダンテの身体が動き、シンシアに覆い被さるように包み込む事で砂埃から守る。もっとも、ダンテと違って機械の身体であるシンシアはこの程度の砂埃で支障をきたすことは無いのだが。

 地上を飛び立った輸送機が光学迷彩を展開し、空の青に溶け込んだ頃、ダンテはゆっくりと目を開け、止めていた息を吐いた。

 

「ぷはぁ、シンシアだいじょーーブォッ!」

 

 突然胸を強く突かれ、吸ったばかりの空気を吐き出し、砂漠に仰向けに倒れる。

 見れば、突き飛ばした張本人はこちらに背を向けていた。肩越しに見える目は睨み付けているようだが、表情はよく見えない。

 

「……離れなさい」

 

 普段とまるで異なる小さな声でそれだけ言うと、シンシアは自分の服についた砂を払う。

 訳も分からないまま、ダンテは起き上がりキャソックに付いた砂を払いながら、軽く非難を述べる。

 

「せめて突き飛ばす前に言って欲しかったな」

 

 それを肩越しに聞いたシンシアは二度、三度深呼吸をした後、何も言わずに歩き出した。

 対するダンテは、彼女の身体に異常は無いか問いかけながら後を追う。

 ちなみに返答は「黙りなさい」だ。

 

 

ーーーーーー

 

 

 砂海の合流地点から輸送車にしばらく揺られ、途中の補給地点で物資を引き渡し、そこから休み無しで移動を続けた。

 彼らがチュゼールとババラール国境間の仮設司令部に到着した頃には、日は遥か地平線の山々にその姿を隠し始めていた。

 

「うーん。うん! やっと着いたね」

 

 ダンテは輸送車から降りると、狭い車内で強張った身体をほぐす。

 その後から同乗していたシンシアも降り、ダンテに呆れたような視線を向ける。

 

「だからおまえも私と同じ身体にしてやると言ったではありませんか。どうして、いつまでも肉の体に固執するのです? 不便なだけだというのに」

「ははは、手厳しいね」

 

 笑って誤魔化すダンテだが、誤魔化すとはつまりそういう事だ。シンシアの音を発しない胸の内を微かな寂しさが占める。

 

「にしても、随分と寂しい風景になってしまったね。俺がここを発った時はかなり活気があったのに。今じゃそのかけらも無いな」

 

 確かにシンシア達が来た仮設司令部は、司令部とは到底思えない状態だ。

 まず人が居ない。

 司令部だというのに配置されている者は僅かで、メカニックが幾人かと、テクノアイズの司祭がちらほらと見えるばかりだ。

 更に言えば、物も無い。

 シンシア達と共に大量の物資が運び込まれたが、それらのコンテナ群を除けば、あるのは格納庫が二つと兵舎、指揮所が一つずつ。

 もちろん人が居ないなら建物も少ないのは道理だが、それにつけても少なすぎる。

 

「活気があったようにも見えませんわね。司令部と言うより急拵えの野営地といったところかしら」

「ぐうの音も出ないな。でもそう見えても仕方ないか、この人数じゃあさ。他は全部ババラールまで撤退させたし」

 

 だとしたら、ここの活気が無くなったのはダンテのせいだと言う事もできる。ここに配置されていたであろう部隊の多くを撤退させたのはダンテ本人なのだから。

 だからこそ、シンシアは素直に最大の疑問を伝える。

 

「それほど兵力を下げてしまって大丈夫なの? 共和国は油断ならない、と言っていたのはおまえでしょう。なのに何故自ら手駒を減らすような事をしているのか。理解に苦しみますわ」

「そうかな? シンプルな理屈だよ」

 

 そう言って、ダンテは運び込んだ補給品の山に向かって歩き出した。その横についてシンシアは受け取った補給品の目録に目を通す。

 

「まず、一番の理由は邪魔だから。知っての通り、唯一絶対の神を信仰する教廷においても、指揮系統や信仰の体系にはかなりの違いが有る。普段なら賛成派、反対派程度の考え方でも良いかもしれないけど。戦場でそれは困る。こちらの思い通りに動かない味方はどんな敵よりも厄介だからね。そういう意味では、好都合だった」

 

 そう平然と言ってのけるダンテに溜め息を吐きながら、シンシアは更に問い掛ける。

 

「他にも理由があるのかしら?」

「一つにはシンプルに兵力の温存だね。今後の為に、ある程度の戦力は残しておきたかったし。それと……作戦のため、だね」

 

 ダンテが頬を掻きながらぼやくように言うと、シンシアは彼の顔をまじまじと見つめた後、コンテナの横に整列待機させられたドローン群に目を向ける。

 すると、その視線にめざとく気付いたダンテが訂正を入れる。

 

「そっちじゃなくて、道中話した作戦」

 

 シンシアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「まるで、わたくしがおまえのやり方認めたかのような物言いですわね」

「しかし、これが今取れる最良の手段だろ」

 

 開き直った物言いに、先程以上に深々と溜め息が出る。

 

「分かってますわ。ですが! 覚えておきなさい、全ては機械神の御為です」

 

 シンシアが指を突きつけながらそう忠告すると、ダンテは一瞬ポカンとした後、不敵な笑みを浮かべた。

 

「……なんですの?」

「いや、似てるなって」

 

 怪訝な表情を浮かべるシンシアに対して、ダンテは唐突に彼女の目の前に跪いてその手を取りそっと口付けると言った。

 

望みのままに(go with the flow)

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