地獄に続く道は、常に善意という敷石で舗装されていた。
歴史を紐解けば、いつだってそうだったのだ。
では、地獄とは何か。地獄とは・・・。
「・・・朝か」
碑石健康の一日はこのように始まる。
里見メディカルセンターの病室のベッドの上。
その病室は彼だけに与えられたもので、歴史書籍が散乱している。
「また読んでる途中で寝落ちしたの?」
灯花がにやけながら部屋に入ってきた。
「そうみたいだね」
碑石は頭を掻く。
「くふふ、酷い寝ぐせ」
そして、病室から出て行く。
「・・・毎回どうして入ってくるんだ?」
その疑問に答える者は、いつものようにいなかった。
少し遅めの朝食を食べて、彼は日課の散歩を始めた。
街はどういうわけか急速に復興が進んでいた。
今までの神浜市の行政だったら考えられないことだった。
そもそも、つい最近まで西が東に瓦礫撤去を押し付けていたはずだ。
だが、いつの間にかその状態はなくなっていた。
どの区も、等しく責任を持って、協力して復興に取り掛かっていた。
別にいいではないか?ようやく正常な街になっていくのだ。
ある魔法少女は言った。
「為政者達は己の欲と野心の事ばかりで市民の事など何も考えてはいない」
少なくとも、今の為政者は神浜市民のことをよく考えているようだ。
これは転生者である彼にとっても嬉しい事だった。
原作介入する気のない彼にとって、大事なのは原作よりも日々の暮らしだ。
それでも、彼の頭の中に警報が鳴り続けた。
これはいくらなんでもおかしい。いくらなんでも、順調すぎる。
心根も言っていたではないか。順調な時こそ、気を付けろと。
いつの間にか、彼は市役所の前に立っていた。
中に入ると、現代日本ではありえないほど全てが滞りなく進んでいた。
職員の数も少なく、というより四分の三がAIに取って代わられつつあった。
市民たちは、SFでよく見るような宙に浮く画面を操作すればいいだけだ。
それで、それまでたらい回しの繰り返しだった手続きが一瞬で終わる。
「なんだこりゃ・・・」
碑石は一瞬で悟った。これは転生者が関わっている。
そうでもないと、こんな急速な変化は起こらないはずだ。
「えっと・・・どれを押せばいいんでしょうか」
もちろん、急速な進歩は誰かしら置いていくものだ。
この場合は、環いろはが置いていかれているのだ。
「いろはさん、大丈夫ですか」
「あっ、碑石さん・・・見ての通り、こういったのは苦手なんです」
碑石は原作開始前とやらから彼女と知り合いだった。
その頃には、彼は無理やり入院させられていたのだ。
健康体で、年上でもあったので、院内学級では社会科を担当していた。
「手伝おう・・・と言いたいところだけど、私もこういうのは苦手なんだ」
「ですよねー。でも、大丈夫ですよ。多分、何とかなるので」
「そうかい。ところで、こういうのはやちよさんがやるんじゃないのかい?」
「やちよさんは、今日は少し用事があって、代わりに私が・・・」
その時、アナウンスが流れた。
「碑石健康さん、市長がお呼びです」
これは実に好都合だった。
相手から呼び出してくれたのだ。
「市長・・・って、今の市長って誰でしたっけ?」
いろはのこの一言が、今の神浜市を物語っていた。
誰も知らない統治者が、全てを推し進めている街。
「仕方がない。いろはさん、また後で」
「ええ、また後で」
そして、彼は誰にも聞こえないように、言った。
「後があるならね」
彼は珍しい存在となった人間の職員に案内されて、エレベーターに乗った。
エレベーターは下にぐんぐんと降りて行った。
どこまで降りたのかはわからなかった。
ただ、市長室が地下深くにあるというのはわかった。
エレベーターの扉が開くと、黄金張りの長い廊下が続いていた。
五分くらい廊下を歩いて、101と書かれたドアの前に立った。
「まるで愛情省だ・・・」
ドアを開けると、Loboomy Corporationの管理人室と同じ見た目の部屋だった。
多くのスクリーンが、壁一面に設置されていた。
「ようこそ、碑石健康くん。君が最初に来ると思ってたよ。
でも、まさかこんなに早く来るとは思わなかったけれどね」
市長の見た目は好青年だった。
一見すると、まるで何の悪意も抱いていないように見えた。
「まずは一杯どうだい?」
彼が指を鳴らすと、白い髪の少女が金色の杯を二つ持ってきた。
だが、碑石にはどうしてもそれを飲む気にはなれなかった。
「・・・中身はなんだい?」
「SCP-006はご存知ですか?」
「お断りだ。私は普通の人間として一生を終えたいからね」
「そうか・・・それは残念だ。あなただったら、ボクと仕事ができそうだったのに」
市長は何のためらいもなく、飲み干した。
「あと、まさかとは思うが・・・この金色の杯は、前任者の末路かい?」
「その通り。遊牧民はよくやることだよ。それは碑石くんもご存知のはずだ」
「あいにく、私は農耕民の末裔だからね。
殺人までして、君は一体何が望みなんだい?」
「そうだね・・・少し待ってくれ」
市長は本棚からSCP-001というタイトルの本を取り出した。
そして、ぱらぱらとページをめくり始めた。
「あった。これだよ、これ」
彼は[SCP-001-JP codename kwana]という章を開いた。
「ボクは代価を支払って、これに似たモノを具現化させたんだ。
地下に伸びていて、ボクたちはその内部にいるんだよ。
これだったら、いちいち代価を払わなくても、SCPを具現化できるからね」
「なるほど、まずは手段を説明してからっていうわけか」
「代価というのは、宇宙の熱量。つまり、宇宙の寿命を奪ったわけだね
安心してくれ、せいぜいビル・ゲイツから十円盗んだようなもだから」
彼は微笑んだ。
「ボクの能力は代価を支払って、望んだものを具現化することなんだ」
碑石は笛吹のことを思い出した。彼と似たような能力を、市長は持っているのだ。
「では、付いてきてくれ。セントラルドグマを見せてあげるよ」
「ほう、リリスでもいるのかい?」
「似たようなものだね。生命体ではないけどね」
部屋にあるエレベーターを使って、さらに下に降っていく。
そこには、巨大な「カバラの樹」があった。
「Lobotomyだな」
「まあ、あのゲームを参考にしたからね。
ボクの目的は、これを使って、神の座を簒奪することだ」
「へえ、神の簒奪ね・・・今、なんていった?」
「神の座を簒奪する。安心してくれ。君たちを転生させた神様のことじゃない。
ボクは前世では酷い人生を送った。親からの虐待やいじめとかね。
子どもをかばって、トラックに轢き殺されたときには喜びを感じたぐらいだ。
ところがどっこい、そいつはそのボクの態度が気に食わないっていうんだ。
死んだっていうのに冷静なのは罪らしいんだ。
これは夢だとかなんやかんや騒げっていうんだ。
それで勝手に能力を与えられて、すぐに転生させられたんだ」
碑石は自分を転生させた女神のことを思い出した。
自分も死んだということには気づいていたが、彼女は何もひどいことはしなかった。
いや、むしろ積極的にサポートしてくれた。
しかも、一週間の猶予も与えてくれたのだ。
その間に、あの世にそのまま行くか、転生するかを選ばせてくれた。
「その後、ボクは捨て子としてつつじの家で育った。
でも、その後もアレからの干渉は続いた。
これをやれだのあれをやれだの。全部が、酷い事だった。
ボクは必死で抵抗したから、社会的な人生の終わりは避けれた。
でも、そのおかげで体調は常に悪く、今回の人生でもいじめにあった」
「それは・・・」
「いいんだ、ボクは気にしてない。
笛吹くんたちが助けてくれたし」
「笛吹が?君と知り合いだったのかい?」
「ええ、知り合いどころか友達だよ!
まあ、彼は微妙に勘が悪くて、ボクが転生者だと気づかなかったけど。
話を戻そう。このはさんたちや、かこさんもボクを助けてくれた。
そのおかげで、ボクは人間というものの素晴らしさがわかった。
だけど、あの自称神とやらはそういったことを馬鹿にしてくる。
碑石くんは、馬鹿という方が馬鹿という言葉は知っているよね。
アレは馬鹿だから、他のことを馬鹿にしてくる。
純粋理性批判を読んでいたら、当然のようにそれを馬鹿にしてきた。
じゃあ、どこら辺が駄目なのかと聞いたら、急に頭痛に襲われた。
君は、この話が何を意味するかわかるはずだ」
「・・・神が痴呆だとでも?」
「その通り!それでいて、自分に対する反逆には敏感だった!
この艦橋もそれで不完全にしか再現できなかった。
アイツがボクに興味を失うように、廃人のフリを必死でしたんだ。
もちろん、いじめが原因だという感じにね。
二回目だったから、精神的には平気になっていたのが辛かったよ。
心の底から廃人にならなくちゃいけないからね!
このはにも、遊佐にも、あやめにもすごく心配をかけてしまった。
でも、この演技が功を奏したんだ。
ある日、神に話しかけたら、うるさいって言われたんだ。
もう興味ないから、勝手にしてろとも言われた。
通信を切ってから、ボクはようやく廃人から卒業できた。
それからボクはつつじの家から抜け出して、艦橋に住み始めた」
しかし、碑石には一つの疑問が残った。
「じゃあ、どうして神浜市の市長になったんだ?」
「・・・どうしても、アレが完全にボクへの興味を失ったとは思えなかった。
おっと、安心してくれ。この部屋はまた別のSCP-001になっているから。
アレの干渉は完全に断ち切っていることは証明できた。
ともかく、何らかのカモフラージュは必要になったんだ。
とりあえず、面白いことをやっておけばカモフラージュになるのはわかってた。
それで、あの部屋で市政をすることになった。でも、すごく簡単なんだ。
代価さえ払えば、ボクはなんでもできる。
あのスクリーンで、ボクはシティーズスカイライン感覚で市政ができるんだ。
成功するたびに、あの樹にエネルギーが貯まる」
「下水を飲ませるのはやめてくれよ」
「しないさ、そんなこと。街は吹き飛ばすけど」
「えっ?」
「言っただろ?カモフラージュだって。
この銃は別の方向に向けているから、見逃してっていうわけさ。
でも、非殺傷魔法で吹き飛ばすから安心してくれ。
ボクの体内にはリンカーコアが埋まっている。
あっ、もちろんアレは塵一つ残らないから」
「マギレコにリリなのを持ち込むんじゃない」
「君たちだって、マギレコにそぐわないことをしているじゃないか。
宇宙に人類の足跡を残す、素晴らしい事だけど、物語には関係ないよね?」
「うぐっ・・・」
三人のやっていることは市長にはスクリーンで全てお見通しだった。
「それに、神浜市を吹き飛ばすのも悪い事じゃないよ。
いくらシティーズスカイライン感覚で市政ができるとしても、
この街は色々と不全が多すぎるんだ。
東西の対立だったり、前任者の失敗だったり・・・。
Hoi4で例えれば、デバフがかけられているといった感じだね。
そこでデバフごと街を吹っ飛ばせば、新しい清らかな神浜市の誕生だ」
「・・・住む人のことを無視してないかい?」
「ああ、アフターケアはすぐにするつもりだよ。
その時には、ボクは代価無しに森羅万象を操れるだろうから。
街の復興はすぐに進むと思うよ。区画も再編したうえでね」
「・・・」
「何が不満なんだい?この街はいずれ、理性と知性を兼ね揃えた人間に統治されるんだ」
「そこに、感情はあるのかい?」
「感情?そんなものが必要だとでも?」
「・・・君に悪意はないんだね」
「そんなものクソくらえさ。アレの象徴だからね」
「感情もない。悪意もない。少なくとも、それは狂気だ」
「碑石くん?狂気は消えるんだよ。ボクは理性を持った人間だ。
そのボクが生きる限り、この世界には狂気は存在させない」
「君をいじめていたのも、人間のはずだ」
「あいつらは人間じゃないからいいんだよ」
「つまり、君の望む世界は、選ばれた人間の世界だと?
ついに本性を現してくれたか」
「そういうわけでもない。ボクはアレと違って、慈悲がある。
ボクをいじめていた連中にも理性を与えるつもりだよ」
碑石は樹に持たれかかった。
「・・・その世界は地獄だよ。神の不在は、地獄なんだから」
「アレを神と認めるのかい?」
「悪法もまた法。悪神もまた悪神だ」
「でも、悪法は打倒しなければいけない。
悪神もまた然り。ボクの何が悪いっていうんだ?」
「ナチス、ロシア共産党、手法は君と似たようなものだった。
彼らは、人間だけの世界を作ろうとして失敗した」
「さすが歴史の勉強に打ち込めるだけはあるね。
ですが、ボクは彼らのような失敗は犯さない」
「いつだってそうだった。だが、私がどれほど言っても君は聞かないだろうね。
歴史は、いつだって繰り返して、その度に地獄になる」
「地獄なんかじゃない!この世界は天国に一歩近づくんだ!
君がいくら嫌がったところで、もう止められない。
恨むなら、非力な君自身を恨むことだ」
もはや何も言うことはなかった。碑石は一人エレベーターに乗った。
「ボクの名前、白谷氷河っていうんだ!覚えてくれよ」
覚えなくてはならない。敵の名前は、絶対に忘れてはいけない。
「やっぱり仲間にはならなかったんだね!」
管理人室に戻ると、白い髪の少女がけたけたと笑った。
「・・・君は、この世界の住人かい?」
「うん、そういうことになるね!」
「なんで白谷に協力するんだ?」
「ただのアルバイトだから、ミィには関係ないの!報酬もいいから!」
「街が吹き飛ぶのに?」
「・・・姉ちゃが罪を犯すよりかは、ずっとマシだもん。
それに、人が死なないんでしょ?なんも悪い事ないじゃん!」
「人は死ななくても、歴史は死ぬだろうね」
碑石は来た道を再び戻って、市役所の受付に戻った。
いろははまだ宙に浮くディスプレイに悪戦苦闘していた。
だが、さっきと違うのは、彼女を手伝っているものがいるということだ。
「これはこうするのよお・・・たぶん」
「あ、ありがとうございます、結菜さん!」
それはある意味信じられない光景だった。
いろはの敵である紅晴結菜が手を貸しているのだ。
「これで終わりよお、次は手を貸さないからわよ」
「その・・・」
「何も言わないでほしいわ。・・・ところで、あの青白男はアンタの連れ?」
「えっ・・・碑石さん、いつの間に戻ってたんですか!?」
「ついさっきね。その子は・・・」
「知り合いでも何でもないわあ」
「わかった、そういうことにしておこう」
少し気まずい空気が流れた。
「ひ、碑石さん。新しい市長はどんな方でしたか?」
「・・・神浜市を善意で舗装されたレールに乗せようとしている人だった」
いろはは碑石の言葉に首を傾げた。
「今のは忘れてくれ。・・・もう、こんな時間だ。早く病院に帰らないと」
碑石は急いでその場を立ち去った。
「どういうことでしょうか・・・?」
「・・・遠回しに地獄行きと言ったわね」
「えっ?」
彼は病室に戻り、ベッドの上に寝転んだ。
もうすぐ神浜市は吹き飛ばされてしまう。
もはや原作など崩壊してしまうのだ。
廊下の方から、子供たちの賑やかな声が聞こえてくる。
氷河、君はあの子たちの笑顔を奪うつもりかい?
君は、多くの人の笑顔を奪うつもりかい?
「・・・そうだ、私にできることがあるじゃないか」
彼はベッドから起き上がると、本の山を崩し始めた。
そして、いくつかの本を選び出す。
その本はどれも、神浜の歴史に関するものであった。
世界史専門の彼は、今まで興味を示さなかったが、今は違う。
もうすぐ古い神浜は何もかもが吹き飛ばされてしまう。
歴史の不在は、地獄だ。歴史を何か残しておかなくては。
笛吹に四次元ポケットを貸してもらって、そこに入れておこう。
それだけじゃない。もし、四次元ポケットが駄目になったとしても、
あの探査機にインストールすればいい。
そうすれば、どこかで神浜の歴史は生き残り続ける。
こんなことをしても、氷河にはまったく痛くもかゆくもないだろう。
だが、こういった抵抗くらいは許されてもいいはずだ。
読者「おい、この三人のどこが馬鹿なんだ!?」
えっ?一応は馬鹿ですよ?
笛吹「(数学の)テストで三点、国語は満点!」
かこ「少しお話があります」
碑石「(理系の)テストで三点、歴史は満点!」
灯花の父親(これはひどい)
心根「(全教科で)テストは三点、工芸品は満点!」
みたま「はい、お勉強しましょうね」
あと、ライセンス表記しておきますね。
『 クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス 』
SCP-001-JP Kwanaの提言 http://ja.scp-wiki.net/kwana-s-proposal
SCP-001 スパイク・ブレナンの提言 http://ja.scp-wiki.net/spikebrennan-s-proposal
SCP-006 http://scp-jp.wikidot.com/scp-006