草木も静まる丑の刻、笛吹は一人ノートパソコンで文字を打ち込んでいた。
暗い病室、ただ画面の光だけが彼の顔を照らしていた。
ノートパソコンは、例の探査機とネット接続されている。
「笛吹くん、そろそろ寝たらどうだい?」
碑石がコーヒーを持ってきた。
「いえ、どうせ昼も寝ることになるのでいいんですよ」
「それもそうだったね」
ただ風の音だけが病室のBGMだった。
「ところで・・・君は眠っている間にどんな夢を見てたんだい?」
「・・・どうしてそんなことを」
「いや、どうにも君は起きた後に何か変化しているからね」
碑石は何となく気づいていたのだ。
笛吹が何かに巻き込まれているのではないのかと。
「まあ、変わった人たちには会いましたね。
一度目は碇シンジに似た人で、二度目はU-1と名乗る人でした」
「黒歴史の塊みたいだな」
「どういうことですか?」
「・・・ハーメルンやっているんじゃなかったのかい?」
「やっていますが・・・?」
「なるほど、まあいい。忘れてくれ」
「・・・?」
前世において、笛吹はハーメルンにおいて新参であった。
だからこそ、二次創作の歴史など知っているはずもなかった。
ちなみに、作者も今年から始めた新参だが、勉強はした。
「・・・覚悟は決めたのかい?」
「ええ、もう決めていますよ。
例え、変人と見られてもいいんです。
ただ、僕が誠実でありたいだけなんですから」
「そうか、まあ私も止める理由はないからね」
会話中も、作業の手を止めることはなかった。
病室のBGMは、キーボードを打ち込む音も含まれていた。
「・・・心根くんの作業は終わった。
もうすぐ、私の仕事も終わるだろう」
「そうですか、僕の仕事も大体片付きそうですよ。
ただ、心残りがあるとすれば、打ち上げに行けそうにないことですね」
「私にいい考えがあるんだが」
それから、月は沈み、神浜市はいつものように夜明けを迎えた。
太陽が東から、南、そして西へと沈み、また月が上がった。
パターン化された動きが三回繰り返された。
その間、神浜マギアユニオンとPROMISED BLOODは大きな動きを見せなかった。
特に理由は無い。たまたま動かなかっただけだ。
魔法少女たちが緊張状態にある中で、男子たちは協調主義的になっていた。
半ば強制とはいえ、氷河も探査機打ち上げ準備に携わったのだから。
無花果も沖田と二人三脚状態で手伝ったし、煉獄杏寿郎も彼らを鼓舞した。
四回目、月が上がることはなかった。新月だったからだ。
月の光がないから、星空がしっかりと見えた。
「こんな場所があったんですね!」
「ええ、碑石さんに教えてもらいました」
笛吹とかこが歩いているのは病院の近くにある野原。
体はだいぶ回復しており、院長の外出許可も出ていた。
もちろん、碑石の根回しもあったわけだが。
二人はレジャーシートを敷いて、一緒に寝転がった。
「こうして二人きりになるのも久しぶりですね、ふーくん」
「ええ、そうですね」
その時、流れ星がさっと流れた。
しかし、笛吹が待っている流れ星ではなかった。
「願い事できませんでした・・・」
「また流れると思いますよ、安心してください
・・・少し変な事言っていいですか、かこさん」
「いいですよ」
「僕、普通の人間じゃないんです。
その、中二病とかそういうレベルの話じゃなくて」
すると、彼女はくすっと笑った。
「知ってますよ、笛吹くんが普通の人じゃないってこと。
そうじゃなきゃ、この世にないはずの本なんて持ってませんよ。
そもそも小さい子供なのに小説なんて書けるわけありませんから」
「わかってたんですね」
「ええ、最初から。それで、笛吹くんはどんな人なんですか?」
「・・・僕は」
その時、一際大きな、そしてゆっくりと流れる紫色の流れ星が現れた。
それはとある三人の男子による独断と偏見で編纂された人類の記憶を乗せた流れ星だった。
その流れ星はしばらく地球を周回した後、光速で太陽系から離れるだろう。
「かこさんが幸せになれますように」
その言葉で、かこは顔を赤らめた。
願い事を言った笛吹本人も顔を赤くしていた。
「僕は西洋式のルールに則って一つだけにしておきますね。
かこさんは日本式でいいですよ。どうせすぐには消えないので」
「じゃ、じゃあ・・・笛吹くんの小説が皆に読めるものになりますように。
笛吹くんが夏目書房を継げますように。
笛吹くんが・・・私と同じように幸せになれますように」
実際のところ、それは流れ星でもなんでもなかった。
しかし、ある古典SFの題名にもこうあるから問題ない。
天の光はすべて星。
「・・・話の続きをしていいですか」
「ええ、もちろん」
「僕は、転生者なんです」
笛吹は流れ星の正体や他の転生者のことを除いて、全て話した。
前世の自分がこの世界のことを知っていたこと。
この世界がとあるアニメのゲームであること。
この世界において、かこに何が起こるか知っていたこと。
自分が不運な事故で死んでしまったこと。
その後、親切な神様に転生させてもらったこと。
自分が変な物をたまに持っているのは、神様からもらった能力のおかげであること。
この世界を選んだのは、ただの気まぐれだったこと。
そうしたら、夏目書房のある参京区の住人に生まれたこと。
かこと意図せずに幼馴染になったこと。
夏目書房に何が起こるのかわかっていながら、自分の平穏のためだけにそれを見過ごしたこと。
結局、彼が傍観という選択肢を取ったことを今でも悔やんでいること。
ある意味、自分が転生者であることを自白するのは転生者にとって最大の禁忌なのだ。
今まで築き上げてきた信頼は、転生者が転生者であることを隠している前提に成立するのだ。
しかし、笛吹はそれを数分間の間に投げ捨てたのだ。
もはや、信用という言葉は彼に意味をなさなかった。
ただ、愛する人の前で誠実でありたいという気持ちだけが彼を駆り立てていた。
それで彼女から嫌われたとしても、笛吹には関係なかった。
その時は、次の転生先を見つけるだけなのだから。
ふと、頬が濡れた感覚がした。それは、笛吹の目から零れた涙だった。
当然だろう、彼は数分間の間に十四年間を棒に振ったも同然なのだから。
「・・・寒いですね、ふーくん」
そう言うと、かこは自分のマフラーを笛吹にも巻いてくれた。
彼女と一緒にマフラーの暖かさを共有することができた。
それが、彼女の返事だった。
「・・・願い事の取り消しをしてもいいんですよ。
僕みたいな薄情者の幸せを願うんですか?」
「ふーくんが薄情者じゃないって、わかってます。
そうじゃなきゃ、小学生の時に氷河くんを助けたりなんてしませんよ。
それに、魔法少女になって後悔なんてしたことはありません。
確かに魔女と戦うのは怖いし、魔女になるのも怖いです。
でも、ななかさんたちやフェリシアちゃんに会うことができたんです」
「・・・でも、僕は」
「じゃあ、こうしましょう。私のために何か小説を書いてください。
書きかけのものでもいいので、何か一つ書き上げてください。
それで償ったことにしてあげますから、もう気にしないでください」
「・・・ありがとうございます」
この間に、紫色の流れ星はすっかり消えていた。
あと地球を何週かした後に、光速で広大な宇宙に飛び立つだろう。
男子三人は自分の生きた証拠を残すことができたのだ。
だが、笛吹の場合はそうでなくとも一生を無為に過ごすことはなくなった。
マギレコは男子三人が何かする話ではないと最初に言ったことがある。
それと同時に、マギレコは男女が互いを愛し合う話でもない(一部例外はあるが)。
だが、そんなこと二人にとってはそんなのどうでもよかった。
とにかく言えるのは、笛吹は依然として馬鹿であったこと。
自分の行為が、偉大なる第一歩であるということを未だに自覚していなかったのだ。
「うわ、色々な意味で収拾がつかなくなった!」
もはや彼を転生させた神には胃薬を飲む暇すらなかった。
「・・・笛吹の奴、大丈夫かな」
「心配しなくてもいいさ、心根。彼はなんとかなるさ」
「碑石さんの言う通りだ。笛えもんはいざという時に強い奴だから」
「無花果さんが言うんだから大丈夫ですよ」
「あの少年は芯が強い。決して、挫けることはない」
帰り道、一行はのんびりと夜空を見上げながら歩いていた。
もう彼らが飛ばした流れ星は再び神浜市上空に現れた。
「こりゃ翌日にはUFO騒動じゃねえか、ははっ」
心根は声を抑えて笑った。深夜だから爆笑するのはよくない。
彼は運命というのを面白く感じていた。
自分が提案したことで、世界中が騒ぐのだ。
その未確認飛行物体は、隣にいる友人たちと、今頃は禁忌を犯し終えただろう友人と作ったのだ。
すると、なぜか急に寂しい気持ちになった。
「なあ、碑石。なんだか笛吹の奴が遠くに行ったような感覚がするんだよ」
「そりゃそうさ。だって彼はもう転生者じゃなくなったんだから」
その言葉は、(杏寿郎以外の)一行を驚かせた。
「て、転生者じゃなくなったって・・・笛えもんが?」
「そうさ、無花果くん。普通、私たち転生者というのは物語を超越した立場に立っているものだ。
いわゆる正義のオリ主だろうと、傍観系だろうと、踏み台だろうと、最低系だろうとね。
ところがどっこい、笛吹くんの場合は物語の登場人物に自分から正体を明かした。
自分の素性をさらすことは、超越者としての立場を捨てることにもなるんだよ。
超越者というのは、自分が超越者という立場を隠しているのが前提なんだから。
二次創作の転生者は、超越者だったからこそ転生者でいられるんだ。
そうじゃなくなった転生者は、物語の登場人物の一人になる」
すると、杏寿郎が口を開いた。
「なるほど、つまりあの少年は物語とやらに完全に参加したということになるのか。
俺にとってはこの世界は現実と変わりないからうまく君の話を理解できないが」
その言葉に、碑石はインスピレーションを得た。
「参加・・・なるほど、それはいいかもしれない」
参加者、碑石は転生者の次の段階に当たる言葉を思いついた。
果たして、この言葉が役に立つ日が来るのかはわからなかったが。
それでも、笛吹文雄の現状を説明するにはもってこいの言葉であった。
再び、紫色の流れ星はどこかに消えていた。あと二回くらい神浜市上空にまた現れるだろう。