かつての指揮官   作:天塚夜那

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教廷の将軍 第六話

「おう、ようやく来たか」

「遅すぎだよ将軍」

 

 無数の機械と人が行き交う合う中で、二つの声が響く。

 格納庫の中央には二人の対照的な教廷騎士が待ち構えていた。

 彼らの元に辿り着いたダンテは開口一番に二人――バモフとアンドレアに謝罪を述べる。

 

「すまない二人とも、随分待たせたね」

 

 腰から頭を下げようとしたダンテだったが、それを二つの手が制した。見ればバモフとアンドレアの表情は随分と穏やかで、見ようによってはにこやかとも取れるものだった。

 

「構わんさ。教廷の栄光が為に戦う貴殿の行いは全て神への奉仕、ならばなにものにも増して優先されねばならないというもの」

「今更気にしないよ……よくある事だし」

 

 鷹揚に手を振るバモフに対して、アンドレアの言葉には棘が有ったが、それが非難を目的としたものでなく、ほんのイタズラの類だろう。

 ダンテも長い――一般的な基準で――付き合いの中で、この異形の少女と獣の如き武人の事はよく理解していた。だからこそ、困ったように頭を掻く彼の表情にも笑みがこぼれた。

 

「ほう、意外だな。汝は遅刻が多いのか」

「多いぞバモフ卿。この前など鋳造総監殿に遅刻の詫びにと」

「アンドレア! 頼むから、それ以上は勘弁して!!」

 

 アンドレアは悪戯っぽい表情で肩をすくめ、バモフは取り乱すダンテを珍しそうに見ている。

 バモフもアンドレアも、教廷では振り袖すら合わないような間柄だが、ダンテという人物をワンクッション置くことで、自然な会話も出来る。

 その時、ダンテは一度手を叩いて二人の注目を集めた。

 

「それはいいとして、改めて将軍として、君達には感謝を述べさせて欲しい。精鋭たる教廷騎士を二人も得た事で敗軍の悪足掻きが、まっとうな反撃になりそうだ。……ありがとう」

 

 するとアンドレアは不適な、バモフは凶悪な笑みを浮かべた。

 

「気にする必要は無いよ。教廷のために戦うのは当然のこと……それになんだか面白いものを触らせて貰えるんでしょ?」

「半分は卿と同意見だ。このまま何も出来ず敗走するようでは、教廷の名に泥を塗るようなうなもの! 講和など臆病者のような真似は出来ん!!」

 

 アンドレアは先程と同じ悪戯っぽい笑みを浮かべ、バモフは高笑いと共にダンテの背中を思いっきり叩いた。

 いや、彼としては親しげに叩いているつもりなのかも知れないが、いかんせんこちらは生身、相手は全身機械だ。吹っ飛ばなかっただけ運が良かったというもの。軽く息は止まりそうになったが。

 

「そっそれは良か……っ!!」

 

 どうにか言葉を返そうとしたその時、バモフの背後から一陣の風が巻き起こり、ダンテの鳩尾に質量を伴って叩きつけた。

 ダンテは空気の抜けるような声と共に尻もちをつく。

 

「おう、そうだった、こやつも連れてきたのだった。どうも汝に遭うのが待ち遠しかったようでな」

「君って犬にも好かれるんだ」

 

 片や嬉しそうな、片や呆れたような言葉が頭上から降ってくるが、ダンテはそれどころではなかった。

 自身に飛びかかって来たバモフのペット――バーハをどうにか落ち着かせようと奮闘していた。だが、ダンテの健闘も虚しく、バーハは千切れんばかりに尻尾を振り、嬉々としてダンテの顔を舐め続ける。

 

「よぉしよしよし。良い子だねバーハ」

 

 そうしてダンテはバーハに声をかけながら、撫で続けてやった。すると、ようやく落ち着いて来たらしく、バーハをどうにか引き離す事に成功した。

 

「また今度遊んであげるからね」

 

 ダンテがそう言うと、言葉が分かったわけではないだろうが、バーハはウォン、と一声鳴いて再びバモフの背後へと移動した。

 ダンテは一度咳払いをして二人に向き直る。

 

「それでも、二人ともありがとう。これで作戦はより完璧になったよ」

「ふむ……それは結構なことだが、汝は我々にどのような役回りを期待しているのだ? 連絡では展開中の作戦に必要不可欠な人材で有る為協力せよと、それだけしか聞いておらんのだが」

「同じく。部隊を率いろと言うならまだ分かるけど、それについての説明すら無かったよ。一体、君は私達に何をさせる気なの?」

 

 それぞれに疑問を呈する二人に、ダンテは笑みを浮かべる。

 

「説明よりも見て貰った方が早そうだね。これを」

 

 そう言って端末を手にしたダンテは、一度アンドレアの方に視線を向けた。

 彼女はシンシアと同様、全身を機械に改造している。当然年齢的にはダンテの遥かに上だろう。だが、その容姿は少女という言葉こそふさわしく、上背はダンテの肩にも届いていない。

 そして今度はバモフに視線を向ける。

 こちらは戦争院のソードマスターだけあって、筋骨隆々の引き締まった身体はダンテより頭ひとつ高い。

 つまり、この二人の間にはかなりの身長差がある。もし、アンドレアに見易いように端末を掲げたならバモフにとっては低すぎるし、逆にダンテやバモフに見易い位置ではアンドレアにとって高すぎる。

 無論、端末を直接見せるのではなく、ラップトップなどでどこかに表示する方が望ましいのだが、あいにくそういった精密機器のほとんどは外部に運び出してしまった後だ。。

 仕方なく、ダンテはトランスミッターで壁際のBM用ハンガーから自身のタイラントを呼び出す。

 タイラントは三人の前に歩を進めると恭しく跪き、コックピットを開く。

 装甲の継ぎ目を足がかりに飛び乗ったダンテは程なくして、ラップトップと投影機を持って降りてきた。

 

「なんでそんなものコックピットに入れてるの?」

 

 アンドレアのもっともな疑問に対して、ダンテは機材の調整を行いながら平然と答える。

 

「ここでは警報が一晩中なりっぱなしって事もよくあったからね。いつでも動けるよう、BM内である程度の仕事は出来るようにしてたんだ……っと、よしできた。これを見て」

 

 ダンテがそう言うと、投影機がホログラムの立体地図を形成した。

 地図には今彼らが居る基地を中心として、敵味方の部隊がそれぞれ赤、青の凸型で表示されている。地図は形状として横長で、東西に広く映し出されている。

 これを見たバモフとアンドレアはどちらも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 その戦況を一言で言い表せば、絶望的だった。

 地図を一見しただけでも、両軍の戦力には随分差がある。

 チュゼール内ではその差はより明白だ。

 何故なら、既にチュゼール国内にはこの拠点以外に、教廷側の勢力は存在しない。そして、この拠点のすぐ後ろにはチュゼールとババラールの国境がある。

 対して基地を包囲している極東共和国軍は、基地周辺に配置されているだけで、基地内の教廷軍の三倍以上の規模を誇る。加えて、後方からは続々と応援が加わっており、こちらに向かっている敵の数だけでも、包囲網を形成する極東軍に倍するほどだ。

 

「思った以上に劣勢なんだ」

「まぁね。これでもよく保ってる方なんだよ」

 

 アンドレアの平然とした物言いに、ダンテが頰を掻きながら答える。なんとも軽く言ってくれるものだ。

 そんな彼らの中で、バモフが顎に手を当てて唸り声を上げた。

 

「由々しき事態だな。……しかし解せん。何故敵は攻めてこようとしない? まがりなりにも奴らはここまで勝ち続けているのだろう。勢いにのってそのまま攻め入れば良いものを」

「割と単純な理由だよ。敵軍はこっちの戦力を過大評価してる。ただそれだけ」

「過大評価?」

「この基地に撤退させた戦力から判断したんだろうね」

 

 事も無げに答えたダンテに対して、今度はアンドレアが疑問を呈した。

 

「これほど差があれば気づかれそうなものだけれど」

「そこはほら、腕の見せ所ってやつだよ」

 

 はにかんだように笑うダンテだったが、それを見ているアンドレアの目は懐疑的だった。だが、彼女は何も言わないまま、バモフが口を開いた。

 

「では、汝がそこまで隠した戦力は何処へと消えたのだ?」

 

 地図を見れば、現在この基地と周囲に展開している部隊数がこれまで基地に撤退してきた部隊数から考えればまるで足りない事は一目瞭然だ。

 

「ここだよ」

 

 ダンテが指差したのは、基地から南西に位置するババラール領内の物資集積所だった。そこには無数の青い凸型が配置されている。

 

「どうしてこのようなところに兵を置くのだ?」

「単純な伏兵。敵の戦線をこの基地に集中させて背後を突く。ありきたりでしょ」

「ふーん。技術者としてこういう事に疎いんだが、ソードマスター殿はどう思う?」

 

 すると、問い掛けられたバモフは口元に手を当てながら唸るような声を発した。そして、戦術マップ上の拠点を指差す。

 

「汝の話は分かった。だが寡兵による挟撃など一つずつ潰してしまえば良いだけだ。具体的には伏兵が来るより先に基地が堕とされるのではないか?」

 

 そうだ。挟撃は前提として、敵よりも自軍の方が数で勝っているときに有効な手となる。

 ではこの機はどうかと言えば、地図にもあるとおり、現在基地を包囲している戦力だけでも今居る教廷の全軍をしのぎ、更には後方に圧倒的な規模の陸上艦隊が控えている。

 

 

「まぁ大丈夫、成功するよ」

 

 だが、当のダンテには心配する様子も、不安がる素振りも無く、余裕すら感じさせる笑みを浮かべている。

 その光景につい二人も安心感を抱いてしまうが、彼らは努めてそれを振り払う。

 なにせ、現状を見る限り、そんな判断が出来る余地など何処にもないのだ。

 例えその言葉を発したのが、戦場における最高権力者であり、内外から全幅の信頼を寄せられる将軍だったとしても。

 

「へぇ、随分な自信だけど、その根拠は教えて貰えるの?」

「根拠? 根拠かぁ……」

 

 一度は黙り込んだダンテだったが、程なくして一つ頷く。

 

「理由は主に二つだね。一つは数の差を覆しうる切り札がある事」

「切り札?」

 

 アンドレアの問い掛けに、ダンテは普段と異なる不適な笑みを浮かべる。

 

「試作段階の兵器でね。まだ調整不足な面もあるけど、強力だよ」

「へぇ……それは興味深いね」

「それで、もう一つの理由というの、なんなのだ?」

 

 アンドレアがダンテと似た笑みを浮かべるが、今度はバモフから問い掛けた。

 

「もう一つは言ってしまえば、知ってるから、だね」

「知ってる?」

 

 バモフが疑問の声を挙げると、ダンテは困ったように笑みを浮かべた。

 

「詳細は勘弁して。ただ、信じて欲しい。俺は知ってるんだ、敵の数、動き、出現位置に予備兵力、いつ、どこを、どのような規模で攻撃するのかを」

 

 そこまで言うと、ダンテは一度咳払いして、居住まいを正した。

 

「それで、急で申し訳ないけど、二人にはこのまま最終便で部隊に合流してもらう。作戦要綱は端末に送ってあるからおって確認してくれ」

「将軍はどうするの?」

「俺も二人と一緒に基地を離れるよ」

「基地を空にするのか!?」

 

 バモフが思わず詰め寄るが、ダンテはそれを上手くいなして答える。

 

「充分な戦力は残していくから心配しないで、今後の事を考えればチュゼールの基地に利用価値が無いんだ」

「うぅむ、汝の言うことも分かるが」

 

 承服しかねる。

 そんな言葉が聞こえてきそうなバモフの表情にダンテは心からの笑みを浮かべる。

 表情すら分からない者達が数多く居る教廷では、バモフのようにはっきりと感情を見せる人物は珍しく。ダンテとしてはバモフのその人間性はとても好ましかった。

 しかし、それは同時に自身の胸の中に僅かな痛みを与えた。

 

「二人ともすまなかったね、無理ばかり言ってしまって。この埋め合わせはいずれ必ず」

 

 再び頭を下げようとするダンテを、再び二本の異形の手が制する。

 

「同じ事を何度も言うのは好かんぞ。汝が負い目に感じることなど何も」

「恨むよ~将軍……ライン製の高級チョコで手を打ってあげる」

「なっ! ならば我は……むぅぅ」

 

 ちゃっかりと要求を出してくるアンドレアと、自身もなにかしら要求を述べておくべきか悩むバモフ。そんな二人の光景にダンテの顔にはいつしか、極めて自然な笑みが浮んでいた。

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