碑石は静かな病室で、いつものように歴史書を読み漁っていた。
探査機開発を打ち上げてから、三人がしばらく一緒に会うことはなかった。
改めて、彼は自分が意外と暇だということに気がついた。
病院暮らしではあるが、学校の出席に関しては院長が何とかしてくれている。
友人と遊ぼうと考えても、一人は家に謹慎、一人はまだ入院中だが邪魔してはいけないだろう。
結局のところ、本が友達なのだ。本は常に彼と共にあった。本は彼の忠実な下僕だった。
「・・・ジャンヌ・ダルク、か」
碑石は百年戦争に関する書籍を読んでいた。
あの聖女とされる英雄は、この世界では魔法少女であった。
この世界の人類史は、魔法少女とインキュベーターによって成立していた。
もちろん、この世界の一般人たちはそんなことは知らないわけだが。
そこで、ふと彼はキュゥべえが願いをどうやって叶えるのか疑問に思った。
魔法、というのはどうにも腑に落ちなかった。
そうなると、魔法少女たちの使う魔法とやらにも疑問が湧いた。
それは本当に”魔法”なのであろうか?
彼は本を閉じて、それを放り投げた。
十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない
そんな言葉が脳裏によぎった。かつてどこかの小説家が言った言葉だ。
碑石はそれを急いでメモに書き留めた。残しておく必要があった。
自分の生きた証拠を残したからか、物思いに耽る余裕ができた。
あの夜に飛ばした探査機は、やっぱり世界中で騒動を巻き起こした。
それだけでも、彼は満足だったのだ。
原作介入をせずとも、ここまでの足跡を世界に残したのだから。
今度は転生者に関する話題に、思考が移っていた。
しかし、それについて思慮することは少々危険だった。
場所を移した方がいい。それも、人が来ない場所に。
外出は自由だった。碑石は健康体だったからだ。
その隙を突いて、灯花は誰もいない病室に忍び込んだ。
彼女はずっと碑石健康という男が嫌いだった。
理系が壊滅的なくせに、歴史ができるというだけで父親から一目置かれていた。
彼女の父親は、娘よりもどこの馬の骨とも知れない男に期待しているのだ。
こうして忍び込むことで、何か秘密が掴めるかもしれない。
すると、灯花は彼がさっき書き留めたメモを見つけた。
そこに書いてあることは、彼女が始めて見るものであった。
マギレコ世界に、アーサー・C・クラークは存在しなかったからだ。
しかし、その言葉の意味を理解するのに時間はかからなかった。
そんなことも露知らず、碑石は近くの野原に来ていた。
そこは前に笛吹がかこに自らの正体を告白した場所であった。
ここは彼のお気に入りの場所だった。めったに人が来ないからだ。
ちょうど二人が仰向けになっていたのと同じ場所に碑石は寝転がった。
雲一つない晴天だった。
すると、どういうわけか彼はあることを思い出した。前世で誰かを愛していたこと。
それが誰だったかは思い出せない。女性なのは確かだ。十四年よりも前の過去のこと。
転生すると、過去との繋がりは記憶だけとなってしまう。
そして、その記憶でさえも段々とあやふやになってしまうのだ。
転生者を転生者たらしめているのは記憶でもあるのだ。
その記憶が薄れていくということは、転生者でなくなっていくということだ。
それでも碑石は構わなかった。普通の人間になるというのは、ある意味救済だった。
笛吹は別の何かになってしまった可能性が高いが。
誠実!なんと甘美で恐ろしい束縛を孕んだ言葉であろうか。
それは一見すると素晴らしい美徳に見えるが、登場人物に生殺与奪の権を与えるのと同じことだ。
笛吹は夏目かこに対する誠実とやらのために、何もかもを話してしまった。
幸い、他の転生者のことは話さなかったそうだが、油断はならない。
おそらく、かこは心根も転生者だと推測できているかもしれない。
どんな秘密も、いつかは白日の下にさらされる。
一つの秘密が白日に晒されれば、他の秘密も連鎖的に晒されることになる。
笛吹は誠実を得るのと引き換えに、他の転生者の生殺与奪の権を握らせてしまった。
「・・・笛吹くん、やりやがったな」
こうなったら、自分もバレる前に話す必要があるのでは?
しかし、誰に話すというのだ?
かこに話すのはやめておこう。笛吹が許されたのは、彼女と相思相愛だったからだ。
そうではない他者がかこに話したところで、効果があるか疑問が残る。
更紗帆奈?いや、そもそも彼女は全て知っている。
それに、いい予感が一つもしない。アレは絶対に何かしでかすだろう。
では、友人の環いろは?駄目だ、危険すぎる。
彼女はこの世界の主人公だ。下手に影響を与えたら死が待っているかもしれない。
「・・・」
そこで、彼はある結論に辿り着いた。
話したところで、何か特典が手に入るわけでもない。
それに、転生者だとバレたところで、殺しに来るわけがないだろう。
こうして考え事をするのは、前世以来だった。
1145141919364364人の学者の一人であった前世の彼はよく考え事をしていた。
その考え事を学会で発表するたびに、学会を追放されたものだった。
少しだけ、懐かしい気分になった。考え事が好きだった。
「あれ?ケンコーくんなのですか・・・?」
彼の視界に、久々に見た顔がふっと現れた。
「沙優希さん・・・久しぶりだね」
史乃沙優希、碑石の幼馴染だ。
彼女の刀剣好きは、碑石の影響も少しは関わっている。
原作と変わっていないから、原作介入とはいえないが。
「ど、どこいってたのですか!ずっと心配してたんですよ!」
彼女は碑石の胸をポカポカと叩いた。
「ああ、ちょいっと入院してたんだ」
「二年ですよ!急にいなくなってから二年間もですよ!」
「なんか私の体はすっごく抗体が多かったらしいからね」
碑石は思い出した。前世で愛していた女性は碑石の歴史に関する雑学を好んでいた。
前世の友人たちが碑石と歴史の話をしたがらなかったのに、彼女だけは聞いてくれていた。
思えば、前世の彼が作っていた淫夢MMDもその女性は好んで見ていた。
さすがにこの世界には淫夢がないので、その話はできなかった。
しかし、この世界で歴史好きとしての碑石を受け入れたのは沙優希が最初だった。
その後、笛吹や心根が歴史の雑学を聞いてくれるようになった。
「といより、先輩と呼んでください!ケンコーくんの方が年下なんですから!」
「そうでしたね、沙優希先輩」
事実を言えば、彼の方が年上なのだが。
沙優希は碑石の横に寝転がった。
「ははは、私はまだ死にたくないんだが?
君のファンが見たら、殺されるのは確実だな」
「大丈夫ですよ!さゆさゆのファンはさゆさゆとケンコーくんの関係を認めてくれます!」
「何がどう大丈夫なんだい?というか”関係”とか紛らわしい言葉を使わないでくれ」
控えめに言っても、沙優希は可愛い。
油断していると、恋に落ちてしまいそうなくらいに。
ついこんな考えが浮かんでしまう。
友人二人も恋人みたいなのがいるのだ。自分にもいていいじゃないかという。
しかし、すぐに冷静さを取り戻す。
まず、心根はハーレムと断言してもいいくらい魔法少女に囲まれているが、実態は・・・。
「なあ、俺のプライバシーは二度と戻らないのか?」
「戻らないに決まってるじゃない?徹底的に監視しておかないとねえ?」
「ちゃんと更生するまで月咲ちゃんと二人きりにはさせないでございます!」
「光お兄ちゃん!お弁当持ってきたよ!」
一方、笛吹の方は・・・。
「かこさん、ななかさんが僕を兵器のように見ていたんですが?
何ですか?あの眼光は?僕、どうなるんですか?
というより、僕の正体がどうしてバレているんですか?」
「すみません・・・隠しきれませんでした・・・」
既にななかに戦略兵器として注目されてしまったらしい。
かこが碑石のことを言っていないのが不幸中の幸いだったと言えるかもしれない。
「ケンコーくんどうしたんですか?」
「いや、なんでもないよ。少しボーっとしてただけだ」
魔法少女と恋愛関係に近づくにつれて、危険度は上がる。
おそらく、男子と魔法少女が恋愛関係にならないのはこれが原因の一つだろう。
もちろん、一番大きな原因は需要に違いないが。
百合目的で魔法少女に転生した女性がいたら、碑石たちは彼女たちに即刻抹殺されるだろう。
しかし、どうだろう?もし、上手くやれば自分だけは平穏な恋愛に至れるのでは?
「ところで沙優希先輩、僕の病室に先輩の好きそうな本がありますが」
「さっそく行きましょう!」
飲み物はアイスティーにしよう。彼女にはその意味がわからないだろうが。
もちろん、睡眠薬などは決して入れない。当たり前だ。
史乃沙優希はとくに不幸な目に遭ったことはない。
だったら、碑石が彼女に罪悪感を抱く必要もないだろう。
転生者だと告白する必要もないのだ。こんなにもストレスなく過ごせるとは!
もちろん、笛吹の行為が理解できないわけではなかった。
しかし、転生者はかなりのことが許されるのだ!
何も自白せずに、目の前の幼馴染のアイドル魔法少女と一緒になっても罪にはならない。
だいたい、前世の二次創作でもオリ主が転生者だと自白することはなかった。
わざわざ、登場人物と同等になって物語に参加することはない。
万事これで良し。何の心配もない。
「ふーん、こんな本を読んでるんだ・・・あっ」
「灯花くん、どうして私の病室にいるんだい?」
「不法侵入です!」
「こっ、これは違うの!」
それから数日後、笛吹が退院した。
しかし、その後、神浜市の魔法少女と転生者に大きな衝撃を与える事件が起きた。
一つは、観鳥令の死。そして、もう一つはPROMISED BLOODの原因不明の壊滅。