かつての指揮官   作:天塚夜那

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教廷の将軍 第四話

 

 揺らめく陽炎の中、チュゼールの陸上輸送艦が赤茶けた砂を巻き上げて航行する。

 周囲には夜叉が配置され、辺りに散乱した教廷軍機の残骸を取り除いていた。

 本来なら直掩のBMが道造りに勤しむなど論外だが、これには相応の理由がある。

 というのも、この宙域を通る船はこれが最初ではないのだ。

 今からほんの数時間前、ここは撤退中の教廷軍と追い縋る極東軍との熾烈な戦いが繰り広げられた。

 戦闘の結果、教廷軍は国境近くの基地まで後退し、対する極東軍は基地の側眼前に陣を敷いている。

 つまるところ、この艦艇の任務は先行部隊への補給物資運搬と、後片付けに過ぎないのである。

 

「はぁぁダリぃ。俺ら何してんだろなぁ」

「言うなよ。楽で良いじゃないか」

「そうだけどさ。なんかこう、なぁ? 肩すかしというかさ」

 

 残骸を道の端に動かしていた夜叉のパイロット達は談笑に花を咲かせる。

 

「何が肩すかしだてめぇ。この部隊に配属されて一番喜んでたくせしやがって」

「いやぁ……ハハハ」

 

 無駄口を叩きながらも、パイロット達は残骸を道の端に押しやる。残骸の大半が爆散しているので、これらは片付けに手間取らない。だが、問題なのは原型を大きく残しているものや氷漬けのものなど。前者は誤爆を警戒して、後者は言わずもがな、時間がかかってしまう。

 

「うん?」

「どしたぁ」

「いや、あれ光ってたっけ」

 

 そう言ってパイロットが指差した先には一固めにしたスクラップの山がある。

 そこにまとめられていたスクラップの一つ、深紅に染め上げられた戦車のランプがチカチカと明滅を繰り返していた。

 周囲の夜叉のパイロット達も、その光に誘われるように視線を向ける。

 そして――。

 突如、何十倍もの光を発した。

 それが何を意味するのか、パイロット達が理解するより早く、それは起こる。

 

 ドガァァァァァン!

 

 砂丘を揺らすほどの轟音と共に無数のBMの破片を内包した爆炎が巻き起こる。

 輸送艦の乗組員達は突然の事に呆気にとられ、爆発に巻き込まれなかったパイロット達も呆然とその光景を見つめていた。

 爆炎が吹き荒れた周囲には、無数の夜叉がスクラップとなって転がっていた。

 粉々になったものは案外少ない。だが、その殆どがコックピットやその周辺に壊滅的な損傷を負っていた。

 その時、舞い上がった砂煙の中からけたたましい音が聞こえ始める。

 

 ギャラギャラギャラギャラ、ギ、ギャッギャラギャ。

 

 それは戦車のキャタピラが奏でる音。だが、明らかに正常な戦車の発する音ではなかった。

 そして、砂煙の中に無数の影が姿を見せる。

 

「なんだ……あれ」

 

 誰かの呟きが、ここに居る者全員の思いを代弁していた。

 砂煙の中から現れたのは――くず鉄の軍団だった。

 教廷軍らしい深紅の身を持つ機械達。だが、ある戦車は砲塔部分が無く、空っぽの中身で車体部分だけが動いている。

 ある歩行戦車は車体のあちらこちらが焼き焦げ、不発のロケット弾が突き刺さったまま、耳障りな雑音と共に歩む。

 別の戦車は夥しい数の弾痕が車体を覆っており、それぞれの穴から火花が噴き出している。

 そんな兵器達が後から後から湧き上がるように現れる。

 そして、数えるのもバカらしくなるほどのスクラップの軍団は、艦の前に立ち塞がった。

 艦と敵との距離はせいぜい百メートルも無い。

 その時、艦と敵との間に武装した複数の夜叉が立ちはだかる。

 急遽発進させた部隊と爆発に巻き込まれなかった直掩機、数は約二個小隊。護衛としてなら本来申し分ないレベルだ。

 だが、地を埋め尽くさんばかりの深紅の軍勢を前に、彼らの背中は驚くほど小さかった。

 そして、くず鉄の軍勢は深紅の奔流となって夜叉に襲いかかった。

 夜叉達は手にした火器を余す事なく撃ちまくる。輸送艦からも火器による支援が行われた。

 だが、結果は既に見えている。

 家を飲み込む大火をバケツ一杯の水だけで消す事が出来るか。つまりはそういう事だ。

 一分とかからずに夜叉達は一機残らず、赤い濁流に飲まれて消えた。そこには映画のような華々しさは無く、ゴミのように踏み躙られていったのだ。

 信じられない。分かっていても輸送艦の乗組員達はその思いに支配された。

 

「き、機関最大! 後退全速!」

 

 艦長の怒号で乗組員達はそれぞれに行動を開始する。

 すぐさま輸送艦のエンジンは唸りを上げ、今までに無いほどのスピードで後退した。

 しかし、敵はこちらを追う気配は見せず、距離は着々と離れていく。

 乗組員達に不信感と安堵がない混ぜになった雰囲気が漂う中、敵車両のランプが灯る。

 

(全隊突撃。目標――敵、陸上艦艇)

 

 突如、ガラクタ同然の教廷軍が再び不快な音色を奏で始めた。

 それが意味する事は全員が瞬時に理解出来た。

 乗組員達は再びパニックに陥る。

 僅かに距離が開いたとはいえ、せいぜい二百メートルも無いだろう。更にこちらは足の遅い輸送艦。スクラップ同然とはいえ、教廷の戦車の方が間違いなく速い。

 乗組員達は苦し紛れにフレアや煙幕を次々と展開するが、そんなものが効果を示す相手ではない。

 今や両者の距離は百メートルを切った。

 もはや艦長も誰も、混乱を収める手立てを持たず、乗組員達は祈り、叫び、走り回る。

 距離五十メートル。

 教廷軍はこの距離になっても一発の砲弾も撃たない。思い出してみれば、夜叉達と戦った際も教廷軍は一発も撃たずに、その物量でもって踏み潰していた。

 距離十メートル。

 その時、先頭の教廷軍機の車体が突如として輝き始めたのだ。それは正に、最初の爆発と同じように。

 距離、0メートル。

 

 

―――――

 

 

 そこで映像は途切れた。

 薄暗い室内が沈黙に支配される中、黒髪の女性が部屋の中央に進み出ると、礼儀正しくそれでいて悠然と話し始めた。

 

「一時間程前、チュゼールの補給部隊と通信が途絶えました。哨戒機を急行させましたが生存者は0。今ご覧頂いたのは残骸から回収した映像を復元した物です」

 

 すると、黒髪の女性――李凜はホログラムの将軍達に向けて、各部隊や野営地、情報部からの情報をまとめた資料を手に自身の考えを語る。

 

「そして、昨今前線部隊が確認した教廷軍の戦術行動の変化ですが、諜報部の調べでは一月ほど前に行われた指揮系統の一新が関連していると思われます。事実、それ以降の敵軍の動きは」

「……御託はいい!」

 

 李凜の言葉を遮ったのは居並ぶ将軍の一人、一際恰幅が良く、勲章もここに居る者の中で最も多い、大将軍と呼ばれている人物だ。

 

「それで貴官は何が言いたいのだ? 今度は私の計画にどんなケチをつけようというのだ。おん!?」

 

 横柄な態度でそう言う大将軍に、李凜は静かに力強く述べる。

 

「計画の再考をお願いいたします」

 

 だが、それに対する解答は嘲るような失笑だった。

 

「ふんっ。青二才め、今から計画を変えることの重大さが分かっていないと見える。それとも女に戦争は難しかったか?」

 

 紛う事なき暴言を受け、李凜は溜め息を押し殺す。

 自身の来歴故に、このような侮辱や陰口を叩かれることは珍しくはない。ここまで真っ直ぐ言われることはそう無いが。

 無論、彼女は今までどんなに嘲りを受けても、それを覆させうるだけの成果を出してきた。しかし、これまでの自身の経験として、どんなに成果を出しても認めようとしない人間は一定数いる。特に豊富な努力や経験を経た者ほどその色が強い。

 

「その重大さは、敵の術中に嵌まる事よりも重大なのでしょうか?」

「いつ敵の術中に嵌まった?」

「このままではそうなる可能性が高いと申し上げています。事実、多くの部隊が」

「我が軍は一度たりとも狂信者共に遅れを取ったことは無い!!」

 

 こいつ正気か、という思いが李凜の胸中を占める。

 この一ヶ月ほどの間に多くの部隊が教廷軍の奇襲による被害を受けた。しかも、そのほとんどが半壊ないしは壊滅という状態だ。

 そんな状況で遅れを取っていないなどと言えるのは、状況を理解するだけの知性を備えていないか、そもそも李凜が配布した資料に目を通していないのだろう。

 

(後者が濃厚ね)

 

 その時になってようやく、周囲の将軍達が緩慢に止めに入る。

 

「大将軍殿、そう感情的にならずに」

「そうですとも。李凜殿も長い前線勤務で要らぬ心配に駆られただけでしょう。ここは落ち着いて」

「……うむ」

 

 不承不承頷いた大将軍はわざとらしく咳払いをすると、慇懃な態度で口を開いた。

 

「貴官の意見は理解したが、作戦計画に変更は無い。既にイブン王国の許可もある」

 

 大将軍はイブン王家の印が捺された書簡のような物を示して見せる。

 

「よって貴官は予定通りに敵基地へ攻撃を仕掛けろ。ババラール内への追撃は我々が引き継ぐ」

 

 李凜としては思うところが山ほど有るが、これ以上主張したところで余計にこじれるだけだと。形ばかりであるが了解の意を示す。

 

「うむ。では、以上だ」

 

 それだけ言って大将軍は通信を切る。他の将軍達もそれに従うように次々と通信を切った。

 しかしそんな中、一人だけ通信を維持したままの者が居た。見れば先程大将軍に苦言を呈した者の一人だ。

 

「災難でしたね。まぁその、大将軍を恨まんでやってください。あの人こそ長い戦いで気が立ってるんですよ」

「そのようですね」

 

 そう言うとホログラムのその人物は曖昧な笑みを浮かべた。そしてすぐさま、真剣な表情に戻る。

 

「宏武先生はなんて?」

「……嫌な予感がする、とだけ」

 

 そう伝えると、相手はそうですか、とだけ呟いて顔に手を当てた。そしてゆっくりと口を開く。

 

「せめて侵攻ルートぐらいは考え直すよう掛け合ってみましょう。一度襲撃された場所なんて何が潜んでいるか分かったもんじゃないですから」

「お願いします」

 

 素直に感謝を述べると李凜も通信を切断し、部屋の灯りを点ける。

 すると、入り口の脇によく知る白髪の人物を見つけた。

 

「師匠……」

「わしがいつそんな事を言った?」

 

 どうやら李凜達の通信を聞かれていたらしい。

 もっとも、話し合いの最中にはほとんど気配を感じなかったので、聞かれたのは一部のみなのだろうが。

 

「それにしてもあのような輩は一度痛い目を見せてやらねばならんな」

 

 訂正。気配を消していただけでほとんど聞かれていたようだ。

 

「仕方ありませんよ師匠。ああいう人も居る、今後の為にも良い教訓になりました」

「殊勝なことじゃ……それで、それほど気になるか?」

 

 宏武の視線は李凜の手元の資料に向けられている。

 

「えぇ」

 

 曖昧な返事をしながら、李凜もその資料に目を落とす。そして、意を決したように顔を上げ――宏武に手で制された。

 

「大方、わしに行けと言うのじゃろう。言われずともそのつもりじゃ」

 

 李凛をして圧倒的と感じさせる気迫と共に、宏武は揚々と自身の胸を叩く。

 その光景に李凛は胸の中に残る不安を握りつぶした。

 

「ありがとうございます」




やっぱり、機械霊の再構築自爆特攻ほど怖いもんはないんじゃ無いだろうか。自爆しても死なないとか何の冗談だよって感じですね

そして、どうでしょう大将軍。
皆さんをイラッとさせられたなら合格ですが、ある意味人を怒らせるのも才能?なのかもしれませんね
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