悪役令嬢に転生した交渉人(ネゴシエーター)のお話   作:主(ぬし)

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孤独の胸に灯をともし

御言葉に我が身染める

御神(かみ)よ!

BIG-O!!


第一話 Rose The Negotiator(地を割る轟腕!ビッグオー)

「まさか隣国の公爵令嬢が自ら我が国に外交に赴かれるとは思ってもいませんでしたよ。しかも交渉のお手前も実に見事でした。正直、ここまで譲歩をすることになるとは思ってもいなかった」

「滅相もございませんわ。以前、少しだけ交渉術を嗜んでいた(・・・・・)だけに過ぎませんのよ」

 

嗜んでいた(・・・・・)?我が帝国最高の法曹たちを口先だけでねじ伏せておいて、よく言う)

 

 ソファに座って涼しげな微笑で首を振る10代後半の少女に、この帝国で外務大臣の地位につく男は、内心に畏怖を飛び越えた恐怖を覚えていた。

 この金髪輝く貴人の少女が属する王国は、帝国と大部分の領地を接している。かつては一つの大国だったという伝説もあり、政治体制の違いを乗り越えて、両国は付かず離れずの関係を続けてきた。だが、最近はある問題(・・・・)によってその穏やかな関係が崩れつつあった。王国内で目覚めたモノ(・・・・・・)は、多大な被害と同時に失われた古代の記憶(・・・・・・・・・)を王国に与えた。これによって対等だったはずの両国の力関係(パワーバランス)は崩れることとなる。もともと、資源問題などで王国に遅れを取っていた帝国内では王国に対する不満が日に日に強くなり、主戦論派が議会で幅を利かせ始めるなど、大小様々な問題を抱えることになった。

 しかし、たった二人の従者を連れてやってきた隣国の公爵令嬢が帝国議会の視察ゲストとして颯爽と登場したことで、それらの問題は大きく進展することとなった。親より年上だろう老大臣たちに単身で挑み、巧みな弁舌と膨大な知識と鋭い知能で堂々と渡り合い、難しいと思われていた交渉事を次々と解決させてしまったのだ。王国からやってきた小娘を普段の怒りのはけ口と見下していた大臣たちは、己の論理矛盾と知識不足の穴を容赦なく突かれて見事に一蹴されてしまった。彼らは皆、小娘にまんまと丸め込まれたことで自信をことごとく喪失し、今では屋敷に帰って空気が抜けた風船のようにぐったりと項垂れている始末だ。

 大臣の机に置かれた金細工の砂時計と酒棚の蒸留酒(ウイスキー)ボトルを興味ありげに見つめる公爵令嬢は、未成熟な美貌が光る麗しい淑女の横顔を晒している。暖炉の火を受けて頬の産毛がうっすら煌めき、神秘さすら漂わせている。娘ほど年が離れているというのに、思わず見とれてしまいそうなほど美しい。

 大臣は、彼女の背後に直立不動で控える従者たちにチラリと目を向ける。きわめて無愛想だが、まるで人形のような白顔美貌の若執事。左目のアイパッチが似合う、柳のように細く上背のある老女中(メイド)。どちらも口数は多くないが、公爵令嬢とウィットに富んだ会話を親しげに交わしつつ、粗相のない程度に令嬢を嗜める様子は、3人が確固たる絆で結ばれていることを示している。つけこめる弱みや隙きは無さそうだった。

 そして、公爵令嬢を含めた3人が、奇妙なことに全身を真っ黒な衣装で着飾っている。漆黒のドレス、漆黒の燕尾服、漆黒のエプロンドレス。話によると、ドレスどころか普段着からガウンや寝間着まで黒一色なのだという。病的に黒色が好きなのかと思いきや、この令嬢の私邸はなんと純白一色というではないか。直方体を縦にしたようなシンプルで巨大な私邸には令嬢と従者の3人だけが住んでいるらしい。変人という噂は聞いていたが、交渉術(ネゴシエーション)がここまで達者だとは思いもよらなかった。“世間知らずの小娘”と侮っていた半日前の自分の横顔をきつく戒めてやりたい。

 心中に深い溜め息を落とした彼の視界で、公爵令嬢がドリル状にカールした金長髪を揺らして首をめぐらし、彼と視線を交わらせた。小娘だというのに、心の内側まで透かされるような余裕を湛えたエメラルブルーの双眸は年齢不相応な眼力を秘めていて、まるで元軍人と面を突き合わせているような錯覚すら覚える。

 

「ところで、外務大臣。今回のわたくしの用事は外交ではないんですの」

「と、おっしゃいますと?」

「わたくし、オブラートに包んだ会話はあまり得意でないものでして。単刀直入に聞かせていただきますわ」

 

 不意に、公爵令嬢の瞳が剣の如き鋭い光を放つ。

 

「地下から古の鉄の巨人(・・・・・・)を発掘しましたわね?」

 

 生き馬の目を抜く政界で類まれなる存在感を示してきた外務大臣の表情筋は頑として抵抗を示したが、頬を伝い落ちる汗を抑えることは出来なかった。

 “古の鉄の巨人”。王国にて“目覚めたモノ”───その名を『メガデウス(・・・・・)』。恐るべき災害の元凶にして、失われた古代文明の記憶の宝庫。この世界の武力では到底対抗できない、最強の兵器。王国でも、普通の騎兵や魔法使いではまったく歯が立っていなかった。王国虎の子の騎士団たちは、古の鉄の巨人相手には民間人の避難誘導にしか役に立たない。巨人を鎮圧しているのは、神出鬼没の同じ力(・・・)だ。

 帝国は、それを欲した。かつて同じ大国を形成していたのだから、王国にあって帝国に存在しないはずがないと秘密裏に領土内をくまなく捜索し、ついに発見したそれは、よりによってこの帝都の地下に眠っていた。古の鉄の巨人は、まるで封印されるかのように古代の硬い石(コンクリート)と鉄で埋められていたのだ。死者のようにうんともすんとも言わない巨人は、調べた限りでは無害そうだった。これを分解すれば古代世界の大いなる技術が山のように手に入る。慎重派の外務大臣からしてみれば、メリット・デメリットを考慮しておらず、いかにも短絡的で安易な発想と捉えられたが、帝国皇帝の肝いりとなっては表立って反対も出来なかった。

 その場所は、現在自分たちがいるこの帝国議会堂とは目と鼻の先だが、最高クラスの大臣たちでもこの事実を知っている者は限られるほどに厳重な情報封鎖がなされているはずだった。

 

「な、なぜそれを。そのことは我が帝国の最高機密のはず」

「悪いことは言いません、おやめなさいな。たしかな記憶(メモリー)操縦者(ドミュナス)も無しに目覚めさせていい代物ではありませんわ」

「あ、貴女はいったい───うおっ!?」

 

 外務大臣の追求は、突如として帝国議会堂を襲来した大震動によって強制的に中断させられた。地下から突き上げるような爆音が帝都全体を底揺れさせている。壁一面の本棚から雪崩のように本が落ちて、酒のボトルがけたたましい音を立てて中身を床にぶちまける。帝国には珍しい地震かと疑ったが、ズーン、ズズーンと続いて断続的に襲ってくる振動は明らかに自然のそれではなかった。

 

「まさか……!」

 

 公爵令嬢との会話から最悪の推測を導き出した外務大臣がハッとしてある方角の窓の外に目をやれば、降り落ちる雪のなか、激しい土煙を巻き上げて、地下から巨大なヒト型の物体が起き上がろうとしていた。その怒れる巨獣のような挙動はお世辞にも制御されているとは言えず、暴走状態にあることが明らかに見て取れた。功を焦った科学者たちがなにかの拍子に下手をして目覚めさせてしまったに違いない。

 

「愚か者どもめ!」

 

 王国にはメガデウスを鎮圧できる謎の黒いメガデウス(・・・・・・・)が存在するが、帝国にはいないのだ。こうなってしまっては強制的に破壊する手段も無い。しかも、よりにもよって他国のゲストが帝都にいる時に暴走させるとは。高い地位にある公爵の令嬢が、秘密裏に利用しようとしていたメガデウスの暴走に巻き込まれて負傷をするなんてことになれば、王国との重大な国際問題は避けられない。まかり間違って死亡させたなどなれば、戦争にまで発展しかねない。

 外務大臣として、なにより愛国者として絶対に歓迎できない事態を回避するために、なんとしてもこの少女を逃さなければならない。

 

「御令嬢、ここから早く避難を───……公爵令嬢?どこへ?」

 

 慌てて振り返った先のソファに、公爵令嬢たちの姿はなかった。ついでに、金細工の砂時計と年代物のウイスキーボトルもなくなっていた。

 

 

 

 

 

「あの大臣、良い趣味をしている。砂時計もウイスキーも、なかなかのものだ」

 

 公爵令嬢は、帝国議会堂の遥か高み、最上部のバルコニーに、金髪ドリルを風になびかせて仁王立ちしていた。先ほどまでとは打って変わってニヒルな笑みを刻む彼女のすぐ背後には、ウイスキーボトルを持った若執事と砂時計を持った老メイドが慎ましくも颯爽と控えている。どちらも外務大臣の執務室から貰い受けた(・・・・・)ものだった。若執事のガラス玉のような目が咎める意図を浮かべるも、公爵令嬢は「あのまま割れてしまうよりいいだろう?」と片眉をあげて悪びれない。

 老メイドの胸元で小さな呼び出し音が鳴った。音源である鎖付き懐中時計を粋な動作で胸ポケットから滑り出し、右目で文字盤(ダイヤル)を覗き込む。そのガジェット(・・・・)に映し出されているのは時針でも分針でもなかった。

 

ロジャー(・・・)様、“プレーリー・ドッグ”が到着しました。遺棄された地下通路(サブウェイ)がこちらの帝都まで繋がっていたのは僥倖でございましたな」

「おいおい、ノーマン(・・・・)。この世界では私はローズ(・・・)だぞ?」

「そんなお淑やかな名前、ロジャーには似合わない」

「やれやれ、ドロシー(・・・・)には敵わないな」

 

 軽口を交わす彼女たちの眼下では、“古の鉄の巨人(メガデウス)”が手当たりしだいに腕を振り乱して石造りの建物を破壊して猛威を奮っている。封印されていたことがよほど気に食わなかったのだろう。

 地下から発掘された時点で周囲の住人は強制的に移住させられたことが功を奏し、民間人の被害は出ていないようだったが、このまま放っておけばやがて帝国にとって大きな災厄となることは火を見るよりも明らかだ。手綱を振り切った巨人の足元では、軍人の魔術師たちがファイアボールを必死に打ち上げて少しでも動きを緩めようと努力しているが、焼け石に水という比喩もおぼつかないほどに意味をなしていない。自分たちの愚行のせいとはいえ、懸命な姿を見ているとなんとも気の毒に思えた。

 

「ロジャー、この国は寒すぎる。ウイスキーを晒しておくにはよくない」

「おっと、それはいけないな。せっかくの上物が台無しだ」

 

 ふっと鼻息一つを落とし、公爵令嬢は目つきに凄みを浮かべて眼下のメガデウスを射抜く。まるでそれを察知したかのように、メガデウスがグンッと顎を回して議会堂を睨め上げた。雪景色の帝都を背景に、両者の視線が明確に交差する。

 

「それでは、あの乱暴な紳士には早々に退場していただこう」

 

 怯むことのない公爵令嬢が口端にスタイリッシュな笑みを浮かべ、やおら左肘をピンと垂直に張らせ、左手首を唇の前に持ち上げる。そこには、シンプルでシックな腕時計(・・・)

 文字盤の表示が一瞬で反転し、強烈な波紋を輝かせる。

 そして、公爵令嬢は高らかに咆哮する。

 

 

 

「ビッグ・オー!!ショ───タ───イム!!!」

 

 

 

 

 議会堂の正面玄関(エントランス)から飛び出した外務大臣の目の前で、唐突にマンホールの蓋が滑稽なまでに空中高くに飛び上がった。地下空間の気圧が急激に上昇し、大通りのマンホールから次々と重い鉄蓋が重力に逆らって吹き飛んでいく。それだけの現象を引き起こすだけの巨大な質量を保有する何か(・・)が地面の真下からせり上がってきているのだ。それは、アレ(・・)が姿を顕す直前に起こる現象だった。

 

「ま、まさか」

 

 次の瞬間、避難が完了したばかりの帝国議会堂が基礎部から突き上げられて真っ二つに裂けた。バリバリと轟音を響かせて悠然と駆動する漆黒の巨大な人型を、外務大臣は唖然として見上げることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 その後、公爵令嬢の私邸では、年代物の貴重な帝国産ウイスキーと高価な砂時計が並べて置かれているのが目撃されているが、それを入手した逸話について彼女は唇に人差し指を立てるだけだった。




 ツイッターに投稿した思いつきを清書しました。楽しんでいただければ幸いです。このアイデアは何番煎じかな……。ありきたりな発想しかできずに申し訳ない。第一話って書いてますけど、続きません。続きも思いつきません。

 それとギックリ腰になりました。腰を痛めて休みになったから小説を書けるんじゃないかと思いましたが、腰を痛めると何もやる気が起きません。誰か腰にサドンインパクトを撃ってくれ。
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