「・・・まだ目を覚まさないんですか、院長?」
「そりゃそうだろう、碑石くん。
彼は満身創痍の状態で病院を抜け出して、
それで何か喧嘩をやらかしたんだろ?
そして、市役所の崩落に巻き込まれた。
これで生きているのが不思議なくらいだよ。
もっと不思議なのは、どうして君が無傷なのかということだが。
笛吹文雄が重傷、保険証を持っていない煉獄杏寿郎という喧しい男も重傷、
その杏寿郎に庇われていた胡桃まなかは比較的軽傷。
あと、佐鳥かごめも比較的重傷だが、笛吹くんが庇ってくれたからだな。
仏英正史郎は芸術活動に支障はないが左腕複雑骨折。
千堂無花果は左足骨折で、その恋人の沖田総司は右足骨折。
すごく私の心をくすぐるスーツを着ていた男は両足骨折、バイクには当分乗れないね。
天音月夜と、その妹の天音月咲は全身を負傷だが、治癒は早い。
八雲みかげは地下深くにいたせいで、酸素欠乏症を発症しかけたが、私が意地で治した。
市役所の近くにいた少女たちはかすり傷くらいで済んだ。
どういうわけか市役所から離れた場所に落ちた水波とかいう少年は受け身を取れたから軽傷。
だが、その近くに落下した白谷氷河はあばら骨が三本くらい折れてたね。
どういうわけか無傷なのは、君と心根光種くらいだよ。医学的に不可思議だ」
「そりゃごもっとも」
「医学的に不可思議な君たちの事もそうだが、
政治的には、笛吹文雄の方がもっと不思議だね。
まさか、美国の一人娘がわざわざ虫の知らせで助けに来るとは。
ここに君たちを乗せたリムジンが来た時は驚いたよ。
まあ、彼女たちの応急手当で君たちは助かったわけだが」
「・・・美国議員と知り合いでしたか?」
「まあね。それより、弟の娘が君に会いたがっているんだ。
私は仕事があるからね、少し外してるよ」
入れ替わるように、里見那由他が入ってきた。
「碑石健康さんですね、伯父から話は聞いているですの。
私は里見那由他と申しますの」
「初めまして、那由他さん。父親が民俗学を研究しているそうだね」
「・・・ええ」
「民俗学は良い学問だと思うよ。私の好きな歴史学の根幹にも関わってくる」
碑石がそう言うと、那由他は少しうれしそうな表情をした。
「そうですの!ただ・・・」
「確かに実用性から鑑みると、医学や物理学には劣るさ。
それでも、社会学よりかはだいぶマシだろう?」
「ええ、それもそうですの」
※これは二人の意見です!しかも、二次創作の文章です!
「それに、私の友人は民俗学的観点で、宇宙の真実に踏み込もうとしてる。
その友人とやらは、隣の病室でぐっすりとお休み中だが」
「・・・どんな感じなんですの?」
「そうだね、ちょっと風変わりな理論だけどね・・・」
その様子を灯花に見られていたことを、二人とも気づいていなかった。
その頃、正史郎はギプスで固定された自分の左腕をじっと見ていた。
そんな正史郎を見て、御園かりんは心配そうに声をかけた。
「えっと、元気出してほしいの!正史郎くん!」
「・・・大丈夫だ。左腕が使えなくとも、右腕がある。
そして、俺の利き手は右手だ。タルト様をを描くのに問題はない」
「よ、よかったの・・・」
「それに、お前に負ける日など永遠に来ないだろうからな」
「ひどいの!」
「・・・セイシロウ、だったっけ?」
アリナは、正史郎のことも忘れていた。
「少し聞きたいんだケド、貴方にとってタルトって何なワケ?」
「様付けしなかったのは許してやる。
タルト様は・・・俺にとっての光であり、希望であり、信仰だった。
・・・この話は以前にもしたんだがな」
「・・・ふーん」
「タルト様は、決して誰にも傷つけられないような存在だった。
祖国のために、信仰のために、生きておられた方だった」
「まるで一緒にいたことがあるみたいな口調だケド?」
「ああ、いたんだ。彼女は実在したんだ」
「だから、あんなにリアルなワケ?」
「まあ、そういうことだな」
正史郎がタルトのことについて饒舌に話すとき、
かりんはいつも胸が締め付けられる感じがした。
彼がかりんのことに興味を抱いていないのは誰の目から見ても明白だった。
思い込みの強い傾向にあるかりんもそれはわかっていた。
最初に会った時、彼はやはりタルトという少女の絵を描いていた。
放課後の美術室、差し込む夕日、それに照らされる彼。
それは恋というには、あまりにも幼いものだった。
さらにいえば、正史郎は未だにタルトという少女に恋をしている。
「今回、俺の怪我が軽く済んだのはタルト様のご加護のおかげだ」
その隣の病室では、元市役所職員の男と、無花果&沖田がベッドの上にいた。
「よかったな、君たち。二人三脚ができるじゃないか」
ちなみに、謎の配慮によって、無花果と沖田は同じベッドだった。
「そんな他人事みたいに・・・いえ、すいません」
「私は嬉しいですよ、無花果さんと一緒にいられて」
「お前のせいだってわかってるぞ??
ドリルの時間ってどこの猫アニメだよ???」
「ギクッ」
そんな二人を、男は微笑んで見ていた。
「そういえば聞きたいんだが・・・君は笛吹文雄をどれくらい知っているんだい?」
「まあ、一言でいえば、僕が知っているうちで一番倫理的な転生者だな。
アイツはポンと何でもかんでも貸してくれるような奴だったし、
幼馴染のことが関わらなければ、暴力に訴えることもない。
僕と同じような傍観系転生者だったけど、これからは違うかもしれないな。
アイツはかこが傷つかないように、原作さえも踏みにじるだろう」
「なるほど、それでわかったよ。今から、少し信じられない話をしよう。
俺は見たんだよ、彼が安名メルの亡霊に守られていたところを。
彼と彼女の間に、何があったのかは知らないが、少なくとも彼女は笛吹を守ろうとしていた。
君たちをバイクに乗せる前に、彼は一度、瓦礫の下に埋まってた。
でも、瓦礫が直撃しなかったのは、彼女が上手く結果を誘導したからだろうな」
「なんとなく納得できる。笛えもんも易経が趣味だし。
おそらく、何らかの形で知り合ったんだと思うね。
まったく、あいつはとんだリア充だよ」
平穏な時間は終わった。
水波レナがドアを蹴飛ばして入ってきたのだ。
「へえ、誰がリア充ですって?アンタもリア充よね?
レナを置いて、彼女こしらえて、温泉旅行ですか?
いいご身分ね?ええ?神浜市が大変なことになっている間も?」
「レ、レナ!これは違うんだ!許してくれ!」
「レナは許すわ。でも・・・このトミーガンが許してくれるかしらね?」
視点を移そう(切実)。
視点を移した先は、氷河とレナの弟の病室だった。
氷河の方は色々とくたびれていた。
なにしろ、氷河はチームアザレア三人組からみっちりお説教を喰らったからだ。
「元市長さん、大丈夫ですか?」
「これが大丈夫に見えるのかい?・・・というか、君の方こそ顔が酷いじゃないか」
レナ弟の方も、入院後すぐにレナから何十発もビンタを喰らった。
何しろ、彼は空中戦で白兵戦という危険行為に及んだのだ。
「・・・姉ちゃんも俺を心配してのことなので」
「そ、そうか。・・・ボク、どうして負けたんだろうな?」
そこに、心根が入ってきた。
「坊主、調子はどうだ?」
「ええ、良くなりましたよ、心根兄ちゃん」
「そうか、そりゃよかったよ。それで、どうして負けたのか気になってんのか、氷河?」
「ああ、そうだよ。はっきり言って、ボクの方が強いはずだった。
それなのに、まさか笛吹くんにああもやられてしまうとは・・・」
それを聞いて、心根は苦笑した。
彼は自信満々で笛吹に挑んだのだ。
しかし、その結果は散々たるものだった。
「同感だ。アイツの力は望んだものを出すだけの能力だった。
でも、よく考えてみたら事前準備さえ済ましていたら最強なんだよな。
先に最強のカードを出せばいいだけなんだからよ」
「ボク、すっかり入院していた笛吹くんのことを見逃していたんだ。
どうせ怪我人には何もできないだろうって。そしたらこれだよ」
「俺にもわけがわかんねえよ」
そこで、レナ弟が片手を上げた。
「・・・俺の予想を言ってもいいですか?」
「うん?いいぞ」
「おそらく・・・愛だと思うんですよ。
小説兄ちゃんはかこさんという女性が好きだって聞きました。
その人のため、本来ありえないような力を出せたんだと思います」
それを聞いた氷河は困惑した。
「愛?それでボクに勝ったというんですか?
確かに立ち上がるための燃料にはなると思うけど、
それでもボクに勝てる理由には・・・まあ、確かにこうなってしまいましたが」
「あと、小説兄ちゃんはたまに変な歌を口ずさむんです。
確か・・・愛で空がどうのこうのって。いい歌だとは思いますが」
心根は爆笑した。
「はっはっはっはっは・・・!そりゃ最初から笛吹が勝てるわけだよ!
アイツ、よく考えてみたら精神論的な奴だった気もするし」
そこに、和泉十七夜が入ってくる。
「ふむ・・・なかなか興味深い話だな。愛で勝ったと。
それで神浜市の破壊も防いだか。・・・実に興味深いな?」
「十七夜か。話聞いてたのか?」
「ああ、廊下の方でも聞こえたからな。
まあ納得はできるな。愛を持つ人間は持たない奴よりかは強い。
さらに言えば、私も少しは希望を持てたわけだ。
その愛を持った人間に、東西の区別なく付いていった奴らがいたからな。
愛でわかり合う。・・・ふん、実に純朴すぎるな」
それだけ言うと、彼女は病室から出て行ってしまった。
「「「・・・何だったんだ?」」」
三人とも、同意見だった。
しばらくして、心根も病室から出ることにした。
「・・・ああ、お前が負けた最大の理由がわかったぞ」
「何だい?」
「よく考えてみろ、あの時のお前って完全にテンプレ踏み台じゃないか」
「なるほど、負け確定だったと。ふざけんじゃねえ。
あのクソ狂気文学作家のどこが主人公なんだよ」
そして、八雲みかげと天音姉妹の病室に向かう。
その途中のことであった。
「はい、煉獄さん。あーん」
「うむ、まなか殿のすいーとぽてとは今日も最高だ!わっしょい!」
心根はそのまま無視して通り過ぎた。邪魔するのはよしておこうというわけだ。
そして、目的の病室の前に立って、ドアをコンコンと叩く。
「入っていいわよー」
みたまの声だった。言われたとおりに、中に入る。
「光お兄ちゃん!お弁当だよ!」
「おっ、ありがとな。・・・それで、三人とも調子はどうだ?」
「尻が痛いでございます」
「ウチも」
「ミィは姉ちゃからも叩かれたんだけど」
それを聞いて心根は笑った。
「ははは・・・まあ、いつも通りじゃねえか!
待て、みたま、どうして俺に近づいてくるんだ。
その手に持っている鞭を離すんだ」
「聞いたわよお?たくさん魔法少女を殺したって?」
「・・・確かにそうだったな」
「友達が殺されかけたのは私も知ってるわ。
でもね、それが免罪符になるわけじゃないわ。
もちろん、市長の凶行を止めたことも免罪符にはならないわ」
心根は魔法少女を殺した。たくさんの人間を殺した。
恐らく、この世界で一番血に染まった転生者だろう。
本来だったら全面戦争になっていてもおかしくはないのだ。
心根はあの日以来、考えていた。転生者だったら殺人も許されていいのか。
違う、そうではないはずだ。そうであってはならないはずなのだ。
(・・・A、アンタは最悪の主人公だよ。職員を大量に死なせて悟りに至る、最低だ。
人殺しはどんな理由があっても正当化できないんだよ)
もはや心根はどんな罰でも受け入れるつもりだった。
「みたま、俺を殴ってくれ」
「殴るのは私も気が引けるから・・・こうするわあ」
二本のやわらかい指が、心根の眼球に向かって直進運動を開始した。
「なるほど、さっきのムスカみたいな悲鳴はそういうわけか。この弁当旨いな」
「理子の店の弁当だからな・・・前が見えねえ。
ほら、かこも食えよ。最近、何も食ってないって聞いたぞ。
そんなんじゃ、笛吹が起きた時に逆に心配されるぞ」
「・・・」
かこは黙って弁当を受け取った。
二人はそんなかこを見て、小声で話し出す。
(おい、碑石。大丈夫なのかよ?かこの奴、ずっとあんな調子じゃねえか)
(さあね、この眠り姫ならぬ眠り王子が目覚めない限りはなんとも)
(ところで、さっきお前は誰と話してたんだ?)
(ここの院長さんの親戚とね。魔法少女さ。民俗学に詳しくてね)
(・・・もしかして、笛吹が言ってた理論を話したのか?)
(色々と欠点を指摘されたけどね。そもそも、どうして民俗学を宇宙に当てはめたのかとか)
(正論じゃねえか)
こうしている間にも、笛吹はなかなか目を覚ましてくれそうになかった。
かこは弁当を食べ終えると、また笛吹をじっと見つめるだけだった。
(碑石、そろそろやばいぞ。かこがずっとこんな調子だと・・・)
(笛吹くん、起きた後にひどい目に遭わされるな。夏目さんをこんなにしたからね)
(ななかに、あきらに、純実雨に、あやめに、フェリシアに・・・いっぱいだな)
(笛吹くんも彼女たちと知り合いだそうだからね。こりゃ後が怖いよ)
(俺たちは無関係でいられるかな?)
(駄目だね。私たちも責任の一端は負わされるだろう)
(笛吹!早く起きてくれ!)
心根の願いが叶った結果だったのか?
それとも、U-1との対話が終わったタイミングと被っただけなのか?
「・・・かこさん」
前とは逆だった。今度は、笛吹がかこを抱きしめたのだ。
「ふーくん・・・うわあああああん!」
張り詰めていた糸がぷつんと切れたように、かこは泣き出した。
そんなかこの頭を、笛吹は優しく撫でる。
「・・・さて、俺たちは邪魔のようだな」
「そうみたいだね」
二人は病室から出た。すると、見知らぬ男性と鉢合わせになった。
「おや、君たちはかこの友達かい?」
「ええ、碑石と言います」
「心根です」
「そうか・・・君たちがそうだったか。
笛吹がよく君たち二人のことを話していたからね」
「笛吹くんさっき起きたところですよ」
「そうかそうか。私の娘に心労を掛けさせた罪は重いな」
二人はこの男が誰なのかようやくわかった。
かこの父親は、ためらうことなく病室に入っていった。
「おや、何をしているんだね?」
「あっ、お父さん・・・これは、そのちがうんで・・・」
「貴様にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」
数秒後、病院全体に笛吹の悲鳴が響き渡った。
「・・・なるほど、夏目さんの父親にやられるのが先だったか」
「こういうのを残当っていうのか?」
さらに、フェリシアとあやめ、かこを除くチームななかが病室に入っていく。
さらに数秒後に、再び笛吹の悲鳴が病院全体に響き渡った。
それを聞いて、がくがくと震えだしたのは氷河だった。
彼はどうして笛吹が悲鳴を上げたのか、本当の理由を知らなかった。
かこからのOHANASHIを受けているのだと勘違いしていたのだ。
つまり、次の標的は彼だということになるのだ。
もう、彼はお説教など受けたくなかった。
スクリーン越しに、かこのOHANASHIは見たことがあるのだ。
高町なのはのOHANASHIよりかは慈悲深いが、それでも過酷なのだ。
「・・・レナの弟さん、ボクは逃げるよ」
「ええ、ボクも小説兄ちゃんが普段ひどい目に遭っているのは知っているので」
氷河は回復魔法を自分自身にかけて、窓から飛び去ろうとした。
「おっと、逃がしませんよ」
彼の頭をガシッと掴んだのはかごめだった。
「ひっ!?」
「私、決めたんです。もうかこさんを殺しても意味はないって。
そんなことをしても、笛吹くんを傷つけるだけだって。
私みたいなのを庇う笛吹くんを傷つけちゃいけないって、ようやく気付いたんです」
「そ、それで、どうしてボクの頭を・・・」
「だから、決めたんです。せめて、二人を傷つけるかもしれない存在は取り除こうって。
氷河さん?あんなことをしようとして、まだ逃げる気なんですね?
このはさん、葉月さん、まだ説教が足りないようですよ」
「・・・わかったわ」
「・・・」
「ちょっ・・・レナの弟さん、助けて!」
「むにゃむにゃ、もう食べられない」
「寝たふりすんな!・・・あっ、あっ、嫌だ、来な・・・」
何もかもが終わりだった。
次に病院全体に響いたのは、氷河の悲鳴だったのだから。
さらに数時間後には、かこのOHANASIHIにより笛吹と氷河の悲鳴が再び響き渡った。
「・・・賑やかな病院ね」
「更紗帆奈、ゴーホーム」
「あら、酷いじゃない。碑石くん」
「酷いも何もあるもんか。空気というもんがあるだろ。
というより、君、一番危ない立場なんだぞ。
笛吹くんを怒らせたら、どうなるかわかるだろ?」
「確かに・・・そうね、あたしもまだ死にたくないし」
「そういうわけだ。飲み物奢るから帰ってくれ」
「昔からあたしみたいなのにも優しいのは変わらないね」
「・・・飲み物はどれがいい?」
「アイスティーしかないんでしょ?」
「・・・どうしてその語録を知っている?」
「それはヒミツ」
少なくとも、この世界ではゲイ向けのビデオは流行していなかった。
それどころか、そのきっかけになった作品自体も知られていなかった。
つまり、語録というのは転生者しか知らない(色々な意味で)機密情報なのだ。
まあ、転生者がその気になれば流行させることはできるが、とある選手が終わることになる。
「・・・まあ、コーヒーとかもあるけど」
「じゃあ、それをもらうね」
碑石はコーヒーを注いで、帆奈に渡した。
「碑石くんは何か飲まなくていいの?」
「コーヒーと紅茶しかないんだ。
私はコーヒーが嫌いだというのは君も知ってるだろ?
そして、紅茶は大好きだが、君が嫌なことを言い出しそうでね」
「あなたのことが、好きだったんだよ」
「やめてくれ・・・職人時代の悪夢がよみがえる・・・」
「わあ、レイシストだったんだ!キモーイ!」
「・・・それで、用事はなんだい?
この病院を混沌に陥れに来たんだったら帰ってくれ。
私の胃を尊重してくれる気持ちが少しでもあるんだったら」
「えー?つまんないなあ!」
「私が求めるのは、平穏だからね」
すると、彼女は冷えた笑みを浮かべた。
笑顔とは本来、敵対的な意味が込められている。
しかし、彼女の笑顔はそれとはまた別の恐怖を与えるものだ。
「碑石くん、あなたたちって本当に罪深いね。
あたしたちがもがき苦しんでいる間、あなたたちは平穏を享受していた。
平穏が欲しいからと言って、ずっと他人に苦しみを与え続けていた。
確か・・・笛吹文雄だったかな?アレはその例外になるかもだけど。
そうそう、用事っていうのは、笛吹文雄くんに手紙を渡すように頼まれたんだよ」
彼女は懐からラーメン士郎のロゴが書かれた封筒を取り出した。
「多分、社長さんかも。あなたたちみたいな匂いがしたから」
「・・・ラーメン士郎のCEOは表には姿を出さないと聞いたんだが」
「知らないわよ、そんなこと。まあ、イケメンだった。
まあ、違和感しかなかったんだけどさ。外見と中身が合っていないというか。
見た目だけだったら・・・イギリスの王様を従えていそうな感じだったな」
碑石は納得した。”士郎”とはそういう意味だったのだ。
それと同時に、更紗帆奈に対する疑問がさらに増した。
どうして、マギレコ世界に存在しない作品を知っているのか?
「それじゃあ、私はこれで帰るよ。コーヒー、ありがとね。
あと、笛吹くんに一言。マギレコにようこそ」
それだけ言うと、彼女はそそくさとその場から立ち去った。
笛吹文雄、ありがとうございます。
貴方のおかげで、神浜市は守られたのです。そして、我が社の資産も。
我が社だけではありません。我が社と友好関係を結んでいる企業の資産も守られたのです。
私たちは、貴方に対して非常に感謝しております。
そのお礼として、割引クーポンをお送りいたします。
どうか、貴方のご親友と、貴方の愛する人と一緒にお使いください。
しかし、それはそれとして、万々歳の方もよろしくお願いします。
現在、結果的には私と彼女の関係はないも同然ですが、それでも私の原点はあの店にあるのです。
もう、全ては遠い数億年前の彼方となってしまいましたが。
どうか、50点のあの店の味も大切にしてください。
ラーメン士郎CEO EMIYA/SHIROU
「・・・まあ、得をしたっていうことでいいんじゃないんかい?」
「そうですね」
「どうしたんだい、顔が暗いが?OHANASHIのせいか?」
「いえ、それはいいんですよ。ただ・・・」
笛吹は悲しげな表情をして言った。
「僕の体、もう二度と満足には動かせないかもしれないんです。
足にもうまく力は入りませんし、視界もやけにぼやけるので。
院長さん曰く、一生戦う覚悟が必要だと」
「・・・そうか、あの人でも難しかったか」
「・・・僕はもう、探査機開発に参加できないかもしれません」
そこに、心根が入ってきた。
「リモートワーク、って言葉知ってるか?諦めるんじゃねえよ」
「なるほど、さすがは心根さん。もう少しだけ、踏ん張ってみますよ」
いつも引っ張ってくれるのは心根だった。
最初に、探査機開発を提案したのも彼だった。
笛吹は心の中で彼に深く感謝した。
「・・・そういえば、更紗帆奈がさっき変なことを君に伝えてほしいと言ってたな。
マギレコにようこそって。一体、どういう意味だい?」
すると、笛吹は微笑んだ。
それは、碑石が見た中では、一番優しい微笑みだった。
「まあ、深い意味はありませんよ。ただ、僕のことをこの世界の人だと認めてくれたんだと」
碑石はそれで全てを理解することができた。
笛吹文雄は転生者としてある意味で最大の禁忌を犯すつもりなのだと。
心根も碑石と同じように察したようだった。
それを止める理由など、なかった。